正直者とおうちごはん
無事買い物を終えた僕たちは、18時過ぎに調理を開始することができた。
今日のご飯は菊島さんとの厳正な協議の上でカレーに決定していた。
カレーは栄養豊富な上、基本は煮込むだけなので簡単に作ることができ、誰が作っても大抵がおいしく仕上がる最高の料理なのだ。
取り敢えず菊島さんに米を炊いて貰いながら、僕はジャガイモとニンジンを下処理した後に一口大へと切り分けていく。
「はぁー、手際良いですねぇ」
感心したような菊島さんの呟きを聞きながら、タマネギのみじん切りへと手順を移す。
「まぁ、何だかんだ包丁使うのも長いからね。あ、鍋で豚肉炒め始めてほしいかも」
「わかりました!私も早く梅原さんの手際に追い付きたいですね……」
菊島さんは鍋を取り出して、先ほど購入したばかりの豚肉を炒め始める。
じゅ~っという音が響き始めるのを尻目に、タマネギのみじん切りで目がやられた僕は、涙を流しながら上を向いた。
「わっ!梅原さん大丈夫ですか!?」
「うん、すぐ収まると思う。タマネギを切るといつもなるんだよね。ちょっと待ってね。あ、このタマネギと先に切ってたジャガイモとニンジンもその鍋に入れて炒めてくれる?」
「うぅ……梅原さんの勇姿は忘れません……!!」
「いや、待って?僕まだ生還の余地残しまくってるんだけど?」
そんなアホな会話を繰り広げながらも着々と料理が進んでいく。
カレーは煮込みのフェーズには入り、鍋に水を加えた後にハチミツを足し混む。
菊島さんに煮込みを任せて、先ほど買ってきたレタスとトマトで簡単にサラダを作り、カレー完成までの間は冷蔵庫で冷えておいて貰う。
いい具合に煮込まれる鍋から、適宜灰汁を取ってくれている菊島さんが「そう言えば……」と口を開く。
「梅原さんって、どうしてバイトを始めたんですか?」
「んー、特に強い理由がある訳じゃないんだけど、早いうちからお金を貯めていきたいなって思ってね。何かあったときに使えるように」
「はぁー、めちゃくちゃ立派な理由に聞こえますけど」
「いや、ホントにそんな良いもんじゃないんだよ。ただ、入りたい部活とかもなくて時間を有効活用したかっただけだから」
部活に入ってしまうと、部員と深く付き合うことになるだろう。
それは知り合いと適度な距離感で付き合っていきたい僕にとってはかなりのストレスになると分かっているので、部活動は考えもしなかった。
まぁ部活動じゃなくてバイトを選んだ結果、菊島さんとは割と深く付き合ってる気がするが……。
不思議とストレスもないから、全く問題はないんだけどね。
「なるほどー、そうなんですね」
「そういう菊島さんは?どうしてバイト始めたの?」
「私は家賃の足しにしたくてです!両親に出して貰ってますが、ワガママでこうして一人暮らしさせて貰ってるので、少しでも自分のお金は自分で出したくて……」
「いや、菊島さんのほうが立派すぎる理由じゃんか」
「うぅ……そんなこともないんですけど……」
根菜類も大分柔らかくなってきたので、1度火を止めてカレーのルーとガラムマサラも投入する。
ガラムマサラ――――これを入れるだけで市販のルーでもかなり本格的な味わいに仕上がるので、僕にとってはカレーの必需品になっている。
再度加熱を開始し、鍋の中身をゆっくりとかき混ぜていく。
「……どうして菊島さんは、親元を離れての生活を望んだの?」
いつもなら絶対にしない質問が僕の口から飛ぶ。
彼女の自宅に上がって、一緒に料理をしたからだろうか……?
気が緩んでいたのかもしれないが、彼女のことをもっと知りたい、という好奇心がつい表に出てしまった。
しまった……と思ったときにはもう遅く、彼女は困ったような表情を浮かべながら僕を見ていた。
「何となくですが、梅原さんはあんまり人の事情に踏み込んでこないと思ってました」
「あ、いや、申し訳ない」
謝罪以外の言葉が出てこない。
分かっていたはずだ。
人それぞれに事情があるから、そこに土足で踏み込むようなことをすれば相手がどう感じるかを。
踏み込んだ結果、もう同じように浅い関係には戻れなくなる可能性があることも。
「大丈夫です。怒ったりはしていないので。単純に意外だっただけです」
「本当にごめん。僕は思ったよりも深く、菊島さんと仲良くなりたいって思ってるのかもしれない……」
「……ふぇ?!」
菊島さんが赤面する。
何か、また余計なことを口走った気がする。
慌てるとダメだ。
思いもよらず口が軽くなり、必要以上のことを相手に伝えてしまう。
「……梅原さんって、もっと人に興味がない人だと思ってました」
「んん、肯定しにくいけど、どうしてそう思うの?」
「前も言ったと思いますけど、梅原さんは表情がわざとらしいからです。いつも作り物の表情で私とか美那子さんと話してるので、人と仲良くなる気がないんだなって思ってたので」
この子は本当によく気付いているのだと感心してしまう。
彼女と居るとストレスが薄い要因の1つは、仮面を被っているのがバレているなら被る必要がない、と本能で感じ取っているからかもしれない。
「もし、不愉快に感じていたらごめんね。でも、悪意を持ってやってる訳じゃないんだ」
「そんなこと分かってますよー!時々私といるときは素を見せてくれている気がするので」
「はは、菊島さんには敵わないな」
「……少し話しを戻しますけど、親元を離れた理由は別に教えてもいいです。でも、1つ条件があります」
「条件……?」
「梅原さんも、いつもわざとらしい表情を見せる癖がついた理由を教えてください」
「え……?」
意外な条件だった。
まさか僕側の事情に踏み込んで来るとは想定していなかったので、驚きの声が漏れてしまう。
とは言え、先に踏み込んだのはこちらだし、僕だけ踏み込まれたくない、というのは些か都合が良すぎるのも確かだ。
「……深く仲良くなりたいのは、梅原さんだけじゃないんですよ」
恥ずかしそうに赤面しながらに彼女が漏らす言葉に、つい表情が崩れる。
その表情に気付かれないように、カレー鍋の火を止めて炊き立ての米を盛った皿によそっていく。
冷蔵庫にあるサラダを取り出し、よそったカレー皿と共に食卓に並べる。
「……分かったよ。ただ、そこまで面白い事情はないからね」
「こっちの事情だって面白くなんかないですよ!……交渉成立ですね。じゃあご飯食べながら、少しお互いの仲を深めましょうか」
そう言って、眼前に夕食が並んだ食卓へ同時に着席すると、「いただきます」と食前の挨拶を重ねてから彼女は事情を語り始めた。
仮面被りな僕と正直者な彼女 しばぴよ @shibapiyo
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