第7話
勉強を教えてもらうようになって1週間。
毎日教えてもらっているせいか、確実に理解は進んでいる。
そしてそれと同時に確実に
“中間テストで1位をとる”がもちろん目標ではあるが、その過程で十分距離は縮められそうだ。
図書室へ向かっていると「
振り返ると、
「おぅ、どうした?」
「最近、放課後に図書室で勉強してるって聞いたんやけど、ほんま?」
「そうやけど、それがどないした?」
「
「あぁ、大丈夫。自分で勉強できるから」
「ほら、市川、英語とか苦手やん?」
「苦手やけど、勉強することはできるよ」
小春はまだ何か言いたそうにしていたが、梨央を待たせるわけにはいかない。
世界の未来がかかっているのだから。
「教えてようとしてくれた気持ちはありがたいけど、大丈夫やから。ほなな」
そう言って、奏汰は話を切り上げると、図書室へ向かった。
「市川・・・」
小春は、「市川のあほ」とつぶやいて、反対方向へ歩き出した。
「市川くん、すごいよ。ここもここも正解してる。たった一週間でよくここまで覚えたね」
「いやぁ天才なんかもなぁ。ハハハ」
「ほんとにすごいよ」
天才なんてとんでもない。
本当は梨央の課題をクリアするために2時くらいまで毎日起きて勉強しているのだ。
親に熱でもあるのかと心配されるほどだ。
「じゃあ、この問題も解いてみてくれる?」
梨央が綺麗な髪を搔き上げる。
ふわっとシャンプーの匂いが香る。
「あ、あのさ」
「ん?」
「試験が終わったら、お礼させてくれへんかな?」
「お礼?」
「うん、なんか飯とか奢らせてくれへんかな~・・・なんて」
「御礼なんていいよ、私から提案したことだし、私も教えることで勉強になってるもの」
「あぁ、そっか~・・・」
ここで推しきれないのが陰キャたるゆえんな気がする。
さっきのお礼のくだりでかなりの勇気を使い果たしたので、さらに推す勇気はない。
顔の濡れた〇パンマンよりこの年頃の男子の心は弱いのだ。
「・・・たらいいよ」
「え?」
「中間テストで1位だったらお礼してもらおうかな・・・」
照れているのかこっちを見ずにつぶやくように梨央が言った。
「あ、うん。そしたら1位取ったらということで・・・」
まさかの提案に上手く返事することができず、英語の問題に向き直った。
学校からの帰り道に梨央に言われてたことを思い出す。
“「中間テストで1位だったらお礼してもらおうかな・・・」”
照れた顔の梨央―。
「一位か~・・・って、よくよく考えたらムリやん」
うちの学年トップは大久保梨央だ。
1位になるということは梨央を抜かすということだ。
「もしかして・・・体よく断られとるやないか」
奏汰は一人で自分にツッコむと、ため息をついてトボトボ家路についた。
とはいえ、勉強を止めるわけにはいかない。
世界の未来がかかっているのだから。
奇跡が起こることもあり得る。
奇跡という言葉があるってことは、奇跡は起こりうるのだ。
そう言い聞かせて、家に着いた後も眠い目をこすりながら、奏汰は机に向かった。
『知恵熱とは赤ちゃんが知恵をつけ始めたころに突然起こる発熱である』
奏汰は翌日登校してすぐに誠に顔が赤いことを指摘され、念のために保健室にいくとしっかり熱が出ていた。
「お前、勉強のしすぎや。知恵熱やな」
誠はそう笑って、奏汰の教室から荷物を持ってきた。
「今日は帰った方がええぞ」
「すまんな、ありがとう」
「まぁそんなんええけど、・・・今度なんでそんなに勉強頑張り始めたのか教えてもらうからな」
「え?」
「俺がなんもしらんと思うか?」
「おい、なんだよ」
「まぁまぁ。今日はゆっくり休め」
誠はニヤニヤ笑うと、保健室を出ていった。
「市川くん、帰れそう?」
親に電話し終わった保健室の先生が戻ってきた。
「少し休んだら帰れると思います」
「そう。保護者の方もお仕事で迎えは無理だから、しんどかったらタクシーで帰るように言ってたわ」
「多分大丈夫です」
「そう。じゃあ少し休んでから帰るといいわ」
そういうと、ベッドの囲んでいるカーテンを閉めた。
(しょっちゅう保健室来てる気するなぁ・・・)
身体が熱くてだるい。
結構熱が出ているのかもしれない。
目を閉じると、深い沼にはまるようにぐっすり寝てしまっていた。
目を覚ますと、隣で本をめくる音がする。
「ん・・お、大久保さん?」
「あ、市川くん大丈夫?」
起き上がろうとする奏汰を制止して、「寝てて」と優しく掛け布団をかけ直してくれる。
「ごめん」
「謝らないで。大丈夫?」
「うん。久しぶりにしっかり寝たから少し良くなってきたかな」
「やっぱり・・・無理して勉強してたんだね。ごめん、私があんな課題出したから」
大きな瞳が少し潤んでいる。
「いやいや、俺があほなだけやし。もう今は大丈夫やから」
大丈夫とピースすると、安心したように梨央は微笑んだ。
「良かった・・・。中間テストは無理しない方がいいよ。テストは何回でもあるんだし」
「・・・そういうわけにはいかへん」
「え?」
「1位取ってお礼せなあかんしな」
「そんなの」
「明日には治すから、明日からまた頼むわ」
奏汰が手を合わせると、「・・・わかった」と梨央はそう言って、授業に戻っていった。
「あれ?寝て少し良くなったかと思ったけど、顔真っ赤ね」
「・・・先生、タクシーお願いします」
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