第03話 お金の問題と悪だくみ
さて、悪だくみだ。そろそろ雨が振られると怖いので屋根の修理を一体の妖精に任せつつ、物知り妖精と納税のためにお金をどうするかの話をする。
「まじめに働く気はない、何かアイデアはあるか?」
楽をしてお金を稼ぐ、というのは、はたして、この世界においてできるのだろうか。そう、簡単にはできないだろうな。
「そうじゃのう、まずとても重罪にして危険な手法として通貨の偽造じゃ」
「なるほど、たしかに食料がつくれるのなら、良い手ではある」
「うむむむ、少し視点を変えると、盗みは犯罪ですが、盗賊から盗むことはマゼス王国では犯罪にあたりません。城下町で活動している盗賊団の貨幣を狙うということもできますの」
「盗賊団の規模、アジト、金を蓄えている場所などは分かるのか?」
「はい、その辺は問題ありませんじゃ。王都マゼウムには貧民街があり、そこを根城にした『水の猫』と呼ばれる盗賊団がいますのぅ」
「他の案は?」
「少し偽造したハルド銀貨を元手に、賭博場で妖精を使ったイカサマというのも手でしょうかの」
「自分から動く気はないよ、他は?」
できる限り、自分がどこかへ行って、主体的に行動しなければならない、というのは、避けたい。それをやるなら、素直に働けばよくないか、と思ったりもする。
「うむむむ、遠方の古代遺跡には財宝、宝石が眠っていますじゃ、頂戴して換金するのも手でしょう」
「それについては、俺の今の能力の範囲では厳しいのではないか。妖精を維持できるのはだいたい五キロメートルほどだ、遠方に派遣というわけにはいかない」
そう、残念ながら、能力には有効範囲がある。眠っているお宝を探してもらうには心もとない。楽して一発ドカンとはいかないものだな。
「うーむ、他には、手伝いの妖精を貸し出す、というのもありますが、一カ月という期限があり厳しいでしょうなぁ」
星庭神成は、自ら行動する気はなかった。つまり、これまでの内容でできることは二つ、偽造か、妖精に盗賊のお金を盗ませるかのどちらかだ。
それぞれのメリット、デメリットを話し合った後、やることが決まった。
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盗賊団『水の猫』のアジト、そこはもともと発展していた都市の地下区域でいまは貧民街となり見放された場所の一角だ。
十数人規模のその盗賊団の金庫番は大きな体をしていながら門の前に座って眠りこけていた。
そんなとき、唐突に一つの叫び声が鳴り響いた。
「金庫から金が盗まれたぞ、追えっ!小さいやつだ!ふらふら浮いてやがる!」
慌てて飛び起きた金庫の門番は頭が真っ白になる。眠ってしまっていた、やられた、どうしようという焦りから、その声のほうに一目散に向かった。人間の他に、小人族、獣耳に獣しっぽの獣人族たちが、慌てて走っていく。
声に導かれてやってきた盗賊達は、人の頭よりやや大きい袋を持って飛び去るふしぎな何かを追いかけていた。それは虫の羽のようなものをもった小さな人のようにも見える。それが、あっちの通路からこっちへと自在に逃げて追っ手をかいくぐる。
盗賊達はそれを必死に追いかける。
「逃がすな!」
一方、頭領への報告をした盗賊もいて、そこから、頭領の指揮により、貧民街の外側への先回りに二チームが、獣人族で戦闘力の高い俊足の用心棒が犯人を追う盗賊達への合流と急ぎの指示が飛び、そして実行される。まずは貧民街から出させるつもりはなかった。
俊足の用心棒も足は速いが、空を飛ぶ小さな逃亡犯は隔絶に速かった。獣人族の用心棒が追いつく頃には、貧民街を抜け出すところで、そこを超えた城下町での激しい追いかけっこが開始される。
「デジャヌジャの兄貴あいつとんでもなくすばしっこい!」
「馬鹿野郎、根性見せろ!」
突如現れた盗賊団に、街の衛兵は狙いを定め二段重ねの追いかけっこが開始される。
商店街の出店の屋根や、中をあっちらこっちら逃亡犯は軽快に逃げ、それを追いかける盗賊団で周囲はめちゃくちゃになり、商品や棚が散らかされ、通行人は蹴とばされ、遅れた盗賊団は次々と衛兵によって捕まって御用となっていく。
勝機を見極めた用心棒は、ザッっとショートソードを逃亡犯めがけて繰り出され、その斬撃は持っていた袋までも切り裂いた。ザッ、その袋からは、ハルド銀貨とは似ても似つかない石ころが飛び出したのである。
唖然とした用心棒は、衛兵に取り押さえられる。こうして、よく分からない事件によって盗賊団『水の猫』の団員の多くが捕まるという結果になった。
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星庭神成は、ボロ屋敷で大金を手にしていた。なかなか心地よい気分だ。
