第19話 タキヒコ、ステータスにある【称号】に困惑する

 ――ステータス画面に表示されたワシの名前は、『神在タキヒコ【聖者】』となっておる。

 はたして、この【聖者】とはなんじゃろうか?

 辞書には『高い学識や人徳、深い信仰をもつ、理想的な人。修行を積んだ殉教者』のように書かれる言葉じゃが、額面通りの意味ではないじゃろうな。

 ヒサコさんの持っちょる【女神の加護】との違いも気になるところじゃ。



「タキヒコさんや、【聖者】とはどういったことかいな」

「それを調べようと思っておるんじゃが……この後は皆の昼食と、明日の炊き出し準備もある。そうじゃな……今夜時間を作ってもらってもよいかのう」

「あいよ。あたしに協力できることがあれば言っとくれ」

「ありがとうよ。では、まずは昼食の用意を済ませてしまうとしようかの」



 それから急いで準備を終わらせた後は、戻ってきた娘たちと昼食を楽しみ、夜までの間に全員で炊き出し準備を終わらせた。

 そうして迎えた夜、ヒサコさんに協力してもらって調べた結果、【女神の加護】と【聖者】ではその有り様が大きく異なっておることが分かったのじゃ。

 まず、【聖者】とは称号のようなものであり、スキルのようでスキルではないという特殊なものじゃった。

 授かる者が男なら【聖者】、女なら【聖女】という呼称になるようで、その者を取り巻く魔素は乱れることがなくなり、それに伴って魔物も沈静化するそうじゃ。

 他にも周辺の土地を浄化したり、結界のようなものを張ったりすることもでき、その範囲はそれまでに得た『幸福度』によって広がっていくということじゃった。


(若い頃は荒れておったワシが聖者と呼ばれるなど、笑えぬものじゃて。しかしこれは――)


「こいつは、迂闊に広めてしまうとまずそうな内容じゃな……」

「そうじゃな。ほかのスキルなんかと比べても、ちと異質じゃ。」

「ひとまずはワシとヒサコさんの心の内に留めておこう。娘たちには、折を見て伝えられれば良いが……」

「何も知らさんことで護れるものもあるとはいえ、心苦しいのう……」



 心に引っかかるものを残したまま、その場は解散となったのじゃが……。

 その晩、ワシとヒサコさんは不思議な夢を見ることになる――。



「こりゃ、どうしたことじゃ」

「辺り一面、真っ白じゃのう……まるで神様か何かに呼ばれたみたいじゃ」



 【女神の加護】を持っちょるヒサコさんの言葉に、思わず襟を正す。

 神様には会ったことはないが、もし見ておられるのなら失礼があってはいけんからの。

 

 (神様とは違うんじゃろうが、この世界に来るときに世話をしてくれた方々は元気じゃろうか)


 どこか似たような雰囲気を覚えたのか、ふと脳裏をかすめた市役所のような風景。

 特に、栗崎とか言う女性が元気いっぱいじゃったことは印象深いのう……。



「そう思って貰えてたのは光栄です~!」

「「!」」



 まるで心を読んだかの様なタイミングで栗崎さんが現れた。

 何もない虚空に現れた扉から顔をのぞかせた彼女は、沢山のファイルを抱えて歩み寄ってくる。

 突然のことに驚いておると、ワシらの間に長机と椅子が現れ、そこに座るように促された。



「えーっと、お久しぶりです。栗崎です! あ、ヒサコさんは初めましてですね!」

「う、うむ……。初めましてですじゃ」

「色々と困惑しておられるようでしたので、アフターサービスも兼ねて諸々のことについてご説明と……私どもの不手際について弁解の機会を頂きたく!」



 後半は凄い早口で、勢いよく頭を下げた栗崎さんは大きな音を立てて机に額を打ち付けた。

 涙目で顔を上げた彼女は、改めてワシらに向き合うと静かに語りだしたのじゃ。



「まずはヒサコさんについてです。【女神の加護】をお持ちですが、それはその身体を作っているスライムが『神の卵』から生まれたからなのです」

「何じゃと! てことは、ヒサコさんは文字通り神様になってしもうたという事かい!?」

「タキヒコさん、落ち着きんしゃい」

「ええと……続けますね。あなた方を送った世界、神は『神の卵』を産み落とし、そこから生まれた魔物は【女神の加護】を持った『使徒』と呼ばれる存在になります」


(なるほど、神様そのものという訳ではないのじゃな)


