⑬ ジラウと現実 (後編)
「あのすいませんねぇ、そんなのどうでもいいからこのヒト元に戻してくれませんかねぇ?」
ヒナミを抑えようかシクロロンは守れるようにしようか悩んでいたハクが口を開く。
「それはできないな。侵食したこの《膜》の菌は各神殿の外の《膜》と同じく、第八人種が支配していないから心はないんだ。
でも呼吸器から血液に乗りまっすぐ脳を目指して覚醒させる、という本能は組み込まれている特別種なんだよ。
キペのような特異体質は例外として、覚醒に適合すれば通れるけどできなければそのままもがき続けるだけだ。
またジニさんは覚醒子だから資格はあったんだけどね、やはりもう「エシド」・・・本能が薄らいでいる世代だから。きちんと覚醒できない個体がエシドを呼び覚まそうとすれば心も体もついてはいかない。体が腐乱するのも不思議ではないのかもしれないね。
そこのヒナミという血聖子はジニさんよりほんの少し抗えた、ってだけの違いだよ。
ついでに言っておくと体に入った菌は宿主が死ぬか、対抗する他種や亜族の同種を取り込まなければ自然には死なない。」
それは、
「え?・・・じゃあ、・・・もし語り部の第八人種に順応したヒトが現れたら・・・?」
キぺにもニポにも、苦しい現実となる。
「ほう、珍しい第八人種を知っているんだねキぺ。
語り部の種となれば意志どころではなく人格さえ形成してしまうかもしれないな。
そしてもしそんな種に支配されたらたぶん、ここの菌に滅ぼさせるか、宿主が死ぬ以外に解放の道はないだろう。
ただココの菌が語り部の第八人種を殺しても宿主がエシドに適合できなければ・・・
そこの彼のようになるだけだよ。」
たとえ、
たとえ生きてこの先へ、
目指してきたユニローグへ辿り着いたとしても、
リドミコに待ち受けているのはリドミコに戻れない現実だけだった。
風の神殿の時に順応してから第八人種は加速して人格を形成し支配していた。
完全に乗っ取られるのは時間の問題だったのかもしれない。
ユニローグに届けろ、とは彼らの願いであって移住の約束ではなかったのだ。
アヒオが生きていたら。
リドミコとふたり、アヒオが生きていたら。
そう思うと胸は歪んで軋む。
リドミコの声を聞いて、リドミコのままのリドミコと一緒に死んだことがむしろよかったような気にさえなる。
この《膜》の菌でヒナミのようにならずとも、やがてリドミコの人格は失われてしまうのだから。
生きる骸と過ごすよりはずっと、
きっと。
それが、つらかった。
「ちっ、なんだってのさっ! こんな〔魔法〕みたいなモン相手じゃ・・・そだ。
カロっての、あんたならなんとかできるんじゃないのかいっ?」
目を遣った先にいるのは暴走したキぺを鎮めた男。
黒い獣を扱いモクを犠牲に自分を救ってくれた男。
ニポには何でもできる「魔法使い」に映ったのかもしれない。
「すまないなニポ。わたしもそろそろ限界なんだ。使うべき時は・・・今ではない。」
いつでもどこでも仮構帯への招待やヒトへの介入ができるのであれば既に行使しているはず。
二の足を踏むのは「限界」を然るべき時まで温存しなければならない責務からだ。
「えーと、じゃあ普通に戻すのは無理ってことでいいですかねぇ?・・・なら。」
すん、と地を蹴り
「ハクっ! だめぇぇぇぇぇっ!」
瞬きより速く。
ざぐん。
「ぐるぉぉ・・・」
黒刀をヒナミの首根に突き刺し引き抜く。
「おー四苦八苦、よそ見すんな。手が遊んでっぞ。」
救えない命より、優先すべきは救える命だ。
「っぶねーなネクラっ!・・・ったく、躊躇ナシだな。」
ダジュボイの肩をきれいに避け、
「当然だ。」
ルマの顔のすぐ横で血が噴き出る。
そして同時に離れた二人を見止めるハクは間髪入れずに第二撃をヒナミの胸に突き立て切り裂く。
「ハクっ! こんな、こんなこと許され――――」
「許されなくてケッコウ。主の命に危険があるなら迷いなどありませんよ。」
