四、知らせ


 翌朝、ヒューバートの姿はなかった。

 彼はこの別荘で自由にすごしている。誰にも告げずにふらりと出かけるが、今日はいつものような散歩ではないのだろう。

 食欲がない。昨夜のことを思い起こしながら味を感じない朝食をフォークで突いていると、キッチンにある裏口の方から話声が聞こえてきた。週に一度か二度、食料の配達に来る近隣の村の男の声だ。声の大きい男だが今日は興奮しているようで特に騒がしい。

 いつもなら放っておくが食事も進まないので何気なく見にいくと、裏口で別荘の管理人夫妻とメイドが村の男と話していた。

 別荘の管理人がセオドアに気づき、うろたえながら口を開く。

「き、昨日の夜、村が獣に襲われたらしいんです」

 外を出歩いていた者も、家で寝ていた者も、次々と喰い殺されたという。

「五人やられて、この子の母親と幼い弟も……」

 母と弟を喰われたメイドの顔は蒼白だった。今にも倒れそうな体を別荘の管理人の妻に支えられてようやく立っている。

「旦那様、お許しくださるなら、この子を家族のところに」

「そうしなさい」

 村の男にメイドを送り届けるように伝え、セオドアは確かめておかなくてはならないことを尋ねた。

「何色の毛並みの獣だったのだ?」

「白くてでっかい狼だったとか。ずーっと昔に村が襲われたことがあるってのは、爺さんや婆さんから聞いてたんですよ。村の半分くらい喰われたって。でもオレが知ってるうちはそんな獣なんていなかったのに、恐ろしいことです……」

 村の男から血の匂いが漂ってくる。獣に襲われた遺体に近づいたのだろう。靴に、衣服の端に、血の匂いが染みついている。

 食欲がなかったはずなのに、急に空腹を感じた。

「エレナ?」

 しかし奇怪な現象は、不意に白いドレスが視界の端にちらついて忘れた。

 霧の中、白いドレスを着たエレナが森の側を歩いているのだ。ベッドから体を起こすこともできないほどに衰弱していたのに、自分の脚で立って歩いている。

 駆け寄って骨と皮だけの腕をそっと掴むと、驚きのあまり言葉が出ないセオドアにエレナは微笑んだ。

「今日は調子がいいんだ」

 真っ白だった唇はわずかに赤みを帯びている。ひさしぶりに聞いた声は弱々しいが、今まで声を発する力もなかったのだ。

「セオ。私、ボートに乗りたい」

 霧の中に長くいれば体を冷やしてしまう。そもそも視界が悪いのに湖にボートを浮かべるのは危険だ。しかし望みはなんでも叶えてやりたい。

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