バイトの後で
「めっっっちゃ疲れましたね~」
そう言いながらテーブルに突っ伏す菊島さん。
17時半から21時までのバイトを終えた僕たちは、帰りに駅近くのファミレスに入っていた。
染谷書店は営業時間が21時までだが、葛葉さんはレジ締めの作業があるため21時半までの勤務となっており、帰りは僕と菊島さんだけになった。
そのまま真っ直ぐ帰ろうかと思ったのだが、菊島さんから「せっかくなので、親睦深める意味でご飯でも食べに行きませんか?」と誘われたのだ。
両親もまだ帰宅していないだろうし、帰ってから夕食を作るのも面倒だったこともあり、特に断る理由のない僕はその提案に乗った。
「やっぱり初めての勤務って緊張するし、疲れたよね」
「そうですよねー……。レジ打ちとか今日ずっと緊張してましたよ……」
「あははは。遠目で見えてたけどガチガチだったもんね」
「笑うなんてひどいですぅ……」
いじけたような声を出し、テーブルに突っ伏したまま潤ませた瞳でこちらを見上げてくる。
本当に感情表現が豊かな子だ。
2人の初バイトは、菊島さんが葛葉さんに付きっきりで、僕が店長に付きっきりで教えて貰いながら業務をこなした。
教育してくれた2人は負担大だっただろうが、丁寧に教えながら進めてくれる良職場で、菊島さんなんかは全身全霊で感謝を表現しようとしていたくらいだ。
「そんなこと言ったけど、こっちもガチガチだったからね~。店長にも結構迷惑かけちゃったよ」
「ウソばっかり!めちゃくちゃ淡々とレジ打ちこなしてたじゃないですか!店長が葛葉さんに言ってましたよ?『梅原くん、教えたらすぐ出来るようになってくれるから助かるよ』って!!」
菊島さんが突っ伏してた体を勢いよく上げて、店長の口調を真似て伝えてくる。
意外と口調真似が上手くてクスリと笑ってしまった。
「あ!今笑いましたね!」
「思ったより物真似が上手くて、つい……はははっ!」
彼女も驚いたような声をあげたが、一番驚いたのは他でもない僕自身だろう。
誰かの発言でつい声を上げて笑ってしまうなんて、記憶にある限り初めての経験だった。
初めて顔を合わせたときから感じていたが、この子の前だと存在すら曖昧になっていた仮面が外れる感覚を覚える。
それが何故なのか、全く検討はついていない。
単純に相性が良いのだろうか……?
不思議な感覚だ。
「いやー、梅原さんってウソ笑いしか見せてくれなかったので、初めて笑ってるの見れて嬉しいです!」
「ウソ笑いって……辛辣だね……」
本当に嬉しそうに言ってくれるが、急に核心を突いてきて内心ドキリとする。
そんなに自分の笑い方はウソ臭いのだろうか。
これまで対人関係は上手く築けていたと思っていたので、少しショックを受ける。
「そんなに僕ってウソ臭い笑い方してるかな……?」
「そうですね!もう圧倒的にウソ臭いです!!」
すごいな、この子。
一切隠す気なく、ド直球で思ってることをぶつけてくれている。
これまで接したことのないタイプだ。
「まぁウソ臭く感じるのは、もしかしたら私だけかもしれないです」
「……?どういうこと?」
「んー、何て言うか、私ってなぜか分かるんですよね。人がウソついてるかどうか、みたいなのが。何か感覚的に分かっちゃうんです」
苦笑を浮かべながら自分の特性を教えてくれる菊島さんからは、困ったような感情が届く。
「その反動からなのか分かんないんですけど、私結構思ったままのこと口に出しちゃうんですよ。何かウソとか取り繕うの苦手で……」
菊島さんはとても申し訳なさそうに、僕の顔色を伺いながら自分をさらけ出してくれる。
なんで菊島さんと話していると、仮面が外れる感覚を覚えるのか分かった気がする。
これまでも心優しい人たちと接することはあったが、自分が仮面を被って壁を作っていることもあり、自然とお互いに気を遣っているような状態だった。
それなのに彼女は、僕の作る壁なんて視界に入っていないかのようにストレートな感情をぶつけてくれる。
そんな彼女のストレートすぎる感情表現が、僕の中にある本音の心を引っ張り上げているのではないだろうか。
こんな人と接するのは初めての経験なので、この仮説の正否を直ぐには判断できない。
何はともあれ、これは僥倖かもしれない。
幼い頃からの癖で仮面を被ってしまっている僕だが、正直この仮面は外せるなら外したかった。
自分に良くしてくれる人たちにウソを吐いている感覚があったり、自分自身を冷徹な人間のように感じて嫌気がさしたりと仮面を被っていても良いことは無かった。
唯一良かったことは、円滑な人間関係を構築できるスキルが身に付いたことくらいではないだろうか。
このまま彼女と仲良くなり、一緒に過ごす時間を重ねれば、仮面の外し方が分かるようになるかもしれない。
僕の方針は、決まった。
「僕は菊島さんの裏表がないところ、すごく好ましいと思う」
「……え?」
「僕は自分の感情を見せるのが苦手だから、菊島さんのストレートなところに憧れるのかもしれない」
「あ、憧れ……!?」
「うん、少なくとも僕は菊島さんと会話するのが好きだから、これからも仲良くしてほしい」
「す、好きですか……めちゃくちゃ嬉しいですけど、恥ずかし気もなくよくそんなことスラスラ言えますね……?」
「菊島さんのストレートさを見習おうと思ってね」
「流石の私でも、今みたいなこと言っちゃったら恥ずかしくなりますよ!……まぁ私も梅原さんとは仲良くしたかったので願ったり叶ったりですけどね!?」
「なら良かった。これからよろしくね」
恥ずかしいのが誰にでも伝わるくらい赤面する彼女は、どこか不服そうな表情を浮かべている。
ただ、内心は喜びもあるのだろう。
口角が少し上がっており、喜びの感情が僕に伝わってくる。
その後は他愛もない世間話をしていると良い時間になったので、連絡先だけ交換してからファミレスを出て解散となった。
彼女はそこから徒歩圏内らしく、歩き去る姿を見送ってから駅に向かい、丁度良くやって来た電車に乗り込んだ。
今日は良い日だった。
そんなことを考えていると、ポケットの中でスマホが不意に震えた。
スマホを取り出して画面を見ると、メッセージアプリから通知が届いている。
『今日はありがとうございました!梅原さんと仲良くなれて嬉しいです!今後ともよろしくお願いします!』
メッセージの主は菊島さんだった。
文面でも元気一杯の彼女に、つい笑顔が溢れてしまう。
早くも菊島さんとの再会を心待ちにしながら、電車に揺られ帰路に着く。
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