ヒナミがもし他にも武器を隠し持っていたらスナロアを看るシクロロンなど守れない。
命を無駄に奪いたくなくとも、治らないなら処分するしかなかった。
「ふぁっ! 血だにっ! これはきっと危ないにぃぃぃっ!」
感染を匂わせるジラウたちのやりとりにダイーダは敏感に反応する。
理解を超える展開には臆病な方がずっと安全でいられるものだ。
「あーあー。こっちゃ濡れまくりだっつの。くく。
つっても血ぃ浴びたくらいじゃ危険はねーだろけどなぁ。」
相当量を取り込めばヒナミの血に巣くう菌の影響を受けかねないものの、服や外皮に着いた程度なら問題はない。
ヒナミのような冠名の血脈だからこその感度だとジラウは話していたのだから。
「フンっ! 見たかバカロロンっ! 貴様の詭弁の罪深さをっ! ヒナミが殺されなければ犠牲をまた新たに生むところだったのだぞっ!」
一度は信用した『フロラ』の聖都区主・ヒナミとはいえ、敵陣『なかよし組合』ハクの行為はルマとしても受け入れられた。
受け入れられないのはそれを咎めるシクロロンの甘さなのだ。
「そう言ってくれないでもらえますかねぇ。制止を無視したボクの責任なんです。ウチの組合長に罪はない。」
ぐる、と唸りながら倒れるヒナミを見下ろしハクが応える。
そして「それよりスナロアを」と目でシクロロンに促す。
「もう―――」
しゅなり。
「もうこんな事はやめるんだっ!・・・こんな事して何になるのっ!」
ぶわん、とまた大気が揺れる。
さっき感じたよりずっと強く。
「おや、穏やかじゃないな。ふふ。これは選別なのだよキぺ。
きみだけが欲しかったのに《膜》を吹き飛ばしたからこんなにお客さんが来てしまったんじゃないか。
本来この《膜》が果たすべき選別をぼくが代理でこなしているだけだよ。
・・・知らなければ帰せるところだが、もうそうは言ってられないな。」
選別。
考えれば確かにそこに意味はあった。
ロクリエ王がユニローグを誰にも渡すつもりもなく封じるだけだったのなら埋めてしまえばよかったのだ。
にも拘わらずその道は残されていた。
《ロクリエの封路》なる菌類の命という不確かなものに守らせ、
《六星巡り》なる厄介で面倒な手続きを経なければ得られない「鍵」を残してまでも。
望まれているのだ。
ユニローグとは、拒絶する存在ではなく、
きちんと、
望まれているのだ。
しかし、
「ケっ、好き放題言ってくれるじゃねーかっ! ナニ様気取りだジラウっ!」
選ばれぬ者の命を軽んじていい理由などありはしない。
「そーだっ! ナニいってるかわかんないぞっ!」
たった一体。
ヒトならざる者であれヒト一人分の大きさしかないジラウ一体にこの頭数で手を焼いていた。
帯刀のハク、不思議な力を持つキぺとカロを併せてなお、状況に有利を見い出せないそんな焦りがパシェにも伝わってしまう。
「おー四苦八苦。・・・やる気ねーならどっか行けっ! 救うのが医法師だっつんだっ!」
脅威と恐怖を纏うジラウに目を奪われていたシクロロンにシーヤはぴしゃりとやる。
やはり傷だの死だのがそこここに横たわっていく現実が不機嫌にさせてしまうのだろう。
不慮の事故や病であれば誰も恨まずにいられるものの、ヒトによってヒトが傷つけられる結末に、尻拭いするしかない憤りはいつも無力感と苦悩だけを残していってしまう。
「あ、はい。すみません・・・あ、熱がすこし引いて・・・
あの、さっきから何をしているのノルちゃん?」
見ればこめかみにバクバクと走っていた血管はナリを潜め熱と赤みは失せている。
ただそれよりも、シクロロンの気掛かりは脂汗をだらだらと流して目を瞑りスナロアに触れ続けていたノルだった。
「・・・うぅふーっ。・・・はぁ。うしっ、つれてきたよカロっ! きひひひ。」
目を開け気丈に笑うも、ノルの顔は明らかに青ざめている。
「うぅ・・・う・・・・」
しかしその笑い声と同時に聞こえたのは意識を取り戻したスナロアの呻き声だ。
「よくやったよノル。・・・ちょっといいかなパシェ、ノルを頼んでもいいかい?
