第4話 タキヒコ夫婦、保護した子と保護せねばならぬ子の為に奮闘す!

 この世界で初めて作ったうどんを、この世界で初めて会った子供達と共に食す。

 目を輝かせてうどんを食べる姿は実に可愛らしく、どの世界でもこうあるべきなのじゃろうなと思う。



「おいしいっ!」

「あったかいご飯たべたの……久しぶり……」

「なんと……普段はあったかいご飯が食べられんのかい?」

「うん、お父さんとお母さんが居た頃はこんなふうだった気がするんだけど……」

「スタンピードが起きて……」

「すたんぴーど?」



 ヒサコさんが小首を傾げるが、ワシも初めて聞く単語じゃ。

 『起きる』という事は、きっとこの世界特有の災害か何かじゃろうが、詳しく聞いた方がよさそうじゃの。



「ワシ等はこの辺りに来てまだ間もないんじゃ、何があったのか、教えてくれると助かるのう」

「それなら、私たちのお姉ちゃんがいろいろ知ってるよ!」

「うん、いつも3人で一緒なんだけど……」

「うん?」



 姉の話が出た途端、二人の表情が陰りだす。

 みるみるうちに涙があふれ、ぽたぽたとそのしずくが垂れた。



「「う、うわああああああああん!」」

「どうしたんじゃ?」

「お姉ちゃんがどうしたんじゃ?」

 


 急に泣き出してしまった二人をあやしつつ仔細を聞くと、なんでも姉は自分たちを食べさせる為に殆ど食事をしておらんかったらしい。

 それが原因で倒れてしまい、今は動くことも出来んくなっているというではないか!

 この子らがそんな姉を置いてまで食べ物を探しに外に出ているのであれば、もういくばくも時間がないかもしれん!



「そらいかん! 案内してくれるか? 姉ちゃんにも旨いもん食わせんと!」

「「いいの?」」

「当たり前たい! 直ぐ用意するけんまっちょれ!」


 そう言うやいなやコンロと鍋など必要な道具一式を『空間収納』に突っ込む。


「家はどっちじゃ!」

「あっち!」



 子供達が食べ終わっているのを確認したワシは二人を抱きかかえ、頭にヒサコさんを乗せて走り出すが……。

 抱き上げて分かった。


 (この子ら、何と軽いんじゃ……)

 

 この世界では、子供がこんなにもやせ細ってしまっておるのか……。

 ますますもって、二人のお姉ちゃんが気掛かりじゃ。

 最悪の事態になっていない事だけを祈りながら走り続け、吹き曝しの今にも崩れそうな小屋に入ると、そこには――。



「「お姉ちゃん!」」

「……」



 驚きが口に出なかっただけマシじゃろう……これは酷い。

 虚ろな目に、乾いた唇、浅い呼吸……まだ辛うじて生きておるといった具合じゃ。

 袖口から除く手足は細く、この様子じゃとあばらも浮き出ておるじゃろう。



「タキヒコさん、飲み水をおくれ」



 ヒサコさんに言われて、ワシは慌ててペットボトルの水とコップを取り出す。

 コップに水を入れて手渡すと、ヒサコさんはお姉ちゃんと呼ばれた娘さんをゆっくりと起こした。



「水じゃよ、そうそう、ゆっくり飲みなっせ……」


 口元にコップを持っていき、少しずつ口に含ませる。


「……お……いしい」

「そうじゃろそうじゃろ。今直ぐ温かいご飯用意しちゃるけん、もうちっと待てるか?」

「……ぅん」



 コンロを出してうどんを作り始めると、ヒサコさんは食べやすい様にと細いうどんを出してくれた。

 さすがヒサコさん、これならゆで時間も短縮できるのじゃ。

 柔らかく茹でたうどんを温めの汁に入れて、ワシとヒサコさんの二人がかりで娘さんに食べさせていった。



「ほら、うどんっちゅー食べ物じゃ。温かいし元気が出る……ゆっくりでいいから食べなっせ」

「…………」

「噛めないでもええ、コシのないうどんじゃけん、直ぐ口の中でほぐれるようになっとるばい」

「……おい……し……い」

「うんうん、一口ずつ食べなっせ」



 ゆっくりと食べさせていき、ピクリと動いた手がゆっくりと上がっては落ちる様子から、御汁が飲みたいのじゃと解った時には汁も飲ませた。

 涙を流しながら食事をするお姉ちゃんと呼ばれた子は……中学生か高校生くらいじゃろうか?

