人間関係までベーシストやる気はないよ

@wlm6223

人間関係までベーシストやる気はないよ

 大学生のバンドマンほどメンドくさいものはない。

 ギターはとにかく爆音を求めるし、ドラムは勝手に暴走するし、ヴォーカルは出鱈目に歌っている。

 おれのバンドが正にそうだった。

 おれはT大学の二年生だ。理系の学校なのでほぼ男子校と言ってもよい。おれは軽音楽部に所属してヘヴィメタルのコピーバンドをやっている。パートはベースだ。

 コンビを組んでいるドラムのN先輩とはそれなりに仲良くやっている。

 問題なのはギターヴォーカルのYとギターのKだ。

 この二人がとにかくそりが合わない。

 選曲するにしても七〇年代のメタル好きのKとNWOBHM好きのYとでは、同じメタルでもその嗜好は全く異なる。

 どうしてそんな二人が同じバンドを組んだかというと、クラブ内でのバンド人員の都合でこうなったのだ。

 リハスタで音合わせしてもギターの音色が全く異なる。

 KはギブソンのSG、YはESPのミラージュだ。ギターからして昔の音と最新の音の違いがある。これで上手くバンドアンサンブルが成立する訳がない。おれは頭を抱えたがドラムのN先輩はお構いなしだった。

「そんなこと言ったってギターなんかほいほい買えるもんじゃないだろ」

 その通りだ。大学生がバンドに合わせてギターを買い換えられるほどギターは廉価ではない。

 KとYはそれぞれ主張が強かった。それもそうだ。メタルの花形であるギター同士がそうそう互いを尊重しあって仲良く折り合いをつけられるものではない。

 まず、どちらがギターソロをとってどっちがバッキングにまわるかで揉める。

「お前がギターヴォーカルなんだからソロはおれにまかせろよ」

 とKがYに言う。

「へへへ。でもさあ、おれ、もうコピーしちゃったから」

 Yは全くギターソロをKに譲る気は全くなかった。

「どっちが先にコピーしたかじゃなくてリードギターはおれなんだから」

「でもさあ、もうこれしか弾けないんだよね」

 Yはせせら笑った。その笑顔がKを不愉快にさせた。そういった場面で仲裁に入るのがおれの役目だった。

「バッキングはコード弾き主体だからすぐコピーできるだろ。ステージの見栄え的にもソロはKに譲ってやれよ」

 Yはそれまでのいやらしい笑顔を曇らせた。

「……分かったよ」

 全く承諾してないのはすぐ分かった。

 こんな時でもN先輩は無言を貫いた。

 課題曲は全部で五曲。二時間のリハでひたすらその五曲を繰り返した。

 五曲もあればツインリードのハモリも出てくる。この曲を選曲したのはN先輩だった。

 おそらくKとYの仲を取り持つために選んだと思われる。

 いざそのツインリードのパートになると、KとYのハモリはめちゃくちゃだった。まあ、おれからしてみれば案の定、といったところだった。

 実のところ、ハモリではなくユニゾンになっていた。どちらもハモリ下の方を弾くのではなく上の方を弾いていたのだ。

 そもそも二人のリズム感はばらばらだし、ビブラートのスピードも振れ幅も全然合致しない。聴いてて違和感しかなかった。

「ソロが全然合わないじゃん」

 KがYにそう言うとYは笑顔ではあるが不満げに「CD通りに合わせるとこうなるんだけど」と反論した。

「ハモリの上の方、おれが弾くからYは下の方を弾いてよ」

「いや、おれの方が上を弾くよ。もうそれで覚えちゃったし」

「覚え直せばいいだろ」

 N先輩はその遣り取りをドラム越しに楽しんでいるようだった。そこでまたおれの出番だ。

「まあ、待て待て。今日いますぐ合わせるのは無理として、次回のリハの課題にしとこう」

 YとKは不服の顔をした。N先輩はにやけていた。

 おれの立場としてはツインギターのバンドでツインリードというのがそもそも気に入らなかった。どっちがハモリの上を弾いてもよかったのだが、どうしてもメタルのギター君は目立ちがり屋が多い。どっちが上を弾こうとおれは構わなかったが、ギターとしてはそれが重大事なのだ。

