第5話 タキヒコ夫婦、スキルに困惑しながらも冒険者ギルドマスターに会う

 翌朝、ギルドに向かう前に『お姉ちゃん』と呼ばれた子の様子を見に行くと、ゆっくりじゃが喋れるまでに回復しておった。

 尋常ではない回復の速さに驚いていると、隣から顔を覗かせたヒサコさんが笑いかけてきた。


 

「これは、恐らくアタシが貰ったスキルのお陰だろうなぁ」

「ヒサコさんのスキルじゃと? どういうことじゃ?」


 

 ヒサコさんから聞いたところによると、恐らく『女神の加護』というスキルが作用しておるのだという。


 

「なるほどのう……そのスキルのおかげでお姉ちゃんさんの治りが早いんじゃな?」

「恐らくそうじゃな。昨日の晩、タキヒコさんのスキルレベルが上がったじゃろうが、その時あたしも一緒にレベルアップしておったんじゃよ」

「そうじゃったのか……」


 

 半死人のようだった子が一晩でこれだけ持ち直すとは、とんでもないスキルじゃの……。


 

「『女神の加護』のレベルを上げていくと、あたしが作った食べ物に追加の効果がついたりするみたいじゃ。」

「それは、うどん以外でも同じなんか?」

「そう書いてあるのう……。もっとレベルが上がると、うどん以外のものも色々と作れるようになるらしいぞ?」

「ほう、なんとも工夫のし甲斐がありそうじゃのう」

「じゃのう……そんで、話を戻すが」


 

 おっと、いかんいかん。

 ついつい話が脱線してしまうところじゃった。


 

「今のレベルでは【瀕死の体を正常に戻す作用】のある、すいとんの具や麺を作れるらしいんじゃ。それにタキヒコさんの出す出汁が溶け込むと、効果が増すようじゃよ」

「ほへぇ……そりゃまた凄いのう」

「あたしとタキヒコさんの二人じゃからこそできるって事じゃな! 素晴らしい!」


 

 ワシの【汁の生成】が【女神の加護】の効果を引き上げ、そのお陰で死にかけていたお姉ちゃんさんが助かったという訳か。

 ワシだけではこうも上手く事が運ばんかったじゃろうし、ヒサコさんには感謝してもしきれんのう……。

 そう思いながら、アイリとカイリの二人を手招き、櫛で髪を梳かしてやる。


 

「二人の作ったうどんでお姉ちゃんは助かったのよね?」

「凄いよね!」


 

 姉が元気になって安心しているのか、昨日よりもよほど元気そうな様子で会話しておるの。

 一人ずつ髪を梳かした後は、ヒサコさんに髪留めで可愛らしく髪を結ってもらう。

 二人は鏡を見て大満足したようで、お互いに髪形を褒め合っているようじゃ。


 

「さて、アイリにカイリ、この後二人にはギルドマスターさんを紹介して貰うが、取り敢えずマスターさんが居る場所まで連れて行ってくれんかのう?」

「「いいよー!」」

「ヒサコさんはお姉ちゃんさんを頼むぞい。お昼前には帰ってくるからのう」

「あい分かったよ」


 

 こうしてワシは二人に案内されて冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者ギルドと拠点はそう離れていなかったようで、歩いて10分程で到着した。

 ギルドの建物は木造の荒々しい建築で、思わず入るのに尻込みしそうじゃったが、アイリとカイリの二人は気にせず中に入っていき、厳つい冒険者達が行き交う中をスルスルと歩いておる。


 

「こりゃ、ワシが尻込みしておる場合じゃないのう……」


 

 ふんどし引き締める気持ちで中に入り、受付のお姉さんに話しかける。


 

「冒険者ギルドのギルドマスターとか言う人を呼んできて欲しい、大事な話がある」

「「お願いしまーす!」」


 

 話しかけた瞬間は不審げな顔をした受付のお姉さんじゃが、子供たちがカウンターの下から顔を覗かせてお願いすると、仕方ないといった様子でギルドマスターを呼んできてくれた。

