男子校の体育事情
僕にとって衝撃的だった菊島さんとの出会いから、早くも1週間が経っていた。
気が付けば4月は終わり、5月に突入している。
あれから彼女とは、まだシフトが被っていない。
どうも若干シフトがズレているみたいだ。
僕と菊島さんは共に週3回の勤務で、僕が火曜・木曜・土曜の勤務に対し、菊島さんは火曜・水曜・金曜の勤務らしい。
補足しておくと、染谷書店は日曜定休となっている。
ちなみに、先週の葛葉さんは新人2名と全日シフトが被っていたようだ。
さらに菊島さん情報では、昨日(月曜)たまたま書店の前を通ったときに中を覗いたら、元気に働いていたとのことだ。
あれ?あの人ずっとシフト入ってない……?
まぁそんなことはさておき、今日は久しぶりに菊島さんとシフトが被っている日で、柄にもなくワクワクしているのを感じる。
菊島さんからも『楽しみですね!』とメッセージが届いており、つい笑顔が浮かぶ。
あの日連絡先を交換してから、毎日のようにメッセージで他愛もない会話を継続しており、もう立派に友達になっているのではないだろうか。
「なんかユウ、最近楽しそうだな?」
昼休み、人の減った教室にてスマホ片手に購買で購入した惣菜パンを食していた僕に、突然声がかかる。
菊島さんからのメッセージが表示されていたスマホから顔を上げると、同じクラスで割と会話することが多い江坂 秀樹が立っていた。
「……ヒデか、ビックリした。そんな楽しそうに見える?」
「ははっ、全く驚いてなさそうな顔で言われてもなぁ。ちなみにめっちゃ楽しそうに見えるぞ?何か良いことあったのか?」
「んー、どうだろなぁ……。それよりも、ヒデも何かスゴく楽しそうだね?」
「おうおう、ムリヤリ話逸らすんじゃねえよ!まぁ良いけどよー。てか、俺のテンションが高いのは次の体育がサッカーに決まったからだよ。俺だけじゃなくてクラスのやつらも結構ソワソワしてんだろ?」
ヒデが呆れ気味に指摘してくる。
自分自身が浮き足立ってるからか、全く気付かなかった。
そう言えば、今朝のホームルームのときに今日の体育種目決めてたな。
先週、体育教諭が次々回の体育から体育祭の練習に入るから、次回の体育は好きな競技をやって良いと通達していたのを思い出す。
周りを見渡せば、確かに運動好きなやつらが軒並み浮き足立っているようだ。
「楽しみだな、今日の体育!」
にかっ!とヒデは良い笑顔を見せて自席に戻っていく。
ちなみに僕は別に楽しみではない。
この学校の体育では、運動好き勢が凄まじい気合いとリーダーシップを見せる一方で、運動好きじゃない勢は空気となる。
僕は運動好き勢の勢いに全く着いていけないので、必然的に適度に参加する空気側に属するのだ。
女子の目が無い我が校では、体育でカッコつける猛者はいない。
ただ、溢れんばかりのエネルギーを全力で体育に費やす
そんなことを考えていると、背後から肩を叩かれる。
「ちなみに……お前が楽しそうにしてる理由が体育でないことは分かってるから、その辺はじっくり教えてくれよ?」
後ろの席に戻ったヒデがニヤニヤと楽しそうに笑っていた。
ちっ、忘れてなかったか……。
恋愛という娯楽に餓えきっている男子校で、女子と毎日連絡を取っていることを語るなど、あっという間に野次馬の獣が寄ってきてエサにされてしまう。
そんなエサを与えたくなかったので流そうとしたのだが、上手くいかなかったようだ。
内心でどう躱すべきかと逡巡していると、タイミング良く昼休み終了を告げる鐘が鳴る。
「また、今度な」
一時的とは言え、取り敢えずこの話題から逃れられたことに安堵の息を漏らす。
――――――――――
昼休み明けは、現代文の授業を挟んでから体育、といった時間割りになっている。
そして、今は皆が待ち望んだサッカーが終わり、校庭の真ん中に集められていた。
体育教諭の号令が響き、高校男児を少年に退行させた体育の授業が終わりを告げる。
全く関係ない話だが、うちの体育教諭は見るからにアスリート!という出で立ちをしている。
180cmは越えているであろう高身長に、筋骨隆々としたシルエットの美しい肉体。
健康的な小麦色の肌に、坊主頭ですらオシャレに見えてしまうほどに端正で爽やかな顔立ち。
陸上部の顧問らしく、ヒデ曰く昔は十種競技で国体に出ていたとか何とか。
率直に言って、スゴすぎる。
女生徒がいたら、先生のファンクラブとかできちゃうんじゃないか?
