第21話 タキヒコ夫婦の秘密にすること

「――まだ夜明け前か……少し早く起きすぎたかのう」



 夢から覚めたワシは、隣で眠るアイリとカイリを起こさぬようにそっと起き上がる。

 少し夜風にあたろうと布団から抜け出したところで、ヒサコさんと目が合った。

 そのまま二人連れ立ってベランダに出ると、気持ちの良い風が吹いておる。

 しばらくの間沈黙が続いたが、それはどちらからともなく破られた。



「なんだか、大変なことになってしもうたのう」

「さっきまでの夢の話じゃな。二人して同じものを見たという事は、間違いではないらしいのう」

「皆には、伝えるのかい?」

「いいや、それはまだじゃな。伝えるとしてもこの街が復興した後……あの子たちがそれぞれ独り立ちできるようになってからじゃろう」

「それがよかろうな。さすがに今すぐはワシらにとっても、あの子らにとっても荷が勝ちすぎる」



 その言葉を最後に、再び二人の間に沈黙が流れる。

 しかしそこに悲壮感はなく、肩にかかる重さが心地よい。

 


「さて、いつまでもアイリとカイリを二人だけにしておくわけにはいかんのう」

「そうじゃな、戻るとしようか。日が昇ったら炊き出しの準備もあるし、それまではあたしらも休むとしようかい」



 ワシらはそろって部屋に戻り、二人が穏やかな顔をして眠っている様子を眺めつつ横になる。

 さあ、朝からはまた忙しくなりそうじゃ。

 今度は何事もなく終わってくれるといいんじゃがのう――。



「順番に並んでくださーい!」

「炊き出しはまだまだありますからね! 慌てないで大丈夫ですよー!」 



 幸いにも、ドンダーからの嫌がらせや攻撃を警戒してか、冒険者ギルドが警護に当たって下さるということになった。

 そのおかげで、今回は娘たちを呼ぶこともできておる。

 レイチェルに長時間の立ち仕事を任せることはまだ不安があったので、カイリと共に留守番を任せ、今回はファビリアとアイリに手伝いをお願いした。

 手伝いが二人増えると大分楽になるからのう。



「うどんも旨いが、このすいとん汁もいいもんだな……」

「うす! あったかい飯を食べていると、体が楽になるっすよ!」



 どうやら、お礼にと冒険者たちに振舞ったすいとん汁も好評のようじゃ。

 気持ちの良い食べっぷりに、今度旨いうどんを奢ってやろうかと思う程じゃが、そこはアリシアさんにも相談せんといかんのう。

 ……っと、噂をすればアリシアさんがやってきたのじゃ。



「今日は警戒が強いからか、ドンダー一味の姿は見えないな。カミアリを殺そうとした者が雷に打たれたという噂のせいかも知れないが……」

「人様の不幸をアレコレ言えませんばってん、炊き出し中に狙われんのはよかことですばい」

「まったくだ。前みたいなことは勘弁願いたいからな」



 娘たちに聞こえないように小声で話かけてくれた彼に感謝しつつ、手伝ってくれておる冒険者たちへのお礼について相談したんじゃが……。



「気持ちはありがたいが、そこまでしてもらう訳にはいかん」

「そうかのう……」

「すいとん汁だけでも十分すぎるんだ。うどんは今度、改めて店で注文させてもらうよ」



 なんでも、ただ飯に慣れすぎると後が大変だということらしい。

 それはそうじゃと納得して、警備に戻っていく彼の後姿を見送ったのじゃ。

 その後は全部の寸胴鍋が空になるまで炊き出しを続けていたのじゃが、食べに来てくれる皆の顔には、生きる希望が芽生え始めておった。

 前回狙われたワシを気遣ってくれる者も多かったが、娘たちが不安がらんように黙っておいて欲しいということを伝えると、快く頷いてくれた。


(なんともありがたいことじゃのう……ワシらも、彼らの優しさに応えられるようにせんといかんのう)


 ワシらは両手を合わせ、改めて彼らへと感謝の念を送る。

 そして、彼らから溢れる幸せの光を受け取っていると――大きな『幸』という文字が浮かぶと同時に脳内で声が響き渡る。



【幸福度が溜まり、神在タキヒコのスキルが解放されました】

【スキル開放により、拠点をさらに大きくすることが可能になりました】

【スキル開放により、現在出店中の【うどん屋】で提供する品に効果が追加されました】


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釜揚げうどん    銅貨5枚 幸福度20アップ

わかめうどん    銅貨5枚 罠にかかりにくくなる

野菜かきあげうどん 銅貨5枚 採取で素材が獲れやすくなる

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 これは……三度目のスキルレベルアップじゃな。

 これまでと同じなら、ヒサコさんもレベルアップした筈じゃ。

 成長したスキルも気になるが、まずは『幸福度』を分けてくれた皆さんに頭を下げて、これからも幸多からん事を願うとしよう。

 感謝には素直に感謝を返す、とても大切な事ばい……。

 


