初バイト

「どうかしましたか?」


 まだ軽く脳内が混乱を起こしている僕を不思議に思ってか、菊島さんが首をかしげながら尋ねてくる。


「あぁ、いや、ごめん。僕は梅原 優也です。今日からよろしくお願いします。」


 さすがに相手から挨拶があったのに自分が挨拶を返さないのは道理に反するので、取り敢えず簡単に頭を下げる。


「梅原さん、ですね!よろしくお願いします!今日は店長さんから先輩1名と私と同じ新人が1名来るって聞いてます。先輩さんですか?」


「いや、菊島さんと同じ新人ですね」

 

「えぇ!?めちゃくちゃ落ち着いた雰囲気なので、絶対先輩だ!って思っちゃいました……」


「落ち着いてますかね……?まぁ、同じ新人で同級生でもあるので仲良くやれると嬉しいです」


 相変わらず強めのテンションで菊島さんが話してくれるので、笑顔を貼り付けて無難な返しをする。


「落ち着いてますよぅ……。私なんか『少し落ち着いたら?』ってよく言われるのに……」


「はは、それは分かる」


「初対面なのにひどい!!」


 菊島さんが頬を膨らませて抗議してくる。

 

 いや、可愛らしいが本当に見た目との印象が合わない。


「まぁ、何にせよそんな大した者じゃないんで、気軽に接してください。それに、敬語なんか使わなくて良いので」


「うぅ、梅原さんから大人の雰囲気を感じてしばらく敬語外れないかもです……。あ、でも私に対してはタメ語で問題ないので、こちらこそ気軽に接してほしいです!」


「あ、そう?じゃあ遠慮無くこっちはタメ語で話すね」


 うんうん、無難に仲良くなる方向に転がせていそうだ。


 バイト先の人とはなるべく良好な関係を結んでおきたい。


 読書好きの僕からすると、本屋でのバイトは憧れであり、簡単には辞めたくない職場だ。


 だからこそ、なるべくは居心地の良い環境であってほしい。


 そんなことを考えていると、勢いよく控え室の扉が開かれる。


「おはよーございまーす。……おぉ?めっちゃ美少女おる?!……んぉ?こっちにもイケメンおる?!」


 美しい赤茶色のストレートヘアーを後ろに束ねて出来上がったポニーテールを揺らしながら、メガネをかけた女性が入室してきた。


 突然僕たちの容姿を褒めながら驚愕している彼女だが、やや垂れ気味の大きくてパッチリした目が可愛らしい彼女も十二分に端整な顔立ちをしており、学年で5本の指に入る!と言われたら誰しもが納得してしまうだろう。


「初めまして!本日からお世話になる菊島 茜です!よろしくお願いします!」


「初めまして。同じく本日からご一緒になる梅原 優也と申します。よろしくお願いします。」


「あぁ!キミたちが店長の言ってた新人か!いやー、2人とも目の保養になってありがたいね~。私は葛葉 美那子くずは みなこです。今大学2年生になります!よろしくね!」


 葛葉さんは合点がいったようで、愛想良く自己紹介を返してくれる。


 すると、自己紹介を終えた葛葉さんはマジマジと僕たちを上から下まで眺め、首をかしげた。


「ところで、キミたち高校生だったよね?店長に聞いたんだけど……。今日学校なかったのかな?着替えてきたのかな?」


 なるほど、確かに高校生で割りと放課後すぐ、といった時間にバイト入りしてるのに僕たちは私服だった。


「あ、私は学校も家も近いんで、一度帰ってから着替えて来てます!さすがに制服では働けないので!」


「あら、ご近所さんなんだね菊島ちゃんは。良いバイト先選んだね~!」


 にこやかにバイト先のチョイスを褒めてくる葛葉さんに対し、菊島さんは照れたように「えへへ……」と笑っている。


「いや本当に可愛いわね、この子。見た目とのギャップがまた……。で、梅原くんは?」


「僕は学校が私服登校も可能なので、バイトの日は私服で登校することにしたんです。普段は面倒なので制服を着てますけど」


「あら、私服登校可ってことはこの辺だと河北?」


「あ、そうですそうです」


「なるほど、顔も良くて頭も良いのね……。こっちはこっちで良物件ね……」


 何か良く分からないが、葛葉さんは僕たちに対して不気味な呟きを残す。


 しばらくニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた葛葉さんだったが、時計を確認するやいなや急に真面目な表情に戻り、仕事の顔になった。


「初めてで分からないことばかりだと思うけど、一緒に頑張っていきましょうね。菊島ちゃんはもうエプロン着けてるわね。取り敢えず梅原くんはそこのエプロン使ってくれる?あ、エプロンの横に置いてある新人バッジも忘れずにね」


 葛葉さんは机の上にあったクリーニング済みのキレイに畳まれたエプロンを指差す。

 

「分かりました。ありがとうございます」


「梅原くんがエプロン着け終わったら、タイムカードの切り方教えるわね。そこから簡単に夕礼してから開始するから」


 テキパキと指示をくれる葛葉さんは、一転してデキる女性といった雰囲気が凄まじい。


 横を見ると菊島さんがキラキラと目を輝かせながら葛葉さんに熱い視線を送っている。


「葛葉さんカッコいいです!!よろしくお願いします!!」


「……っ!可愛いわね!本当に!…………じゅるり」


 急に不審者チックな表情になる葛葉さん。


 色々と台無しな人だなぁ。


 菊島さんは、クールな外見詐偽の元気っ娘。

 葛葉さんは、シゴデキ風な不審お姉さん。


 ……なんか、ここの人たち属性濃すぎやしないか?


 そんなことを考えながら、エプロンを着用して若葉マークのバッジを右胸辺りに付ける。


 こうして、濃すぎるメンツ達との初バイトが幕を開けた。

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