第11話 タキヒコ達のお引越し、新しい家にはしゃぐ子供達

 ――引き戸を開けた瞬間、真新しい木の香りがワシの鼻をくすぐった。

 続いて目に飛び込んでくるのは、ワシらには見慣れた和風の玄関。

 土間、上がり口から廊下へと続き、奥には二階へ続く階段が見えておる。



「「うわあ……」」

「素敵なお家ですね……」



 ワシらの後に続けて入ってきたレイチェルたち姉妹は興奮した様子を見せておる。

 無理もあるまい。初めて見るであろう建築様式に、家自体の広さも掘っ立て小屋とは雲泥の差があるのじゃからのう。



「ほれ、玄関だけじゃのうて、他の場所も見てみようかの」



 そう言ってワシは一足先に廊下へ上がり、備え付けてあった靴箱に脱いだ靴をしまい込む。

 レイチェルたちは靴を脱ぐ様子を不思議そうに見ておったようじゃが……文化が違うのじゃから、当然じゃよな。

 そのあたりも、簡単に説明しておいた方が良いじゃろう。



「ワシらが住んでいたところではな、家に上がるときはこうして靴を脱ぐんじゃ」

「理由は家の中に汚れを持ち込まないとか、家には神様が住んでおるから失礼が無いようにするとか、いろいろと言われておるがの」

「無理にとは言わんが、一度試してみるとええよ。 裸足も案外心地いいもんじゃ」



 その言葉に三人そろって頷くと、各々靴を脱いで家へと上がる。

 初めこそ少し戸惑った様子じゃったが、すぐに慣れた様子で歩く感触を確かめておった。



「なるほど、確かになんだか落ち着く感じがします」

「木の床って気持ちいいね!」

「家の中で裸足なんて、なんだか不思議な感じ!」



 アイリとカイリが走り出しそうになるのをなだめつつ、家の中を見て回る。

 家の全容としては、二階建ての和風ログハウスといった風貌じゃな。

 玄関から続く廊下の先には広々としたリビングがあり、その手前には扉を挟んで脱衣所と大きな風呂場がある。

 台所も当然のように広くなっており、大きな冷蔵庫と増設されたコンロ、電子レンジにオーブン、果てはコーヒーメーカーやウォーターサーバーまで設置されておった。



「見たこともないものが沢山あります……」

「これなにー?」

「お水がたくさん入っているの」

「いつでも新鮮な水が飲めるようになっておるんじゃよ」

「こっちの赤いボタンを押すと熱いお湯が出てくるから、気を付けんしゃい?」

「「はーい!」」



 そんな会話を挟みつつ、二階へ移動するとそこは驚きの様相になっておった。

 明らかに家の幅より長い廊下が左右に広がっており、扉がずらりと並んでおった。

 それぞれドアを開けると、どの部屋も寝室になっているようで簡素なベッドと布団や枕が用意されておる。



「なんとも広い家じゃのう……二階なんて、どこぞの旅館のようではないか」

「そうじゃな。トイレも上下合わせて3か所あったし、五人で住むにはちと大仰かもしれんのう」

「確かにのう……ひとまず、皆がどの部屋を使うか決めるとするかの」



 皆で話し合い、各々自分の部屋と決めた扉に名札をつけていく。

 途中、アイリとカイリが不安そうな顔をしていたので話を聞いてみると、自室があるのはうれしいが、まだ一人で眠るのは怖いという。

 それならば、眠るときだけは一番大きな寝室を使って全員で寝ようという事になった。



「「皆で一緒に寝れるの?」」

「ありがたいお話ですが、大変ではありませんか?」



 二人は嬉しそうじゃが、レイチェルは少し申し訳なさげじゃのう。

 まったく……子供は変なところで遠慮せんでも良いのじゃよ。



「よかよか、ワシ等は子供達が大事やけんの」

「ああ、何じゃったら、親代わりと思ってくれりゃあええんじゃよ」

「そうそう、子供が寂しがっておる時は一緒にいてやる。そうするのが……『親』っちゅーもんばい」



 ワシがそう言った途端、三人の目に涙が滲む。

 まずい、余計な一言じゃったか!?


(親を亡くしておるんじゃ……迂闊なことを言って悲しいことを思い出させてどうする!)


 一瞬の間に後悔が脳裏を掠めたが、時すでに遅し。

 慌てて謝ろうとしたが、レイチェルがそれを制した。



「ごめんなさい、悲しくて泣いてしまったわけではないんです」

「うれしかったの!」

「パパとママみたいだったの!」



 そう言われてよくよく彼女たちを見ると、涙こそ流しておるが、明るい顔をしておる。

 そこに浮かんだほほ笑みは、何かを決心したように晴れやかなものじゃ。



「厚かましいお願いなのはわかっていますが、この子たちにはまだ親と呼べる人が必要です。お二人さえよろしければ……!」

「私たちのパパと……」

「ママになってほしいの!」



 彼女たちも、本心ではご両親のことを忘れられるはずないじゃろう。

 それでも、ワシを父と、ヒサコさんを母と呼んで頼ろうとしてくれておる。

 これを断る選択肢など、ワシらにあろうか――いや、あるはずもない!



「そうけ……そうけ!」

「ワシ達のような者が父ちゃんと母ちゃんで良いのであれば……喜んで」

「今から、あたしらが三人の父ちゃんと母ちゃんばい!」


 

 ヒサコさんは叫ぶのと同時に姉妹の下へと駆け寄り、大粒の涙を流す。

 抱きしめられた三人も堰を切ったように泣き出してしまったが、その身体からは桜の花のような光……幸せの光が溢れておる。

 ワシはそっと皆の下へ歩み寄り、姉妹と共に涙を流すヒサコさんも一緒に、全員を抱き寄せる。

 そのまま暫くの間、わんわんと泣く四人の頭を撫でつつ、ワシも涙が溢れそうになるのを堪えるのじゃった……。



「改めて……皆で寝るなら、大きなベッドが必要じゃの」

「アイリとカイリが落ちんように、柵をつけた方がよかろうか?」

「「もう、赤ちゃんじゃないんだよ!」」

「そうじゃよのう、まったく、ヒサコさんは心配性じゃなぁ……」

「我が子のことが心配なのは当然たい!」



 胸を張るヒサコさんに、はにかむ姉妹。

 親子としてはまだ多少のぎこちなさが残るが、そこは時間が解決してくれるじゃろう。

 そうして寝室の模様替えを行っていくと、いつの間にか夜も更けてきたようで……。



「おや、もうこんな時間かいな」

「いつの間にか、外が暗くなっていましたね」

「ついつい夢中になってしもうたからの……あまり遅くならんうちに、皆は先に風呂に入っておいで」

「そうさせてもらうかね。 さあさ、階段を降りるときは手すりをしっかりと掴むんじゃぞ?」

「「はーい!……お風呂だー!」」

「こら! 二人とも、言った傍から……!」



キャッキャとはしゃぎながら階段を下りていく二人に、ゆっくりと付いていくレイチェル。

ヒサコさんもそれに続き、暫くすると風呂場から皆の笑い声が聞こえてくる。


(ワシとヒサコさんで、あの子達をしっかりと護り導いてやらんといかんのう……)


家族になったからには、これから先に何があろうとも彼女たちを守らねばならん。

あの姉妹に、これ以上の不幸を背負わせはしないと、月が昇った空を見上げつつ決意を新たにするのじゃった――。




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