【毎日更新】異世界うどん屋老夫婦の領地改革~亡き妻がうどんスライムになったので、店をしながら現地の生活を改善して住みやすくすることにしました~
第20話 タキヒコ夫妻、覚悟を決めて前に進む決意をする――
第20話 タキヒコ夫妻、覚悟を決めて前に進む決意をする――
「神在タキヒコさん、そして、神在ヒサコさん。お二人は『使徒』と『その使徒が見初めた【聖者】』として、これから先、久遠の時を生きることになります」
その言葉に、ワシとヒサコさんは椅子を倒す勢いで立ち上がった。
理屈ではなく、本能がそうさせたのじゃろう。
立ち上がってしまった後になって、ようやく彼女の言葉を理解しようと頭が回り始めた。
「くおん……まさか、久遠と言うたのか? それはワシらが不老不死にでもなったと言いたいのかい!?」
「はい」
「『はい』ってあんた……たしかにあたしは蘇らせてもらった身じゃが、そげなことまでは望んでおらんたい!?」
二人とも、一度死んだ身だからこそ、その恐ろしさを強く感じることができる。
確かに、せっかく第二の生を得たのなら、ある程度は長生きしたいと思っておった。
特に最近は、四人の娘たちが成長するのを見守って、最期は大きくなった彼女らとその家族に看取られて……なんてことを冗談めいて話したりもした。
(それが……もう彼女らと同じ時を歩むことは許されんというのか? そんな残酷なことがあっていいのか……?)
受けた衝撃の大きさに何を話してよいかわからないワシらを椅子に座らせ、栗崎さんは話を続ける。
よくよく見ると、平静を装ってこそいるが、彼女自身も話すのが辛そうじゃった。
それが、この話が真実であるという事を否が応でも証明しておる……。
「今一度ご説明しますが、お二人の間には『魂の繋がり』ができています。それが、これから話すことの中核になります」
「その、『魂の繋がり』っちゅうもんが問題になるのかね?」
「普通なら、そこまで大きな問題にはなりません。確かに珍しいことではありますが、例えば魔物使いと従魔の間に『魂の繋がり』ができたこともあるんです」
「なら、ワシとヒサコさんの間でだけ問題になる『何か』があるんじゃな。……まさか」
「はい。想像された通り、ヒサコさんが『使徒』であることが問題なんです」
そう言うと、栗崎さんは手に持っていたファイルを広げ、ワシらにその中身を見るように促す。
そこには紙芝居のような、ワシらが理解しやすいようにと心を砕いたのであろう資料が2枚、収められておった。
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『使徒』として生まれた魔物は、永遠とも言えるほどの寿命と強靭な生命力、無尽蔵ともいえる魔力を秘めています。
それは世界の均衡を保つために必要な力であり、それぞれの使徒は自らが認めた【聖女】や【聖者】と共に世界を守っているのです。
しかし、いつまでも一緒にいられる訳ではありません。
【聖女】や【聖者】といえども、もともとは普通の人間です。
『使徒』の持つ寿命が尽きるまで、共に過ごすことなどできません。
やがて別れの時が訪れると『使徒』はその亡骸を腕に抱き、神の下へとその魂を導くのです……。
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ふむ、これが一般的な『使徒』と【聖者】の有り様なんじゃな。
この通りだとすると、ワシはヒサコさんを置いて神様のところに行ってしまうのか。
なんだか隣で涙ぐんでおる気配がするのう……。
ひとまず、もう1枚を見てみるのじゃ。
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『魂の繋がり』とは、人と魔物、極々まれに人同士の間でも発生する現象です。
強い信頼と愛情で結ばれた二人の魂が、何らかの要因で重なり合ったときに『魂の繋がり』が生まれます。
『魂の繋がり』が結ばれると互いの生命力や魔力といったリソースが共有され、時にはその意志すらも統一されるのです。
それは、どちらか一方が死に至るような傷を負っても、もう一方がその半分を引き受けて命を繋ぐということで……。
病の苦しみも、飢えも、死の定めすらも、二人を別つことはできないでしょう。
遥か昔、魂を通わせた竜と共に空を駆けた魔法使いの逸話は、今も有名なおとぎ話として親しまれています。
