第9話 ハリボテ

バッキーのプロジェクト、中間報告の日。朝から正人は一人、会議室で報告の練習をしていた。報告会は1時間、最初の30分で報告し、その後の30分は質疑、ちゃんちゃんで終わればそのまま、オーナーと山下は会食へ。となるはず。

昔、先輩コンサルから言われていたのは、画面を見なくてもすらすらと説明できるまで練習を繰り返せと。見るのはクライアントの顔色だと。相手の表情を見ながら必要があれば、Plan B、 Plan C(当初予定とは違う報告をできるように用意する。) は当たり前、いかにクライアントが気持ちよくなるように報告するかが勝負だと。結論さえ変えなければそれでよい。ある意味我々の商売は風俗と一緒だと言われた。


御堂筋、道修町にあるTCPの大阪事務所。オフィスビルの30F。さすがに見晴らしがよく、来客用の会議室からは大阪のキタ、ミナミを一望できる。コンサルのオフィスは、どのファームも見栄えを狙って一等地に構え、来客会議室は必ずその町を一望できるところに用意する。部屋も高級クラブよろしく一流の調度品と設備で、部屋によっては高級ウィスキーが並びカクテルを作るバーまで用意されている。リモコン一つでカーテン、スクリーン、照明のコントロールできるようになっているのは言うまでもない。いくら掛けているんだろう。

製造業出身者からすればその佇まいが気持ち悪い。会社の会議室なのになんて趣味が悪んだ。といつも正人は思っている。クライアントから ”さすが" と言われこそするが、趣味が悪いと言われたことはない。いかにもおっさん趣味だ。訪れるクライアントは高齢役員ばかりなので、おっさん趣味でも仕方ない。

一方、自分たちの居室は単調な白い壁に3人は座れそうな長い机が20本ほど並んでいて、非常に質素。というか何もない。フリーアドレスにして、できるだけビルの賃料を低く抑えようという魂胆だろう。パートナールームは居室の壁に並んでおり、ガラスの壁で囲まれているだけの簡素なつくり。先の会議室とのコントラストを考えると正に "ハリボテ" だ。


バッキーのオーナーと長田が来訪したと受付から連絡があった。迎えに行くと、いつものことながら会社に入れてよいものかと思えるダークスーツの2人組が立っていた。長田はエリートサラリーマン風ではあるが、2人揃うとその道の人と、付き人にしか見えないので不思議である。20人は入ろうかと思える会議室に二人を案内すると、山下のアシスタントが飲み物を尋ねに来た。ウィスキーのロックとでもいうのかと半分冗談じみた想像をしてみたが、”お茶をいただけますか。” といたって普通であった。


山下が来るまで、アイスブレークでもと何日も考えたたわいもない話をしていた。もちろん山下は来客の時間は知っているし、忙しいわけでもないのに、遅れて入ってくる。それも ”一流” のポーズなのだろう。中身がないのに、外面だけ繕って恰好をつけるのは得意な稼業だ。何とも空しい。5分もしただろうか、山下は遅れたことを詫び、大阪商人特有のどうでもよい話を始めた。一方、山下は早く用意をしろと言わんばかりに目線をよこした。プレゼン資料をオーナーと長田、山下に配り終わるとプレゼン用のリモコンを押す。

カーテンが締まり、スクリーンが下りて、照明が薄暗くなった。スクリーンには”メビウスプロジェクト中間報告”と投影されている。正人は "では今からバッキーの人事システム刷新プロジェクト メビウスについて中間報告は開始させていただきます。” と始めた。


オーナーは各ページにうなずき、納得しているようで正人も安心しながらプレゼンを続けた。山下もオーナーの顔色を見ながら同じように頷いている。給与制度の変更の話をした途端、オーナーの表情が変わったように見えた。

”長田。この話は工藤のねえさん達も承知しとんのか。” と。一瞬その場が凍り付いたように感じた。そこかいな。それじゃPlan BもCもない。

工藤のねえさん。ヒアリング時に文句を言った例の高齢のキャストのことだ。

長田は "いや、私もこの件は・・・・・聞いていませんでした。"と。

そんなわけはない。この案はもともと長田の発案だろう。工藤の給料をできる最大限まで下げる方法はないか相談してきたのはお前だろう。彼?彼女達ベテランの給料がほかのキャストの給料引き上げのネックになっているからと。


山下は、 ”あきまへんな。鈴木はん。ちゃんと話を通しておかないと。” というと手元にあった資料を引き裂き、宙に投げた。 "すいません。うちの若いのがうまくできてないようで。再度考えさせますよって1週間ください。" と言い放った。オーナーは "そうですか。では、よろしゅうお願いします。" とこちらを睨みながら返した。

山下がはしごを外すのはある意味想定内というか想像がついていたが、長田まで。


森田がよく言ってたな。自分以外は信用するなと。身内だけでなく、クライアントもか。なるほど。


山下とオーナーが会食に出かけると正人は会議室の散らばった資料の破片を集めながら、この世界で生き残り、這い上がるためにはまだまだ自分も詰めが甘いと実感した。理屈や常識が通じる世界ではない。

ある意味正人たちも堅気ではない。


第9話 了





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