第四話 俺、なにかをつかむ

 三周目――いろいろやったが駄目。

 四周目――あれこれやったが駄目。

 五周目――。

 六周目――。

 ――。


 もう何周目だろうか。卒業式の二日前。土曜日。俺はもうヒロイン攻略を諦め、学校には行かず遊び惚けていた。

 ちなみにどぎマテの世界では土曜日は平日扱いである。


 かつてゲームでヒロインたちとデートをした場所を一人巡っていると、自分が投げかけた辛辣なセリフの数々を思い出し、後悔で泣きそうになる。


 俺は今、大きな噴水とボートに乗れる湖のあるデートスポット、【中央公園】に来ていた。

 学校ではまだ授業をしている時間。降り注ぐ日差しを浴びて、噴水の水がキラキラと輝いている。

 四月になれば花見イベントが起きたりするのだが、桜はまだ長い眠りから覚めていない。

 噴水近くのベンチに座り、ぼーっと噴水を眺めながら長い溜息をつく。


「ふぅ………。ん?」


 噴水をはさんだ反対側のベンチに、制服を着た見覚えのある女性が座っている。

 あれは……【宇家美うけみえむ】じゃないか?


 宇家美えむ。俺としたことがすっかり存在を忘れていた。

 なぜなら、何周しても卒業まで一度も校舎で姿を見かけなかったからだ。まさかこんな所にいたとは……。

 俺はベンチから立ち上がると、迷うことなく宇家美えむの元へと歩み寄っていく。


「やあ、こんにちは」

「えっ……義矢留……君?」


 ベンチから俺を見上げ、驚いたような表情を見せるが、逃げ出す様子はない。

 俺はゲームの主人公に自分の名前をつけるタイプなので、現実と同じ呼ばれ方をされ、軽く感動を覚える。ここに至るまで誰からも名前を呼んでもらえなかったからな……。


「隣、いいかな」

「……」


 つやのある長い黒髪を揺らし、無言でベンチの右に体をずらしてくれたので、少し距離をあけて俺が左側に座る。


「……何してるのあなた。今、授業中でしょ」

「そっちこそ。ずっと学校に来てないみたいだけど、いつもここで噴水を眺めてるのかい?」

「別にそういうわけじゃないわ。もう進路も決まったし、今更学校に行く必要なんでないでしょう」


 こちらを見ることなく、噴水を見つめたまま、会話を続ける。

 整った横顔に長いまつ毛、髪に反射した日の光が眩しく、どこか触れえざる存在のように思えてくる。さすが、ビジュアルだけはナンバワーンとの呼び声が高いキャラだ。


「そう言う割には、ちゃんと制服着てるんだね」

「……学生でいられるのは、明後日までだもの。思い残すことのないように、ね」


 ゲームをクリアすると、エンドロールのわきに各キャラの卒業後の進路が表示されるのだが、宇家美さんは就職をするパターンが多い。恐らくはすでに就職が決まっているのだろう。


「だったら学校に来ればいいのに」

「……うるさいわね。ほっといてよ」

「ごめん。俺が言えたセリフじゃなかったね」


 会話が途切れ、二人で水の流れる音と、噴水の周りで遊ぶ子供の声を聞きながら、空を見上げる。

 そういえば、何周もしているうちに、すっかり女の子とも普通に会話が出来るようになったなぁ。でも、何を言っても許してもらえないんじゃ何の意味もない。


「宇家美さんは、俺の事怒ってないの?」

「……怒ってるに決まってるでしょう。あなたは私の友達に酷いことをしたのよ」

「うっ」


 宇家美さんの言う友達とは、【江洲えすせめる】のことだろう。

 彼女はひたすらこちらが下手したてに出ていれば好感度が上がっていくので、攻略は容易なのだが、暴力的な一面があるため好みが分かれるヒロインである。


 一方、宇家美さんは普通のヒロインなら怒るであろう選択肢も、なぜか好感度が上がったりするので攻略が難しいところがある。

 嫌われデータを作る際も、選択肢で好感度を下げづらいので他のキャラのダイナマイト爆発を使用して下げたほどだ。


「それに関しては言い訳のしようがない。……今じゃ後悔してるよ」

「……」

「今更後悔したところで……って感じだけどさ」


 空を見上げたまま目を閉じ、ヒロイン達に拒絶された場面を回想する。

 あまりの情けなさに、思わず涙が頬を伝った。


「泣いてるの?」

「……ごめん」


 親指で涙をぬぐっていると、思いもよらない言葉が宇家美さんから飛び出した。


「個人的には……あなたのこと、別にそこまで嫌いじゃないけど」

「……え。……えぇ!?」


 思わずベンチから立ち上がり、宇家美さんの顔を凝視する。


「な、何?」

「い、い、今。嫌いじゃない、って」

「……言ったわよ。そんなに驚くこと?」


 そんなに驚くことに決まってるじゃないか。

 こちとらもうヒロインの攻略を諦めてこの世界でループ人生を決め込んでやろうとしていたところなんだぞ。

 今の宇家美さんの言葉は、深い海の底に沈んだ俺の体を一気に水面まで引っ張り上げてくれたような、そんな衝撃のこもった一言だった。水圧の変化で体がパンパンになるのは勘弁だけど。


「う、宇家美さん」

「……何?」

「す、好きだ!」


 気づくと、俺はとんでもない一言を口走っていた。


「……は?」


 宇家美さんが眉をひそめ、ベンチから俺をにらみつけている。


「あなたに対してそういう感情は一切ないわ。調子に乗らないで」

「うっ」

「私、もう帰るわ。それじゃ」


 苛立たし気にベンチを立つと、宇家美さんは公園の出口の方向へと歩いて行った。


「そ、それじゃまた、卒業式で」

「……」


 俺はそのまま、宇家美さんの姿が見えなくなるまで見送った。


「ぃよし! よしよしよし!!」


 公園のど真ん中で、人目もはばからず両手でガッツポーズを決める。ついに攻略の糸口をつかんだぞ。

 まさか、一番苦手意識のあったヒロインの宇家美えむが希望の光になるとは。

 告白はやらかしてしまった感があるが、どうせこの時期からでは好感度を上げきる事はできないだろう。行動に出るなら次の周からだ。


 俺は鼻歌を歌い、スキップしながら家路についた。

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