第22話

(まずい・・・これはまずい・・・)


奏汰かなたは心の中で焦りながら、2学期最後の授業を受けていた。


もう今日で授業が終わり、明日から夏休みに入る。

つまり直接夏休みのデートに誘うには今日しかないのだ。

あれから何度もデートに誘おうとしたが、藤志朗とうしろうに阻まれ続け、上手くいかなかった。


今日勝負をかけるしかない。


2学期最後の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、それぞれが片付けをして教室を出ていく。

奏汰は荷物をまとめると、図書館へ向かった。


(藤志朗さえ来なければ・・・)


そんなことを思っていると、藤志朗が後ろからやってきた。


「やぁ、市川君」

「・・・なんや?」

「どこに行くんだい?」

「・・・関係ないやろ」

「僕は図書室に行こうと・・」と藤志朗が言いかけたところで数人の女子がやってきた。

「藤志朗君、ちょっとお話があるの」

そう言って女子たちが藤志朗を囲みながら去っていく。

「いや、君たち、あの僕は・・・」という藤志朗の声が遠くなっていく。


「なんやったんや?」

奏汰がつぶやくと、まことがにやっと悪い顔をして現れた。


「俺が言うたんや。藤志朗君は夏休み予定がなくて嘆いてるから、みんなで誘って励ましたったらええんちゃうかって」

「お前・・・」

「いいってことよ。大久保のとこに、はよ行ってこい」

「めっちゃありがたいけど、なんで大久保さんのこと知ってるんや?」

「親友のことは何でもわかるに決まってるやろ?はよ行ってこなあいつ戻って来るぞ」

そうどやされて奏汰は図書室へ向かった。


いつも通り、梨央りおは静かに本を読んでいる。

「大久保さん」

「市川くん?どうしたの?」

「えーっと、隣ええかな?」

「どうぞ」と梨央が荷物を避けてくれる。


奏汰が隣に座ると大きな目で「?」とした表情で、奏汰を見ている。


心臓の鼓動が大きく聞こえる。


「あのさ・・・」


手に汗をかいているのを感じる。


「夏休みになんやけど」


視線もどこを見ていいのかわからない。


「俺と一緒に・・・」


梨央の読んでいる本が目に入る。

“シャチ誘拐殺人事件~水族館は思い出の香り~”と書いてある。

日向真理探偵シリーズだ。


「水族館いかない?」

静かになって、梨央が視線を手元に戻している。

これはやってしまったか、と「もちろん、嫌やったらええよ」と誤魔化すように言って、席を立とうとした。


すると「・・・い」と梨央から小さな声が聞こえる。


「・・きたいです」


「え?」


「行きたいです・・・水族館」

梨央はこちらを見ていなかったが、確かにそう言った。


「じゃ、じゃあ、またLINEで日決めよか」

「・・・はい」


「じゃあ、俺、誠待ってるし、行くわな」

「あ・・はい」

梨央は最後までこちらを見ることはなかったが、耳まで真っ赤になっていた。


「よし!」

奏汰は早速家に帰ると、ほぼ白紙のカレンダーアプリとにらめっこした。


色々考慮して、8月に入ってすぐにした。

7月末にはグループで花火大会に行く予定なので、その後の方が気まずくなく行ける気がしたのだ。

梨央からも“予定はないのでいつでも大丈夫”とかわいいスタンプと共に返事が来た。

そして、ついに夏休みが始まった。


「あちぃ・・・」


奏汰はベッドの上でうちわを仰いでいた。

家の方針で室内温度が30度を超えないとクーラーはNGなのだ。

室内温度は29.5度。意外とこの0.5度がなかなか上がらない。


「くそ・・・」


どこか出かけた方が涼めるかなと考え始めた時、スマホが震えた。


「誠、このくそ暑い時になんやねん」

誠に地元のコンビニに来るよう呼び出されたのだ。


「あとでアイス奢ったるやん。今度花火大会いくやろ?浴衣で行った方がモテるって聞いてな。今日買いに行こうと思って、お前を誘ったんや」


「前から思ってたけど、お前のそのモテるんじゃないか情報はどこから得てるねん」


「まぁええやんか。お前も浴衣持ってないんやろ?女子たちは浴衣らしいし、お前も一緒にみよ」


今から家に帰っても暑い部屋でだらだらするだけだろうし、それならショッピングモールで浴衣でも見た方が涼めて幾分か良さそうだ。


「わかった。じゃあ行くか」


ショッピングモールに着くと、たくさんの人で溢れている。

夏休みに入って子供たちもたくさんいる。


「すごい人やな」

「夏休みやからな。ほら、こっちや」

誠に案内されて呉服店へ入った。

今は夏休み特別価格で安くなっている上に学生割引も効くそうで、見てみるとお小遣いでも手が届きそうな浴衣がいくつかある。


「折角なんで着てみませんか?」

そう言われて、「折角なら」と二人で浴衣を試着することにした。

奥で浴衣に着替えて、誠にみせるために表に出ると、思ってもない人物が立っていた。


「市川?!」


小春こはるがびっくりした様子で立っている。


「藤沢と大久保さん」

話を聞いてみると、梨央が浴衣を持っていないため、見に来たのだという。


「あれ?」

誠も驚きながら奥から出てきた。


「二人とも似合ってるやん」

小春の横で梨央も頷いている。


「じゃあ梨央ちゃんも浴衣選んで着せてもらお」

小春がああでもない、こうでもないと言いながら選んで梨央は渡された浴衣共に奥へ入っていった。

誠も奏汰も会計は終えていたが、折角だから見て行けと小春に言われて着替えるのを待っていた。


「・・・お待たせ」


奥から梨央が出てきた時、奏汰は言葉を失った。

浴衣には淡い水色の生地に朝顔が描かれ、ところどころ金魚が描かれている。

紺色の帯がきゅっと締められていて、梨央の細さが強調されている。

髪はアップに整えられていて白い首筋が見えていてドキっとしてしまう。

すごく綺麗で、恥ずかしそうにうつむく表情すら美しいと思えた。


「・・あのどうかな・・?」

「めちゃめちゃ似合ってるよ!ねぇ、市川?」

梨央の視線が奏汰にうつる。


「すごく・・・すごく綺麗」

絞り出すようにいうと「ありがとう」と嬉しそうに頬を赤らめて梨央は微笑んだ。

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