異世界転移 俺はもう働かねぇ!妖精任せのスローライフで好きに生きてたら、なぜか神様にされました

@mononogusa

第01話 絶望からの脱出

星庭神成 (ほしにわ のあ)は、三十一歳のシステムエンジニアとして、多忙を極めていた。家に帰る時間すら彼は惜しい。職場での寝泊まりが常態化し、ヨレヨレの服や、ボワボワしたクセ毛は散髪に行けないまま伸び放題だ。最後に髪を切ったのはいつだっただろうか。パソコンの二つのモニターに目を凝らし、別の機材の液晶モニターも同時ににらめっこしている。機材からは、キャンキャンと甲高い音が止むことなく鳴り響いていた。隣のプロジェクトでは、ガシャンガシャンという機械の動作音が定期的に聞こえてくる。ふと、その音が不自然に止まる。それは嫌な気配を感じさせる症状だ。


「またか…」


決まったタイミングで、決まった手法で再現できる不具合ならまだしも、いつ起こるか分からないバグの対処は最悪だ。ここ最近は、変更や不具合の修正に追われ、期限に迫られる日々が続く。その期限とやらも、期限が来たらまた更新され変更要望が来る。まるで永遠に終わらない泥沼に足を突っ込んだかのような感覚だ。


肩こりを感じながら、神成はふと息をついた。いつからこんなに疲れていたのだろうか。昔はプログラミングやゲームをしていたが肩こりなんて感じたこともなかった。疲労感はすでに日常の一部になり、感じることすらなくなっていた。「機械みたいに働ければ、どれだけ楽だったか……」そう思うことが、最近は増えている。


疲れ、よりも体中に駆け巡るのは憤懣 (ふんまん) であろうか。イライラが今、行動する原動力なのだとしたら、なんとも滑稽だな。そう、機械のようにはなれていない。いずれ爆発するのだろうか。ドーンと、会社丸ごとなんてさ。


ほんの一年前までは、どんなに忙しくても、家に帰ったら自分のゲームを作る時間を捻出していた。RPGやアクションゲーム、キャラクター作りに夢中になっていた頃の自分が懐かしい。だが、今はそんな余裕さえない。いや、それも現実逃避、最後の悪あがきだっただろうか。


「何のために生きてるんだろうな……」


気がつけば、画面に映る無数の不具合報告が、俺を消耗させ続けていた。今や、ゲーム作りなんて遠い昔のことだ。いつの間にか、俺はただ仕事に追われる毎日を送り、夢を追いかけることすら諦めてしまっている。


一度予定していた休暇も、プロジェクトの急な変更で諦めることばかりだ。楽しみにしていたイベントにすら参加できない。疲れ果てた頭で「このまま死んだ方が楽かもしれない」とふと思ったが、その思いを実行する勇気もなければ、抱え続ける余裕さえない。


ふと視界の隅に何かが映る。気がつくと、あちこちに乱立したスクリーンが、俺を囲むように現れていた。見覚えのない画面だ。だが、それは昔作っていたゲームや、描こうとしていたキャラクター、いつか夢に描いた残滓が映されている。


「あぁ…そういえば、あの頃は、RPGツクレールで遊んでたっけな…」


あっちはシューティングゲーム、こっちは2Dのアクション…何度も手を出したが、絵がうまく描けなくて、結局キャラクター制作に挫折してしまった。思い描いた通りにできなくて、何度もくじけたのを思い出す。


そのスクリーンに映るのは、すべて過去の断片だ。かつて俺が追いかけていた夢。しかし、今の俺には、それを追いかける気力はもうない。ただ、仕事に縛られ、理想は遠ざかり続けている。


現れた全てのスクリーンの輝きが強まり、白い光が視界を埋め尽くし、俺は自然と目を閉じた。


#


目を見開くと、そこは全く見知らぬ場所だった。


目を見開くと、そこは全く見知らぬ場所だった。白い、無機質な部屋。壁も床も天井も何一つ装飾がなく、ただ無限に広がる白だけが目に入る。――普通なら、ここで驚くべきなんだろうが、疲れ切った俺には何の感動もない。ただ、「疲れた」という、異常なことに心を揺れ動かす力さえなくなっていた。