 それにしてもソロに入った途端、バッキングがベースだけになるからバンドアンサンブル的にぽかりと穴が空いてしまうのが気になった。CDではその辺はツインリードに加えてバッキングのギターも被せているので気にならないが、いざバンドでやってみると非常に寂しくなってしまうのだ。

 リハが終わると部室でメンバー全員で屯した。

 やはり話題に上ったのはツインリードのハモリでどちらが上を弾いてどちらが下を弾くかになった。

「Yはボーカルもやってるんだから、見せ場はおれに任せろよ」

 Kの主張は分からないでもない。

「ええ? おれ、もう上でコピーしちゃったからどうにもできないよ」

 Yは極当たり前のようにKをかわした。

「そういうもんじゃないだろ」

「何がいけないんだ?」

 またおれが仲裁に入る。

「ベースとしてはどっちが上をとろうと構わんけど、ソロ向きの音はKの方じゃないかな」

 おれもどうでもいい話題で言い争うKとYを見かねた。

「音ならちゃんと音作りするからさあ……」

 Yは引き下がる積もりはないらしい。

「じゃんけんで決めろよ」

 N先輩の鶴の一声でじゃんけんが始まった。

 あいこが三回続いてKが勝った。

「よっしゃ!」

「……」

 KとYの態度は露骨に顔に出た。

 その次のリハではちゃんとYはハモリの下を弾いた。が、どうにもちぐはぐなハモリで二人の仲の悪さ、コンビネーションのなさが露呈した。

 おれは「二人だけで個人練しろよ」と言いたかったが、この二人の仲の悪さがそれで解消するとは思われなかったので、言葉を飲み込んだ。

「ハモリのソロだけ繰り返してみようか」

 N先輩から思いがけず打開策が提案された。

 N先輩のカウントからソロパートの部分だけの練習が始まった。

 最初の一小節目の最後の音のビブラートからしてずれまくっている。チョーキングの溜めも合致しない。ソロパートだけとっても課題は山積しているのがよく分かった。

 ソロの間、おれはCD通りに地味なベースラインをひたすら弾いた。N先輩もギターソロのバックにまわるよう派手なオカズは入れなかった。

 つまり、ギターソロの出来の悪さが露骨に浮き彫りになった。

 KもYもさすがにこれではまずいと思ったのか、一パターンが終わると二人で話し合いになった。

「Y、ちょっと二人だけで音出してみようか」

 Yは躊躇いがちに「ああ。いいよ」と応えた。

 ドラムなしベースなしのギター二人だけのツインリードが流れた。

 結果はぼろぼろである。

「あのさあ、ビブラートの回数、合わせてみない?」

 KがYにすり寄ってきた。

「おれ、こうやってるんだけど……」

 Yが音をだす。

「それじゃあ曲のテンポに合ってないんじゃない? 例えばこんな感じで」

 Kが音出しした。

「それ、ほんとにテンポ、合ってる?」

「合ってるよ!」

 Kが怒鳴った。こういうときはまたおれの出番だ。

「おいおい、実際のテンポはドラムに合わせないと何ともいえないだろ。やっぱバンドで音合わせしよう。そうしないとどうにもならんだろ」

 YとKは首肯した。

 ズタボロのリハを終えて、おれたちは部室に行った。

 そこでしばらく雑談してN先輩とYが帰宅した。二人ともこれからバイトだという。残されたKとおれも早々に引き上げようとしたがKがおれを食い止めた。

「今度のライブなんだけどさあ……」

 来月の第一週の土曜日のジョイントライブの事である。我々T大学軽音楽部とS大学軽音楽部が合同でバンドを出し合うライブだ。

 S大学は女子校だ。実質男子校の我がT大とは何かと馬が合う。

「それまでにYと上手くやっていけるか自信がないんだよねえ……」

 そこを何とかできるのはYとK本人以外にありえない。

「まあ、現実的にツインリードらしいソロは無理そうだな」

 おれはベーシストだ。普通、ベースはバンド全体のアンサンブルの要と言われている。リズムを支配するドラムとメロディーを奏でるギターとを結びつける役割を担い、バンドの中枢を司っている、という人もいる。しかし、バンド内の人間関係にまでその中枢を握るつもりはないのだが……。

