仮面被りな僕と正直者な彼女
しばぴよ
出会い
僕は仮面を被って生きている。
もちろん、物理的にではない。
両親が共働きでごくごく一般の家庭で育った僕こと
両親は昔から共働きで、いつも疲れきっていた。
いつもお疲れの中で、愛情を込めて接してくれたことに感謝しかない。
物心着いたときから感情の機微に敏感だった僕は幼いながらに、そんな疲れた両親に迷惑をかけてはいけないと思い、ワガママを言わないように感情を押し殺す癖が付いていた。
そんな幼少期を過ごした僕は、次第に自分の感情が迷子になった。
自分の感情は見えない癖に他人の感情は機敏に分かってしまう僕は、次第に人間関係を円滑にするために表面上の感情を取り繕う癖ができた。
読書趣味が幸いしたのか、人々がどんな場面でどんな感情を抱くのかは
そんな仮面を被り続けると、ますます自分の感情を見失ってしまったのだ。
すると困ったことに、仮面の外し方が分からない。
そんな状態で高校生になってしまった僕は、最早仮面を被っているのか被っていないのかが曖昧になり始めていた。
そんな時に、彼女と出会った。
――――――――――
その日は穏やかな温もりが心地よい、良く晴れた4月末のことだった。
僕はこの春から 私立
生徒の自主性を重んじるという教育方針から、自由な校風であることに惹かれたのが決め手だ。
あとは、立地と偏差値もちょうど良かった。
穏やかな気候の中で本校の授業を終えた僕は、図書館で自習をしていた。
集中して勉強を進めていたが、キリの良いタイミングで時計を見ると、17時を示している。
今日から新しくバイトが始まる僕は、初日から遅刻するわけにはいかないので、必要な教科書をカバンに詰めて席を立った。
図書館を出て、やや早足で廊下を歩いていると不意に背後から声がかかる。
「おぉー、今日は急いでるなユウ。」
声をかけてきたのは、教室で後ろの席に座る
彼とは席が前後ということもあり、よく会話をする仲になっていた。
茶髪を短く揃えた爽やかな彼は、コミュニケーション能力も高く、もちろん友人も多い。
彼はどうやら部活中のようで、陸上部のジャージを着ていた。
「あぁ、今日からバイト開始だからな。初出勤に遅れるわけにもいかないから、早めに行動しようと思ったんだ」
「そーいえば、言ってたなー。初バイト今日からなのか。頑張ってこいよ!」
にこっ!っと屈託無く笑いながら送り出してくれる彼に「ありがとう!行ってくるわ!」と笑顔を貼り付けて返す。
彼が共学に通っていたらさぞモテていたことだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら学校を出る。
この学校は、最寄り駅から緩やかな坂を10分ほど登り続けると到着する。
今はその坂を下りながら駅の方向に歩みを進め、駅を通りすぎた先にある商店街へと向かう。
主婦やら下校中の学生やらで混雑気味の道をスルスルと合間を縫って進んでいくと、学校から15分程度で目的地である書店へと辿り着く。
ここの書店『
書店のバイトは高校生不可のところも多いが、ここの募集要項には高校生OKとなっていたので応募したところ、あっさりと採用して貰えたのだ。
読書好きの僕からすると、本当にありがたい。
そんなことを考えながら自動ドアをくぐると、入り口近くに設置されたレジから声がかかる。
「いらっしゃい……あぁ、梅原君ですか。おはようございます。」
にこやかに挨拶をくれた声の主はここのオーナーであり店長である染谷さんだった。
染谷さんは、見た目も話し方も初老の物腰柔らかなオジさんといった感じの人で、その優しい口調が微かにあった緊張を解してくれる。
「おはようございます。店長。今日からよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。取り敢えず説明するから、奥に進んでもらって控え室で少し待ってて貰えるかな。エプロンも控え室に置いてあるからそれを使ってくれると良いからね」
「分かりました」
「それから、今日はもう一人新人が来てるから仲良くやってもらえると嬉しいな。同い年だったと思うから」
「あ、そうなんですね。分かりました。同学年でバイトも同期になりますし、仲良くやりたいですね」
「そう言って貰えると助かるねぇ」
店長との会話が一区切りついたので、軽く会釈だけしてから店内の奥へと歩を進める。
それにしても、もう一人新人がいるのか。
しかも同級生……まさか同じ学校のやつか?
そんなことを考えていると、控え室の前に到着したので念のため軽くノックする。
特に返事もないので、そのまま扉を開けて中に入ると、そこには1人の女性がこちらを向いて立っていた。
青みがかった黒色が美しいショートヘアと切れ長な目元が特徴的で、現在進行形で真顔なのも相まり、一見すると冷た気な印象を抱く容姿をしている。
パーツの均整も取れており、人目を惹くその容姿は誰がどう見ても美少女と呼ばれる存在だろう。
身長も170を少し超える僕と大きくは変わらなさそうなので、160の半ばはありそうな雰囲気だ。
着用しているエプロンの右胸には、研修中を示す若葉マークのバッジが輝いている。
新人が女性の時点で、懸念していた同じ学校の生徒という線は消えた。
とは言え、見本のようなクール美人、といった具合の彼女と果たして仲良くなれるだろうか……。
そんな印象を抱いていると、彼女は突然満面の笑顔を浮かべ、薄紅色の唇を開く。
「初めまして!今日からお世話になります、
見た目の印象と合致するハスキー気味の声で、見た目の印象と異なる元気一杯な声音の挨拶に思わず耳が混乱する。
ただそれ以上に、彼女の無邪気な笑顔があまりにも自然で、眩しく感じてしまうような表情につい見惚れてしまう僕がいた。
驚いた。
笑顔に見惚れるという初めての体験に驚き、彼女の笑顔に心惹かれた原因を探ろうとするも、僕の中で答えは見つからない。
答えは見つからなかったが、僕の脳内で彼女の属性が『クールな見た目の元気っ娘』に決定したことだけは間違いなかった。
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