異様な静けさの中、体が自然と立っていることに気づく。どうしてこんなところにいるのか、ぼんやりと周囲を見渡すが、何も変わらない。


突然、機械のような冷たい声が空気を裂いた。


「汝の転移の準備が整った」


その声は感情を一切感じさせない。まるでシステムのアラートが淡々と告げるような冷徹さ。神成は反射的に声の方向を見たが、そこには何もない。だが、どこかから響いてくるその声は、逃れようのない事実を告げていた。


「汝はこれから異世界へ転移される」


そう言うと、壁の一部が緩やかに光り始め、やがてその光が形を変えた。巨大な石板、いや、モノリス。感情の欠片も感じさせないその存在が、冷たく光を放ちながら、ただそこに佇んでいた。


「一つ、異能を与えよう。イメージするがよい。そのイメージをもとに異能は与えられん」


無機質な声が続く。神成は思わず眉をひそめた。異能? 転移? 何もかもが現実離れしている。イメージ? 疲れたよ、もう何もしたくない。


「……まだ、働けって言うのかよ」


神成の声はかすかに震えていた。無意識に言葉が漏れる。これまでの過酷な現実が、頭をよぎる。逃げ場のない仕事と圧迫される時間に、失われた夢が追い打ちをかけていた。


「転移は、汝の意思は考慮されない」


モノリスの声は機械的に響き、冷たく断ち切られる。その言葉に、神成はさらに失望感を深めた。


「俺の意思なんて、最初から関係ないってことか……」


自嘲気味に笑いながら、神成はため息をつく。


「俺はもう、働かねぇよ……」


それでも、神様は何の反応も示さない。石板に感情など存在しない。ただ、命令を実行するだけの存在なのだろう。


「転移……準備完了。異能…………イメージによる選定……抽出と分析、蒸留を完了……異能の付与、完了」


その言葉に合わせて、彼の周囲の空気が僅かに揺れる。まるで、何かが体に触れてきたかのような感覚だ。彼の心の奥に浮かび上がったのは、妖精たち――小さな存在たちが彼の代わりに働き、全てを進めてくれる姿。それが、彼の唯一の望みだった。


「異能、妖精想造(メイクフェアリー)の付与を完了。新たな世界への転移を開始する」


その瞬間、無機質な部屋が音もなく変化していく。白い壁がゆっくりと溶け出し、先ほどのように光に包まれていく。


「なんだってんだ」


俺はそう呟きながら、目の前の光景にぼんやりとした違和感を覚えた。これが異世界なのか? だが、そんな考えもすぐに霞んでいく。疲れが俺の全てを覆い尽くし、驚く余裕すらなくなっていた。


まばゆい光がまた彼を包み込んでいた。


#


目を開けると、そこは天井まで続く巨大な石柱が並ぶ荘厳な神殿だった。高さのある天井、石の柱には古代の文様が刻まれ、広い空間に神秘的な雰囲気が漂う。主人公、星庭神成 (ほしにわ のあ) はその中心に立っていた。


彼の前には、金の装飾が施された豪華な衣装に身を包んだ王や神官たちが並び、期待に満ちた目で彼を見つめていた。王は一歩前に進み、深くうなずくと、威厳ある声で口を開いた。


「ついに、救世主が現れた。我が王国を救う者よ」


救世主だって? 何の冗談だ。俺は言い返すのもバカバカしくそれを無視した。


神官たちは一斉に頭を下げ、崇拝するような祈りの言葉を口にした。


「救世主様、どうか我々を救い下さい」


だが、神成は無表情でその光景をただ見つめていた。彼の心は冷え切っていた。もう、誰かの願いに引っ掻き回されるのが嫌だという思いだけが胸に残っていた。


そんなことは知らず、王はさらに言葉を続ける。


「魔王の脅威が迫っている。お前の力が必要だ」


その期待の眼差しを感じたが、俺はただ、ため息をついた。まだ何かしろって言うのか――疲れたんだよ。


「悪い、断る」


その一言に、神殿内は静寂に包まれた。神官たちは顔を見合わせ、理解できないといった表情を浮かべた。王は困惑したが、すぐに柔らかい笑みを浮かべ、優しい声で説得を試みる。


