作戦⑤夏休みに彼女とデートせよ!

第21話

7月も半ばに入り、セミの鳴き声が聞こえるようになってきた。

まだ初夏なのにすでに暑い。

奏汰かなたは、適当なノートで仰ぎながら、教室でぼんやりと過ごしていた。

梨央りおはというと、暑いなんて関係ないのか、何事もないかのように本を読んでいる。

藤志朗とうしろうが相変わらず声をかけたりしているようだが、最近はさすがにしつこく声をかけるのはやめたようだった。

最後の授業のチャイムが鳴り、一斉に片づけ始め、部活へ行ったり、帰宅したりしている。

なんとなくだらだらと荷物を片付け、帰ろうとしていると、「市川」と小春こはるに声をかけられた。


「ん?何?」

「夏なにか予定あるん?」

「別にないけど、どうしたん?」

「いや、花火大会あるやん?それに行かへんかなーって思って。市川は一緒に行く相手おれへんやろうから誘ったろうと思って」

「毎回藤沢は俺の悪口をつけないと喋れないのか?ったく。別に花火大会なんて人も多いし・・・」


「俺もいくわ」


まことがばっと飛び出して、にたっと笑って「俺もええやろ?」ともう一度言うと、「別にええけど」と小春が言って花火大会に行くことが決まった。


「あと、大久保さんも誘おうや」

誠がそういうと、聞こえていたのか、まだ教室にいた梨央がハッとこっちを見た。

「せ、せやね。梨央ちゃんも一緒に行こ?」

小春がそういうと、梨央はコクコクと頷いた。


奏汰が返事をする前に花火大会に行くことはどうやら確定したようだ。

奏汰はずっと予定の入っていなかったカレンダーアプリに花火大会と登録した。


家に帰ってゴロゴロしていると久しぶりにパソコンの起動音がする。

「またか・・・今回はなんや?」

何も触れていないのに文字が表示される。


“夏休みにデートせよ!”


「デート!?」

この前は勉強を教えてくれている御礼にご飯へ出かけたが、あれは最終的に梨央の方から言ってきてくれたようなものだ。

自ら誘うなんていくつ心臓があっても足りない。

「あのグループで行く・・花火大会とかはダメ・・?」

“2人で”と表示される。

「ですよね~・・・」

そしてパソコンの電源が落ちた。


(デートに誘う・・・梨央をデートに誘う・・・)

奏汰は心の中でそう繰り返しながら、学校へ向かった。

「すべては世界平和のためや」

思わず意気込んで声にだすと、「はぁ?」と誠が怪訝な表情で奏汰の横を通り過ぎていった。


デートに誘うチャンスは2回だ。

1回目は昼休み。

梨央は必ずいちご牛乳を買いに自販機へ行く。そのタイミングで声をかける。

2回目は放課後。

いつも一人で本を読んでいるので、そこで声をかける。


午前の授業終了のチャイムが鳴り、みんなご飯を広げ始める。

大体梨央が自販機へ行くのは、ご飯を食べ終わった後だ。

最初に観察したことが今になって活きている、ちょっとストーカーっぽくはあるが。

ご飯を食べ終わり、梨央が席を立った。

誠に「便所」というと、奏汰もさり気なく教室を出た。

自販機に梨央がお金を入れている。

「あの、大久保・・」


「やぁ、市川くん!」


嫌な声がする。

振り返ると、藤志朗が立っていた。


「なんやねん」

「別に何もないよ。君こそ、大久保さんに用かい?」

藤志朗の後ろで梨央が目を丸くしてこっちを見ている。

「いや、あのその、俺もいちご牛乳飲もうかなって」


「お前、便所行って、いちご牛乳こうたんか?」

「・・・そや。悪いかよ」

「別に悪ないけど、お前苦手やん、甘い飲み物」

「たまには苦手なものにチャレンジしたくなるんだよ!」

吐きそうな気持になりながら、いちご牛乳を最後まで飲みきった。


(まだチャンスはある・・!)


放課後になり、周りに警戒しながら、奏汰は図書室へ向かった。

藤志朗に見られたらまた邪魔されるに違いない。

忍者のように、静かに図書室へ入って、いつもの席をみると、梨央が静かに本を読んでいる。

藤志朗はいないようだ。


(・・・よし!)


「大久保さん」

「市川くん」

大きな瞳が奏汰を見上げた。


「あのさ、話があって・・・」


「どんな話だい?」


(・・・嘘だろ)


振り返ると藤志朗が立っている。

「なんでここにおるねん」

「ここの生徒が図書室をいつ使おうが自由だろ?」

「そりゃそうやけど・・・」

「で、大久保さんに何の話だい?」


心臓がバクバクする。

鼓動の音がはっきり聞こえる気がしてきた。

梨央の目がまっすぐ奏汰を見ている。


(・・・言え、自分・・・言え・・・)


「あの、わからない問題があって教えてほしくて・・・」



家に帰ると、奏汰はベッドにダイブした。

結果は惨敗だ。

藤志朗が邪魔すぎる。

いっそLINEで誘うおうかとLINEを開いてみるが、なんと打っていいかわからない。

「むあああぁあぁ」

声にならない声を上げて、奏汰はぼふっと枕に顔をうずめた。

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