第02話 ボロ屋敷の生活開始
異世界に転移してしまった星庭神成 (ほしにわ のあ) は、ボロ屋敷で妖精想造で作った妖精と会話をしていた。
衣食住の服と住むところは良いとして、問題は食であった。食べ物が必要なのだ。また、この世界や街についても何も知らない。
もちろん、まっとうに働くという気は毛頭ない。このまま空腹で野垂れ死ぬことに気悲観はなかったが、空腹という苦痛は嫌だった。そう、空腹は嫌だ。
だから彼は、食べ物の入手を中心に情報を手に入れる必要があり、物知りの妖精を召喚し、そしていろいろと話し込んでいるところだった。
「うむむむ、こちらの世界にも貨幣があってな、このマゼス王国ではハルド銀貨とナルド銅貨が一般的じゃ」
と、ひげを生やした妖精がいろいろと教えてくれる。
ここマゼス王国は魔王と戦う最前線の大国で、300年も昔、勇者を召喚して魔王を討伐した伝承がある。魔王の軍勢がマゼス王国の領土に差し掛かったのはここ最近だが、魔王軍の破竹の勢いにおされ、すでに南の領土の一角が侵略されてしまっているらしい。まだ、その軍勢がこの王都マゼウムにとどくには数年の時間はかかるというのが物知り妖精の見立てだ。つまり、しばらくはゆっくりできるということだ。
食料は今でも流通しており、通常の価格で買うことができる。問題は、働きたくないことでもあるが、そもそも、神成はもともと事務仕事で力仕事とは無縁であり、そのうえこの世界に詳しいわけでもない。つまり、事務仕事も狙いにくいのである。さらに、この世界は文字が異なううえ、事務仕事は貴族が行っていることが多くいろいろと壁が高い。
百歩譲ってまっとうに働くとしても、難題なのである。
では、少し視点を変えて、食べ物を自分で作れれば良いのではないか、と考えた。
そこで、リンゴの実を作れる妖精を作ってみたところ、成功したのである。リンゴをかじりながらいろいろと試していく。
果物から米、炊いた米、焼いた肉、パン、スープなどを作れる妖精を、一体ずつ作って作らせて消してを繰り返していったところ、できたのである。
肉を挟んだパンを食べながら、食に関しては、なんとかなるのでは、と物知り妖精を呼び出して相談を続けた。呼び出すたびに妖精は記憶を失っているのが玉にきずである。
「パンなど単純なものは作れることがわかったが、これは無から生み出しているのか、それとも何か消費しているのか、そしてそもそもこれには栄養価があるのだろうか?」
物知りの妖精はあごに手を当て、今考えていますよ、とポーズをとる。知ってはいるが、伝えるための整理に、思考を割いているのだろうか。
「うむ良い質問ですじゃ。まず、周囲のマナや光といった何らかのものを消費しているでしょう。勇者の能力というのは周囲の精霊や霧散している魔力、光、そうしたエネルギーを消費することが一般的です。
反対に魔術は使用者の体内にあるマナをエネルギーにしています。ここから外れるのは、エルフや熟達した才を持つ魔導師などでしょうか」
「つまり、このままだとこの周囲の土地がやせ衰える可能性がある、ということか?」
「そうですぞ。ここはマナに満ちた場所ですから、すぐにというわけではありません」
この方法では一か所の場所で末永く、とはいかないのかもしれない。
「また、栄養価に関しては問題ないでしょうなぁ。昔に勇者の剣の一撃が魔王を葬ったように、それが幻想であるということはありません」
「ならば、あとはこの煩雑さをどうにかしたいな。いちいち、パンならパン作りの妖精、米なら米作りの妖精、とそれぞれ作らなければいけないのが面倒だ」
「うむうむ、そのあたりは修練によって伸びていくと思われます。古の勇者も、最初から強かったわけではなく、じょじょにその能力を使いこなしていった、覚醒していったのです」
「修練とは、特別になにかする必要はあるのか?例えば、今、掃除や食事作り、君と話していることとかがそれにあたるのか、それとも別のことが必要なのか」
「まずは、妖精作りになれることでしょう。そのうえで、二つの能力をもった妖精を作ることの挑戦も欠かせませんぞ」
