第31話 タキヒコ、娘を取り返す①

「……ここから先が、あ奴らの勢力圏じゃな?」

「ああ。冒険者ギルドですら満足に手が出せなかった、荒くれ者の巣窟だ」

「ドンダーのアジトも、この先にあるということで間違いないの?」

「それについては保証する。俺たちも、ただ指をくわえて見ていたって訳じゃないからな」



 先だっての宣言からおおよそ2時間、ワシとヒサコさん、アリシアさんをはじめとした数人の冒険者が街外れの廃墟群に足を踏み入れた。

 建ち並ぶ家々は朽ちたまま放置されているが、所々に人が住んでいる形跡が残されておる。

 遠巻きに観察されているような視線を感じるのも、気のせいではないじゃろう。

 いつ襲われてもおかしくない道のりを、ワシらは慎重に進んでいく。



「しかし、本当にこんな人数で良かったのか? ロージーとモルダーはともかく、デイビットは戦力としては十二分だぞ?」

「ワシらがアジトを襲撃する間に、他の連中が街を襲わんとも言い切れませんからのう」

「まあ……それはそうだがな? まったく、お前さんも大概無茶なことをするもんだ」

「タキヒコさんが無茶するのはいつものことですたい。アリシアさんも慣れんと、これから大変じゃよ?」

「奥方公認かよ。俺はこれから先、何に付き合わされるってんだ……」



 そう言ってアリシアさんがため息を吐いた。

 まあ、呆れられても仕方ないのかもしれん。

 最速で娘を助け出すためとはいえ、最低限の人数でアジトを襲撃しようとしておるのじゃから。

 それでも、ワシはこの判断を間違ったとは思っておらん。

 ファビリアとアイリ、カイリの三人はデイビットさんを中心に冒険者たちが守ってくれておる。

 しからば、今ワシがしなければならんのは、一刻も早くレイチェルを救出するということなのじゃから。



「見えてきたぞ。あの奥に見える屋敷がドンダーのアジトだ」

「あれか……ふん、いかにも悪の親玉が住んでおるといった屋敷じゃの」



 アリシアさんが指さす先には、朽ち果てた建物の中でもかろうじて元の形を留めている屋敷が見えた。

 今すぐにでも走り出したい所じゃが、ここで焦ってしまっては元も子もない。

 はやる気持ちを抑えつつ、周囲を警戒して進み、あと一歩でアジトという場所まで近づいたのじゃが――。



「おらおら! 轢かれたくなけりゃそこをどけ!」

「邪魔すんなら、どいつもこいつも吹っ飛ばすぞ!」



 屋敷の門があけ放たれると共に、二頭立ての馬車が土煙を上げて疾走してきた。

 ワシらは慌てて左右に避けたのじゃが、すぐさま冒険者の一人が立ち上がって馬車を指さした。



「あの馬車は……広場に突っ込んできたやつだ!」

「何じゃと! まさか、レイチェルをどこかに連れて行こうとしておるのか!?」

「いや、それはないだろう。中に人が乗っているのなら、あの速度では走らないはずだ。それより……」

「なんぞ、あったのか……?」

「一瞬しか見えなかったが間違いない。馬車の扉に小さく刻まれていた紋章……あれは、領主様のものだ」



 アリシアさんが苦虫を噛み潰したような顔をしておる。

 その表情には苦悩と怒りが満ちており、ワシごときではそのすべてを推し量ることなどできようはずもない。

 しかし、今から屋敷に押し入ろうという時に考えがよそに向いてしまっては危険じゃ。



「アリシアさん、今からあれに追いつくことはできん。なんとか、気持ちを切り替えてはくれんかのう」

「ああ……すまねぇ。あんまりだったもんで、気が動転しちまっていた」

「それも無理はなか。領主が誘拐に関わっておるのだとすれば、一大事じゃからな」

「その通りだ。この件については、後でしっかりと問い詰めさせてもらう。白を切るなんてことは絶対に許さねえ」



 怒りに燃えるアリシアさんと冒険者たち。

 ワシらはそのまま無言で頷き合うと、馬車が走ってきた道を辿り、屋敷へと向かう。

 途中、門番をしておった下っ端が邪魔をしてきたが、冒険者たちが手早く打ち倒して後ろ手に縛り上げた。

 今、ワシらの前には屋敷の内と外を隔てる扉が一枚あるだけじゃ。

 