・・・さあスナロア、もう起きるんだ。」
なにより誰よりカロに褒めてもらいたかったノルは頭をくしゃりとやられるとそのまま眠るようにパシェの腕へと倒れ込む。
真っ青になっても幸せしか見て取れない口元がカロにとってはせめてもの救いだった。
「おぅっ、え、あのだいじょうぶでやんすか? あ、いや、アタイがせきにんもってだっこしておきやすけど・・・」
何をしていたのかさっぱりなノルとはいえ、そのぐったりした重さを知れば疲労の度合いが伝わってくる。
「・・・なるほど、さすが手際がいいねカロ。語り部同士だと干渉も滞りないということかな? ふふ。それはぼくでも知らなかったよ。」
外傷性のショックからスナロアを短時間で意識を取り戻させたノル、また、消毒・縫合し、でき得る処置を施したシーヤたちをジラウは余裕とも好奇ともとれる笑みで眺める。
「・・・う、く。世話を焼かせてしまったな、シーヤ、シクロロン。・・・ノル。恩に着る。
ジラウよ、いったい何を守る? なぜ守るのだ。
《封路》なき今ユニローグへはもう誰も辿り着くことは叶わぬはず。
・・・何に、怯えているのだ。」
痛む腹を抑えながら上体を起こし、仕掛けてこないジラウに問う。
そんなスナロアを「まだダメです」と止めようとするシクロロンにシーヤが手を翳す。
「いーんだよ。傷はもう、・・・塞がりかかってんだかんな。
ったくよー、熱も尋常じゃなかったがナス麿、あんさんおかしな体してんなー。」
どう体が回復に働いたにせよ養分と水分、休息は不可欠だ。
しかし時にヒトの妙はそういった道理や理屈を撥ね退けて無事でいられることがある。気合いや根性、信念や責任、欲や志といった心の力ひとつで乗り越えてしまうことがある。
それもきちんと知るシーヤだからこそ、スナロアを支える心の望みを好きにさせてやりたかった。
「守る、か。・・・ふふ、因みにここにあった《膜》は《封路》ではありませんが・・・。
そうですね、「継ぐため」ですよスナロアさん。
ユニローグとはすべてに存在していました。しかしそれも次第に、世代を経るにつれて、
いわば、
あなたたちの意思によって廃れていったのです。
我々被造子の意志、共交層領域を独自に利用する「進化」を得た我々自身の意志によってね。」
耳慣れない言葉と思う者、聞き覚えのある者ともにそれは悲しく響く。
「ハっ! 笑わせるなジラウっ! ユニローグの守護者でゴザイってか? 「選別」してまで伝える意味なんてドコにあるっ?
語り部でもメタローグは適正者を選ぶってハナシだが一体オメーらは何がしてーんだっ! ったく、伝え続けなきゃならねーモンなら広く公に明かせばいいだろっ!」
語り部に与えられる知識と同様にユニローグにも「伝えたい」「残したい」という意志があるのなら、常識となるほど一般にその隠された事実を明かしてしまえばいいはず。
そこに危険があるならなおのこと知っておかねば備えることさえできないのだから。
隠されるには隠される理由がある、それは百も承知だ。
だが小さく凝り固まった内輪で描ける世界観など外界を知らない机上の絵空事と変わりはしない。
ダジュボイにはその閉鎖的で独善的な考え方が気に入らなかった。
「確かにおまえの言う通りかもしれぬなダジュボイ。しかし語り部に与えられた知識だけでも未知と不可解は数え切れない。
メタローグは「未知への恐れは誤解と混乱を招く」とし、語り部を一人に絞り込んだ。
しかしユニローグは・・・?
ユニローグとは意・・・・志を持つ生き物なのか? メタローグたちのように。
だが「すべてに存在した」、そう言われれば皆目わからない。
ジラウよ、ユニローグを解放せよ。でなければ貴公に手を貸す者がいなくなってしまう。」
それは懇願にも似た、しかし一種の命令だった。
もはや知りたいという欲求よりも、知らなければならない責任の方がスナロアにじわじわと染み込んでいたのだろう。
「解放する、ですか。
ふふ。無知で不誠実な者にまで? 時に罪人にまで明かすことになるそれが本当に正義であれるとお思いですかスナロアさん?