まだ、一度に出現させられる妖精は二体まで。彼はしかたなく、盗賊のアジト付近でことを実行し、そうして首尾よく帰ってきたのである。
まずは声をまねる妖精を一体出現させ「金庫から金が盗まれたぞ、追えっ!小さいやつだ!ふらふら浮いてやがる!」と盗賊団員の声で叫ばせる。そして、空を飛べるもう一体が石ころの入った袋をもって近くを逃亡しはじめ、それを見つけた本当の盗賊団員にそれを追いかけ始めさせたのである。
その後、声をまねる妖精は消去し、壁などの物体を透過して移動できる妖精を作って、まだ実は盗まれていない金庫の金を盗み取らせたのであった。その妖精には、地下を移動してボロ屋敷まで直接お金を運んでもらった。
意外にうまくいくものだな、と彼は思った。これで、税に関してはもちろん、商店街で買い物をしても問題ないほど余裕ができたのである。
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盗賊団『水の猫』の拠点は壊滅状態にあった。団員の多くは捕らえられ、用心棒までも兵隊に押さえ込まれた。わずかに残ったのは、頭領のガルスと、数名の忠実な部下だけだった。
夜、荒れ果てた新しいアジト――貧民街の地下にある隠れ家では、焚き火がぼんやりと揺れていた。昨日まで活気のあった『水の猫』が、今やもう崩壊寸前だ。
ガルスは険しい表情を浮かべ、壁にもたれかかっていた。彼の眼には憎悪と焦燥が渦巻いている。あの金を盗んだ存在、それにすべてを奪われたのだ。そいつは何者か、皆目見当もつかない。魔術師か、精霊使いかなんなのか、とにかくガルスはその犯人を見つけ出し、復讐を果たすことだけを考えていた。
「……まずは犯人だ。あの妖精みたいなのを操っていた奴を見つけて、ぶっ潰す!」
ガルスがそう叫ぶと、彼の周りにいた数名の部下たちは不安げに顔を見合わせた。彼らの中には、もう限界だと思っている者もいた。団の壊滅状態を立て直すより、他の盗賊団に逃げ込んで生き延びる方が現実的だと思っていたのだ。
「ガルスさん、あんたの言ってることはわかるが……俺たちにはもう力がないんだよ。仲間もいねぇ、資金もねぇ、デジャヌジャの兄貴も捕まっちまった……このまま復讐なんて無謀じぇねぇか」
部下の一人、ロルフが口を開いた。彼は頭領の冷静さを疑い始めていた。ガルスの執念深さが自分たちの命を危険に晒していると感じていたのだ。
ガルスはロルフに冷たい視線を向けた。
「お前、何が言いたいんだ? 俺の計画が間違ってるとでも?」
「いや、違う……ただ、もう少し現実的に考えるべきだと思ってな。俺たちには、まず生き延びる道を考えるべきだってことだ」
「逃げろって言うのか?俺たちをコケにした野郎を放っておいて、泣き寝入りか!こんなところで終わらせるわけにはいかない! 俺の命に懸けて、あの犯人を見つけて復讐してやる!」
ガルスの怒りは頂点に達していたが、ロルフは一歩も引かずに睨み返した。
「確かに許せねぇ。だが、そんな執念で、俺たち全員が捕まったり死んじまったらどうすんだ!ここまで追い詰められてるのに、まだ戦うだなんて馬鹿げてる!」
「……言いたいことはそれだけか?」
ガルスの目は鋭く光った。ロルフはもう一度深く息を吸い込み、口を開いた。
「俺はもうあんたにはついていけない。自分の道を行く。早く現実を見るんだな!」
それを聞いた他の団員たちも、不安そうにざわめき始めた。ロルフに同調する者もいれば、ガルスに忠誠を誓う者もいた。しかし、この会話が終わる頃には、団員の間にはっきりとした亀裂が生じていた。
「……勝手にしろ!」
ガルスは冷たくロルフを睨みつけると、彼を追い出すように促した。ロルフは静かに立ち上がり、他の団員たちと共にアジトを去っていった。
残った数名の忠実な部下たちが、ガルスのそばに立った。だが、彼らの表情にも不安が色濃く残っていた。
「ボス、これからどうする?」
ガルスはしばらく黙り込んだままだったが、やがて立ち上がり、焚き火に背を向けた。
「まずは拠点を移す。そして……犯人を見つけ出す。それに、大金だ、早ければ霧散する前にそのまま回収できるかもしれねぇ」
頭領ガルスは、復讐のために動き出すことを決意した。彼の心には、団員が離れたことで感じた孤独感が渦巻いていたが、それ以上に彼を支配しているのは、燃えたぎる復讐の炎だった。
暗がりに焚き火はカラカラと燃えていた。
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盗賊団『水の猫』が捕縛されて数日、街の商店街は活気に溢れていた。大きな盗賊団が壊滅したことでの浮いた気分、景気の良さというのもあるのだろう。街の広場や小道では笑顔が飛び交っていた。そんな中で一つの話題が人々の間を駆け巡っていた。
