第4話【職人二人】

 木曜日の夕方16時頃に藤田が喫茶ジータに着いて開店前の準備をしていると、一台の軽バンが店の駐車場に入ってきた。

 藤田が何事か?と窓越しに駐車場のほうを見ていると、60歳過ぎくらいだろうか、軽バンから一人の男性が運転席から降りてきて荷室から大きめの段ボールをふたつ、ゆっくりと両手で持ってやってきた。

 男は薄くなった頭髪を隠すようにバンダナで覆って後ろで留め、作務衣という作業着のような服装をしていた。

 藤田の記憶の中にはない、見知らぬ男だった。そんな男が段ボールの荷物を抱えて店にやってきた。

 藤田は新手の押し売りか?と身構えた。

 男は出入り口でいったん荷物を下ろすと、扉を開けて

「準備中にごめんなさいよ!店長さん!?。」

と元気な声と共に入ってきた。

「は、はい?。」

 藤田は店長さんと呼ばれて上ずった返事をした。マスターと呼ばれることには慣れていたが、店長さんと呼ばれたのは初めてだったからだ。

「な、なんでしょうか?。」

と問う藤田に男は

「ほい、差し入れを持ってきた!。」

と段ボール箱をふたつ、中に持って入ってきた。そして、一番近い4人掛けテーブルの上に段ボール箱を置き、そのひとつを開けて見せた。

 段ボールの中には古新聞紙で包まれた丸いものや緩衝材がいっぱい入っていた。

「差し入れ?新聞紙?!?。」

 藤田の独り言に少し笑顔を見せながら男は一つを取り出し、丸くなっている新聞紙を解いて中に入っているものを見せた。

 中からは男が作ったとみられる薄茶色い陶器が出てきた。取っ手もついていた。まさにコーヒーカップになるための形をした陶器だ。

「・・・コーヒーカップ!?・・・。」

 藤田は呆気に取られていた。

男は段ボールの中から他の丸めた新聞紙も次から次へと解いてカウンターに並べていった。どれもよく似ているが、工業製品とは違って手作りであることがよくわかる。

 大体の大きさはほぼ一緒だが微妙に違うカップの模様、取っ手の大きさ形、また同様に微妙に仕上がりの違うカップソーサーをどんどん取り出しては包装していた新聞紙を解いて並べていった。

「あ、あの、どちら様か知りませんが、こんな手間暇かけて作られたと思われるものを差し入れだなんて、しかもこんなに・・・。」

と藤田が男に話しかけると、男は手を動かしながら説明を始めた。

「ん!申し遅れた!。儂は福村定一という陶芸家をめざす男ですわ。60歳で定年退職の後に陶器づくりを始めてな・・・。まだまだひよっこの2年生ですけどね。まあ、陶芸家の端くれみたいなもんなんで、練習のつもりで作った駄作ばかりで申し訳ないが・・・。

 確かに余計なお世話かもしれん。だが、あんなに旨いコーヒー・・・、店長さんが作るコーヒーにはその辺の安い工業製品じゃなくて、もっとマシなコーヒーカップで飲むべきと思った。儂の作ったカップは駄作かもしれんが、その辺の工業製品とは違う、味気ない出来ではないと思っておる。」

「そ、そうおっしゃられましても、福村様がひとつひとつ心を込められて作られた、大事なカップですよね?。それをこんなにも差し入れ、だなんて。」

と藤田は止めようとしたが、福村は構わず作業を続けながら言った。

「気にしなさんな。先日、知り合いと一緒にここに来て、最高に旨いコーヒーをその知り合いの驕りでごちそうになったんでな、そのお礼みたいなもんじゃ。

 それにな、練習のつもりで作ったこのコーヒーカップだが、このコーヒーカップを誰かに使ってもらいたいんじゃ。使ってもらえたらそれだけで儂は幸せや。このカップたちもそう思っとるはずや。使って~って、言うとる。」