 ワシ一人で来ておったら会えたかわからんかった……子供って強いのう……。


 

「なんだ、俺に話があるそうだが?」

「初めまして、ギルドマスターさんや。ワシは神在タキヒコと言いますじゃ。実は最近この街にきたばかりでの。色々教えて貰えたら助かるんじゃが……ダメじゃろうか」

「ああ、最近この街に来ちまったのか……状況を話してやらねえと危ないな……。奥の部屋で話してやる。そこの嬢ちゃんたちも連れて来い」

「ありがとうございますじゃ」

「「ありがとうございまーす!」」



 

 案内してくれるギルドマスターさんの後に続き、この街について色々なことを聞いた。


 【瓦礫の街、トケターリス】


 廃墟となったこの街は、今ではそのように呼ばれておるということじゃ。

 瓦礫の街となったのは今から2年前、近郊にある『ダンジョン』と呼ばれる魔物の巣穴から魔物達があふれて出して街を飲み込む――所謂スタンピードが発生したのだという。

 当時、街を束ねていた辺境伯は留守にしており、避難誘導が遅れたこともあって大きな被害が出たそうじゃ。

 陣頭指揮を執っていたギルドマスターさんは苦い顔をしてその時の様子を語っておった……。

 

 

 「この街がダンジョンに一番近かったって事も災いした……魔物達は一切の攻撃を受けないまま、溢れだしたそのままの勢いで街を襲ったんだ」

 

 

 復興は少しずつ進んではいるものの、大量の瓦礫が邪魔で復興が思うように進まないのだという。

 それに加え、この辺りを牛耳っておる『ドンダー一味』と呼ばれる悪党共が様々な嫌がらせをしており、復興だけでなくダンジョンの攻略も中々進まないのじゃと教えて貰った。

 この近辺に居を構えるのであれば、いづれはワシらともかち合う事になりそうじゃな……。

 気になるところじゃが、今はお姉ちゃんさんの回復を待たねばならんし、何より炊き出しの事を聞かねばならん。


 

 「なるほどのう……諸々得心がいったわい。そう言えば気になったんじゃが、この街、炊き出しなんかはしておらんのか?」

 「残念ながら、この瓦礫の街にはそんな余裕ないんだよ」


 

 案の定じゃ……。

 温かい食事自体が久しぶりという娘っ子たちの話を聞いて予想はしておったが、この現状はいかん。

 思わず頭を抱えたくなってしまうが、何とかこらえて話を続けてもらった。


 

「最低限とも言えないが、僅かな配給品はある。クソ硬い黒パンを教会で配っているのを見たことがある……無いよりはましって程度だがな」

「なるほどのう……」

「「わたしたちはその黒パンが生命線なの……」」

「ふむ……教会に角を立てないで炊き出しが出来るようにすれば、大分違うかもしれんのう」


 

 ――せめて週に2回、『すいとん汁』を振舞えるだけでも全く違ってくる。

 準備は多少大掛かりなものになるが、やるしかないのう。


 

「アイリにカイリ、パンを貰っていた配給場所は教会前かの?」

「うん、そうだよ」

「配給がいつあるかは決まっていないけど、場所はいつも同じなの」

「なら、ちと足を延ばしてその教会までいこうかの」

「「え?」」

「いやなに、ワシとヒサコさんで炊き出しをしようと思ってな。その許可を貰いに行くんじゃよ」

「兄ちゃん、炊き出しにいちいち許可なんて要らねぇぞ? 俺も昔に聞いた事があるが、『用意が出来るなら炊き出しは自由にしていい』って言われたからな」

「なんと、ギルドマスターさんや、それは本当かえ?」

「おう。つっても、俺達も炊き出しまでは手が回っていねえんだがな……」


 

 これは幸先が良いのじゃ。

 許可がいらないというのなら、面倒ごとがかなり少なくなる。

 規模の大きい組織と対立したりすると、後で色々大変じゃからのう……。


 

「なら、ワシと妻とで何とかしようかのう……。まずは一旦帰って色々案を練ってみるか」

「もし良い案が浮かんだら教えてくれ。俺達冒険者ギルドでも、少しは手伝いが出来るかも知れねぇ」

「ありがとよ」


 

