第五話 俺、絶望する
卒業式を終え、幾度目かの周回に突入する。
これからやる事は決まっている。俺はワインレッドのネクタイを締め、家を飛び出した。
――昼下がりの中央公園、噴水の前のベンチ。やはりそこに彼女はいた。
「こんにちは、宇家美さん。やっぱりここだったね」
ベンチに座る宇家美さんに声をかけると、俺を見るなり驚きの表情に変わる。
「え? 義矢留君? ……何があったの、それ」
髪は乱れ、ネクタイはよれよれ。
ブレザーの袖は引きちぎられ、肩口の隙間から白いシャツが見えている。
全身に上履きの足跡。顔にはいくつかの擦り傷とこまかいアザ。見えていない部分にもアザは体中についている。
今の俺は、明らかに何者かから暴行を受けたことが一目でわかる状態にあった。
「ちょっと、謝りに行ったらこうなってね」
「謝りに? 誰に?」
「江洲さん」
そう、俺はここに来る前に江洲せめるにこれまでの事を謝りに行っていた。
今までは蹴りを入れられただけで諦めてしまったが、今回はひたすら許してくれるまで謝罪を続けたのだ。
苛烈な暴行を受けながらも、ついに「許すからもう二度とくるな」という言質をもぎとってきた。
これも全て宇家美さんを攻略する為の下準備。全身が痛むが、俺の心は晴れやかだった。
「隣、いいかな」
「……」
前回そうしてくれたように、ベンチの片側をあけてくれる。
「大丈夫?」
「ああ、なんとかね」
口元から伝う血を手の甲でぬぐっていると、左からグレーのハンカチが差し出される。
「使って。返さなくていいから」
「え、でも」
「いいから」
眼前のハンカチが視界をさえぎる。
俺はハンカチを受け取り、血をぬぐった。やわらかな柔軟剤のにおいが鼻をくすぐる。うーん、これが宇家美さんのかほりか。
「ありがとう。……ごめん」
「どうしてそんなことになったの……?」
「……」
前回は勢いで告白してしまったせいで変な空気になってしまった。今回は慎重に言葉を選ぼう。
「宇家美さんに……許してもらいたくてさ」
「え?」
「宇家美さんが怒ってるのって、俺が江洲さんに酷いことをしたからだよね。だから、江洲さんに謝ってきたんだ。大変だったけど、なんとか許してもらえたよ」
「……どうしてそう思ったの? それに、私がこの公園にいるって、まるで知ってたような口ぶりだったけど」
……しまった。この宇家美さんはまだ
どうやらついつい余計な一言を言ってしまったようだ。まずい、なんとか取り繕わなければ。
「い、いや。俺もたまに学校さぼってこの辺をふらつくことがあってさ。その時に見かけたんだよ。それに、宇家美さんは江洲さんと仲がいいからさ。きっと聞いてると思って。……俺がどんな事をしてきたか」
「……ふーん」
納得してるのかしてないのか、微妙な表情でじっと俺の目を見る。
うっかりしていた……ループしているなんて言ったら頭がおかしい奴と思われてしまう。その時点で攻略の道は閉ざされてしまうだろう。
「まあいいけど。どうして私なの?」
多分、色々な女の子に嫌われてる俺が、なぜここまでして宇家美さんに……という意味だろう。
君の事が好きだから、などと言ったらまた怒って帰ってしまうからな。慎重に、慎重に。
「女子全員から嫌われちゃってる俺だけど……宇家美さんにだけは、嫌われたくないって思ったんだ。なぜかというと、その……うまく説明できないんだけど」
「……」
「これまで宇家美さんにしてきた事も謝る。本当にごめん」
俺はベンチから立ち上がり、宇家美さんに対して深々と頭を下げる。
土下座も考えたが、公共の場では宇家美さんに恥をかかせる結果になる恐れがあるのでやめておいた。
「……別にいいけど。そもそも私は、そんなに怒ってないし」
「本当!? やったぜ!」
よーしよしよし、ここまでは順調だ。前回はここで失敗したから、ここからはより慎重に、かつ大胆に行くぞ。
「宇家美さん。それでそのー、早速なんだけどさ。明日も学校に行かないなら、俺と一緒にどこか遊びに行かない?」
「え……」
目を丸くして驚いている。どうやらデートに誘われるとは思っていなかったようだ。
告白は爆死に終わったが、デートはどうだろうか……。
「……別にいいけど」
「ほ、ほ、ほほ、本当!?」
自分の中でもうまくいくとは思っていなかったのか、思わず声が上ずってしまう。
「本当よ。どうせ卒業まで暇だしね」
少し照れ臭そうに、噴水の方に視線を移す。宇家美さんの横顔が、女神に見えてきた。
「じゃ、じゃあ、えーっと……」
ヒロイン達には、デートスポットにそれぞれ好きな場所と苦手な場所がある。
好きな場所では好感度の上がりやすい選択肢が多く出るが、苦手な場所では無難な選択肢しか出ない事が多い。
宇家美さんの好きなデートスポットは確か、ここ、中央公園と遊園地のお化け屋敷にジェットコースター。ホラー映画にカラオケだったかな。今の時期はホラー映画はやってないはずだから……そうだな……。
「明日、一緒にカラオケに行こう」
♢ ♢ ♢ ♢
次の日、俺は宇家美さんとカラオケボックスへ行き、ひたすらその歌声を褒めたたえた。
その次の日は遊園地。一緒にジェットコースターに乗った。その後お化け屋敷にも入った。
次の日は中央公園でボートに乗った。俺が漕いで、他愛のない雑談をした。
次の日も、その次の日も、俺たちはデートを重ねた。
そして迎えた卒業式の日。
式を終えた俺は、高鳴る胸の鼓動をおさえ、教室の自分に机の前に立っている。
出来ることは全てやった。
うまくいっていれば、机の中に宇家美さんからの手紙が入っているはずだ。
俺は覚悟を決めると、机の中に手を突っ込んだ。
――ない。
どこかに引っかかっているのではないかと、手をぶつけながら念入りにまさぐるが、何もない。
「そんな、ばかな……」
「どした?」
胸にピンクのバラのコサージュをつけた四郎が前の席に座り、話しかけてきた。
「なんか顔色が悪いぜ?」
「……ほっといてくれ」
机に突っ伏し、絶望に打ちひしがれる。
一体なにが駄目だったのだろう。時間が足りなかったのか? それとも対応がまずかったのか? 頭の中で必死に失敗した原因を考えるが、わからない。
「あ、そうだ。卒アルに寄せ書き書いてやるよ。どうせ女の子からは誰も書いてもらえなさそうだしな、お前」
ははは、と笑いながら四郎が筆箱から細いマジックを取り出す。
「……いい。そんな気分じゃない」
俺は机に突っ伏したまま消え入りそうな声で答えた。
「なんだよ、つまんないヤツだな。じゃあ俺のに書いてくれよ」
「……」
文字を書くのも面倒だったので、うんちの絵を描いたら四郎は笑っていた。
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