第14話

「ん・・・ん・・・ぐ・・」


目覚ましのアラーム音がする。

奏汰かなたは、半分寝ぼけながら起き上がって、ベッドから立ちあがろうとすると、「痛っ…」やはり足を痛めているようだ。

足を見ると明らかに昨日より腫れている。


「骨折はしてへんみたいやし、捻挫やな」

母親がテーピングをし終わると、「帰りに病院いきや」とキッチンに戻っていく。


「どうしたもんかなぁ」


足を痛めてるとバレれば、間違いなく莉央が自分のせいだと責めることになるだろう。

テーピングすれば歩けはするものの、走るのは難しい。

体育祭まで1ヶ月あれば何とかなるだろうか。


“・・・いいな、足速いの”


梨央がぽつり言った言葉が頭の中で再生される。

いいな、の前にかっこがついていた気がする。


世界を救うためにも、諦めるわけにはいかないのだ。

普通に歩けてはいるので、何とかバレずに生活は出来そうだ。

梅雨のおかげで今日も雨なので、体育もリレーの練習もない。


傘を差しながら、学校へ向かっていると、「おはようさん」とまことがバシッと背中を叩いてくる。

「うわっ」とよろめいて、こけないように自然と足をどんとついてしまう。


「いてぇえ!」

ジンジンと足が痛む。


「誠、お前・・・」

「な、なんねん、ちょっと小突いただけやんけ」

「ばかやろう、お前のせいで世界が崩壊したらどうすんねん・・・!」

誠はきょとんとした顔で「お前、足やなくて頭痛めたんか」と言った。



「ふーん、あの練習の時には痛めたんか」

「まぁな」

奏汰は、昼ごはんを食べながら誠と話をしていた。

「でもさすがに言うた方がええんちゃうか?」


「・・・それが出来れば苦労しねぇから」


「え?なんて?」


「別に、こっちの話」


「それにしても、お前相当雪女のこと好きなんやな」


「は?そうじゃねぇよ。俺が勝手にこけて捻挫したのを関係ない奴が気にしてたらかわいそうだろ?それだけやって」


「ふーん」と誠はニヤニヤしながら、奏汰のお弁当の卵焼きを食べた。



放課後になって、母親に言われた通り、病院に向かった。

藤沢整形外科。

近所でも評判のいい病院だ。

名前を呼ばれて診察室に入ると「市川くん、久しぶりだね」ここの医院長で小春こはるの父が笑顔で迎えてくれる。


「お久しぶりです」

「うちの子と今年クラスも一緒らしいね。よろしくね」

「はい、藤沢さんにはお世話になってます」

一通り会話がおわると、捻挫を診てもらう。


「捻挫だね。うん、多分2~3週間で良くなると思うよ。体育祭には間に合うんじゃないかな。あまり使わないようにして、なるべく安静にね」


体育祭に間に合うと聞いてほっと胸をなでおろすと、お会計をして家に帰ろうと医院を出た。


「市川?」


(なんでいるんだよ・・・)


「よぉ、藤沢。今日は部活じゃないんか?」


「この雨でやるわけないやん。それより、市川なんかケガしたん?」


「いやーまぁ、たいしたことないし」


少しずつ後退りするが、走って逃げることは出来ないので、あっという間に小春に間合いを詰められる。


「市川!ちゃんと言うて!」


「えぇ…」



体育祭まで隠したいのに、すでに誠、小春とバレてしまった。

今日も雨が降っている。

国語の授業を聞き流しながら、窓の外を見る。

どんよりとした雲が空を覆っている。


(このまま体育祭も中止になったらええのに)


未来の自分が活躍しろというのだから、恐らく実施されるのだろう。

莉央の方を見ると、真面目に授業を聞いている。


まぁ色々考えても仕方ない。なんとかなるだろ、と奏汰は呑気に考えていたのだが、それがこの後一変することになった。


昼休みになり、いつも通り誠が教室に来て、一緒に昼ご飯を食べる。

「今度、卵焼き食べたらしばくからな」

奏汰が睨むと、「わりぃわりぃ」と誠は言って、自分の弁当を広げた。


「市川―」


名前を呼ばれて振り返ると、小春がコンビニの袋を持っている。


「この前うちのとこ来た時、湿布持って帰るの忘れてたやろ?」


こういう時に限って、いつもガヤガヤ騒いでいるクラスの奴らが、教室にいない。

おかげで、小春の声が教室に響き渡っている。


「藤沢、あのちょっと」


「足の捻挫にはこの湿布が1番効くんやから、ちゃんと貼りや」


小春が言い切った瞬間、莉央の方を見るとこちらを見ている。


目が合って、完全にバレたのがわかる。


「藤沢、お前は空気読まれへんねんな」

誠が小春にそう言うと、小春は「どういうことよ!」と怒って小競り合いが始まった。


奏汰そんなことより莉央のことだけが気がかりでそちらを見ていると、莉央はすぐに視線を自分の席に戻すと、そのまま席を外してしまった。


追いかけたいが、足が痛む。


(まずいことなったな)


奏汰はため息をついた。



翌日も莉央の様子は変わらない。

昨日、放課後に話をしようと奏汰は図書館に行ったが、来ていなかった。

何かあったのかと思ったが、今日も静かに本を読んでいる。

「ふわぁ」

莉央が珍しく欠伸をしている。

欠伸すら小さくて可愛らしい。


莉央にバレたことで隠す必要もなくなったので、体育もリレーの準備も休ませてもらうことになった。

とはいえ、体育祭には間に合うということでリレーのアンカーだけはなんとか死守できた。

あとは足が治るのを祈るばかりだ。


雨が降ったり、止んだりしながら、体育祭まであと1週間となった。


ぴぴぴぴ…

目覚まし時計のアラームが聞こえる。


奏汰は、うっすらと目を開けて、アラームを止めると、布団から起き上がった。

時刻は5:30。

大きな欠伸をしながらジャージに着替えると、柴犬のきなこを連れて家を出る。

足の痛みは、普通に歩く分には全くない。

今日くらいから軽く走っても大丈夫かもしれない。

きなこは嬉しそうに尻尾を振りながら歩いている。


公園に着くと、きなこのリードを木にかける。

奏汰はストレッチを始める。

朝から身体を伸ばすと気持ちいい。

そう思いながら、グランドを見てみると、タッタッタッと音がして、走っている人が見える。


艶やかな髪を靡かせて、美しいフォームで走っている。


(あれは…)

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