第8話

「今日は休んどきなさい」


翌日の朝にはすっかり熱は下がったが、親に言われて念のために休むことになった。

ベッドに横になって天井を見ていると、ぼんやり梨央りおのことが浮かぶ。

潤んだ大きな瞳が思い出される。


(今日行かへんって言いたいけど・・・)


そういえば連絡先を交換していない。

まさに高嶺の花である梨央と連絡先を交換するという発想がなかった。


(交換したいって言っても大丈夫なんかな・・・大分仲良くなった気するけど、向こうはどう思ってるかわからんしなぁ)


暇だと要らないことばかり考えてしまう。

身体はすっかり楽になっているので、少し勉強することにした。

カッコつけて1位を目指すといった以上、頑張るしかない。

陰キャは、多少のプライドと自分は特別かもしれないという厨二病という最強の力を持っているのだ。

梨央からの課題が昨日の分も残っている。


「やりますか」


腕まくりをすると、机に向かった。


しばらくして時計を見ると、夕方になっている。

集中して勉強できていたようだ。


(俺、ほんまは天才かもしれん)


そんなことを思っていると、チャイムの音がする。


「誰や?」


2階の自分の部屋から下をみると、見知ったやつが立っていた。


「これ、今日の授業のノートコピーしてきたで」


家の扉を開けると小春こはるが立っていた。


「最近、えらい勉強頑張ってるから、今日の授業も気になるやろなと思って」

小春が、ほい、とノートのコピーを差し出した。

「ありがとう。お茶でも飲んでくか?」

「ううん、今日はここでええわ。市川いちかわもしんどいやろうし」

「ほんまに助かった。さんきゅ」

「これくらいええよ。あんまり無理しんときや」

そう言って、小春は「また明日」と帰って行った。


ノートのコピーの字は綺麗で、授業を休んだ奏汰かなたのために細かく先生のいった話まで書いてくれている。


「あいつ、ほんまにええ奴やな」


奏汰は背伸びをしてストレッチをすると、再度机に向かった。


「おはようさん」

学校へ向かっていると、誠が後ろから声をかけてきた。


「おぅ、おはよう」

「もう身体ええんか?」

「昨日ももう熱はなかったしな」

「それは良かった。今日は放課後デートできそうやな」

「・・・え?」

「雪女と放課後デートしてるやろ?」

「お前、それ・・・」

まことがにやにやと笑いながら、「あ、もうこんな時間や、遅刻するで」と走り出した。

「誠―!!待てー!」


「キーンコーンカーンコーン」とチャイムの音がする。

やっと放課後になった。

鞄を持つとニヤニヤした誠に見送られながら、図書室へ向かった。


教室で梨央に昨日行けなかったことを詫びたかったが、誠が知っていると思うと恥ずかしくて声をかけられなかった。

梨央も奏汰が教室に入った時、少し驚いた顔をしたが、声をかけてくることはなく、本を読んでいた。

それに対して小春は、奏汰が教室に入るとすぐに声をかけてきた。

そのタイミングで奏汰はノートのコピーのお礼にコンビニで買ったチョコを渡すと、嬉しそうに「ありがとう」と言って席に戻っていった。


(あいつは昔からチョコさえ渡せば機嫌良いんだよな)


そう思いながら、また梨央を見たが、梨央の視線が本から動くことはなかった。


「大久保さん」


声をかけると梨央はビクッとなり、「あ、市川くん。来てくれたんだ」とほっとしたような顔をした。

梨央はいつもの場所に座っていた。


「そりゃ来るよ、約束やん。あ、昨日はごめん」


「ううん、体調悪かったんだよね。・・・なんか学校休むほど嫌われたかなとか考えちゃって」


本当に悩んでいたようで、大きな瞳が少し潤みだす。

意外とネガティブな性格らしい。


「んなわけないやん。俺が勝手に知恵熱出して休んだだけやし。それよりこれ」

梨央の課題をやったノートを見せた。


「ばっちり解いてきたで」


「ダメだよ。体調悪い時は休まなきゃ」

「昨日は熱もなかったし、なんか時間あるといらんことばっかり考えるから勉強しようと思って」

「いらんこと?」

「あ、こっちの話。それより今日は何から勉強しますか?先生」


誤魔化すように奏汰がふざけると、梨央はにこっと笑って「これを解いてください」と理科の問題を指した。


「これは予習してきたから余裕ですよ」


そういって奏汰はペンを握った。

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