 福村は一つのカップを持ちながら、笑顔を見せながらそう言った。そして

「こういった道具は使われてなんぼ。使われない、飾るだけの陶器にべらぼうな値段付けるような陶芸家もおるが、儂はそんな陶芸家になるつもりはないからな。」

と説明しながら、福村は持ってきた合計24セットのコーヒーカップとカップソーサーを手際よくカウンターに並べた。そして、解いた新聞紙を再び段ボールに放り込み始めた。

「もし使用中に割れたりなんかあったら、連絡をくれ。」

と福村は藤田に名刺を渡した。自作したと思われる名刺には福村の名前と住所、更に電話番号とメールアドレスが書かれてあった。

「替えをまた持ってきてやるよ。」

と藤田に笑顔と共にウィンクした。福村の丸い顔がとてもチャーミングに見えた。

 福村は後片付けを終わらせると、

「よいしょ!」

と掛け声とともに段ボールを持って腰に手を当てながら立ち上がると、

「じゃあな!いずれまた飲みに来る。・・・何杯かタダだと嬉しいがな。・・・ってのは冗談だよ、がっはっは。」

と豪快に笑い、いまだ呆気にとられる藤田を置いて「ほいじゃあ!」と手を上げ店を去って行った。

 軽バンがエンジンをかける音に我に返った藤田は慌てて店を出てた。運転席と助手席の窓を開けて走り出そうとする福村に

「有難うございます、大事に使わせていただきます。」

と深くお辞儀をして見送った。福村は藤田によく見えるように左手を大きく上げて、駐車場から出て西の方角へ走り去っていった。



「と言う事なんだ。」

 藤田が説明を終えると、藤田の友の今岡健治は

「へぇ~。変わった陶芸家もいるもんだ。気前がいいなあ・・・。」

と言うしかなかった。

 月曜日の21時。店内には今岡以外に客は居なかった。

 今岡は店のオープン前に準備を手伝ってくれて以来の来店だった。この夜も「マスター、儲かってる?。」と冷やかしのつもりで様子を見に来たのだ。

 藤田がコーヒーを準備して今岡の前に用意してカップが変わっていることに気づき、訊いたのだ。

「じゃあ、これまで使っていたカップは?。」

「いったん奥の倉庫部屋に片付けてある。何かあった時のために、ね。」

「でも何かあった時は、今の話じゃ替わりを持ってきてくれるんだろ?。」

「うん・・・そうは言ってくれたけど・・・だからと言ってなにからなにまで甘えるのはよくないと思ってさ。」

「それもそうだな・・・。」

と、今岡は改めてコーヒーを一口飲んだ。

「あ~、美味いねぇ。その陶芸家のおっちゃんが魂込めて作った手作りのコーヒーカップって聞くと、更に美味しく感じるよ。藤田も、このカップで飲んでみろよ。」

「そういえば今日は客に出してばかりでまだ飲んでなかったな。じゃあ、ご一緒しよう。」

と藤田は自分でもこの新しいコーヒーカップで飲んでみることにした。

 ポットに入ったまま保温されているコーヒーを、手作りのコーヒーカップに半分ほど注いだ。

 藤田はカウンターを挟んで今岡と向き合い、カップソーサーを使わずに一口飲んでみた。

「うん、なんて言うべきなのかな・・・。コーヒー自体の味が変わることはないんだけど、この・・・カップを持ったときに、手に伝わってくる感覚が当然だけど違うよね。これまでのカップは取っ手がツルツルの表面加工がされていたけど、この手作りカップは素焼きのままのようだ。持った時に滑りにくいし、それが人間の五感に伝わってくるんだろうな・・・。

 それと、なによりカップの厚さがちがう。以前のより倍くらいの厚さがある。陶器は厚みが増すと保温力が増すっていうだろ?。だから当然コーヒーが冷めにくくなるし、香りも長続きするんだろうな。」

と、カップを見ながら感想を言った。

「さすが職人同士、感覚のレベルが俺みたいな凡人とは違ってハイレベルだわ。」

今岡の言葉に藤田も笑うしかなかった。

「でも、これでいよいよ喫茶ジータの、店としての完成度がぐっと上がったわけだな。」

との今岡の言葉に

「ああ、おかげさまで・・・だな。大事にしなきゃ、このご縁・・・。」

と呟いた。


 休みの金曜日、藤田はレガシィツーリングワゴンを走らせていた。

 目的地は既にカーナビに入力している。都会の喧騒を離れた郊外の、一山超えた場所に向かっていた。

 自宅を出て間もなく1時間半が経つ。

 助手席にはコーヒー職人を自負する藤田が作った、焙煎・粉砕まで施したコーヒーが約500gほど、麻袋に入れられて置いてあった。

 やがてレガシィツーリングワゴンは窯元の多い集落に入っていった。

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