第4話 ファームの終焉は突然に(上)

コンサルティングのお作法、用語といった内向きの知識やプロジェクト管理、クライアントとの人間関係構築、コミュニケーションに必要な資料づくりといった一通りのスキルを身に着けた正人は順調なコンサルライフを歩み始めたように見えた。


” 最近、上の人間見ないね。 ” と坂田が正人に話し掛けた。常駐しているはずの井上や怪しげな川野は物流プロジェクトルームには顔を出さないし、自分たちのボスである森田も資料のレビューには来ても ” まあ、いいんじゃない。 ”と以前のような徹夜覚悟のだめだしもない。何かおかしい。

そういえば、グローバルの同じブランドであるLDアメリカで、何か問題が起きているようだが、影響あるのか?


LDアメリカでは、新興エネルギー企業Endeavor Energy (EE) の監査とアドバイザリーを大々的に実施している。EEのプロジェクトでは30歳のパートナーも誕生し、ファーム内でも注目されている。発電、送電企業を買収して一大エネルギー企業と急速に成長してきているのだが、最近は天気と電気需要の関係を利用したビジネスなど素人には素性のわからないビジネスに展開しているようだ。この新興エネルギー企業の様子がどうもおかしいようだ。

同社のサービスに投資すると大きなリターンがあるということで多くの個人投資家の投資金を集めているのだが、うたい文句と違って最近は想定したリターンが出せず裁判沙汰になっているようだ。米国の大手テレビ局のAX Americaではニュースで連日報道している。


飛ぶ鳥を落とす勢いで大きくなったEEは、日本やインドなどグローバルにも活動していることから順調な成長なのかと思っていたが、何か問題があるのだろうか。ここ数年大幅な黒字で株価も上がる一方だった。今回のトラブルを受けて多少の株価の下落があったものの、誰も気には掛けていないようだった。


正人は週次の全体ミーティングの後、日下を捕まえて最近、プロジェクトルームに顔を見せないが、何かあるのかと問いただした。日下は、 ” EEの件知ってるだろ。あれさ。 "

知っているといわれてもどこまでのことなのか見当つかない。ただ、ここで知らないといえばその後の情報も取れなくなるので、正人は咄嗟に、 "ああ、森田さんからある程度は聞いていますが。" とどうとでも取れる返事をしておいた。コンサルには珍しく素直な日下は " そう、知ってる通り、いよいよEEが危なくなって、LDもその肩を担いだって問題になってる件で、ブランド離脱を検討してる。EUも、中国も、なので、日本も沈没する前に何とか離脱を考えている。自己デューデリ(価値を算定)してて、それが忙しくてね。 " と言い残すと足早に去って、坂田、森田と一緒にタクシーに乗って駅に向かっていった。


離脱。突然のワードに考えがまとまらなかった。ファームはただ単にブランドと情報を共有していてそれに対して対価を本部に払っているとは聞いていたが、ブランドも情報もなくなれば、どうやってクライアントの信頼感を得るというのだろうか。ただでさえブランドだけで中身は完全な日本の会社。まあ優秀な人材がいるのは確かだが、クライアントが想い描いているようなワールドワイドな企業とは程遠い。


もう、この田舎のプロジェクトに参加して2年か。正人はすっかり一人前のコンサルになっていた。クライアントとの言った言わないの綱引きから、上下関係がはっきりしているクライアントの関係を利用した脅し、宥め、賺しあらゆる手を使ってプロジェクトを進める手段を身に着けていた。たとえ相手が年上の部長や役員であっても

トップでない限りこちらは相手を操る手段を持っている。中には社長が右と言っても歯向かう社員はいるものの、そういった少数者は回りからは孤立しているので、無視しても構わない、自分の担当領域だと少々厄介だが。


滋賀のプロジェクトルームにも雪がちらつく季節がやってきた。毎年12月にはメンバーや家族を集めて大阪のホテルでパーティーを開いている。ちょっと前にヒットを飛ばしたの歌手を呼んで、弾き語りさせたり、踊らさせたり。豪勢なもんである。パートナーはお気に入りのクラブのママをこれ見よがしに見せびらかしながら連れ歩いている。自分の地位を知らしめているのだろう。ざっと見積もって数千万は使っている。

今年もクリスマスパーティーの季節がやってきて、家族あてに招待状も届いた。ドレスコードはないが、それぞれの奥さん、子供はそれなりの恰好をしないと恥ずかしいので、奥様方、お子様方の品評会のごとくである。

今年は、先にメンバーだけで重要な会議を2時間、その後パーティーとなっている。


椅子がずらっと並んだホテルのパーティルームにユニットごとにまとまってWestのトップである山下の登壇を待っていた。なぜか見慣れないダンディー?な中年が壇上に座っていた。山下よりも先に、初見の社長が登壇し、第一声 ”今日は皆さんに大変喜ばしい報告事項があります。”と発した。???毎年ありきたりの業績報告会ではないのか。コンサルの年度は7月に始まり6月に終わる。中間地点の業績が山下から報告されるのが通例なのだが、どうやら今年は趣向がちがうようだ。


第4話 了




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