ニ、エレナ②
「旦那様。今日はアンの遺体を屋根裏の使用人部屋に寝かせて、明日の朝、村から食料の配達に来る者に家族への伝言を頼むつもりです」
「そうだな、そうしてくれ」
エレナの部屋がある二階から玄関ホールに下りてくると、ちょうど別荘の管理人夫妻に出くわした。
霧が深くなければすぐに使いを出すのだが仕方がない。近隣の村までの道は整備されていない。かなり土地勘がなければ馬を走らせるのは危険だ。森の中には沼地や崖もある。
それではと、報告が終わって去ろうとした夫妻をセオドアは呼び止めた。
「私が来る前に『呪い』がどうと話していなかったか? 地下の呪い、と聞こえたが」
「も、申し訳ありません。口を滑らせてしまったみたいで……」
「かまわない。別荘にそんな噂があるのか? 所有者が私に変わったばかりだというのは聞いているはずだが」
前の所有者だった親族が投資に失敗して負債を抱え、半年ほど前に相談されたのでセオドアが買い取ったのだ。子供の頃に一度か二度、訪れた時の思い出は楽しいものばかりだったし、エレナが気に入っていたので療養地にちょうど良いと思った。
「ここのことは何も知らない。話してくれ」
うながすと夫妻は顔を見合わせ、ためらいながらも口を開いた。
「実は私どもが別荘の管理をするようになってからも、そんなに経ってないんです。知り合いのツテで雇われたんですが、なんせ急なことだったんであまり事情を聞いてなくて。ああ、ちゃんと建物の管理はできてますよ。前も他所で似たような仕事をしてたんで」
所有者の家名は知っていたが、当主であるセオドアの名前は今回の滞在が決まってからはじめて知ったらしい。本邸から遠いこの辺りの土地の管理や彼らの雇用は、代理人に任せているので仕方がない。
「近くの出身でもないですし、そんなんでこの辺りの古いことはほとんど知らないんですが、村の年寄りから聞いた話があって――」
別荘の地下に納棺堂があり、そこに奇怪な病で亡くなった者の棺が安置されているらしい。その亡者が死の呪いを振りまくという噂があるのだと。
奇怪な病と聞いて思い浮かぶのは遺伝病だ。別荘の前の所有者はセオドアの親族で、当然その血には病が刻まれている。発症して亡くなった者が地下に埋葬されたのか。そんな話は聞いた覚えがない。
「死の呪いとはなんのことだ?」
「だいぶ昔、当時のこの別荘の使用人が次々と流行り病にかかって、村にも病気が広がってかなり死んだらしいんです。それが呪いだと言われたとか」
馬鹿馬鹿しい。静かに眠っていた死者を生者が悪に仕立て上げたのか。人の力ではどうしようもない病や死を何者かのせいにして、怒りの矛先を向けたくなる心理は分からないでもないが。
「それで? 今回のメイドが溺れ死んだのも関係があると?」
「いえ、いえ。とんでもない。私どもも呪いのせいでアンが死んだなんて言うつもりはありません。ただ、村の迷信深い年寄り達は噂を本気にしているようなんで、この別荘で死人が出た……しかも村出身のアンが死んだとなると」
「騒ぎになるかもしれないということか」
「まあ、大事にはならないと思いますが」
留意しておこう。噂の中に出てきた奇怪な病――奇怪な遺伝病に侵されたエレナがここで療養しているのだ。あれこれ繋ぎ合わせて騒がれるのはごめんだ。
「地下の納棺堂は噂ではなく実在するのだろう。どこにある?」
セオドアに問われ、別荘の管理人は階段の陰に隠されるように存在する扉へ視線を向けた。
「その奥の、今は物置になってる礼拝室に鍵がかかった扉があります。そこだと聞いてるんですが、鍵がないので確かめてません。湖の下にまで伸びてる地下だとか」
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