第26話 倍返し(キックアウト)(中)

しばらく平和な日々が過ぎていったと思うと、必ずその分大変な日々がやってくる。


森田MDから呼び出しを受け、MDルームへ。

” 電機出身だから知っているとは思うが、パンビームのサプライヤーで山本製函というメーカー知ってるか。 " 森田が強めの口調で話し始めた。


ああ、森田さんがEPやってる山本製函のことだな。パンビームの下請けで樹脂成型の企業だ。一応、プライム上場企業で3,000億程度の売り上げだったような記憶がある。


" うちが、ERP導入プロジェクトをやっていて経理、生産管理、調達、物流、経営管理の5チームで動いている。経営管理チームの報告に対して常務からクレームが上がっているので、見てきてほしい。 "


見に行くというのは聞こえがよいが、これは火消しだな。正人は心の中で呟いた。


" うちはそのチーム何人入っているんですか。 "


" 新人を含めて4名。ただ、EM以外はほとんどジュニアだ。EMも新任マネージャだ。 "


なんでそんな軽いチーム編成にしたんだ。と疑問が沸いてきたが、森下のことなので聞いても答えないだろう。プログラムマネージャーの大林ディレクターに聞くしかないな。あの、大林さんがよく考えてチーミングしたとも思えないので、テックチームの言いなりなのだろう。


まずは、現状調査ということで、山本製函に行くことにした。行く途中で聞いた話だが、EMは山畑Mとのこと。' 自信くん' 嫌な予感しかしない。


正人はクライアント先のプロジェクトルームで大林を見つけると部屋の外に連れ出して、ことの詳細を聞き出した。

どうやら報告会で山畑が、システムのことばかりで経営管理指標やKPIのことを何一つ話さずじまいであったとのこと。大竹常務が質問したところ、"肝心なのはI/FやDBの構造で、指標はKPIは後から何とでもなります。この件は担当の伊藤課長と合意済みです。"と答えたらしい。その後の報告会でもいつまでたっても指標やKPI、各会計項目との関係も明らかにならないので、大変ご立腹とのことだった。


そりゃそうだろう。大竹常務は経理担当役員だし、経営企画も見ている。つまり、自分の配下がこの改革でどう変わるのかを知りたいはずだ。なのにいつまでたってもシステムの話しかしなければ怒るのも無理はない。


ご立腹ということならば、先の先を見越して手を打たないとプログラム全体に飛び火しかねない。大竹常務が腹をくくればプログラムの中止もできなくはないだろう。


山畑の許可の上チームの新人のアナリストを借りてリカバリープランを立てることにした。まずはシステム優先のタスクをビジネス優先に書き換え、ビジネスプロセスや管理指標、KPI、会計項目との関連図を作成。今後のスケジュールとして常務を含む役員ヒアリング(といっても有用な情報をヒアリングからは期待できないので、今回のトラブルのガス抜きが主な役割になる。)、立て直しの計画報告、仮説に基づく将来像の共有と議論を組み込んだ。紙を作るだけで、ほぼ3徹。正人も若くはないので、体力ぎりぎりといった感じであった。


金曜日に大竹常務への事前報告をいう形で大林と正人の2人で修正案を持ち込んだ。


" そうなんだよ。俺が知りたかったのは何が変わって、どうよくなるかなんだ。当たり前だろ。システムなんて専門家が作ればいいんだよ。 " 大竹常務は納得のいった顔でうなずいた。


' ばかばかしく思うかもしれないが、コンサルは太鼓持ちに徹しなきゃならないんだよ。クライアントが気持ちよくならなきゃ正論を言っても何も始まらない。 ' 森田の口癖だった。


正に、その通りの対応だったが、これ以上こじらせてはビジネスに支障があるので、仕方なかった。相手の欲する形に一旦し、そのあとでこちらの思う進め方に戻せばよい。


山畑は正人の下について、プロジェクトに継続参画することになった。本来はリリースすべきであったが、対面の経営企画伊藤課長の強い意向であった。

正人は伊藤課長と意思疎通ができるように通常よりも多くミーティングを設けて今後の進め方について話をするが、どうもギクシャクしてしまっている。大竹常務から伊藤課長にも何等か叱責あったようで、正人が大竹常務への報告したことがそれにつながっているとの認識なのだろう。

正人の後ろには大竹常務がいるのだから逆らうわけにはいかないが諸手を上げて協力する気持ちにはならないといったところか。


正人が参画してから2週間たったころから山畑が休むことが多くなった。腰を痛めて通院するとか、頭痛がするので休むとか、もともとリリース予定だったので、プロジェクトには影響はないが、対クライアントとしてはあまり体裁がよくない。


正人は山畑に ' 無理せず時間をかけて休んでからくればよいのではないか' など様々なアドバイスを与えたが、何も変わらなかった。毎週、1、2日は休んでいる。

2か月が過ぎたころ正人はオフィスにいたが、月曜日に山畑がクライアント先に来ていないとスタッフから連絡があった。今まで休む時には必ず事前にメールかチャットかで連絡があったが、今回は何もない。正人はメール、チャット、電話で連絡を入れたがどれも反応がない。

" 鈴木さん、ちょっと " 森田がMDルームから顔を出しながら正人を呼び出した。

嫌な予感しかしない。。。。。

正人がMDルームに入ると、ドアを閉めよとの手振り。通常、問題がなければMDルームのドアは開けたまま話をする。昨今のセクハラ、パワハラ防止の意味もあるが、特段秘密事項でもない限りMDルームのドアは打ち合わせ中も開けている。


" 山畑さんが休みがちだが。産業医からの連絡で、うつ病との診断と連絡があった。外部の病院から診断書も出てきている。何か知ってるか。 " 森田がやけに丁寧に話した。


正人は事実そのままに森田にも報告しているように休みがちだが、いろいろアドバイスを与えていたと伝えた。


" 産業医の話では、プロジェクトの直属の上司から強いプレッシャーと叱責で夜眠れなくなっていた。と言っている。 " それって、俺のこと?


" 産業医からの話ではパワハラの疑いがあるので、調査してほしい。と。 まあ、お前がそんなタイプでないことはよく知っているが、収め方を考えないとまずいな。とりあえず、クライアントには体調不良でリリースしたと伝えてくれ。あとパワハラの件はリスクマネジメント部門からいずれ話があるからそのつもりで事実をまとめておいてくれ。 ”


しっしと言わんばかりの手振りで正人はMDルームを追い出された。


第26話 了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る