第10話 デスマーチ 上
正人は、山下のJOBと並行で神戸のプロジェクトも担当することになった。段ボールメーカーのウェーブ。段ボールと言ってバカにはできない。売上高5,000億、経常利益500億、100年の歴史を持つ大企業だ。プライムに上場している。自動車、電機に比べれば小粒ではあるが、この業界ではジャイアント。グローバルに工場を持ち、現地で売りさばく地産地消のビジネスモデルでここまで大きくなった。(まあ、運んでいては高くなってしまうので、それしかないのだが。)
全社システムの入れ替えプロジェクト。旧態依然としたホストコンピューターと自社サーバー/クライアント、表計算の組み合わせで成り立った仕組みをERP(Enterprise Resource Planning system:全社管理システムパッケージソフトウェア)に乗せ換えるというものだ。
グローバルに高いシェアを持つProphet社のA6 OPUSというERPがオーナーの一言で決まり、その要件定義からインプリまで請け負うことになった。
正人は管理会計領域のリーダーとして抜擢されたが、OPUSの経験どころかERPの構築経験もない。森田からは”プロジェクト管理はなんでも一緒だから。あとはProphetの専門家に頭をさげなはれ。” との言いつけだった。
ProphetのERPはホスト時代のA1から始まり、サーバー/クライアントのA4、そして今のクラウド+AIのA6 OPUSとシェアを拡大してきた。プライム上場の製造企業では実に9割以上のシェアだ。
コンサルの業界ではProphetter(もともとProphetが預言者なのだから、それにerをつけるのも変な話だが。)と呼ばれる専門家が各ファームに居て、SIerでは太刀打ちできないノウハウを持っているため、いまだにProphetのERPを入れるときはコンサル頼みなのだ。コンサルの単価はSIerの単価の2倍ほど。数あるSIerでもこの分野に参入できたのは数社のみ。それもコンサルからの引き抜きで何とか成り立っている。Prophetterの皆さんはどこに転職しても高い給料が保証されている。コンサルファームでの横滑りも至って簡単。4大ファームを含めて2周目、3周目の強者もいる。
Prophetのプロとして、隣のファームから転職してきた林田マネージャがサポートとして付くことになった。が、こいつもあやしい。Prophetの素人である正人が何を質問しても曖昧な答えか、教科書に載っているようなことしか返さない。製造業と言っても部品点数があるわけでないので、ある意味プロセス型企業なのだが、それを伴いどのような注意が必要か聞いても、 ”組み立て型と変わらないっす” とだけ。同じマネージャーなので、それ以上問い詰めるわけにもいかず。
とりあえずプログラムマネジメントチーム(全社の各領域全体を統括しているチーム)からWBS(Work Breakdown Structure:スケジュールをタスク単位で分解してあるもの)を受け取り、生産領域のWBSを作ることになった。
正人はタスク自体がわかっていないので、林田に作成を依頼した。今週の金曜日にはWBSができていないと来週からスタッフにタスクを割り振れない。木曜日の昼に林田とレビューすることにした。
木曜日の午後、林田と会議室でモニターでWBSを見たのだが、プログラムマネジメントチームから来たWBSに数行付け足したレベル。 "これじゃスタッフにタスク割り振れないんだけど。" と正人は思ったことが口に出た。林田は悪びれもせず ”えっ、これで動けないスタッフなんすか。それじゃProphetterとしてポンコツっすねー。 " いやいや、要件定義フェーズでProphetterなんぞチームに1名いれば十分で、業務に詳しい人間の方がいるだろ。
またか。森田がハイヤリングしてくる人間にロクなのはいない。部下に異常に厳しい割に人を見る目がない。これは同僚全員の同じ感想だ。
仕方ない、Prophetterのプロ中のプロ、この業界3周目の西さんに手伝ってもらうしかない。正人は会議を30分で切り上げると西さんの座っている席に行ってWBSのブレークダウンを討議しながら手伝ってもらうことにした。
西さんはスキルはあるものの人の好き嫌いが激しく、扱いにくいとある意味各マネージャからは敬遠される人物。Prophetのことについてはファーム1、いや日本1詳しい。そりゃProphetの本社アメリカまで行って勉強したくらいだから。6時まで掛けてレクチャーを受けたところでタイムアウト。今日、プログラムマネジメントチーム、各領域のチームで合同キックオフ(という名の宴会)があるので、それに出席し、続きはその後かな。と正人は思った。たかが宴会ということなかれ、ここではじきものにされると重要な情報は回ってこなくなり、リリース、そして2回目ならアウト。
1億円/月のプロジェクトだから経費もそれなりにあるのだろう。ステーキハウスを借り切っての大宴会だ。宴会も終わりかけた時、全体責任者の山部パートナーが” 各チームリーダーはこの後、打ち合わせするから入口前に集合。あとは解散 " と。そんなことは聞いてない。仕事のことで頭がいっぱいな正人は早くオフィスに戻って続きの作業をしたい気持ちで一杯だ。
"じゃ、次行くか。" 山部が取り巻きに向かって指示した。
第10話 了
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