「何を言うのだ、救世主よ。褒美が欲しいならもうせ。なるだけ望みはかなえようではないか」


だが、神成はため息をつき首を横に振る。


「もう俺を頼らないでくれ。頼られるのは、苦しい」


その言葉には、深い絶望感が滲んでいた。王はその言葉を聞いて、しばらく沈黙した。神官たちも困惑した表情を浮かべ、周囲は不安な空気に包まれた。だが、王は再び前に進み、今度は強い口調で言った。


「救世主よ、そなたの苦しみは理解する。私は王だ。そなたとは立場は違うが、国を背負っている。そういう意味で似た苦しみは理解できる。だが、力あるものには責務がある。弱気ものは願うしかできぬ。しかし、そなたには力があろう。我が国は今、そなたを必要としている。魔王を討つためには、そなたの力が不可欠なのだ。どうか、私たちのために戦ってくれ」


神成はその言葉に苛立ちを隠せずに言い放った。


「……力があるから、できるからやれってか!そんなのは弱者の傲慢だ!やりたいやつがやればいいんだよ!」


神殿に彼の怒声が響き渡り、各々の心へとしみいるように広がった。王の顔が険しくなる。神官たちもざわつき始め、重臣たちは小声で何かを話し合っている様子だった。


「そなたのこれまでに何があったか、私は知らん。だが、選べんのだ。やらなければ、我々は死ぬ」


俺が関わる理由なんて、どこにあるんだ? 異世界だろうが現実だろうが、結局は働かされるだけだ。疲れた。もう、これ以上は無理だ。そう思いながら、無表情のまま首を横に振り、ただ宣言した。


「俺には関係ない……」


神官の一人が前に進み出て、必死の表情で神成に呼びかけた。


「どうか、お考え直しを! 我々には、もはやそなたしか頼れる者がいないのです。どうか、民のために力を貸してください!」


だが、神成は無表情のまま首を横に振り、自然体ではっきりした口調で彼は宣言した。


「もう、誰の指図も受けたくない。受けるつもりもない」


その言葉に、王の顔は怒りで紅潮した。神官たちも失望の色を隠せず、重臣たちはさらにざわめき立つ。


「……もはやこれまで、説得は無意味か」


王は低くつぶやくと、怒りを抑えきれない様子で厳しい表情を浮かべた。


「このような怠惰な者に、王国の未来を託すことはできぬ。出ていけ!」


その言葉に、神官たちは動揺しながらも、王の命令に従い、神成を神殿から連れ出そうとする。だが、神成は微塵も動じることなく、ただいらだちを隠さずに「ああ、そうかい」とつぶやくだけだった。


こうして、彼は神殿を追われることとなった。


神殿の外に出ると、冷たい風が顔を撫でた。城を後にした神成は、何の目的もなくただゆっくりと歩き出した。空には無数の星が輝いており、静かな夜の中で、彼の心には不思議な安らぎが広がっていた。


「俺にどうしろって言うんだ」


彼は空を見上げながら、そうつぶやいた。この世界にも月があるらしい。だが、地球で見ていたそれとは少し違ってわずかに青みがかかった光を放っている。ほんの少し欠けた青い月が夜空に登りはじめている。


星々の光は冷たく、冷たい風が静かに彼を包み込む。見たこともない星空と、地平に広がる城下町に何の感動も得ることができなかった。昔なら、きっとそんなことは、なかっただろうに。


#


青い月が夜空に昇り、静かな夜が訪れる中、星庭神成 (ほしにわ のあ) はただ歩き続けた。何の目的もなく、どこに向かうでもない足取り。王や神官たちの言葉も、期待も、全て俺には関係ないと受け流していた彼の頭は、空っぽだった。