ただ、あなたのおっしゃっていることも間違いではありません。そしてここにいるヒトたちの中にはぼくより適任者がいるかもしれない。
それも・・・知れば解りますよ。
まだあなたたちは「知る」だけで「解る」世代なのです。
ただこれから先、代を重ねるごとにそれも難しくなってしまうかもしれませんけどね。」
そう憂うジラウから読み取れたのは、ユニローグの解放には迷いがある、ということ。
伝え残さねばならないものでありながら継承者を選び損ねれば絶望を招く、とでも言いたげな覚悟。
「ゴタクはいいってんだよっ! ユニローグは遺されるべくして遺されて、伝えなくちゃならないから伝えられてきたっ! それでいいさっ!
知れば解る秘密は――でもあんたさっき言ったよなっ? ユニローグはあたいらの意志で廃れていったって。
なら、要らないモンじゃないのかいっ!
ヒトの命を犠牲にしてまで守り継がなきゃなんないモンが、伝えられるべきあたいらに消し去られようとしてるってんならそれがユニローグの運命なんじゃないのかいっ!
勿体ぶって隠したって今あんたとこうして話をしてなきゃあたいらの誰もユニローグの存在を信じきれやしなかったっ!
空想なら空想で終わればいいモンを、でもあんたは「ある」と断じてあたいらの目を離そうとしないじゃないのさっ!
命まで奪って隠しながら伝えるユニローグなんてのは、
本当はいらないモンなんじゃないのかいっ!」
継承者として不適格ならここで命は閉ざされる。
適格と判断されればここに残りユニローグを閉ざす。
隅から隅まで閉鎖的だった。
そしてそのかすかな見え隠れが神秘的に映り、神格化されたものこそがユニローグであるとしかニポには思えなかった。
「僕もそう思うよニポ。伝えなければならないことなんだから大事な真実ではあると思う。
だけど、それがなければ未来が拓けないなら僕らはとうに滅んでたよね。
でも僕らはいる。
無いよりあった方がいい、ってものでしかないんじゃないかな。
・・・たぶん、カロさんも気付いてますよね。ユニローグの使命に。
そしてこうやって「人目を引き続けなければ」と考えて、その使命に命を捧げた人物。
・・・?
くっ・・・な?・・・・これは?・・・みんなっ!」
ジラウから目を反らして異変に辺りを見回す。
そこでは感付かれないようそっと、しかし着実に《膜》を形成する胞子を撒きちらす例のぶにゅぶにゅが蠢いていた。
「なん・・これは《膜》な・・・まさか――――」
弱りきったボロウが膝をつく。
「大丈夫かボロウっ! おのれ貴様いっ・・・たい、・・・なん―――」
そんな荒ぶる気性さえ鎮める新たな「霧」にルマも声をやめる。
「ルマっ?・・・ちっ、これぁシペが連れてってくれたヤツに――――」
まだ記憶に残る感覚が、遠のいていく意識の中で形になる。
「こ、れも?・・・ちが、スナロアさま、・・・いざなう・・《膜》――――」
そう言って崩れるシクロロンを抱きとめるも
「なん、てこった・・・まったく、敵がヒトじゃないんじゃ、守れま、せんねぇ――――」
支えきれずにハクも倒れる。
「なんだー・・・こりゃ。・・・魔薬に・・・似てんなぁ――――」
倒れたハクに重なるよう、シーヤもその目を閉ざしていく。
「ふげぇ・・・アタシは・・・アタシは無敵じゃ・・・なかったの・・・金――――」
冠名がどう、といっていた件ではキぺと同じようにあれると思っていたのだが。
「ちぃっ、いつの間にっ!・・・・あたいは・・・あんたの、好きになんか――――」
その猛る気概をもってしても抗うには足りなかった。
「オカシラっ!・・・えと、ノルさんまでっ?・・・・あぁ、ああ、どうしたら――――
ん?
あれ?
