第22話 間違ったGreed(上)

正人は東京のプロジェクトに参加することが多くなり、さまざまなパートナーとも組むことが多くなった。

大阪の限られたパートナーは個性豊かな変わり者連中であったが、東京のパートナーはSIer/パッケージベンダー出身のサラリーマンパートナー、ほかのファームから横滑りした脂ぎったパートナー、監査出身のお堅い役人気質パートナーとほぼ3分類される。

今回、農業を仕切る組織、農業協力組合という会社なのか、農家のあつまりなのか半官半民的な組織のシステム刷新プロジェクトに組み込まれることになった。正人は管理会計に詳しいこともあって、管理会計チームを担当することになった。

全体ではファームで50人以上を投入する巨大プロジェクトであり、協力ベンダーも入れれば300名を超す規模であった。毎月10億を超す金額が動く。


管理会計のパートナーは三橋という切れものだった。45を過ぎて未だ独身。コンサルあるあるではあるが。3LDKのマンションに住み、シャワールームをはじめとして廊下、各部屋はもちろん、便所に至るまでホワイトボードがあると聞く。三橋のチームスタッフに聞いた話だが、アイデアが思いつくとホワイトボードに書くために近くにホワイトボードがないといけないらしい。最近はスマホに話しかけてタイプアップしているという。


稲慶大学出身、卒業当時は文系にしては珍しい修士をとっている。4大ファームの内、TCPが3社目でとのことだった。出身の稲慶大学で講師として管理会計を教えている。なんともピッカピカな経歴だ。


確かに管理会計の話をしていても、いたってまともで楽しいし、最近の管理会計の在り方についてもたくさんの本を読んでいて研究している。正人なんか入社以来知識がストップしていて、改めて勉強しなければと影響を受けていた。


管理会計チームは三橋をEPとして、正人がEM、正人の下に高田(バッキーの一見から正人がよく使うスタッフだが、今はマネージャー)とシニコンが2名という布陣だ。


外部ベンダーについて、正人は内部リソースで賄うべきと反対したが、三橋がごり押しで3名入っている。今回の3名、まあまあの動きなのでよいのだが、外部ベンダーを使うのは正人は好きではない。クライアントに対して責任を持てないし、教えてもいずれはいなくなる。(もっともファームのメンバーでもいつまでもいるわけではないが。)


外部ベンダーはコストオプティマイズという聞いたことのないブティックファームのメンバーらしいが、それなりに管理会計には詳しいので、他のチームのように人材派遣のようなど素人でないだけましだ。コストオプティマイズと三橋は何回も組んでいるらしい。


下請け法の対象なので、毎月の支払となるが、1名あたり250万と外部ベンダーにしては結構な値段。マークアップを載せてしまうとシニコンを軽く超えてしまう。

三橋にその点を伝えると "管理会計をできるのは内部にもそんなにいないので仕方ないよね。" で終わってしまった。


三橋の下にあべっているのが何人もいるように思うのだが、このプロジェクトには出したがらない。なぜだ。その方がコストも下がって収益率がよくなるはずだ。

今の収益率では、セクター長にまた怒られてしまう。正人は北海開拓電力の一件を思い出しながらなんとかしないとと考えていた。まだ、始まって2か月なので、このフェーズが終わるまでには三橋を説得して内製化して収益率を回復させないと。


メールでQA(Quality Assurance:社内の品質管理部署)から呼び出しが来ていた。QAの担当パートナーの小林からだった。バッキーの件か、先の北海開拓電力の件か、もう、バッキーは何年前だし、北海開拓の件はセクター長が心に留めておくと約束してくれたはず。山下と組んだJOBはどれも怪しいのでそれらのうちのどれかか。いろいろ想い巡らせながらQA担当パートナーの部屋に入った。


"鈴木さん、初めまして、QAを担当している小林と申します。忙しいところお時間をいただきありがとうございます。ご存じとは思いますが、ここで聞かれたこと、お話されたことは外部ではお話にならないでください。また、打ち合わせに先立って誓約書に記入をお願いします。"


完全に取り調べ室のようだ。口の悪いやつはこの部屋へ呼ばれるのは死刑宣告と一緒といっていた。結構やばい。軽く考えていた正人は暑くもないのに頬から冷や汗が垂れるのが分かった。


"現在、農業協力組合のプロジェクトに参加されていますね。"

えっ、今のプロジェクトについて?まだ、収益率のデーターも出ていないはず。もう、低収益ということで目をつけられたのか。


"はい、管理会計チームのEMをしています。" 正人は尋問に答えるように緊張して話した。


"コストオプティマイズという会社はご存じですか。"


”はい。アンダーで使っていて、プロジェクトに入ってもらっています。"


"なぜ、外部を利用しているのですか。" 小林は冷たいロボットのような口調でさらに尋問を続けた。


" EPの三橋さんの紹介で、使うことになりました。過去にも使ったことがあり、実績から使うことになりました。"


"ということは、コストオプティマイズを使うのは三橋さんからの発案ということでしょうか。鈴木さんは三橋さんからの指示で使うことにしたということですか。" 矢継ぎ早な質問が続いた。


"EMですから、最終判断は私ですが、きっかけはそういうことになります。" 正人はまた、EMなのに言い逃れするな、と言われるのが嫌で自分の責任は明確にしておいた。


"現在、コストオプティマイズからは5名入っているようですが、そんなにこのチームで必要ですか。"


えっ?5名・・・・3名のはずだが、と正人は思いつつ、余計な反応をするとそれ自体疑問にもたれてしまうので、平静を装って "いや、3名使っています。”


"コストオプティマイズとの契約書には5名と記載があります。もっとも、一旦先方にドラフトを鈴木さんが送られてから、そのあとは三橋さんが本契約書を送って締結してますね。メールの添付を見ると鈴木さんが送られていたときは3名との記載のようでしたが、三橋さんが送られたときは5名になっています。"

QAはメンバーのメールを閲覧する権限を持っていて、すでに調べはついているようだった。


そうだった、パートナー自ら契約書を送付するなんて、なんて手が動くパートナーだなんて思ったのを思い出した。返ってきた契約書も三橋自ら法務へ保存依頼だしていたな。さすがに中身までは見なかった・・・・。


"はい。本契約作成以降、契約手続きは三橋さんが行われていました。メールはCCで入ってはいましたが。"


"完全にEPに任せたと。" 小林は冷たい視線で正人を見つめて言った。


"はい。" 正人はすべてを悟った。


"ありがとうございます。以上で今日の打ち合わせは終わりにいたします。今日のやり取りは誓約書にも書いてあるように録音されています。また、第三者へこの打ち合わせがあったことも含め一切口外しないようにお願いします。口外された場合は免職も含め重い処分があります。"


"私はどのような処分があるのでしょうか。" 小林は何も言っていないのに、正人は早とちりにもほどがあるとはわかっていても聞いてしまった。


"また、ご連絡いたします。" 小林は質問に答えず一切の感情を見せず、尋問を終わらせた。


第22話 了




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