「さて、炊き出しの後は片付けじゃ。皆、最後まで頼むぞい」

「はーい!」

「食べるだけだった時は考えていなかったけど、炊き出しの度にこうやって片付けるのって大変ね……」

「裏方なんてそんなもんじゃ。諦めてしっかり洗いんしゃい!」

「分っているわよ、お母さん。ちょっと量に驚いただけ」



 洗い物の量に驚いておったファビリアじゃが、文句も言わずに手伝いを続けてくれておる。



「作るのもその後の片付けも大変ばってん、腹をすかせた人たちが笑顔になって帰ってくれるんやったら、苦労もなんてことはなかとですたい」

「せやね、腹を空かせることの方が、う――んときつかのは、ファビリアもアイリも知っとるやろ?」

「ええ! 嫌というほど身に染みているわ! まったく……領主様も、もう少し頑張ってくれたらなぁ」

「おなかすきっぱなしなのは、かなしいの……」



 真相を知るワシらは、その言葉に何も言えんかった。

 ファビリア達住民にとっては、領主こそが最後の砦ということがわかっちょるからじゃ。

 領主がドンダー一味と繋がっていて、さらに教会とも癒着しているとなれば、その絶望は考えるに余りある。

 アリシアさんの友人による査察で、領主の目が覚めればよいのじゃが……。



「目を覚ますのが先か、断罪されるのが先か……」

「改心するっちゅうのは期待薄じゃなぁ……」



 一生懸命に洗い物を進めるファビリアを見つめながら、ワシらは小さく呟く。

 出来る事なら、領主が目を覚ますのが一番じゃが……。

 最悪、住民が真相を知るのは、全てが終わった後であればと、願わずにはいられなかった。



「さて、暗い気持ちもここ迄じゃ。明日はうどん屋の営業じゃからのう。レベルアップしたスキルも確認せにゃいかん」

「それがよかですばい」



 そうして改めてスキルを確認したのじゃが、そういえばうどんを何種類も食べた時はどうなるんじゃろう?

 気になって調べてみたところ、最後に食べたもの以外の効果は消えてしまうらしい。

 具材だけを一緒に盛っても効果はないらしく、ここは注意書きに書いておかんといかんのう。 



「ふむ、両方の効果が欲しいという人もおるじゃろうが、無理そうじゃのう……」

「その辺りはキッチリしておりますのう」

「同じのを二つ食べても効果は倍にならんという事じゃし、改めて注意事項として書いておかんといかんですな」

「なんだか融通が利かないわね!」

「けど、たくさん食べたい人もいるよね?」

「そん時は、効果度外視で腹いっぱい食べてもらうしかなかばい!」



 ヒサコさんのあっけらかんとした物言いに笑いが起きる。

 その後、片付けと店の準備を終えたワシらは留守を任せていたレイチェルとカイリを呼び、全員で食卓を囲んだその日の夜――。



「――――!」

「――――く―――――早くっ!」



 なにやら外で騒ぐような声が聞こえて目が覚めた。



「んー……なにー?」

「もうあさー?」



 寝ぼけ眼のアイリとカイリをヒサコさんに任せてベランダに出たワシは、肌を焼く熱い空気を感じた。


 

「な、なんじゃアレは!」



 冒険者ギルドから火の手が上がっておる。

 ごうごうと燃え盛る火の手はすでに建物の屋根までを飲み込んでおり、このままでは他の家にも火の手が及んでしまいそうじゃ。



「ヒサコさん! 冒険者ギルドが燃えておる! 子らを起こしてくんしゃい!」

「あいわかった! タキヒコさんはどないするんじゃ!?」

「ワシは一足先に救助に行く! ヒサコさんは後から来てくれい!」



 そう叫ぶと、ワシは靴を履いて外に飛び出し、冒険者ギルドに向けて駆けだした。 


(ちいとばかり騒ぎになるかもしれんが、背に腹は代えられん――!)


 走るワシが脳裏に描くのは、この世界では異質なもの。

 しかし、この状況を一手で変えられるものじゃ。

 冒険者ギルドの前にたどり着いたワシは、手を地面に当ててスキルを発動する――!




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