「それにYの自己中に付き合いきれないんだよね……」

 それはおれも感じていた。Yは選曲会でも我を通したがるし、アンプのボリウムはほぼ全開だ。メタルだから大音量はつきものなのだが、ドラムの音がかき消されるほどの爆音を出す。「音を下げろ」と言っても決して下げない。どうして人の要求を無下にするのか分からないが、注意やアドバイスを無視するYの癖が、バンド内の不和を生んでいるのは確かだ。

「それとMには言っておきたいんだけど」

 なんの秘密の告白かと思ったら、女の話だった。

 Kが言うにはKが好きな女がYも好きなのだそうだ。その女は事もあろうに今度一緒にライブをやるS大のRだという。おれもRの事は顔も名前も知っている。だが特にこれといった恋愛感情はない。しかしおれの知っている範疇では今Rに男はいない。

「お前ら、仲が悪い癖して女の趣味は一緒なのか」

「いやだから、そういう意味じゃないんだ。たださあ、Yがああいうタイプだからさあ……」

 で、おれにどうしろと言うんだ。Yを出し抜いてRにお近づきになりたい。Kの本心はそんなところだろう。

 おれのクラブ内での役割は「渉外」だ。

 他校の音楽クラブとの連絡役であり小規模ながらライブのブッキングもやり、顔合わせや打ち上げの居酒屋の予約なんかもやっている。

 当然のようにRの電話番号も知っている。

「まさかこのライブ直前になってメンバー交代したいなんて話じゃないだろうな」

「……なんていうか、もう……上手くいかないんだよねえ……」

 その上手くいかない、の全ての原因はYだと決めてかかっている。

 傍目に見ていても確かにそういう見方もできるな、とは思った。だがライブ直前でバンド内のもめ事は面倒だ。ライブが終わってから好き勝手に殴り合いなり何なりして欲しいというのがおれの正直な感想だ。

 それからKはYに対する愚痴をこぼした。 グチグチいうやつは、おれは好まないが多分にKは女のようなところがあるのを知っていたので、素直に話を聞いてやった。

 愚痴は聞いてもらいたいだけで、その返答は求められていないのだ。

 そのKの鬱憤晴らしの場は、その週の土曜日に来た。この日はS大学軽音楽部と「顔合わせ」の飲み会だ。

 東京には大学も多いし、バンド活動をしている大学生も多い。いわゆる軽音楽部も多い。しかしその界隈の世間は結構狭く、S大学軽音楽部との関係はずいぶん昔から諸先輩たちから引き継がれてきたものだ。無論、交流も密だった。