・・・なんでアタイらはだいじょーぶなんでしょうね?」
うぉぉぉ、みたいにやってみたけど案外平気だったからカロに聞いてみるパシェ。
「うっく・・・ふふ、わたしはきみほど丈夫ではないが・・・スナロアとノルにまで干渉できるとは。
でも・・・キぺ、きみも無事なようだね。ふふ、よかったよ。」
血管が急激に収縮し体の末端は痺れに似た寒気を覚える。
さらに袋の中で呼吸を繰り返したように苦しくさせたものの、ゆっくり息を整えれば落ち着きは取り戻せた。
「ええ。でもたぶんこれは覚醒への干渉か何かですよねカロさん。
こ・・・もうやめるんだっ! ここにいるのは何にも罪のないヒトたちなんだぞっ!」
それは毒のある《膜》ではなく、仮構帯へといざなわせる第八人種が棲む《膜》と同じ性質らしい。
となれば「選別」を目的とするジラウのこの《膜》に抗えた理由も納得できる。
残った三人は共に、ヒナミのような半端な結果に終わらない「真然体」候補だから。
「さすが「いれぐら」だねキぺ、それにカロさん。・・・その子は違うようだけど。
・・・ん? そうか。サイウンの完全血聖の子というのはきみのことだったか。
ふふ、どちらにしてもキぺ、きみはもう覚醒に近い状態なんだよ。だから頭も切れる。
それにしても・・・ふふ。何の罪もない、か。
でもね、ここまで来てしまったことが罪なのだよ。それをいま見せてあげよう。
来るといい。自分の意志でね、キぺ。
完全な真然体となれば逆にこの「干渉」も効果があるのだけど、いれぐらの覚醒子のまま意志を持ち続けているとこちらからでは引き込めないんだ。
それがここ、《ロクリエの封路》なのだから。
ふふ、そして「操る者」と「操られる者」のわずかな間隙に息するきみたちだからこそ、試す価値があるんだよ。」
そうジラウは誘う。
罠かもしれない。
そして、ここまで来たことが罪だと言い放つ者が誘う先が希望に満ち満ちた展望であるとは到底思えない。
でも。
「カロさん・・・僕はまだやり方がよくわかんないんですけどニポたちに干渉はできますか? こっち側に引き戻すことって。」
それぞれの胸が上下するを見れば殺されてないこと、おそらく仮構帯へと連れていかれたことはわかる。
そして彼の地より「戻ってくる」ためにはその世界を管理する者の意志がなければ不可能なことは経験が教えてくれている。
仮構帯に落ちてもいないジラウが「管理者」なのかはやや疑問とはいえ、関わりがあること、そして彼の提案に乗らなければニポたちが人質のままであることは自明だ。
だからこそ、こちらから呼びかけて仮構帯からの強行突破が可能かどうかに判断は委ねられる。
「キぺ・・・わからないけれど、今のわたしにそれはできない。」
どこか含みを持たせたもの言いに留める。
「でしょうね。カロさん、あなたはキペを知る前に出会った唯一の「いれぐら」です。
ぼくもできればあなたの力を借りたいところなのですが・・・やはり、歳を取りすぎたようですね。
この広がる第八人種の《膜》を使わず、被造子であるあなたが強引に行う干渉とは、いわば「一時的な真然体への変態」、ですよね?
ふふ、その状態で自我を保つには相当な負荷が掛かります。
といってそこのお譲さんも今のままではニポさんたちに干渉できない。
メタローグの完全血聖が《封路》からの仮構帯導入を「拒絶している」にすぎないから。それに彼女は覚醒子とは違う。
わかるかいキペ。ニポさんたちをまだ若く元気なきみなら引き戻せるんだよ。
でもまだやり方がわからない、そうだろう?
それも、知れば解かるんだ。
だから呼んでいるんだよ、キぺ。
きみは愚かではない。そしていろいろな事に「気付き」はじめてすらいる。
さあ、おいで。ぼくが直接導いてあげるよ。」
ジラウの領域となる仮構帯へ、その手を介して導くことができると言っているようだ。
「ダメだちぺっ! わるもんのクチグルマになんかのるなぁーっ!」
一歩、また一歩とジラウへ近づくキぺにパシェが叫ぶ。
「大丈夫だよパシェ。
・・・狙いはやっぱり僕ってことなんでしょ?
