昔は良かったとは、言えない事例も多くある

星咲 紗和(ほしざき さわ)

本編

「昔は良かった」という言葉を耳にすることは少なくありません。特に年配の方々が、若い頃の時代を振り返り、「あの頃は良かった」と感慨深げに語る場面は、私たちの日常生活でもよく見かけます。確かに、過去の良い部分や思い出に浸ることは悪いことではありません。音楽や映画、文学作品、あるいはアイドル文化など、多くの人々が「あの頃の方が良かった」と感じる領域は存在します。しかし、その一方で、「昔は良かった」と一括りにすることには大きな危険も潜んでいます。なぜなら、過去には確かに良い面もあった一方で、現代から見ると問題だったと感じる風潮や制度も少なくないからです。


まず考えたいのは、当時の社会における人権意識や労働環境、そして男女の役割に対する考え方です。例えば、年功序列や終身雇用制度は、かつての日本社会では一般的でした。これらの制度は、長く働くことや年齢を重ねることで自然に待遇が向上するというもので、安定した社会を支える役割を果たしていました。しかし、これが全ての人にとって「良かった」と言えるかどうかは、疑問が残ります。年功序列のもとでは、若い人々の能力や才能が軽視されがちであり、実力よりも年齢や勤続年数が評価の基準とされることが多くありました。これは、若手社員が自らの力を発揮しにくい環境を生み出し、閉塞感を感じさせる要因となっていたのです。


また、終身雇用制度の影響で、企業に対する忠誠心が強く求められ、働き方の選択肢が極端に狭められていました。一つの会社で一生働くことが当たり前とされる中で、転職やキャリアチェンジはリスクが高いと見なされ、多くの人が不満を抱えながらも会社に留まるしかなかったのです。このような制度の下で、特に若い世代や女性の活躍の場が限定されていた点は、現代の価値観からすれば問題視されるべきことでしょう。


さらに、過去の社会では、男尊女卑の風潮が色濃く残っていました。女性が家庭に入ることが当然とされ、職場では管理職に女性がほとんど見られない時代もありました。これが、性別による役割分担を強固なものとし、女性の社会進出を阻んでいたのです。今では当たり前のように議論されている「男女平等」や「ジェンダー平等」は、当時の社会においてはまだ浸透しておらず、女性が差別的な扱いを受けることが少なくありませんでした。「昔は良かった」という言葉には、こうした背景が忘れられがちであり、過去を美化することの危険性を感じずにはいられません。


もちろん、現代の社会にも様々な課題があります。SNSの普及により、人間関係が希薄化したり、情報過多によるストレスが増えたりと、新しい時代ならではの問題も確かに存在します。ですが、それをもって「昔は良かった」と言い切ることはできません。どの時代にも、良い面と悪い面が共存しており、過去を振り返るときには、良い部分だけでなく、問題点もしっかりと認識する必要があるのです。


では、なぜ人々は過去を美化し、「昔は良かった」と感じてしまうのでしょうか。その一つの理由は、記憶が曖昧で、時間が経つにつれて過去のネガティブな側面が薄れていくからだと考えられます。人間は、ポジティブな出来事や感情を強く記憶し、ネガティブな経験を意図的に忘れる傾向があります。そのため、過去の出来事を振り返るときには、楽しかった思い出や成功体験が鮮明に残り、苦しかったことや不快な経験は薄れてしまうのです。


また、現代の社会に対する不満や不安が、過去を良いものとして感じさせる原因にもなります。現代社会は、情報のスピードが速く、技術の進化も著しいため、変化に対応しきれずにストレスを感じる人が増えています。このような状況下では、変化の少ない「安定した過去」を理想化し、「昔は良かった」と感じることが一種の心理的な防衛機制として働いているのかもしれません。


しかし、私たちが目指すべきは、過去に戻ることではなく、過去の教訓を活かしてより良い未来を築くことです。過去の問題点を認識し、それを現代社会でどう改善していくかを考えることが重要です。例えば、年功序列や終身雇用に縛られない働き方を推進し、若い世代や女性が活躍できる社会を作ることが求められています。また、ジェンダー平等の実現に向けた取り組みや、多様な価値観を尊重する社会を目指すことも、現代の重要な課題です。


過去を懐かしむ気持ちは理解できますが、それに囚われてしまうと、私たちは未来に進む力を失ってしまいます。「昔は良かった」と感じるのであれば、その良かった部分をどのように現代に取り入れ、どのように社会をより良いものにしていくかを考えるべきです。そして、過去の失敗や問題点を繰り返さないためにも、常に時代の変化に対応し、柔軟な思考を持つことが大切です。


未来を見据え、希望を持って生きるために、私たちは過去に学びながら、現在と向き合い、より良い社会を目指していく必要があります。「昔は良かった」と言うだけでなく、今が良い時代となるよう、私たち一人ひとりが努力を続けることが求められているのです。

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昔は良かったとは、言えない事例も多くある 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

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