まぁ、こんな話は本当にどうでも良いのだが……。
そんな先生が解散を告げたことで、遊び疲れた生徒達がゾロゾロと教室に向かって歩き始めた。
1年生は校舎の1階に教室があるので、校庭から教室に戻るのが1番楽な学年だ。
学年が上がると、教室が2階・3階と遠くなっていく仕様になっているので、今年しか味わえない特権を噛み締めながら歩みを進める。
それにしても、今日の体育はまさしく『熱闘』だった。
30人のクラスを、1チーム7~8人の4チームに分けて総当たり戦を行ったのが、全ての始まりだ。
総当たり戦を行うと聞いた先生が、一言こう言ったのだ。
「優勝したチームには、高級カップアイスを奢ってやろう」
その一言は、全てのチームに熱を与えた。
水を得た魚のようにイキイキとしながら、敵陣をドリブルで切り裂いて行くサッカー部員。
サッカー観戦が趣味というだけなのに、何故か華麗なパスを披露するバスケ部員。
運動が苦手で普段なら空気なのに、何とか体でボールを止めようと必死のディフェンスを見せる吹奏楽部員。
etc...
誰しもが戦犯にならないよう、アイスを手にできるよう、恐ろしいまでの気迫を全面に押し出してサッカーに挑んだのだ。
もちろん僕も、戦犯にならないよう懸命に努めた。
先生の一言でも燃えるようなものは感じなかったが、流石にあれだけ燃え滾っているチームメイトと対峙すれば、やらざるを得ない。
もし戦犯になったら、その後が怖すぎる。
なので何とか食らいついたものの、残念ながら僕たちは2勝1敗で優勝を逃した。
では優勝したのはどこかと聞かれると、全勝して現在進行形で上機嫌に話しかけて来た、彼のチームだ。
「いやー、悪いな!ユウ!高級カップアイスはたっぷり堪能させてもらうぜ」
「いや、ヒデのチーム強すぎるんだよ。全員スポーツモンスターじゃん」
「クジで決まったチームだから仕方ないだろー。まぁ、気持ちは分かるけどな!」
実際、ヒデのチームは強すぎた。
ただでさえサッカー部の次期エース候補がいるのに、加えて野球部の期待の星、バレー部の高身長フィジカルモンスターまでも揃っていたのだ。
その他メンバーも、ヒデ含め運動神経抜群なメンツが並び、まるで我がクラスの選抜チームを作り上げたかのような飛び抜けっぷりだった。
全チーム下克上への気合い十分だったが、さすがにどのチームもその高い壁を越えることは叶わず、夢半ばで弾き飛ばされてしまった。
そうして勝ち得たアイスゲットの権利を持つ彼は、上機嫌に熱伝導の良いアイス専用スプーンと通常スプーンが如何に違うかを語り始めていた。
ちょっとうるさい気もするが、この感じは悪くない。
2人で会話してるから、昼休みのことを追及しようと思えばできそうな状況なのに、彼の口からはアイスの話題しか出てこない。
こいつ、アイスに夢中過ぎて昼休みのことはすっかり忘れていそうだ。
そうこうしてるうちに教室の自席に到着したので、早々に体操服を脱いで制汗シートで汗をぬぐう。
汗を拭き終えて元の服装に着替えている間も、彼はずっとご機嫌に好きなアイスのフレーバーについて語っていた。
いや、こいつアイスのこと好きすぎんか……?
……まぁ良い、何はともあれ、これは勝った。
僕は勝利を確信し、1つ懸念が過ぎ去ったことによる心の負担軽減を感じた。
こうして、少しずつバイトの時間が近づいてくる。
また彼女に会える。
再び浮き足立ち始めた僕の様子を、今回は誰も気が付かなかった。
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