 その飲み会は総勢三十名ほどで、座敷席を店からあてがわれた。

 Rの右隣にはKが、左隣にはYが座った。

 思い切り分かりやすい絵面だ。

 確か人に好印象を与えるには右側に座るのが良かったんだっけ? もしおれの生半可な心理学の知識が正しければKが一歩リードしているということだ。

 まあ、おれにはどうでもいいことなんだけどね。

 とにかくライブ本番までは平穏無事であってくれれば何よりだ。

 が、そうはいかなかった。

 その夜、YがRに交際を申し込んで断られた。

 あのなあ何してくれてんだよ、というのがおれの本音だった。

 その話を聞いて俄然やる気になったのはKだ。

 ライブ本番直前のリハではKはあからさまに力強い演奏を披露してくれた。

 Yは相変わらず爆音でボリウムを下げなかったが、どこか侘しい演奏になった。

 ギターっていうのは繊細な楽器で演奏者の心持ちをストレートに表現してくれるものなのだ。それがどんなにゲインの上がった歪音でもそういったことが分かるものだ。

 KもYがフラれたことを知っているらしく、その勢いはメタルと非常にマッチした。

 気合いでなんとか本番を乗り切る。それがバンドマンだ。しょぼくれたメタルなんてあってたまるか。

 リハは無事に終了した。Yの爆音癖さえなければ自分たちの実力を充分発揮できると思われた。

 リハが終わるとおれは早々に帰宅した。N先輩も駅まで一緒だった。

「YがRにフラれたんだって?」

 N先輩の耳にも既にその話が回っていたか。

「どうもそうらしいですよ」

「バカだねえ。ライブ前にそんなことするかよ」

「まあ、Yはあの性格ですから。直情的というか自分に素直っていうか……」

「これから本番だってのに何やってんだか」

「それ、おれもそう思いました。後先考えてないのがYらしいというか……」

「打ち上げで悄気返るのだけは勘弁してほしいな」

「まあ、Yはあの性格ですからすぐに気を取り直しますよ。きっと」

「ほんと、バカだねえ」

 そのバカがもう一人いた。Kだ。

 Kは顔合わせのときRから連絡先を引き出し、わざわざRの近所にまで出向いて告白し、見事にフラれてきたのだ。

 そのことをKはわざわざおれに報告してきた。

「ライブでいいとこ見せつけようとしたんだけど、フラれちゃったよ」

 Kが情けない声で言う。

「お前ら、何やってんだよ」

「お前ら、ってどういうことだ?」

「YもRにフラれたばっかなんだよ」

 Kはそこのことを知らなかったのだ。

「え⁉ そうだったのか」

「知らなかった?」

「知らねえよ、そんなこと」

「お前らおんなじ女にフラれてやんの。本当は仲がいいんじゃねえか」

「はっきり言っておこう。仲は悪い」

「で、同じようなタイミングで同じようにフラれた訳か」

「……まあ、そうなる」

「バカだねえ」

「うるせえよ。少しはこっちの身になってみろよ」

 なれる筈がない。

「とにかく色々決着がついたんだから、ライブの本番には振り切ってくれよ」

「言われるまでもない。ライブは全力でやる」

 そうKは言っていたが、その後が面倒だった。

 当の主役のRからおれに電話がかかってきたのである。渉外という役職柄、おれの電話番号は誰でも簡単に手に入るので不自然なことではない。

「もしもし、M君ですか」

「はいそうです」

「あんたのバンド、どうなってんのよ」

「どうもこうも、うちのギター二人が迷惑かけたね」

「あんたたち、ナンパ目的でバンドやってんの?」

「そういう一面は多分にあると思う」

「だからって、二人も同じバンドの人から告白されたって困るわ」

「こっちも困ってる。でもふってくれたことでこっちとしては一件落着なんだけどなあ」

「これから本番なのに何してんのよ」

「普通にバンド活動。まあ、惚れた腫れたの話はあんま首、突っ込まないけどね」

「最低!」

「それは二人に言ってくれ」

「T大の人って、みんなそうなの」

「いや、違うよ。今回の件はほんのアクシデントだよ。二人にはなんとか気持ちを切り替えるよう仕向けておくから」

「本当?」

「ああ。ベーシスト、嘘吐かない」

「何それ」

「まあ、これからもよろしく頼むよ。後輩たちの手前もあるから、今回の件はちょっとした事故だと思って欲しい。こんなことがあっても、T大の軽音楽部がいやらしい集団だとは思わないでね」

「分かった」

「そこんとこ、よろしく」

 電話を切った。

 やはりと言おうか何と言おうか、こういったクレームも処理するのが渉外の役目でもあるのだ。

 いや、渉外だからというよりベーシストだからかも知れないな、と思った。

 そしてライブ当日を迎えた。

 昨年自分がそうであったように、一年生たちがライブハウスへ機材の搬入をする。サウンドチェックを終えて本番までは暇となる。

 暇だからといって本当に何もしない訳ではなく、おれは指慣らしのクロマチックスケールをひたすら弾いた。

 ここまで準備しておいてもバンドの持ち時間は二十五分程度しかない。その二十五分に全てをかけるのがバンドマンだ。

 午後五時に開場して午後六時開演。客の入りはそこそこいい。キャパ二百人のハコに約五十名ぐらいはいる。俺たちのバンドは三番目だ。

 ヘッドライナーの一年生バンドはしょぼい楽器しかもっていないので(そりゃそうだ)、音こそ悪かったが熱意は十二分に伝わった。

 二バンド目はおれと同じくS大学軽音楽部の二年生のバンド。ドラムだけが三年生の先輩にヘルプで入ってもらっている。J-POPだか何だか分からんが、メタルではない曲をやっていた。客受けがそれなりに良かった。今時はメタルではないか、と思った。

 そしておれたちの出番となった。

 おれたちのバンドはゴリゴリのメタルだ。

 懸念だったギター二人の様子がどうもおかしい。やはりメンタルの落ち込みは隠せないのだろう。

 おそらく演劇でも同じであろうが、板の上に立つと、一の緊張が十の緊張として客に伝わる。一の落ち込みが十の落ち込みとして客に伝わる。逆を言えば一の盛り上がりを見せれば十にも百にもなって客に伝わるものなのだ。

