正直者と試験勉強
ファミレス会から数日が経ち、気が付けば日曜日になっていた。
彼女との勉強会は、お互いにバイトのシフトが入っていない日曜日と月曜日の放課後開催になったらしい。
……らしいというのは、彼女宅にお呼ばれした衝撃で、その辺りの話し合いと決定事項を何一つ覚えてないのだ。
彼女曰く、「日曜日でも良いですか?」と尋ねられたのに対して、生返事を返していたそうだ。
ちなみに中間試験開始まで残り3週間あるが、毎週開催が決定しているとのこと。
想像以上にガッツリと予定を組み込まれていることに、驚きを隠せない。
まさか、3回連続で日曜日を潰しにかかられるとは夢にも思っていなかった。
そんなことを考えながら駅の改札前で待っていると、駅の出口から小走りでこちらに駆けてくる元凶美少女が目に入る。
「すいません!お待たせしちゃいました!」
「いや、菊島さんは時間ぴったりだし、僕も今来たところだから問題ないよ。むしろごめんね、急がせちゃって」
実際、時計の針は13時を指しており、集合予定時刻になったところだった。
僕の返答に「いえ、私が勝手に急いだだけなので……」と言いながらやや困った表情を浮かべた菊島さんは、小走りしたお陰で少し崩れてしまった衣服を整え、背筋を伸ばしてから僕に向かって眩しい笑顔を見せる。
「取り敢えず、うちに案内しますので付いてきてください!」
こうして、勉強会という名の自宅訪問イベントが幕を開けた。
――――――――――
「ここが我が家です!くつろいでくださいね!」
いつものファミレスを過ぎ去り、駅と反対方向に3分ほど進んだ場所に、彼女の住むマンションがあった。
オートロックでセキュリティが強そうな8階建てのマンションで、その4階に彼女は住んでいるようだ。
染谷書店のある商店街とも近く、立地的にはとても良い場所に感じる。
ちなみに、ファミレスは商店街の入り口から少し直進した先にあり、そこを左に曲がれば駅の方面、右に曲がれば菊島さんの家、といったT字路の形をしている。
それにしても、女性の家に上がるのはこれが初めての経験なので、正直めちゃくちゃ緊張している。
取り敢えずリビングに通されたものの、小綺麗に片付いていて何か良い香りもするうえに、置かれている家具なども可愛らしいものが多く、微塵も落ち着かない。
家主はと言えば、僕のそんな様子に全く気付かずに「えへへ……初めてお友達をうちに招待しちゃいました」と蕩けたように表情を崩して上機嫌だ。
部屋のタイプは1LDKのようで、高校生の一人暮らしにはやや贅沢気味だ。
ここ立地も良いし部屋も広いし、割と家賃高いのでは?
そんな下世話な考えが頭に浮かんでしまう。
「早速リビングでお勉強しましょうか!勉強道具取ってきますね!そこのダイニングチェアに座って少し待っててください」
そう言い残した彼女が、機敏な動きで1室に入って行くのを見送った。
こちらも持ってきた勉強道具をテーブルに広げて準備を整えてから、少しだけ部屋を見渡すと壁際に掛けられている制服に目が止まる。
その制服にはとても見覚えがあった。
と言うのも、僕が通う河北学園と最寄り駅が同じで、登校時によく見かけるのだ。
確か、この辺りでも割と有名な女子校でお嬢様学校の気もあり、同級生たちが制服が可愛い!と興奮気味に語っていたのを思い出す。
彼女から直接学校名を語られることはなかったが、同じ最寄り駅であることや発言内容からこの学校かな?と思っていたので特別驚きはなかった。
そんな感じで少し待っていると、菊島さんが大量の勉強道具を抱えながらドタバタと部屋から出てきた。
「お待たせしました!早速始めましょうか!」
「ああ、始めちゃおうか」
「はい!よろしくお願いします!」
とても良い笑顔で返事をくれる菊島さんに、少しほっこりしながら勉強会を開始した。
――――――――――
数時間ほど経って、お互いに良い具合に勉強が進んでいた。
どうやら、こちらの学校の方がやや授業スピードが速いらしく、彼女の勉強範囲であれば問題なく教えることができた。
解説をする度に「すごい!!」「わかりやすい!!」「さすがです!!」と褒め倒されるのだけは、気恥ずかしさがとんでもないので今後は控えてほしいが、進み具合に彼女も満足そうなので勉強会をして良かったと素直に感じる。
彼女も普段から勉強しているのだろう。
自己申告よりも全然理解が進んでいる印象で、想像してた以上にスラスラと問題を解いていた。
ちらりと時計を見ると、時刻は17時を少し回っていて良い時間になり始めていた。
「菊島さん、良い時間になっちゃったから、そろそろお暇させてもらうよ」
僕が告げると、菊島さんは顔を上げて不思議そうに首を捻った。
「あれ?梅原さんご飯食べて行かないですか?」
「いや、さすがにそこまで長居するのは悪いよ。女の子の部屋にあんまり遅くまでいるのも良くないしね」
僕の意見を聞いた菊島さんは、途端に「むむっ……」という表情を見せる。
「私はそんなの気にしないです!せっかくなので晩ご飯食べて行きましょうよー!」
「えぇ……」
「友達と晩ご飯をうちで食べるのに憧れあるんですよー……」
彼女は親しい友人があまりいないのだろうか?
失礼な考えになってしまうが、先ほどからの彼女の発言からそう捉えてしまうのは仕方ないだろう。
「わかったよ。食べていくよ」
彼女の勢いに負け、ご相伴に預かることを伝えると、途端に目を輝かせてワクワクした表情を見せてくる。
「やった!!なに食べます?!」
「そうだなぁ……。菊島さんは何か食べたいのある?」
「えっと……」
菊島さんは少し考える素振りを見せた後、何かを思い付いたような表情を浮かべて、ちらちらとこちらを伺ってくる。
「あのー、ムリを承知でなんですけど……。梅原さんの手料理食べてみたいなぁ、なんて……」
「……はい?」
「だって、この前料理得意だって言ってたじゃないですか!!それなら、食べてみたいなぁって自然と思っちゃいますよ!」
まさか、晩ご飯に誘い込まれたうえに作って欲しいと言われるとは思わなかった。
驚きつつもチラリとキッチンを見ると、時々料理をしていると言っていた通り器具は一通り揃っていそうだ。
何となくだが、ここで下手に断ってもまたごねられそうな気がする。
ここまで自分の感情に素直に従えるのは、本気で羨ましい。
仕方ないか……
「わかったよ。ただ、菊島さんも一緒に作るで手を打とう。料理の質問があれば受け付けるって言っちゃったから、今日も練習の一貫ってことで」
「むむむっ……良いでしょう!じゃあ、早速買い出し一緒に行きませんか?今あんまり食材無いので……」
「わかった。この辺の店あんまり分かってないから案内してくれる?」
「任せてください!じゃあ遅くならないうちに行っちゃいましょう!!」
2人揃って、少し急ぎ目に買い出しの準備を整えていく。
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