第23話

花火大会当日はかなり人が多い。


この地域で1,2を争う規模の花火大会なので当然だ。

気慣れない浴衣に戸惑いつつ、待ち合わせ場所に向かった。


「よっ」

待ち合わせ場所につくと、まことしかいない。


藤沢ふじさわ大久保おおくぼさんは?」

「まだ。ナンパとかされてるんちゃうかー?藤沢はまだしも、大久保はあれだけの美人やからなぁ」


「誰がまだしもやって?」

振り返ると、小春こはるが怒りに震えた表情で立っている。


梨央は前に見せてもらった浴衣で来ている。

「まぁまぁ藤沢。とりあえず会場へ向かお。な?」

そう言って、なんとか会場に向かいだしたものの、近づけば近づくほどかなりの人だ。


「こりゃはぐれそうやな」

そう誠が言っている内に、人の流れが出来て梨央が離れそうになる。


(あ・・・)


奏汰はそう思った瞬間、手を伸ばして、梨央の手を掴んだ。

ぐっと引き寄せる。

思ったより力が入っていたのか、ぽすっと奏汰の胸の中に梨央が収まった。


「ご、ごめん」

「いえ、助けてくださいってありがとうございます」


辺りを見回すと、誠と小春は少し先のところで手を振って待っている。


「あのさ、またはぐれそうになったら困るから、大久保さんのどこかを掴ませてもらってもええかな?鞄でもいいし」


奏汰がそういうと、梨央はぎゅっと手を握り返した。

「・・・これでいい」

奏汰も手を優しく握り返すと、誠と小春の元へ向かった。


「なんやお前ら顔赤いで?」

「うるさい、人混みで暑かったんや」



その後、なんとか会場に辿り着き、花火の打ちあがる時間を待っていた。

事前に小春が買ってきてくれたサイダーが渇いた喉にしみる。


「もうすぐやね。楽しみやわ」

「うん、楽しみだね」

小春と梨央も楽しみにしているようだ。


ひゅ~・・・・

花火が高く上がっていく独特な音が聞こえる。

そして、ドーンという大きな音共に夜空に大輪の菊の花びらが咲いた。


美しい花火があがっては消えていく。

その一つ一つに梨央は驚いたり、喜んだり、表情を変えて楽しんでいる。

「お前は誰を見てんねん」

誠に言われて少し恥ずかしくなったが、梨央の横顔はやっぱり美しくて横目で見てしまう。


そして最後の花火が上がっていく。

大きな花火がこちらを見下ろしている。

梨央を見ると、梨央もこちらをみている。

梨央の唇が動く。

“たのしいね”

奏汰は頷いた。



花火大会が終わると、特に予定もない。

奏汰は家の中で1日だらだらと過ごしていた。

夏休みの宿題はあるが、宿題なんて間に合うかどうかぎりぎりの日から始めて、スリルを味わうのが醍醐味だ。


そう思っているのに、今目の前には小春がいる。


「あのさ、藤沢はどうしてうちに来たの?」

「どうせ夏休みの宿題やってへんやろうなと思って、一緒にやろうと来てやったのよ」

「いや、別にちゃんとやるから大丈夫やて」

「ほんなら今どこまでやってんねん」

「・・・ゼロやけど」

「ほら、やっぱり」

ドアがガチャっと開いて、母親がコーヒーとお菓子を持ってくる。


「おい、母さん!」

「小春ちゃん、助かるわ~。この子なんか頼んないから」

「任せといてください」

奏汰を無視して二人で会話をして、母親は「またね」と出ていった。


「さぁ、はよ宿題やるで」

小春に促されて、仕方なく宿題を始めた。

なんとなくやり始めると、最近勉強を頑張ったせいか解けることも多く、気づいたら集中して問題を解いていた。


「ふぅ・・・」


時計を見ると、15時になっている。

どうやら2時間ほど集中していたらしい。


「ちょっと休憩せえへんか?」

小春に声をかけると、「せやね」とコーヒーとお菓子を食べ始めた。

コーヒーはすっかりぬるくなっていた。


「藤沢はさ、小学校の時から結構友達おるやろ?」

「まぁあんたより多いな」

「・・・、その友達の多い藤沢がなんで俺のこと気にかけてくれるかなっていつも思ってたんや」

「気にかけてなんか!」


「だって、小学校の時、遠足で俺だけ一人で飯食ってたら声かけてくれたし、グループ学習の時も声かけてくれたやろ?中学校になってからは誠がおったからそんなことはなかったけど、クラス離れても廊下で話したり、今みたいに気にかけてくれるから何でかなぁってふと思ってな」


「べ、別に、そんなん友達やったら普通やろ?」


小春の顔が赤くなっているように見える。


「藤沢は俺の友達なんか~、まぁ確かにそうなんかもな」


そう言って奏汰が小春を見ると、「・・・友達なんかとちゃう」と言って荷物をまとめて帰ってしまった。



「ちょっと、奏汰!あんた小春ちゃんに何したんよ!」

帰って行く小春の様子がおかしかったようで、母親が怒ってきた。

仕方なく、「いや、友達やって言うたら怒って帰った」と奏汰が言うと、思いっきり頭をどつかれた。


「ホンマあんたはあほやな」

母親は怒りの足取りでドカドカと部屋を出ていった。


「痛いなぁ~・・・もうなんやねん。今日は厄日や・・・」

ベッドに横になると、母親の「あんた一人やねんからエアコン切りや」という声が下から聞こえてきた。

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