Up or out

Mah

第1話 夢見て(煩悩の沼へ)

"辞めてなにやんだ。"五つ年上の嫌いな先輩が吐き捨てるように叫んだ。

大学を出て突っ張りながら自分ではカッコ良く勤めていたつもりが、井の中の蛙とわかった今、会社の全てが幼稚に見えた。

一部上場とは言え、大手電機メーカーの下請けで、自らの意志を持たず、天下りの社長、役員が何年か毎にやって来る。典型的な田舎のダメ子会社。


経営企画のいけてる先輩、塩田がコンサルを呼んだのがことの発端だった。

2010年4月事業部制を敷くにあたって社員だけでやりきれないと経営企画の塩田係長は梅田専務に頼み込んで電機業界で実績のあるBrain&Co.の白幡と言う外資系コンサルのプリンシパルを連れてきた。各部から若手を集めて事業部制の準備をする事になり、何事にも上司に楯突く扱いにくい正人にも白羽の矢が立ったと言うわけだ。

"プロジェクト?なんや、そりゃ。"この田舎のうだつの上がらない会社がそんなことしてなにをするんだ。正直、社史編纂室のように窓際に追いやられたと思ったものの、新社屋の8F(別名老人介護室、役員室フロアの下の階)に集められたらことからあながち悪い待遇でもないようだ。コンサルの命でメンバーは約一ヶ月間、自社の現状を朝8時から夜12時まで徹底的に調査させられた。


親会社のいうがまま部品の種類を増やして来たため、親会社の製品に複数種類の部品を納入している。それぞれの部品の種類毎(機械系部品、電子部品、ソフトウェア、アクセサリー、外装デザイン)設計をしていたが、各設計の特色にあわせて事業部化しようとするわけだ。親会社の製品にそれぞれ付くわけなので、製品の売れ行きに比例してほぼ同じだけ売れる。事業部制にする意味があるとは思いにくいが、マネジメントとしては責任を明らかにして部門長を攻めて親会社に言い訳をしたいだけなのだろう。マネジメントの半分以上親会社からの天下りで、業績が悪ければすぐにクビになって次の天下り役員がくるという算段である。


ブレインのプリンシパル白幡は、月曜の昼過ぎ東京からやってきてプロジェクトメンバーの調査資料を眺めていた。そして、更に120項目もの追加調査を指示してきた。

"まあ、社員さんなんで1週間ってことで。また、来週来ます。"そういい残して別のクライアントに向かった。

これだけの追加調査を1週間でやりとげるとなると部門長を捕まえて説得する必要がある。やりきれるのだろうか、専務の御旗を使ったとしても。


結局1週間で集まった情報は84項目たらずだった。


月曜日に再来した白幡は、”まあこんなものですね、後の残りは山下と竹川をおいていくので2日後打ち合わせしましょう。2人のアテンドはお願いします。では、水曜日に。”

白幡の口調にはちょっと気に障るものがあった。

”あと、塩田さん、木曜日の午前に専務と社長のスロットをもらっておいてください。”

スロット?スケジュールの枠をそういうらしい。ドラマのハゲタカのように外資は何でも横文字を使うようだ。それに専務が先にでてくるとは。


プロジェクトメンバーはコンサルのいうがまま各部門を渡り歩き、山下と竹川は専務命令で来たので今話を聞きたいと相手の都合も聞かず半ば脅迫に近い形で情報をかっさらっていった。当然ながらこちらは各部門長のクレームの嵐に対処しなければならなかったが。

きっちり2日間で調査を終え、分析まで完了していた。

塩田は”たぶん彼らは寝てないな。”呟やいた。


水曜日の夕方、白幡はプロジェクトルームに来ると山下と竹川を呼び出し調査・分析結果をレビューしていた。”山下、ストーリーがいけてないな。これじゃ専務が自分のために事業部制を敷きますっていわんばかりだ。もうちょっと頭を使え。ファクトだけじゃフィーを払ってもらえない。オーナーは専務だ。明日の朝、専務と社長と話をする。それまでに直しておけ。”多分、彼らは今晩も眠れない。


彼らは2ヶ月の作業で事業部制に向けた組織設計、スケジュール、実施事項を残して去っていった。

圧倒的なスピード、分析力、判断力、説得力。すべてが社会人になって今まで見たことも聞いたこともないものであり、正人はあっけにとられるしかなかった。

”これが外資系コンサルなんか。”

プロジェクトが終わり事業部制が始まる春、もう心は決まっていた。会社を辞めてコンサルになる。


第一話 了

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