 で、結果からすれば、おれたちの本番は失敗だった。

 気掛かりだったツインギターのハモリのソロはボロボロ。それ以前に普通のリフでもミストーンが出る始末。バンドとしての一体感がないどころか、リズム隊だけきちっとして上物のギターとヴォーカルが全然駄目だった。

 おれは本番中から「やっちまったなあ」とギターの二人に失望したが、これではいかん、失望が十にも百にもなって客に伝わってしまうと焦ってしまった。

 持ち曲の五曲を終えて板を降りた。

 完敗だ。完敗だった。

 おれたちは客に負けた。音楽に負けた。

 次のバンドで何とかこの悪い雰囲気を打破して欲しい。その思いだけが募った。

 それからライブがハネるまではあっという間だった。

 おれとしては打ち上げに参加する気分にはなれなかったが、出演者は全員強制参加だ。

 一年生がライブハウスから機材を機材車へ引き上げた。本当にライブが終わったと、このとき実感した。

 一年生たちが戻ってくるとライブハウス近くの居酒屋で打ち上げとなった。

 もちろん、件のRも参加し、KもYも参加した。

 が、その三人の距離感は微妙に離れていた。

 KとYがRにフラれた事を、どれだけの部員が知っているのか分からなかった。おそらく、S大の連中には全員知れているだろう。女の色恋の話の伝播は非常に早い。何故かは知らないが女は恋愛沙汰には非常に敏感で機微が働くものなのだ。翻って野郎だらけの我がT大学系音楽部の部員はそういったことには全く無頓着なやつと敏感な者にはっきりと分かれていた。

 おれは渉外という役割とバンドメイトということもあり、KとYの恋の破綻を知っていたが(別に知りたくもなかったが)、気にしない連中はとことん気にしない。先輩連中は後輩たちの面倒見は良かったが、個々の恋愛事情にまでは口出ししなかった。

 ビールで乾杯すると早くも泥酔する者も出始め、おれは介抱に回った。

 T学の連中は飲み慣れていたが、S大の女子たちはそうではないらしく、座敷席に仰向けになって寝転ぶ者、トイレへ行ったきり帰ってこない者も出始めた。

 そんな中、KとYは鯨飲した。

 失恋の腹いせか、ライブが上手くいかなかったやけ酒か、二人とも元々の自分の酒量を超えて飲んでいた。

 おれはS大の女子の介抱に回った。何も下心があっての事ではない。本当に急性アル中で倒れられ、部の存続に関わる事件に発展してしまうのを恐れていたからだ。だから女子トイレにも平気で立ち入った。死なれるより怒られた方がよっぽどマシだ。

 おれが男子禁制の女子トイレで一人を介抱していると、背後にRが立っていた。

「M君」

 とだけRが言った。

「ちょっと水もらってきてくれない? 無理にでも水飲ませて吐かさないとマズいことになるかも知れない」

 Rはおれの言った通りにし、グラスに一杯の水を入れておれに差し出した。おれはグラスを受け取って今にもぶっ倒れそうな娘に無理矢理に水を飲ませた。

 その娘は便器に向かって思い切り吐いた。

 おれのような素人が酔っ払いの胃の中を洗浄するにはこれしか手段がないのだ。

 おれはその娘の口をトイレットペーパーで拭ってやり、トイレの片隅に座らせてやった。「M君、いつもこんなことばっかりしてるの?」

「ああ。飲み会の時はしょっちゅうだよ」

「そう……じゃあM君を独り占めするには酔っ払うしかないのね」

 いやちょっと待った。今はそれどころじゃない。

「M君、彼女いるの?」

「いない」

「じゃあ、あたしでどう?」

 だーかーら! 今はそれどころじゃないんだよ!

 おれは自分の色恋沙汰よりも目の前の泥酔者の容体が気掛かりだった。

「M君、たまには自分のことを考えてみたら」

「言われるまでもなくそうしている積もりだよ」

 こういう考えが浮かぶのもベーシストだからなのか、こういうい考え方だからベーシストになったのか、判断がつかなかった。

「じゃあ、こんどあたしとデートしよう」

「ああ。分かった分かった」

「その代わりK君とY君には内緒にしてね」

 そう言われるまでもなくそうするしかないだろうが、と口に出そうになったがその言葉を飲み込んだ。

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