「なるほど……一つの練習をして、振り分けれるような甘いものではないのか……面倒をしないために面倒になる、というのはやっぱり皮肉な命運だ」
「はてさて、食事がとれたことで、最低限の生活はできるでしょう。それでもお金は必要かと思われますぞ」
「いるのか?」
「はい、税の徴収がありますのじゃ」
「まったく……勝手に召喚しておいて……」
そうしてお金をどうするか、頭の端にいれながら、外に出ず、ボロ屋敷で数日過ごした。慣れると、妖精を二体、同時に生成できるようになっていた。
#
青い月が夜空に浮かび、静かな夜が訪れた。星庭神成 (ほしにわ のあ)は荒れたボロ屋敷の中で、妖精たちに掃除や料理をさせながら無気力な日々を過ごしていた。衣食住のうち、食べ物も妖精の力で何とかなるし、掃除も彼らに任せれば良い。ただ、何もする気が起きない。魔王に対する危機も彼にとってはどうでも良いことだった。
そんな彼の静かな時間は、小さなノックの音で破られた。
「こんばんわ」
薄く開いた扉の向こうから、聞き覚えのあるか細い声が聞こえる。神成は面倒くさそうに目を開け、ぼんやりと玄関に向かって声を返す。
「あぁ、どうした?」
ドアをゆっくり押し開けて現れたのは、以前助けてもらった少女だった。彼女は、好奇心と心配が入り混じった表情で、神成を見つめている。
「やっぱり、ここに住んでたんだね。生活できてる?」
神成は眠たそうに目をこすり、お茶を飲みながら無表情で彼女に応じた。
「まあ、なんとかやってる」
少女は眉をひそめつつ、玄関から一歩踏み出し、ボロ屋敷の中を見回す。少女はこんなところで?と思った。壁にはひびが入り、床にはほこりが積もっている。家具は古びていて、窓枠はガタガタと風に揺れているのだ。
「すごい古い屋敷だね……怖くないの?」
少女の声には驚きと不安が混じっていたが、神成は肩をすくめた。怖いか……それよりも、今の彼にとっては煩わしさのほうが問題なのだ。
「別に、問題ない」
少女はそっと首を傾げた。
実際、怖さを感じることはなかった。今の彼には、恐怖も感動も何も感じる余地がなかった。まるで世界全体が薄い膜に包まれているかのようで、どんな出来事も心の奥深くに届かない。ただ、ぼんやりと日々が過ぎていくだけだ。何が怖いのかも、もうわからなくなっているのかもな……
その時、部屋の隅から小さな妖精が現れ、せっせと床を掃除をしはじめる。少女は目を見開いて、その光景に驚嘆した。
「何これ、可愛い!」
妖精が小さな箒を手にして、床をさっと綺麗にしている姿に、少女は思わず笑みを浮かべた。その可愛らしさに心を奪われたようだった。
「あなたは妖精使いなの?」
少女は興奮気味に尋ねるが、神成はめんどくさそうに答える。彼は少し煩わしいと感じていたが、怒るようなことではないとわかってはいた。
「それに近しい存在かもしれないな」
少女は納得しずらいようで、きょとんとしていた。
「そうなんだ……でも、生活できてるみたいでよかった」
「そりゃどうも」
「その……妖精さんを触ってもいい?」
と、好奇心に負けた少女は恐る恐る彼に尋ねた。
「好きにしろ」
その返答に、少女の顔はパッと明るくなった。それでも、煩わしいことに違いはない。
「ありがとう!」
彼女は笑顔で、掃除をしていた妖精に近づき、そっと妖精の顔を指でつついた。そうして、いろいろと触って遊び始めた。神成は、それの何が楽しいのかわからず、それを無感情に見つめていた。
ほどなくして、少女は家に帰ろうとボロ屋敷を後にしようとしていた。
「また来てもいい?」
「好きにしろ」
楽し気に帰る少女とは反対に、彼は面倒に感じていた。彼に向けられる好意も、善意も、何もかも、今の彼にとっては面倒なこと、鬱陶しいこと、としか感じられないのだ。ただ、拒む必要もないか、そう思ったのだ。