「妖精だってさ、あの盗賊団を捕まえたのは……妖精が金を盗んで、盗賊団を芋づる式に誘導して、そこに兵士が捕まえたって」
「一体どうなってんだ?兵士さん方の策略家何かってことか?」
「どうもそうじゃないらしい。それに妖精と言っても、忽然と消えちまったんだってよ」
商店の主や、通りを歩く人々が楽しげにその噂を交わしていた。妖精に関する噂は、徐々に街全体に広がり、いつしか「ボロ屋敷に住み始めた男が妖精を操っているらしい」という話もうっすらとささやかれていた。
「最近あの屋敷に住み始めた男、怪しいんじゃないか、妖精と関係あるのかな?」
「どんな奴なんだろうな。そもそもずっとひきこもっていて、外に出ないって話だぜ」
そうした噂話が行き交う中、あの時の少女は再びボロ屋敷を訪れることにした。彼は、盗賊の事件に関わっているのだろうか。何事にも気だるげな彼がそんなことをするようにはいささか思えなかった。
「そういや知ってるか、勇者の召喚の話」
「あぁ、聞いたよ残念だったな」
「失敗だってよ、所詮はおとぎ話、そんな魔術はなかったってことなんだろうな」
勇者の召喚については、王室からの発表では、魔術は失敗したとだけ発表されていたのである。
#
夕方、少女はボロ屋敷の前に立った。屋敷の周りは相変わらず荒れていて、まるで手入れをされた形跡はない。そんなことはお構いなしに彼女は扉をノックした。
しばらくの静寂の後、扉がゆっくりと開かれた。妖精に扉を開けさせた男はイスに腰掛けてお茶を飲んでいた。
「……また来たのか」
彼は面倒そうな声で言ったが、少女はまったく気にせず、にっこりと笑った。
「うん、ちょっと話したくて。ねぇ、街で噂になってる妖精の話、知ってる?」
「……妖精?」
神成は少し顔をしかめ、興味なさげに答える。
「盗賊団の大部分が捕まったの。そのきっかけが妖精が金を盗んで逃げたからって噂されてるんだよ。妖精と言えば、あなたでしょ?」
神成は軽く肩をすくめた。
「俺がわざわざ盗賊退治をしたというのか?」
「そうよね。あなた以外の妖精使いさんはこの街にいたりするのかな?」
「さぁ、どうだろうな。俺は、ただ、ゆっくり暮らせればそれでいいんだ」
少女は目に留まったパンを見つめる。
「パン作ってるの?」
「妖精に作ってもらった」
神成はそう言って、無関心そうに視線を窓の外を見つめていた。
「ふーん、食べてみてもいい?」
と少女は興味津々に尋ねる。
「お好きにどうぞ」
「ありがとう」
少し笑った少女はパンを一つ手に取る。そして、少女が一口かじると、驚いたように目を見開いた。
「これ……すごい!外はサクッとしてるのに中はもちもちしてるし、ほんのり甘くておいしい……おいしい!」
彼女はもう一口かじりながら、満足げに笑みを浮かべた。少女はその美味しさに興奮していた。
「いくつか持って帰ってもいいぞ」
彼は気だるげに言う。
「いいの!?ありがとう」
「……気が向いただけだ、お礼はいい」
少女は、それでも深く感謝した。パンを三つ四つと手に取り、少女は彼に振り返りながら言う。
「ねぇねぇ、これ、お店に並べたら結構儲かるんじゃない?」
彼は机に突っ伏してため息をつく。
「それは、面倒くさい」
少女は彼ならそうだろうなと納得しつつ、それはそれで不思議な考え、変な人だなとも思った。
「そんな力があるのに腐らせるなんてもったいなくない?」
「力は腐ってなくても、俺は腐ってるからな」
「そうなんだ」
「そうだ」
「でも、この屋敷の人が妖精使いだって噂も広がってて、盗賊の事件と結び付けてる人もいるみたいよ」
「はぁ……」
神成はため息をつき、指でこめかみを押さえた。うかつだった。
「それは何とも、面倒くさいな」
そして、少女は、しばらく妖精と遊んだ後、「また来るね」と帰っていった。彼女が来ることは、あまり気に障らなくなっていた。結局は何も要求しない彼女に少し気を許した、ということなのだろうか。
彼はふと、最近ヒゲがうっとうしいと感じていたことを思い出し、妖精に鏡を作らせた。それは、現代でいう洗面所サイズのものだ。見てみると、鏡に映ったのは、目の下にくまを作り、ぼさぼさ頭のひどい顔。まぁ、こんなもんか。
髪の毛もうっとうしくなっていたので、散髪をしてくれる妖精を作って、チョキチョキと散髪をしてもらう。
散髪が終わって、鏡を見る。ふぅ、久しぶりだ、散髪なんていつ以来だろう。これでお風呂も入れれば完璧なんだがな。
ほんの少し、彼の心もさっぱりした。
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