第9話

そこから穏やかな日々は続き、いよいよ明日からは中間テストの週に入る。


「いよいよ明日からテストかぁ・・・」

奏汰かなたはため息交じりにつぶやいた。


正直今までのテストの中で一番とれる自信はあるが、学年トップは行ける気がしない。

でも取らないと世界は崩壊する。

そんなSFじみた話を信じているわけではない。

とはいえ、万が一ということもある。

自分のテストの点数で世界の未来が決まるなんて、こんなに緊張感のあるテストはない。

それに・・・


「お前休み時間まで勉強とか、学年トップになったらデートしよとか約束してるんちゃうやろな?」


まことが怪訝な表情で奏汰を見ている。


「な、んなわけねぇだろ」


(当ててくるんじゃねぇよ・・・)


「せやんなぁ。そんなマンガみたいな寒いことしてたら、俺友達やめるわ」


(さよなら、篠田)


心の中でツッコみつつ、「そんなわけないだろ」と笑って誤魔化した。

授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、掃除の時間になる。

ささっと掃除して、図書室へ向かう。


梨央りおはすでに座っていて、勉強をしている。

今日は珍しくメガネをかけている。

ただの黒縁メガネなのに、すごく似合っている。

きっと何をつけても似合うのだろう。


(この人をオトすとか、中間テストで1位より難しいのでは・・?)


そう思ってぼさっと立っていると、梨央が気づいて手をはらはら振ってくる。


「お、遅れてごめん」

「いいよ。遅れるも何も集合時間が決まっているわけでもないし」


2人して教科書やノートを並べて勉強する。


「ここ違うよ?こっちの意味でしょ?」

教わる時はいつも必然的に距離が近くなる。

その度に奏汰はドギマギしてしまうのだが、梨央はまったく気にしていないようだ。

今日も梨央のシャンプーの匂いがふわっと香る。


「ここまで、かな」


梨央の終了宣言で勉強が終わる。


「・・・ありがとうございました」


奏汰は使いすぎて疲れ切った頭を下げた。


「いえいえ。じゃあ私帰るね」

そう言って、荷物をまとめると、颯爽と帰って行く。

一緒に帰ろうという雰囲気にもならない。

今日が一緒に図書室で勉強する最後になるんだよなぁとか感傷的になって、意識していたのは奏汰だけのようだった。


「脈・・・なしだよなぁ・・・」


ため息をつきながら、鞄にノートや教科書を突っ込んでいく。

もちろんだが、今日も帰ったら課題が待っている。


もう一度ため息をついて、コートを着て、荷物を背負おうとしたら、梨央がタタっと走ってきた。

走って戻ってきたのか頬が赤くなっている。


「あの・・言い忘れたことがあって」


「ん?テストのこと?なんかあった?」


「・・・頑張ってね」


梨央の小さな声が聞こえる。

十分奏汰の耳には届いていたが、「なんて言うた?」と聞き返すと、「明日テストで1番取れるように頑張ってね」そういって、奏汰の手にチョコを握らせた。


「脳に糖分は必須だから」


梨央はそういうと、「じゃあ」と言って図書室を出ていった。

勢いよく、ぴしゃっと扉が閉められる。


「なんやねん・・・」

なんだか顔に自分の気持ちが出ている気がして、思わず顔を覆った。


家に帰ると、珍しく母親が「明日は頑張りや」と声をかけてきた。

「ムリはしたらあかんで。テストは一回だけちゃうんやから」

「せやな」

奏汰の返事に満足したのか「おやすみ」といって母親は部屋に戻っていった。


(いや、母ちゃん、そんな気軽なもんじゃないんよ、このテストに未来がかかってるんかもしれんのやから)


とはいえ、目的は梨央をオトすこと。

このテストがダメだったら、他の作戦を考えればいい。

実際はどうかしらないが、そうでも考えなきゃ寝れない。


「明日は数学、国語か・・・」


奏汰はいつものように梨央に言われている課題をこなすと、普段何もしてないくせに神様に祈って、眠りについた。


いよいよ本番だ・・・

結局6時に起きるはずが、5時には目がぱっちり冴えてしまった。

最後の見直しをして、家を出る。

今日はいつもと違う。

ただ高校へ向かう気持ちじゃない、気持ちは戦場に向かう兵士だ。


(負けられない戦いがあるって本当だな)


教室へ入って自分の席に着くと、眠そうな誠がやってきた。

「眠そうやな」

「そりゃそうよ、一夜漬けしたんやからな」

ふらふらと誠が席に着くと同時に扉が開いて、梨央がやってきた。

少しふらふらしているようだ。

席に着くと、しんどそうに机に突っ伏している。


(珍しいな・・・大久保さんも一夜漬けでもしたのだろうか)


梨央に限って考えにくい。


1限の数学の開始のチャイムがなって試験が開始される。

みんなのペンを動かす音が聞こえる。

いつもならペンの音なんて気にならないのに、テストの時はやけに気になるから不思議だ。

なんとか集中して、解き終わると、梨央の方をみた。


(あれは・・・)


明らかにぐったりとしている。

よく見たら顔も赤い。


肝心の教師は梨央の姿が見えていないのか、気づいていないようだ。


(くそ・・・)


気づいたら席を立ち、「どうした?!市川」という教師の制止を無視して、梨央のそばに駆け寄った。


「大丈夫か?熱あるんちゃう?」

「・・・うん」

奏汰は梨央を背負うと、目が点になっている教師に「先生、保健室行ってくる」と言って、教室を後にした。


保健室で梨央を寝かすと、保健室の先生が「またあなたなの?」と呆れたように言った。

「結構熱があるわね」

保護者に迎えに来てもらえないか電話してくるといって、保健室の先生は出ていった。


梨央は苦しそうに息をしている。

高熱でしんどいのだろう。


「・・か・・くん、いち・・かわくん」


梨央が小さい声で奏汰を呼んでいる。

そっと耳を寄せると、「テスト頑張って」と小さな声で言った。


「私は大丈夫」


梨央は真っ赤な顔に潤んだ瞳で「頑張って」と言った。


(ここで頑張れなきゃ男じゃねぇよな・・・)


「・・・わかった」


保健室を出て、ドアを閉めて教室へ向かう。


(俺、アニメのイケメンキャラがやる行動してるよな。俺ってもしかしてイケメン・・)


なんて思って窓に映った自分をみると、ニヤニヤ顔のモブキャラでしかない男が映っていた。


(現実って厳しい・・・)


教室に戻ると、ちょうど次の国語のテストが開始したところだった。

小春こはると目があったが、すぐにそらされた。


(何なんや?)


その奥では、誠がにやにやした顔でこちらを見ている。

「篠田~テストに集中しろ~。市川も早く座ってテスト受けろ」

教師に促されて席に座る。


(・・・やれるだけやるか)


奏汰はシャーペンを握った。


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