「レイチェル! 助けにきたけんの!」

「ドンダー、覚悟しろ! お前の悪事もここまでだ!」



 叫び声を上げつつ、ワシとアリシアさんで同時に扉を蹴り破る。

 吹き飛ばされた扉が待ち構えていたごろつきの一人を巻き込み、屋敷内が騒然となった。

 ワシらは混乱が収まらないうちに突撃し、手近にいた2、3人を殴り飛ばして中央へと駆け込んだ。



「ぐあ! 腕が、腕が折れた!」

「てめえら! ここがどこか分かってんのか? もうタダじゃ返さねえぞ!」



 下っ端が口々に騒ぎ立てる中、奥に一人悠然と立っておる男がおる。

 おそらく、あいつがドンダーじゃろう。

 そいつは薄ら笑いを浮かべると、やれやれといった様子でワシらに話しかけてきた。



「おいおい、大事な子分に何をしてくれるんだよ。これじゃあ明日からの仕事に支障が出るじゃあないか」

「仕事じゃと? 娘たちを攫うことが仕事だとでも言いたいのか!」

「ああ、その通りさ。アレは俺たちにとっちゃあ商品だ。取引先さえ間違えなけりゃあ、いい値で売れるんだよ」

「この外道が……もはや言葉はいらん。娘は返してもらうぞ」

「それっぽっちの人数でか? やれるもんならやってみろよ、三下が」



 ドンダーが手を上げるのを合図に、柱の陰に隠れていた手下が姿を表す。

 それぞれ手にナイフや小剣といった獲物を携えており、下卑た笑いを浮かべながらワシらを取り囲む。

 人数差はおおよそ3倍といったところじゃろうか。

 冒険者たちは緊張した様子で武器を抜き、隣におるアリシアさんもうっすらと汗をかいておる。



「おい、カミアリ。さすがにこの人数差は少し厳しいかもしれんぞ? いざという時はお前だけでも……」

「何を言うておるんじゃ? この程度の雑魚、いくら集まったところで物の数じゃなかったい」

「……タキヒコさんにとっては、そうかもしれんがの? 普通は尻込みする所なんじゃよ?」

「そうじゃったか……まあ、それは一旦置いておくのじゃ。アリシアさん、ここはワシに任せて、皆でヒサコさんの護衛と退路の確保を頼みますばい」

「本気か? そのくらいなら何とかなるが、お前ひとりで何とかするってのか?」

「そのつもりじゃよ? これでも昔は――」



 言い切る前に、しびれを切らした様子の下っ端がワシ目掛けて突っ込んできた。

 なんじゃ、せめて一斉に切りかかるくらいしてこんかい。

 ワシはヒサコさんを庇うように身をひるがえしつつ、ナイフと共に突き出された腕を掴んで捻り上げる。

 突っ込んできた下っ端がつんのめるような姿勢になったところで、顔に向けて遠慮なく膝を入れ、鼻を砕く。

 鼻血を噴き出しながら倒れる男をそのまま蹴り飛ばしたワシは、ヒサコさんをアリシアさんに預けて振り返る。



「ほれ、まとめて相手をしてやるからかかってこい。あらかじめ言うておくが、お前ら全員、無事で済むとは思うんでないぞ?」



 さっきのやり取りを警戒してか、いきなり飛び掛かってくるような奴はおらんようじゃ。

 それならと、バットを肩に担いだワシはドンダーに向けて歩き出す。



「手下どもをけしかけるにしてもさっさとせんかい、この三下が」

「なんだと……! てめえは生きて返さねえ! お前ら、やっちまえ!」



 ワシの挑発に顔を真っ赤にしたドンダーが、狙い通りに手下をけしかけてくる。

 それでは、ワシも少しばかり本気で相手をしてやるかのう――。




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