でも、僕は父さんのように呑まれたりしない。
・・・絶対にっ! そしてみんなを連れて帰るっ!」
そして立ち止まり
「いい子だ、キぺ。」
差し出された手を受け入れる。
「ちぺぇ―――っ!」
駆け寄るパシェのその目の前で
「キぺっ!」
キぺは倒れる。
「・・・ふぅ。思いのほか統御ができていたみたいだね。」
ぶりゅ、ぶりゅ、と体を波打たせてジラウは安堵の溜息をつく。
「こ、こ、このやろうっ! ちぺをかえせっ! オカシラを、みんなをぉぉぉぉっ!」
その声が、
怒りに任せたパシェの声が響くと
「こ・・・れは驚いたな。完全血聖の子なんて初めてだから当然か。」
ぶわん、っとぶりゅぶりゅの放った胞子が風をかたどる。
風、が起こったのだ。
「・・・埒が明かないな。
パシェ、きみも行ってみるかい? 勿論わたしもついていくけれど。」
それを確かめたカロはやおら歩み寄り、パシェの頭に手を載せる。
何かをするためではなく、体温を報せて安心させるために。
「・・・なるほど。ぼくは構いませんよ、あくまで選別することが今の使命ですから。」
やはり邪魔者を端から殲滅したいわけではないらしい。
それに納得したのだろう、カロは腰をかがめてパシェと向き合う。
「巻き込むべきではないのかもしれない。けれどパシェ。きみの助けが必要になるかもしれないんだ。
そしてここからは意志が描く世界になる。「気持ち」の世界だね。
拒む心があってはジラウでもキぺたちの元へは送り出せないのだよ。
わたしを少しでも信じてくれるのなら、心を預けてくれないか。」
心の持ちようで、その在りようで景色は一変する。
諭すカロの柔和なほほ笑みには、どこか懐かしいやさしさがあった。
危険もあるだろう、なにより不安が大きい。
それでも、いま為すべきことは頭でなく心が知っていた。
「はい。・・・あのでも、オカシラとかちぺにあえますか?」
最後の不安。
それはひとりぼっちになる、ということ。
だから
「ああ。必ず。」
それを払いのけてやる。
大柄なのにそれを感じさせない親しみやすさが、低くても穏やかに奏でられるその声が、そしてこの窮地で引き攣ることのない余裕の笑みがくれる。
「はいっ!」
この世界で最強の地盤となる、「安心」を。
「よし、強い子だね。
・・・・というわけだジラウ、この子も連れていけるな。」
すっくと立ち、ヒトにあらざる者へパシェを手渡す。
「この子が選ぶだけですよ。・・・さ、こちらへ。」
そう言って伸ばす手に、パシェはもう恐れを抱かず頭を預けた。
「いってきますっ! カロのアニさんっ!」
軟弱な地平では立つことさえままならない。
しかし盤石なそこでは揺らぐことはない。
心安らぐ大地を手にしたパシェは、だから笑う。
「ああ。わたしもすぐに行くよ。」
そんな声を聞き届けることなく、パシェはカロにだらりと寄り掛かる。
「おや、やはりあなたもですか? 自力で訪れることもできるのに?」
ぐったりするパシェを横たえ、頭をひとつ撫でてやる。
「わたしはキペを守り抜く責任がある。・・・ジラウ、妙なマネはしないことだ。」
ここで全員が倒れれば「こちらの世界」で身を護る者が皆無になる。
そんなリスクを背負ってでも、やはり仮構帯へ向かったキぺを放ってはおけなかった。
「ふふ。自我を棄てて獣化するとでも? エシドに委ねればむしろこちらの―――」
「幾重にも幾
「・・・なるほど。いいでしょう。ぼくはぼくの役に徹するだけですから。」
真然体となれば操れることをジラウの姿の生物は知っている。
しかし様々な変遷を経た「
「それよりなぜまだ「ジラウ」であり続ける?・・・ふふ、それもいずれ、か。」
そこで遮るかのように導入は始まり
「・・・いってらっしゃいカロさん。そして、解ればいい。」
カロも倒れる。
それを確かめることなく祭壇へと歩き出した男は、もうヒトの姿すら留めていなかった。
ものがたり 7 山井 @crosscord
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