 時間はかかったが、御汁とうどんを食べ終える頃には頬と唇に赤みが増しておった。

 体が生きようと必死になっておる。



「まだ、まだ死んでくれるな……」


 気がついたら口にしておった。

 しかし――瞼がゆっくりと閉じられていく。


「嗚呼……!」

「「お姉ちゃん……!」」

「大丈夫、胸はうごいちょる……眠っただけじゃ」



 さすがのワシも肝が冷えた……。

 ひとまずはお姉ちゃんを寝かせてやって、二人を落ち着けんといかんの。



「良かったばい……取り敢えずこのお姉ちゃんも拠点に連れて行って保護せんとな」

「せやね、保護せんといかんばい。こげん体ば細そうして……。辛かったろうに」

「「うわああああああん!」」

「大丈夫じゃ、お前さんたちのお姉ちゃんもワシらが保護する。死なせはせんばい。絶対にの!」

「うん……うん!」

「お姉ちゃんを助けて!」

「助けちゃる! 三人まとめてワシとヒサコさんが助けちゃるけんな!」



 二人をギュッと抱きしめたその時、寝かせたお姉ちゃんと腕の中の二人から光の玉が飛び出した。

 桜の花のように淡い桃色をした光の玉は、いくつも飛び出してはワシとヒサコさんに吸い込まれていく。

 最後のひとつが吸い込まれると、胸の前に大きく【幸】という文字が浮かび、ワシとヒサコさんの体に入っていく。

 なんとも温かいの……。



「今のは……」

「何とも温かい光じゃったが……」



 不思議な光景にヒサコさんと顔を見合わせていると、『スキルアップ』という声が脳内に響いた。

 そうか、今の光が、ワシらが貰う『幸福度』と言う奴か。

 なんとまぁ……涙が出そうになる程、切なく温かいのう……。



【幸福度が溜まり、神在タキヒコのスキルが解放されました】

【スキル開放により、【拠点】を合計2つまで作成することが可能になりました】

【併せて、拠点を大きくすることが可能になりました】

【スキル開放により、【汁の生成】に『味噌スープ』が追加されました】



 拠点を大きく出来るし合計2つ選ぶことも可能と……。

 じゃが今はそげんか事は後ばい。

 まずはこの姉妹の保護が優先じゃ。



「この家で持って行くものは他になんかあるか?」

「この箱だけだよ」

「よし、じゃあワシがお姉ちゃん抱っこしていくけん、2人は自分で歩けるかい?」

「「うん!」」

「なら、護衛は任せんしゃい。なんか来たらぶっとばしちゃるけん!」

「ははは、ヒサコさんはか弱いんじゃから無理しちゃいけんよ」



 ワシらはそんな会話をしながら暗くなり始めた道を行き、【拠点】の掘っ立て小屋に戻ってきた。

 ヒサコさんが急いでワシの布団を床に敷き、そこに『お姉ちゃん』をそっと寝かせる。

 スウスウと規則正しい寝息を立てておる様子に皆がホッと安堵の息を吐き、暫く寝かせておこうという事になった。


 交代で様子を見つつ、夜ご飯にはクタクタに煮込んだ味噌煮込みうどんを手作りした。

 美味しく頂いた後は、ヒサコさんに二人を風呂に入れて貰う事になったのじゃが……。



「お風呂なんて……」

「入っていいのかな……?」

「遠慮するこたないよ。新しい服もタキヒコさんに用意して貰うから大丈夫じゃ。ほい、タキヒコさん、このサイズで下着や服や寝間着を買ってあげておくれ」

「うむ。その前にボディーソープとシャンプーに、バスタオルと歯ブラシセットじゃな」



 そう言って『ネットスーパー』で購入した品をヒサコさんに手渡すと三人は仮設の風呂場に向かった。

 三人の入浴中、ヒサコさんがメモしたサイズの品々を購入していき、靴は二人に似合いそうな可愛らしいピンクと赤を選んだ。

 女の子と言えばこの色合いかも知れんが……今どきは多様性じゃというし、好きな色合いは人それぞれ違うかもしれんがな。



「しかし、拠点が2つ作れるようになったか……」



 拠点も大きく出来るようになった事じゃし、どうしたものかのう。

 此処の拠点は無断で借りておる状態じゃが、本来なら役所を通さねばならんのかも知れん。

 


「役所といってものう……」



 外からは子供たちの喜ぶ声とヒサコさんの楽しそうな声が聞こえてくる。

 そう焦る事も無いかと思い至ったワシは、スウスウと寝息を立てて眠る『お姉ちゃん』に目をやる。

 心なしか、顔色が良くなったように見えることに安堵すると同時に、これがこの世界の現状なのじゃとも思い知った。

 この街で何が起きたか詳しくは今は分からん。

 しかし、放っておくことは出来ん。



「炊き出しが必要じゃ」



 毎日は無理でも、たとえ週1回、2回でも。

 出来るところから始めんと、沢山の命の火が消えてしまう。

 それだけは避けねばならんことばい。

 もし炊き出しして文句言われたのなら、その時は心から謝罪しよう。

 違約金がいるっちゅーなら、ヒサコさんとコツコツ溜めてきた【アレ】で支払おう。

 まずは、話を出来る場所が解ればいいんじゃが……。



「「気持ち良かった~!」」


 考えを巡らせていると、ヒサコさん達が風呂から上がってきたようじゃ。 


「次はタキヒコさん入ってきたらどうじゃ」

「その前にその子らに聞きたいことがあるんじゃが」

「「なぁに?」」

「二人の名前を教えてくれんかの?」

「「あ!」」



 今更ながらに、二人の名前を聞くのを忘れておったことを思い出した。

 それどころじゃなかったからの……。

 二人は少し照れたように、それぞれ『アイリ』『カイリ』と名乗った。



「アイリにカイリじゃな、改めてよろしくの?」

「「うん、よろしくの!」」


 あとは『お姉ちゃん』の名前じゃが、それは彼女が起きてからでいいじゃろう。

 

「ではアイリにカイリ、聞きたいことがあるんじゃが」

「「はーい!」」

「炊き出しをしたいんじゃが……勝手にやっていいのかわからんでの。どこに行って聞けばええかの?」

「それなら、冒険者ギルドのマスターさんが詳しいかも……」

「そうだね。わたしギルドマスターさん好きー」

「そうか、よければ明日案内してくれるか?」

「「うん!」」



 こうして明日の朝、食事を終えると一緒に行くことが決まり、ワシはホッと安堵して風呂に入る事になったのじゃが……。



「冒険者ギルドのマスターさんか……身元の不確かなワシらに会ってくれればええがのう……」



 どことなく不安に思いつつ、大きな溜息を吐いたのじゃった――。

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