第13話
「では、今日は、体育祭での出場種目を決めていきます」
委員長の司会で体育祭の出場種目を決める話し合いが行われた。
昨年はリレーに出たが、放課後に無駄に何度もバトンを渡す練習をさせられて面倒だった。
それなら1人で走れる100メートル走の方がよっぽどマシだ。
どちらにしてもこのクラスに陸上部が数名いるので、今年はそいつらで埋まるだろう。
(体育祭で活躍しろとは言われたけど、リレーとは言われてへんし)
青空が広がっている。
「ふぁああ」と欠伸をして気を抜いていると、衝撃的な一言が委員長から告げられた。
「今年から、陸上部のリレー参加が禁止になりました」
教室がどよめく。
なんとなく奏汰に視線が集まっているのを感じる。
(まずい・・・)
黒板にアンカー市川奏汰と書かれている。
ため息をつきながら、黒板を消していく。
昨年リレーで陸上部と共に走ったことは周知の事実だ。
もちろん、一番に名前が挙がった。
「やっぱりこうなったね」
「市川は足速いんだけが取り柄なんやから」
「・・・藤沢は余計な一言を言わないと俺と話せないのか?」
「まぁまぁまぁ。そう言わんと。私も参加するんやから」
うちの高校のリレーでは、男子3人、女子2人の混合と決まっている。
女子は、
梨央は名前が挙がっても何も言うこともなく、黙って受け入れていた。
今は廊下で淡々と掃き掃除をしている。
「掃除の時間やろ?サボるなよ」
奏汰がそういうと、「へいへい」と言って、小春は自分の担当の場所へ向かった。
(走るの苦手やて言うてたのにな)
梨央もきっと奏汰と同じで、断れない性格なのだ。
(でも、あの時めちゃくちゃ断ってたよな)
前に待ち合わせした時に、氷のように冷たい態度でナンパを断っていた。
あれだけ言えるなら、嫌なことは嫌だと断れそうなものだが、何か思うところがあるのだろう。
梨央の方をなんとなく見ていると、目が合った。
ほんの一瞬だけ、驚いた顔をしたが、すぐに何でもないように目をそらして、再び箒を動かしている。
「女心はわからん・・・」
奏汰は、もやもやした感情を消すように黒板消しをクリーナーにザっとかけた。
「ん・・・ん・・・ぐ・・」
目覚ましのアラーム音がする。
奏汰は手を伸ばしてなんとか止めようとするが、届かない。
目をうっすら開けて、時計をみると5:30を指している。
「うぅ・・・」
声にならない声を上げて起き上がる。
“体育祭で活躍せよ”
これが世界を救うためなら、仕方ない。
決して梨央に良いところを見せたいわけじゃないと自分に言い訳しながら、今日から朝練をすることにしたのだ。
なんとか重たい体を起こして、ジャージに着替える。
軽くストレッチをして1階に降りると、柴犬のきなこが尻尾をぶんぶん振っている。
「いつもより早めの散歩やけど行くか?」
きなこは「ワン」と返事をした。
「ふぁあああ」
1限目の数学が終わると、奏汰は大きな欠伸をした。
「おい、眠そうやな」
休み時間に誠が隣の教室からわざわざやってきた。
「
「いや、お前またリレーのアンカーなんやろ?」
誠がにやにや笑っている。
「せやけど、だからなに?」
「見せなあかんのちゃうの?雪の女王にかっこいいところ」
梨央の方に視線を移す。
相変わらず、梨央は誰とも話さずに本を読んでいる。
「あ、あほ!なんでそうなるねん」
「その欠伸も朝練のせいちゃうの?」
「ち、ちゃうわ」
「ふーん。まぁええわ・・・お前だけリア充にはせえへん」
クククと笑うと、誠は教室へ戻っていった。
「なんや、あいつ・・・」
この誠の怪しい発言の原因はすぐにわかった。
その日の放課後からリレーに選ばれた人は、バトン渡しなど練習をすることになった。
いつものジャージに着替えて、運動場へ出ると、見慣れたやつが立っていた。
「俺もリレーに選ばれたんや」
誠が立っていた。
どういうわけか知らないが、誠のクラスと共に合同で練習することになったとのことだった。
「去年はお前がクラスにおったからリレーに選ばれんかったけど、今年は俺もリレーで活躍して、モテモテになるんや」と誠はガッツポーズを決めた。
毎年リレーで走る男子はモテる傾向にある。
とはいえ、奏汰のような例もあるので全員に当てはまるわけではない。
「・・・まぁ頑張れ」
そんなことを言っていると、梨央と小春がやってきた。
リレーの順番は、小春は2番手、梨央は4番手で、奏汰は5番手でアンカーだ。
準備運動をして軽く走って、バトンを渡していく。
女子と男子だとスピードが違うので、バトンを受け取るのはなかなか難しい。
その上に、相手は梨央だ。
走って来る梨央を見ていると、ドキドキして受け取るのにまごついてしまう。
「ごめんなさい・・・はぁはぁ」
梨央が小さくつぶやいた。
「いや、俺が受け取るの下手なだけやから気せんといて」
誠のクラスの方をみると、誠が嬉しそうに女子の間に挟まれてバトンを渡している。
「あいつ、ええ調子やなぁ」
「ちょっと市川!ちゃんと練習してや。優勝目指してんねやから」
小春が厳しい顔でこちらを見ている。
「わかった、わかった」
もう一度走り始める。
梨央にバトンが渡り、だんだん梨央は奏汰へ近づいてくる。
綺麗な黒髪が靡いている。
走っている顔も美しい。
つい見惚れて一歩踏み出すのが遅れてしまった。
その瞬間―。
「うえぇっ」
走るのが遅れた奏汰に勢い余って、梨央がぶつかってしまい、ドタっと奏汰が倒れた。
その上に梨央が覆いかぶさるように乗っかった。
背中に梨央が乗っている。
(何とも言えない感覚・・・)
顔が火照ってくる。
「ごめんなさい」
慌てて梨央が起き上がる。
(もう少しあのままでも良かったな)
そう思いながら起き上がろうとすると、足に違和感がある。
(これは―)
「奏汰!大丈夫か!」誠が駆け寄ってくる。
横を見ると、梨央が少し潤んだ瞳でこちらを見ている。
「全然問題なし!ハハハ」と奏汰がピースサインを出すと、「お前がぼさっとしてるからやで」と言ってバシっと肩を叩いた。
「大久保さんも気にせんでええで」
奏汰がそういうと、「・・・うん」と梨央はうなづいた。
「とは言ったもののなぁ・・」
家に帰って、足を見ると明らかに腫れている。
「これは捻挫やな」
体育祭まで一ヶ月。
「また世界の危機や」
奏汰は頭を抱えながら、ベッドで横になった。
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