「そして、その魔物が心から信頼をよせる人間が【聖者】や【聖女】となるのです。いやあ、お二人、アツアツですねぇ」

「ほっほ、そんなことを言われると照れるのう……ところで、どうしてそんな大切そうな卵をワシに持たせてくれたんじゃ?」

「えーっと……それがですねー? ……その卵を、坂本という同僚が預かっていたのですがー? ……私がうっかり別のスライムの卵と間違えて持って来ちゃったんです……」

「あんた、何気にとんでもないやらかしをしていないかい……?」

「そうなんですよぉ……成長しきった【女神の加護】はとても強力で、例えばヒサコさんが『この者、【聖者】の資格なし!』とか宣言すれば、タキヒコさんの称号をはく奪する事すら可能です」



 他にも数多の魔物を従えられるとか、敵意を向けた者に神罰を下すこともできるとか言われて、ワシは思わずヒサコさんの方を向くが……ヒサコさんは首を左右に振っておる。

 まあ、ヒサコさんがスキルを乱用するなんてことはないじゃろうが……まさか、そんなとんでもないスライムになっておったとは……。



「して……『使徒』っちゅーもんになったことで、何かに狙われたりは……」

「ああ! そこは心配いりません!」

「そうか、それは安心――」

「もし狙われたとしても、無理に二人を引き離そうとした時点で何かしらの天罰が下ります!」

「安心できんのじゃが!?」



 なんでも、ワシら二人の間で魂の繋がりというものができておるせいで、どちらかを欠くと世界の均衡自体が崩れてしまうそうな。

 呆然としてしまう内容じゃが、どうやらワシらはそれなりに力のある存在になってしまっておるようじゃのう。

 自分らが力ある存在とは一切思っておらんかったが故に、どう受け止めていいものか……。



「混乱されるのも無理はありません。しかし、いずれ必ず、お二人の力が必要になる時が来ます」

「そうじゃとして、あたしらは何をしておれば良いんじゃ?」

「まずは、お二人が住んでいる街の復興が第一になるでしょう。仮にも『使徒』と【聖者】が暮らす街です。そこが荒れ地というのは、国にとっても一大事でしょうからね」

「おや、そうなのかい。それは元々考えておったことじゃから、特段問題はなさそうじゃな」

「ちょうど別の担当が教皇様と国王夫妻の下にお告げを行っている頃合いでしょうから、そんなに遠くないうちに国からの使者がやってくると思いますよ」

「使者か……ワシらが街を離れるという事になるんかのう」

「それについてはお二人の意志が尊重されるでしょうから、心配はいらないと思います。気が向いた時に、王都に遊びに行けばいいでしょう」

「遊びに行くって、そんな身もふたもない……」



 今はトケターリスの復興こそが大事と思っておるし、当分の間は王都に行くことなんてなさそうじゃな。

 使者殿が来られるというのなら、復興のための支援を直接お願いできるかもしれんが……。

 その時は『支援する代わりに顔を出してほしい』くらいの要望はあるじゃろうな。

 まあ、それならそれでよかたい。

 衣食住の全てが安定せねば、助かる命さえ助からぬこともある。

 ワシらだけでは対処できない問題が、国が協力してくれることで何とかなるかもしれんのであれば、そのくらいは軽いものたい。



「後はあいつらをどうするか、ということだけが気がかりじゃな……」

「あいつら……ああ、ドンダーとかいう輩のことじゃったかのう」

「そうじゃ。ある程度は国に頼ることも考えるが、せめてあやつらのことはこの街の住人が何とかせねばなるまいて」



 ワシらの話を聞いていた栗崎さんは無言でパラパラとファイルをめくり、呆れるようなため息を吐いた。



「えー、このドンダーって男、領主と手を組んでいるんですかー。うわ、協会も一枚噛んでいるし、性質がわるいなぁ……」

「栗崎さんや? それってあたしらが聞いてもよいことなんかの?」

「どうせしばらくしたら天罰が下るようなことしてますし、いいと思いますよー。補助金の着服に人身売買、悪質ですねー」

「なるほどのう……」

「これだけの内容なら、もし仮にタキヒコさんが直々に天罰を下されるとしても、神のご意思として尊重されますね! ……多少ヤンチャしても大丈夫ですよ?」

「ふぁっふぁっふぁ! ワシはもう、力で捻じ伏せるやり方は辞めちょるよ」



 ワシがそう言って笑うと、栗崎さんも書類を閉じて笑顔を浮かべた。

 ……何故じゃろうか、今までと変わらんはずのその笑顔に、うすら寒い何かを感じる。

 これ以上彼女の話を聞いてはいけない、そんな予感が背筋を凍らせる。

 ワシの脳内で、警鐘がけたたましく鳴り響いておる。

 きっとこの先の話を聞くと、ワシらの中で何かが変わってしまう。

 


「それでは――ここからが本題になります」



 止めてくれ、その先を聞かせないでくれ。

 思いはすれど、言葉にはならず。

 無情に開かれた彼女の口からワシらへと、無慈悲な真実が告げられる――。




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