第18話 タキヒコ達、【うどん屋】オープンする!

「――よし。皆、準備はええか?」



 ワシの声に、『うどん屋神在』の制服に身を包んだ五人が頷きを返す。

 昨夜、アリシアさんと別れた後は早々に帰宅して就寝し、朝早くからの開店準備に備えておった。

 朝目が覚めた後は開店準備に勤しみ、いよいよ開店の瞬間を迎えたのじゃ。

 暖簾をかけ、『開店記念 うどん1杯銅貨3枚』と書かれたのぼり旗を立てる。



「うどん屋神在、本日開店でーす」

「ステータスも上がる美味しいうどんが、今なら全品銅貨3枚!」

「「みんなー! 食べに来てー!」」



 娘たちの呼び込みに、行き交う冒険者達は足を止める。

 しかし、踏ん切りがつかないのか、なかなか店に入ろうとする者が現れないのう……。

 どうするか悩んでいたところで、見知った顔の冒険者が店に向かって歩いてきた。



「いよいよ店を開けたんすね! いやー、楽しみにしてたんすよ! ところで、ステータスが上がるって本当っすか!?」



 ガジュ君じゃ。

 


「おや……ひょっとして、俺が最初の客っすか!? やった、一番乗りー!」



 そして、まったくと言っていいほど警戒せず、するりと暖簾をくぐって店内に入ってきた。

 その様子を、周りの冒険者は遠巻きに眺めておる……。



「いらっしゃいませ! 一名様、お好きな席にどうぞー!」

「お品書きはこちらです。ご注文がお決まりになったらお呼びください」



 あまりに自然な来店じゃったもんで、とっさに反応できたのはヒサコさんとレイチェルだけじゃった。

 いや、まあ、他の冒険者の様子からしても、そうなってしまったのは無理もあるまい。

 彼はしばらく悩んだ後、【きつねうどん】を注文した。

 なんでも、この後すぐにギルドへ顔を出さないといけないらしいから、素早さが欲しいらしい。

 ……呑気に食事をしとる場合なんじゃろうか、アリシアさんの怒り顔が目に浮かぶようじゃわい。



「あむ……皆さんのこと、疑ってないっすからね。んぐ……素早さが上がるってことなら、ここで飯を食う時間くらいはあるはずっす」

「いや、確かに嘘ではないがの。それでええんかい、お前さん……」

「問題ないっす! いざってときも叱られ慣れていますから! ……ごちそうさまっす!」



 あきれ顔のヒサコさんを尻目に、凄い勢いでうどんを完食したガジュ君。

 そのまま支払いを済ませると、冒険者ギルドに向かって一目散に駆けだしていった。



「おお! 確かに、なんだか体が軽いっす! めっちゃ旨かったし、効果に偽りなしっすよー!」



 走り去る後ろ姿をよく見るとうっすらとした桃色の光が溢れており、彼が見えなくなった後、その光はワシとヒサコさんに吸い込まれていった。

 去り際に宣伝もしてくれたようじゃったが……まさか、それが目的でやってきたんかのう?

 他の冒険者たちの様子を眺めてみると、走っていくガジュ君を見てから目の色が変わっておる。



「おいおい、本当に食べるだけでステータスが上がるってのかよ」

「そうよ! さすがに、いつまでも効果が続くなんてことはないけどね……大体、お腹が空く頃には元に戻るはずよ!」

「いやいや、それでも十分だよ。店に入れてもらってもいいかい?」

「「はーい! 一名様、お席にご案内しまーす!」」



 この声を皮切りに、辺りに集まっておった冒険者が次々と来店し、あっという間に席が一杯になる。

 よくよく見ると、冒険者風ではない人たちもちらほらと店に来ておるようじゃった。

 この様子なら――ここからは時間との勝負じゃ。どんどん作って回転させていかんとな!



