久しぶりのファミレスで
「お疲れ様です、葛葉さん。お先に失礼します」
「はいはい、おつかれさんー」
「美那子さん!お先に失礼します!!」
「茜ちゃん勤務終わりなのにずいぶん元気ね……?お疲れ様、ゆっくり休んでね」
今日もバイトを終えた僕たちは、レジ締めのため勤務時間が残っている葛葉さんに挨拶をしてから、店を出る。
ちなみに店長は奥の控え室で何やら難しい顔をしてPCと向き合っていたので、控え室を出る際に挨拶を済ませてある。
というか、いつの間に菊島さんと葛葉さんは名前で呼び合う仲になっていたのだろうか……。
距離が詰まるの早すぎないか?
そんなことを思いながら、菊島さんと駅の方向に歩みを進めていると、菊島さんがおずおずと美しく瑞々しい薄紅色の唇を開いた。
「梅原さん、もし良ければなのですけど……。今日もファミレスでご飯一緒に食べませんか……?」
やや上目使いで、不安げに尋ねてくる菊島さんは、率直に言ってとても可愛らしかった。
並んで歩くと少し僕より低いかな?といった身長差なので、彼女の上目使いをした顔がすごく近く感じる。
しかも、パッと見はクールそうな美人が少し目を潤ませながら上目使いをしてくるのだ。
ギャップ萌え、これをリアルに感じる日が来ようとは人生何があるか分からない。
そんな心情を悟られないように、穏やかな笑顔(のつもり)を貼り付けて返事を返す。
「うん、もちろん良いよ。僕の家は両親共働きで帰ってくるの遅いから、いつも自分でご飯作ってるんだけど、バイト終わりに作るのは億劫だからね」
「あ、そうなんですね!それならよかったです!」
「逆に菊島さんのほうは大丈夫なの?まぁ、大丈夫だから誘ってくれてるのは理解してるんだけどさ。あんまり帰りが遅くなると親御さんも心配になるんじゃない?」
「それは問題なしです!私一人暮らしなので!」
「え?一人暮らし?」
彼女の発言には、さすがに驚いてしまった。
高校生から一人暮らしなんて、フィクションの中だからこそ起こりうる話で、現実では滅多なことでは起こらない出来事だ。
「あはは、私のワガママでこっちの高校を受験させてもらったんです。やりたいようにやりなさいって言ってくれて……。親には感謝しかありません」
「そう……なんだね。」
何となくだが、あまり踏み込んで聞かれたくなさそうな雰囲気を感じるので、曖昧な返事しかできなかった。
「なんかすいません!変な空気にしちゃって……。取り敢えず私の方も問題ないので、早くファミレスに向かっちゃいましょ!何食べようかな~」
菊島さんは先ほどまでの空気を霧散させるような屈託のない明るい笑顔で告げながら、心底楽しみ!っといった感じで歩くスピードを僅かに速めだした。
――――――――――
ファミレスに到着してから小一時間ほどが経過しただろうか。
2人ともすでに食事は終了しており、ドリンクバーを楽しみながら他愛もない会話を続けていた。
ちなみに、菊島さんはチキンステーキ、ハンバーグにエビフライを加えたミックスプレートにライス大盛りを追加して、キレイに平らげていた。
たくさん食べる女の子って、素敵だよね?
「ところで、梅原さん。梅原さんは自炊が得意だったりするんですか?」
話が急に切り替わり、藪から棒に出てきた質問に感じたが、恐らく先ほどの道中で自炊してるという話をしたからだと合点した。
「そうだね、昔からやってるから割と得意な部類かな?」
「うわぁ、すごいですね!私も一人暮らしするようになったからチャレンジしてるんですけど、中々に手際が悪くて……」
「慣れるまでは難しいよね。でも、続けてたら徐々に早くなってくるよ」
「むぅ……。取り敢えず、目指すは梅原さんですね!」
「あはは、目指されるほどの腕でもないんだけどね。まぁ、質問とかあればいつでも受け付けるよ」
それにしても、自炊があまりできないのに一人暮らしって割と大変では?