 話しが終わってギルドを出たワシたちは、一旦拠点に帰ってヒサコさんと今後を相談することにした。

 帰りがけ、ギルドマスターさんに持たされた配給品の黒パンを一口齧ってみたが……。


 

「歯が欠けそうじゃ……こんなもん一体どうやって食べておったんじゃ……」

「削って水でふやかすか、ずっとお口に入れておけば、ちょっとだけ食べやすくなるよ?」

「お湯があればもっと柔らかくできるけど、薪は冬に備えて貯めておかないと……」

「……そうか」


 

 これが配給品で生命線です、と言われても、さすがに厳しいものがあるのう……。

 炊き出しの問題は思っていたよりもずっと深刻じゃな。

 

 

「まずは、現状整理からじゃの」

「あたしが出せるのは、うどん麺とすいとんの具だよ」

「それなら、『すいとん汁』を寸胴鍋一杯に用意していけば良さそうじゃの」


 

 配給場所の確保も、【拠点】で大きめの屋台を用意すればよいじゃろう。


 

「器は紙の容器でええじゃろうか?」

「そうやな。後はスプーンの代わりに割りばしでええじゃろ。捨てられても、両方土に還るしの」


 

 どんどん話を詰めていくと、その様子を見ていたアイリとカイリが心配そうな顔をしてワシらに声をかけてくる。


 

「え? え? 二人とも本気なの? きっとたくさん人来るよ?」

「ごはん足りなくなっちゃって、みんなが喧嘩にならない?」

「心配せんでええ。具材はちと少ないが、すいとんの小麦粉玉くらいなら山盛り出せるからのう」

「そうそう、安く抑えようと思えば抑えられるからのう」

「でも、ほとんど知らない人たちだよ?」

「お話したこともない人たちだよ?」


 

 あんまりに心配そうな顔をするものだから、ワシら二人して、ついつい噴き出してしもうた。


 

「そうじゃな! みんな見も知らん人たちじゃ!」

「「だよね?」」

「じゃがな……根っこは変わらんのじゃよ。腹が膨れれば嫌な事が少しは減る。それが定期的なものなら安心感が増す。そうなれば――生きる気力が増す」

「お姉ちゃんさんをみなされ。生きる気力が沸いておるから何とかなったんじゃ」

「「!」」

「どうしても助けて欲しいという人が現れたら、ワシらは出来る範囲で何とかしようと思う」

「その地盤固めに商売なんかもしたいが、あたしらはまだまだスキル不足じゃしの。それなら、まずは出来る事からコツコツと始めるのがよかとたい」

「それに、腹を空かせて泣く子供が少なくなれば、ワシらも嬉しいしのう」

「それなら……アイリもお手伝いしたい!」

「カイリも!お手伝いするよ!」

「おうおう……それなら二人とも、しっかり手伝って貰おうかのう?」

「「はーい!」」


 

 元気よく返事をする二人に笑みを向けつつ、炊き出しを始めるための段取りを話し合う。


 

「まずは調理場じゃが……拠点内に長机を出して、野菜を切ったりするのはそこですればよかろうな」

「洗い物は、外付けした蛇口の水道水で何とかなりそうじゃ」

「大量に煮炊きするなら、カセットコンロを追加で買って……一度に5つ程度の寸胴鍋一杯作るのが限界かのう?」

「作る端から空間収納に入れるとして、それを寝る前まで繰り返せば、量についてはなんとかなるじゃろう」


 

 なるべく早めにやりたいが、用意せんといけんものが多いのう……。

 まずは道具と野菜を沢山用意せんといかんばい。

 アイリとカイリにも手順を教えることもあるし、本格的に始めるのは明日からがよかろう。

 そう思いつつ調理道具や規格外の野菜などをネットスーパーで購入し、配置したり空間収納に入れ込んだりしていると、いつの間にか夜も更け……。

 多少手狭になった掘っ立て小屋、ヒサコさんと一緒の布団でら眠りについた――。

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