第三話 俺、失敗する

 あっという間に一週間がたち、とうとう卒業の日を迎えてしまった。


 結局どのヒロインの好感度も回復させることができずに、式を終え、教室に戻ってきた。

 攻略に成功していれば、机の中に手紙が入っているはずなのだが、当然何も入っていない。


「はぁ……」


 ため息で、突っ伏した机の表面が曇る。


「……帰るか」


 卒業証書を乱暴にカバンに突っ込み、一人家路についた。

 

 部屋に戻るなり、俺はベッドの上に倒れ込む。身も心も鉛がつけられているかのように重く感じる。


「……おーい、聞いてるかー」


 天井に向け、俺をこの世界に引きずり込んだに呼び掛ける。


「駄目だったぞー。ここからどうなるんだー」


 返事はない。そういえば次に言葉を交わすのは誰かを攻略した後、とか言ってたっけなぁ……。


「……くそっ!」


 枕を引っ掴み、壁に向かって投げつける。枕は本棚に当たり、飾られていたよくわからないキャラクターの人形が床に落ち、カラカラと音をたてる。

 どうしてこんなことになったんだ。俺はただゲームをやっていただけなのに。


「はぁ……」


 壁際に寝返りをうつと、俺はそのまま眠りに落ちた。


♢ ♢ ♢ ♢


「う……」


 目が覚める。

 しかし、そこは俺の部屋ではなく、主人公の部屋だった。

 部屋を見渡してみると、明らかな違和感があった。


「……なんで枕が戻ってるんだ?」


 本棚から落ちたはずの謎人形も元の位置に戻っている。

 

「……ま、まさか」


 慌ててカレンダーを見ると、やはりそうだ。一週間前に戻っている。

 そうか、誰かを攻略しない限り、俺はこの世界から逃げることができないのか。


「おーい……見てるかー?」


 ダメ元で、アイツに呼び掛けてみるがやはり返事はない。


「くそっ。……あ」


 そうだ、この時間。もうすぐ長菜が帰ってくるんだ。

 俺は慌てて階段を降り、サンダルを履いて玄関を飛び出した。

 遠くから長菜が歩いてくる。俺は長菜の前に立ちふさがり、地面に跪き、頭をこすりつけながら叫んだ。


「ほんっっとーにごめん!! 今まで君にしてきた事、全部謝る!! だから許してくれ!!」


 失敗したらループすると知った俺は、なりふり構わずに謝罪する作戦に出る。

 少しだけ頭を上げて前を見ると、長菜のローファーが目の前にある。どうやら立ち止まって話を聞いてくれているらしい。


「……やめて、こんな所で」


 怒りと恥ずかしさを半々で割ったような声が頭上から聞こえてくる。


「君が許してくれるまで、やめない」


 こうなったらもうヤケだ。この調子でいけるところまでいってやる。


「……一緒に動物園に遊びに行った時、あたしに言ったこと、覚えてる?」

「……あのカバ、君にそっくりだね」


「植物園に行った時、あたしに言ったよね?」

「……ラフレシアって、君と同じにおいがするね」


 長菜の質問に淡々と答えていく。地雷選択肢を踏む時、俺も結構つらかったので内容は克明に覚えていた。


「遊園地に行った時のことは?」

「えーっと……」

「待ち合わせの場所に来なかったよね。君」

「……」

「そんな人の、どこを許せって言うの?」


 言葉が出てこない。

 今長菜が言った事は、俺が長菜にしてきた非道のほんの一部でしかないのだ。

 俺だって辛かったんだ、などと言ったところで到底納得はしてもらえないだろう。


「……もう二度と話しかけないで」


 そう言い残し、長菜は家の中へ入ってしまった。


「……そりゃそうだ」


 力の入らない足をなんとか伸ばし、俺もフラフラと自室に戻った。

 四郎に電話をかけてみたが、『もうあきらめろ』と言われただけだった。


 次の日、下駄箱で再び謝罪作戦を実行する。他の生徒の目など知ったことではない。


「椎名さん!! ほんとーにごめん!!」


 下駄箱のすのこの上で、椎名弥沙に土下座をする。


「やめて……ください」

「いいや、やめない! 君が許してくれるまで! 俺は!」


 『俺は!』 と言ったタイミングで勢いよく頭を上げる。

 すると、目の前に椎名さんの白く輝く太ももがあった。


「あ」

「い、いやっ……!」


 ぺたん、と椎名さんがスカートを押さえながら床にへたり込む。


「ま、待って……違っ……」


 なんだなんだと周りの生徒たちが集まってくる。一部始終を見ていたらしい女生徒が俺を見ながら大声で叫ぶ。


「そいつ、その子の下着を覗こうとしたのよ!」


 こうして、俺の二周目は終わった。

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