少し菊島さんに対して、心配になる気持ちが首を出してくる。
「いつも梅原さんが、食事を作られているんですか?」
「うん、そうだね。基本は僕が作るかな。たまに惣菜とか買ってきて、サボるんだけどね。」
僕が笑いながら返事をすると、何やら菊島さんが手元をいじりながら口を開く。
「あのー……。物は相談なんですけど……。せっかく火曜日はシフトが一緒なので、火曜のバイト終わりはファミレス来るの定期にしたいなぁ、なんて……」
上目使いでお願いを口にする菊島さん。
この子は自分の可愛さを自覚していて、全力で活用しているのでは?と邪推してしまう。
実際問題、彼女にそんな意思がないのは分かっている。
彼女からは悪意を感じたこともなければ、これまで接してきたやり取りからもそんな器用なタイプには見えない。
まぁ、だからこそ余計に質が悪いのだが……。
「うん、全然構わないよ。さっきも言ったけど、バイト終わりにご飯作るの本当に億劫なんだよね」
特に断る理由もなかったので合意の返事をすると、菊島さんは切れ長の目をキラキラと輝かせて、見る人全てを魅了してしまうような美しい笑顔を浮かべる。
「やったぁ!ありがとうございます!……えへへ、嬉しいなぁ」
そこまで喜ばれると、こっちがむず痒くなってくる。
そんなこっちの気持ちを知ってか知らずか、テンションの上がった彼女は早々に話題を切り替え始めた。
「そういえば、梅原さんって河北学園なんですよね?」
「あぁ、うん。そうだよ?」
「あそこってめちゃくちゃ賢いんですよね?男子校なので偏差値とかは知らなかったんですけど、美那子さんが教えてくれて」
「まぁ、確かに賢いかな?」
実際あの高校は割と賢めの進学校だ。
毎年何人もの最高学府進学者を排出するくらいにはレベルが高い。
「そんな梅原さんにですね!もう1つお願いがあります!」
「今日はえらくお願い事が多いね……」
「うぅ、すいません……」
「いや、全然大丈夫だよ。頼られて悪い気はしないしね」
あまり彼女の落ち込む顔は見たくないので、そのまま先を促す。
「そろそろ私の学校も中間試験が近くて、少し勉強を見てほしいな、と……」
「あぁ、なるほど。それは全然問題ないんだけど……そんなに成績ピンチなの?」
「うぅ……実は私、補欠合格でギリギリ入学に漕ぎ着けれたんです……。結構合格ラインギリギリの偏差値だったので……」
彼女曰く、学力が他の同級生と比べて劣っていると感じているものの、1人だと集中が続かないのに困っているそうだ。
同じ学校の同級生を頼ろうにも、まだ入学からそこまで経っていないので、誰が勉強できる人か測りかねているうえに、自分が相手に返せるほどの学力を持ち合わせていないのが申し訳なくて、頼れないらしい。
そこで、ダメ元で僕に白羽の矢を立てたと。
「全然構わないよ。範囲がどこまで被ってるか分かんないけど、教えられることはあると思うし、僕の復習にもなると思うしね」
「ありがとうございます!!梅原さぁん!!!」
最早泣き出しそうな顔で、両手で全力の拝手を見せてくれる。
そこまで感謝されることじゃないだろうと思いながらも、彼女が喜んでくれることに胸が温かくなるのを感じた。
その不思議な感覚から思考を逸らすように、質問を口にする。
「ちなみに、勉強会をするのは良いんだけど、どこでする?」
「あ、うちでやりましょうか!誰もいないので勉強の邪魔も入りませんし!」
……え?……は?
発言内容を理解しきれずしばし放心している間に、菊島さんの手によって予定がどんどん決まっていく。
「じゃあ、楽しみにしていますね!!」
気がつけば、彼女宅で勉強会をすることが確定していた。
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