#
荒れたボロ屋敷の中で、星庭神成 (ほしにわ のあ) は相変わらず妖精たちに掃除や料理をさせ、無気力な日々を過ごしていた。これまで、彼は現実世界でシステムエンジニアとして働いていたが、もう新しい環境に能動的に適応できるほどの余裕は残っていなかった。毎日が終わりのない仕事の繰り返し。やりたかったことは、くだらないことと思い込んで諦めてきた。
今、異世界でようやく「働かなくていい」という状況を手に入れた。だからと言って、病んだ心がすぐに切り替わることはない。
「……どうでもいい」
と、神成は窓の外を見つめる。魔王の脅威と言われても全く現実感がなかった。それに、もう死んでいたようなものだ。世界がどうなろうと、一緒じゃないか。
かつての彼なら、冒険心や正義感があったかもしれない。だが、そうした感情はとうの昔に冷えていた。
そんな静かな時間は突然のノックの音で破られた。重々しい、威圧感のある音だった。
「誰だ?」
神成は面倒くさそうに立ち上がり、妖精に扉を開けさせた。そこには、豪華な服に身を包んだ中年の男と、その後ろに護衛が数人立っていた。
「お前が、この屋敷に住む者か?」
男は低く響き渡る声で、挑発的な口調で言った。背後に控える護衛達はまるで拳銃でも突き付けているんだぞとでも言わんかのようだ。
その圧迫感をこらえ、神成は面倒だなと思いながら男を見つめる。何でこんな人間にわざわざ時間を割いてやらねばならないのだろう。
「そうだが?」
神成は面倒くさそうに答え、あくびを噛み殺した。
「私は税の徴収を任されているサングランド、この屋敷に新たに住みはじめた者がいると聞いてな」
その男、貴族の代官は、屋敷の中を一瞥し、鼻を鳴らして軽く笑みを浮かべた。
「ふむ、なかなか趣のある場所だな。だが、場所がどうであろうと税を払う義務があることには変わりない。秋の収穫後に税を徴収する、それがこの国の決まりだ」
代官は冷静に話しつつも、どこか見下すような目つきだった。護衛たちは無言でこちらを見据え、代官の言葉と共に強い圧力が感じられた。
神成は無関心な表情のまま返事をした。それは面倒を起こしたくないからだ。ムカついていないわけではない。
「だから?」
それがどうした、大したことはないと神成は突き放す。
その一言に、代官は目を細めて彼を見つめる。そして軽く肩をすくめた。
「貴様にはハルド銀貨三十枚が課せられる。まぁ、二カ月もあればどこの馬の骨でも貴様のような男でも泥臭く働けば稼げんことはなかろうが、徴税は一カ月後、間に合うかな」
代官はどこか楽しんでいるかのように微笑んだ。神成は少し頭に血が上りそうになったのを冷静におしとどめる。
「……どうでもいい」
神成は一瞬だけ目を細めた後、肩をすくめ、興味なさげに答えた。その無関心な態度に、代官は少しだけ苛立ったように見えたが、すぐに平静を取り戻し、冷たい笑みを浮かべた。
「まぁいい、秋の収穫期の後までしっかり準備しておけ。もし、足りぬようなら、今だと魔王軍との戦いへの強制徴兵だ。貴様程度でも、ささやかな肉壁くらいにはなるだろう」
神成はその言葉に反応することなく、ただ黙って代官を見つめていた。代官は、これ以上話しても無駄だと判断したのか、護衛たちに軽く手を振り、扉へと向かった。
「では、一カ月後にまた来る」
代官は扉を閉め、護衛たちを従えて去っていった。重たい扉が閉まる音だけが、屋敷に残った。
神成はぼんやりと扉を見つめながら、ため息をついた。体中にはびこっていたイライラがどっとぬけつつも、その芯はすぐにはとれない。
「……面倒だ」
そうつぶやくと、お茶を少し飲み、パンを作る妖精を呼び出し、作らせ始めた。彼にとって税金の問題も、屋敷が没収されるかどうかも、何一つ大事なことではなかった。ただただ、自分に降りかかる何もかもがうっとうしくて仕方がなかった。
「金か……」
といってまじめに働く気もなければ、賭博で一山あてるにしてももとになるお金もなかった。無一文なのだ。そういう意味ではよく生きてこれたものである。パンが作れば売ればいいじゃないって?誰がそんなまともな商売なんてしてやるものか。
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