「いらっしゃいませー! 何名様でしょうか!」

「おーい、こっち、注文頼むぞー!」

「ごぼう天うどん、お待ちいたしました!」

「何がいいかな……俺は偵察役だし、素早く動くのに【きつねうどん】ってのを貰おうかな」

「「お支払いはあちらでーす。お待ちのお客様、席にご案内しまーす!」」

「……はい、確かに。うどん3杯で銅貨9枚、ちょうど頂きました。」



 昼食時になり、店はいよいよ喧騒に包まれるが、そこにはまったく嫌な感じがない。

 むしろ、ある種の心地よささえ感じる空間と言えるじゃろう。

 ふと客席を見れば、食事を楽しむ人々からは桃色の光が溢れて珠となり、店内をふわふわと漂っておる。

 それらはワシとヒサコさんの下へとやってくると音もなく吸い込まれて、暖かな幸せを感じることができた。

 店内はきっと、幸せにあふれているのであろう……。

 そのまま客足は途切れることなく伸び続け、最後の一杯を提供したお客が帰って扉が閉まった後、全員で示し合わせたように笑い合った。



「いやはや、初日から完売とは、恐れ入ったわい!」

「「大変だったけど、なんだか楽しかったー!」」

「アイリもカイリもお疲れ様。お客さんたち、みんな喜んでいたわよ。」

「お客さんと言えば、ギルドマスターがまじめな顔をして【きつねうどん】を頼んだと思ったら『書類仕事を早く片づけたい』ですって! 思わず笑っちゃったわ!」

「そりゃ、あたしも考えつかなかったね! あん人もなかなか面白いこと考えるのう!」

「たしかにのう。それで、実際に効果はあったんじゃろうか? ……今度聞いておくとしようかの」



 ワシの一言に再び笑いが起きるが、書類仕事が早く片付くのは大事じゃよ?

 現にこうして、店の営業に必要なお金のやりくりをするのって、結構大変なんじゃからな?

 そう思いつつも、一日分の売り上げと必要経費を簡単にまとめて皆に見せると……。



「ちょっと、お父さん。これ、嘘じゃないわよね?」

「嘘を吐く理由もないじゃろうに。仔細は後で確かめにゃいかんが、凡そ正確な値じゃよ」

「下手な商家よりも実入りがありますね……」

「あれだけ大変だったんだから、そりゃそうかって気持ちもあるけどね……」



 ファビリアとレイチェルは呆然としておるようじゃ。

 ワシとヒサコさんのスキルに依存する部分も多いから、ちょっとズルをしていると言えなくもないんじゃがな。

 今はそのことを追求するよりも、ある程度の生活基盤を作る方が大事じゃて。



「さて、少し遅くなってしもうたが昼飯にしようかの」

「「さんせーい!」」



 そうしてワシは再び厨房に戻り、皆の昼食を用意する。

 今回はうどんを素のままで器に入れ、皿に盛った具材から好きなものを取る食べ放題じゃ。

 頑張った分お腹もすいておるじゃろうし、少しくらいの贅沢をさせてやっても罰は当たるまい。

 昼食を食べた後は店の片付けもあることじゃしな。



「……そう言えば、出たゴミはどうやって処理しておるんかのう?」

「大抵のものは、ギルドが回収して燃やしてしまいますね。一部はそのまま肥料にしたりするそうですが……」

「なるほど、そこはあたしたちのいた世界と変わらないってわけだ」

「問題は、燃やした時に出る『魔素』よね。悪いことばかりじゃあないんだけど……」

「ファビリアよ、『魔素』とはなんぞや?」

「読んで字のごとく『魔力の素』よ。これが多い土地は魔物が強くなりやすいの」

「その代わり、魔素の多い土地は作物が育ちやすいという話もあって、バランスを取るのが大変だそうです。」



 話を聞いてみると、農耕地帯やダンジョンの傍では特に慎重な扱いをされておるらしい。

 この街では冒険者ギルドが管理を代行しているらしく、アリシアさんの苦労がしのばれるのじゃ……。



「……そういえば、最近は魔物が暴れて怪我人が出たっていう話を聞かないですね」

「確かにそうね。特に、お父さんとお母さんが炊き出しを始めた後くらいからは、殆ど聞かなくなった気がするわ」


(む、それは気になるのう。昨日アリシアさんと話していた内容にも関わるかもしれんし、確認してみるか……)


「なんぞ関係があるんかのう……っと、お昼ご飯が出来上がったぞい!」

「待ってました!」

「「おなかぺこぺこー」」

「二人とも、まずは手を洗いに行きましょう」

「机はあたしが片付けておくさかい、皆は先に行っておいで!」



 皆が手を洗いに行っている間にステータスを見てみるが、スキル欄は特に変わったところがない。

 やはり気のせいじゃったかと思って画面を消そうとしたところで、名前の横に何やら文字が追加されておることに気づいたのじゃが――。



「――なあ、ヒサコさんや」

「ん? どうかしたんかい、タキヒコさん」

「ワシ、【聖者】になったらしい」





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