第2話 Ask to leave

正人はSPI試験と面談数回を経てライブランド アンド デレーニー(通称LD)という監査系の外資コンサルティングファームに入社した。

SPIは学生から時間が経っていることもあり、数学以外は散々たるものであったらしいが、面談したシニアマネージャの”エクセレント”というひとことで採用が決まったらしい。

東京と大阪に事務所を構え、この業界では4大ファームと呼ばれているようである。この会社を選んだ理由は自分の専門とする原価管理とシステムを得意とするファームであること。地元の大阪に事務所を構えていること。事業会社以上の待遇だった。

入社手続きは東京で行われ、毎月採用しているらしく、流れ作業よろしく人事の一通りの説明とPC、携帯の配布がなされ、明日から3日間の講習を受講するようにと淡々と説明された。


3日間の講習では就業時間、経費のつけ方、有休取得の仕方、オンライン講習の受け方、メール、データベースへのアクセス方法など、まあ事業会社とほとんど同じようなことを教えられた。

特に以下については十分に注意することと言われた。(その意味は後からよくわかってくるが。)

”土日も含め毎日メールをチェックすること。”、

”業務内容は家族といえど口外しないこと。”、

”何かあれば人事ではなく、メンターに相談すること。”

2つめはまあ、最近はやりのインサイダー対策ってやつかな?1つめと3つめはよくわからないが。


翌週、大阪へ戻って事務所へ挨拶することになった。

月曜の朝、大阪事務所へ行き、受付で新入社員?であることを伝えると男のスタッフが迎えに来た。小林というらしい。まだ、20代か。正人より若そうだ。

小林は面談したシニアマネージャの藤堂のところへ正人を連れていき、 ”新しく入った鈴木さんがみえました。” とだけいうと部屋から出て行った。

”入社するのを待っていました。面談の時にも自己紹介したが、藤堂です。Westで管理会計回りのユニットを担当してます。”

West?、ユニット?わからないことだらけだが、まあ、そのうちわかるだろう。(Westは大阪オフィス、ユニットは部門)

”今後、鈴木さんの面倒は井上というマネージャがみることになります。彼にいろいろ聞いてください。鈴木さんは電機出身ということのなで、早速、来週から電機企業のJOBに入っていただきます。そのあたりも彼から指示があると思います。彼はいつも部屋を出てすぐ左の席に座っています。では。" 早口でまくし立てると手のひらを左に向け早く追い出したいかのようだった。


正人は"新しく入社した鈴木です。よろしくお願いします。藤堂さんから井上さんに指示を仰げと言われてきました。” と井上に話し掛けると

”ああ、鈴木さん、よく入社していただけました。私が鈴木さんのメンターになる井上です。えーっと、鈴木さん、いっぱいいるから正人さんでいいかな?よろしく。”

後から聞いた話だが、井上は正人よりも3つも年下だが、マネージャでこの世界、3年目だそうだ。もとは外資コンピュータメーカーの営業だとか。


今週いっぱい、次に入るプロジェクトの資料読み込みと準備に充てるように指示された。資料読み込みはよいとしても準備といわれても何をしてよいものか。

まずは、資料を読み込もうか。800ページにも及ぶ過去の議事録、資料を3日かけて読んでいき、なんとなくこのプロジェクトの全体像が見えてきた。


入社当日、正人を藤堂のところに案内したのは林で、正人より5つ年下。国立の難関校卒、大手銀行からの転職組らしい。席は彼と隣になることが多く、コンサル業界の話をいろいろ聞かせてもらった。私と同じシニアコンサル。まだ、入って1年目だがやり手のようだ。


HR(人事)、アドミン(総務)、ラーニング(教育)からメールが毎日のように送られてくるが、林曰く "まあ、バックオフィスのメールはほぼ関係ないから、無視して大丈夫っす。ただ、パートナー陣から来るのはちゃんと読まないと痛い目にあいますよ。”だそうだ。


早速、山下というパートナーからWest全体へメールが飛んできていた。

”西部電力プロジェクトの中心を担っていた山田マネージャが退職されることになりました。彼の今までの尽力と功績に感謝するとともに次の職場での活躍を祈ります。

ご卒業おめでとう。”

正人のように入るものがいれば、出るものもいるか。ご卒業ねー。そんな言い方するのか。そりゃいろんな意味でおめでたい。


正人は林に”へー、どこかにヘッドハンティングにでもされたのかな?”と軽口をたたくと、

林は”あまり、大きな声で話さないほうが。ありゃ、ATLがでたんですよ。”

”ATL?”

”そう、Ask to leaveってやつで、クビのメールです。先週からあまり山田さん見なかったから。人事からAsk to leaveってメールで、いついつまでにPCと携帯返せってやつが出たんですね。西部電力の次のJOB取れなかったから、、、山下さんの逆鱗に触れたんじゃないかな。”


正人は”あっ、土日もメール見ろってそういうことか。”  思わず声に出して呟いてしまった。

背筋を冷たいものがツーっと流れるのがわかった。


第2話 了

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2024年11月25日 18:00 隔週 月曜日 18:00

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