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なるほどのう……何となくわかってきたわい。
つまり、ヒサコさんは『使徒』になったせいでとんでもなく長い寿命を持ってしまって、それがワシと共有されてしまっておると。
ワシらが読み終わった資料をファイルにしまうと、栗崎さんは話の続きを聞かせてくれた。
「『使徒』は基本的に数百年、数千年の単位で寿命を迎えて代替わりするのですが、ヒサコさんは『スライム』が基になっているので寿命という概念自体が存在しないかもしれないんです……」
「そして、そんなあたしと『魂の繋がり』ができたもんだから、タキヒコさんまで寿命がなくなってしまったと……」
「はい、そうなんです。仮にタキヒコさんが大怪我をしても、ヒサコさんから注がれる生命力と魔力がそれを治してしまいます」
「しかし、それじゃとヒサコさんが怪我をした場合はどうなるんじゃ? ワシがそれを引き受けることはできるのか?」
「それは……できるとは思いますが、そもそも『使徒』の体に傷をつけられる存在がどれほどいるか……」
その言葉には、二人そろって閉口してしまう。
確かにワシはヒサコさんを失い、失意に苛まれ死んだのじゃが……。
それじゃあ、二人とも死ななければよいのかというと、それは違う気がするんじゃよ。
(ひょっとすると、この苦悩は神の卵から生まれたスライムを使った罰……死の運命を覆してしまった罪に対する咎めなのかもしれんのう……)
そんなことを思って下を向きそうになった時、ヒサコさんが声を上げる。
何かを振り切るような声は、ワシの耳にすっと染み入ってきた。
「――ええい、それなら仕方ない! この体朽ちるまで、あたしらがやるべきことをやるしかないのう!」
「ヒサコさん……?」
「今更変えられんことを悩み続けても仕方なか! タキヒコさん、しっかりしんしゃい!」
そう言って勢いよく背中を叩かれる。
参ったのう……久しぶりに活を入れられてしもうた。
「そうじゃな……! どんなになったって、ワシはワシ、ヒサコさんはヒサコさんたい!」
「そんとおりじゃ! それに、あたしらには今家族もおる! あの子らが健やかに育つまで、気張っていかにゃいかんぞ?」
「うむ。娘たちに、情けない背中ばかり見せられんからのう」
「そうじゃ。あの子らを育てるのは、あたしらの使命じゃからな? タキヒコさんも、生半可な気持ちで家族にしたんじゃなかとばい? そうやろ?」
ワシらはもう、アイリとカイリ、レイチェルやファビリアたちと共に歳を重ねることはできん。
ひょっとすると、そのことを不気味に思われるかもしれん。
それとも、いつかは打ち明けられる時が来るじゃろうか。
先のことはわからんよって、今を積み重ねるしかないんじゃ。
「お二人には……頭が上がりません。私どもの不手際なのに、そんなことまで言われては」
頭を下げる栗崎さんに、ワシらは笑顔で返事を返す。
「なに、過ぎてしもうたことはしかたなかったい! それよりあんたも顔をあげなっせ!」
「そうじゃ。それに今度はどちらかだけが先に逝くということもない。そこはむしろ感謝するぞい!」
「ワシらは死なないし、死ねない……。それについては思う事は山ほどあるがの」
「今は目の前にある問題を片付けんとな。トケターリスの復興を済ませてしまわにゃいかん」
「……重ね重ね、お二人には頭が上がりません」
「「ふぇっふぇっふぇ」」
二人そろって笑うと、辺りが明るくなり、夢から覚めるような浮遊感が身を包む。
どうやら、お別れの時間の様じゃな。
「栗崎さん、色々教えてくれてありがとよ」
「あたしらが特別なのはようわかった。ばってん、どう足掻いても今までと同じようにしか生きれんのじゃ」
「これからも心配させてしまうかもしれんが……それでも、ええかのう?」
その問いかけに、栗崎さんは涙を溜めた笑顔で頷く。
今のワシらにとってはそれだけで充分じゃ。
ワシらは笑顔で見つめ合うと、お互いを抱きしめながら、光の中へと溶けていく。
――今を生きよう。
――今を精一杯生きよう。
――そして、手を伸ばせる所は頑張ろう。
――そこに特別な事は何もなくてよい。
それが、ワシらの生きる道じゃ。
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