城下町の通りは静かで、人通りもまばらだ。家々の明かりがぽつりぽつりと灯っているが、その暖かさにさえ彼は興味を示さなかった。ただ、夜風が彼の体を冷やし、体力は徐々に奪われていった。


「もういいや」


そうつぶやいた瞬間、彼の足の力が抜け、そのまま倒れ込んだ。石畳の冷たさが体全体に伝わるが、彼の心は麻痺していた。目を閉じ、ただそのまま放置されることにすら何の抵抗もなかった。


しばらくして、遠くから足音が近づいてくるのが聞こえた。かすかに耳に入る声とともに、何かが彼の体に触れる感覚があった。


「大丈夫ですか?」


か細い声が耳に届いたが、神成は返事をする気力もなかった。ただ、目を開けると、そこには小さな少女が立っていた。少女は心配そうに神成を見つめている。


「おじいちゃん! ここに倒れてる人がいるよ!」


少女の声に応じて、年老いた男性が駆け寄ってきた。老人は神成の体を軽く持ち上げると、力強く支えてくれた。


「大丈夫かね? ずいぶんお疲れのようだが」


老人の声は優しく、疲れ切った神成に対して、怒りや疑問ではなく、ただ助けを求める者への優しさに満ちていた。神成はただうなずき、老人に支えられながら、彼の家へと運ばれた。


温かな部屋の中で、神成は目を覚ました。火の灯る暖炉が赤々と揺らめいている。目の前には食事が並べられていたが、彼の心には特に感謝の気持ちも浮かばない。ただ、疲れた体に少しのエネルギーを補給するだけだ。


老人がそばに座り、柔らかな微笑みを浮かべている。


「しばらく休んで、力を取り戻すといい。何か恩返しができるなら、無理を言わぬまでも助けてくれるとありがたいが、どうだね?」


神成は、何か言うことを求められているのが面倒に感じ、即座に答えた。


「……俺は何もしない」


その言葉に、老人は驚くこともなく、ただ静かにうなずいた。


「そうか、無理を言ってすまないね。だが、それでも困ったことがあれば、いつでも頼ってくれたまえ」


老人は何の期待もせず、ただ親切に接し続けた。その穏やかな対応に、神成は少しだけ肩の力を抜いた。その対応は、すこし嬉しかった。


翌朝、老人は神成に話しかけた。


「町の外れに、使われていない古い屋敷があるんじゃ。誰も住んでいないし、少し手を加えれば住める場所だ。よければ、そこを拠点にするのも悪くないじゃろう」


神成は特に感情を動かすことなく、ただ淡々と答えた。


「そうしてみる」


何の感動もなく、それでもこの提案は悪くないと感じた。人里離れていて、誰にも干渉されず、静かに過ごせる場所――彼にとって、理想的な場所だった。


その古い屋敷にたどり着くと、確かに住むには手入れが必要だった。屋根に穴が空き、窓枠はガタガタと音を立てる。だが、そんなことは彼にとって問題ではない。ひとまず、寝泊まりできさえすればそれでいい。


彼は半ば無意識に、妖精想造を試してみた。すると、ぽわんと手のひらに乗りそうな小さな妖精が作られた。


「掃除、できるか?」


すると、妖精はうなずき、掃除を開始した。神成はそれを眺める。ルンバより、小回りが利くんだな。


必要最低限の掃除が終わる。こんどは破けてベットのシーツの補修などをさせようとまた妖精想造で、補修ができる妖精を作ろうとしたがうまくいかない。少し考える。イメージが甘いのか、それともできることに限界があるのか、それとも違う制限だろうか。


ふと、掃除を終えた妖精が彼を見あげていた。


彼はきまぐれにその妖精を消去するように願うと、掃除の妖精は消え去った。消える瞬間を見て、ほんのわずかに驚きを感じた。スイッチのオンオフ一つで、簡単に作って消してしまえる存在は何とも儚い。


もう一度、その妖精を出してみると、問題ない。もう一度消去する。そして、次に補修の妖精を作り出してみたところ成功した。どうやら、一体が限度なのかもしれない。不便なものだ。


こうして彼は寝床を確保した。

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