⓾ 野望と壁
「あ~んにきぃ~が夜っ逃げっしたっ♪・・・おほぅっ!
今度は何カネ? もう邪魔はコリゴリなんだなや。」
そろりそろりと「深追いするな」の忠告をケッ飛ばして突き進む行商人の後ろからまたしても威勢のいい足音が聞こえてくる。
「にゃおっ! あんたなんでこんなトコにいるんだいっ!」
あ、ニポの「にゃお」って可愛いな、と思うキぺの背中でなぜか啖呵を切る女。
「あうぅ・・また、またオタクらなのカネっ! もう財と宝と夢と希望をアタシの前から奪おうとするのはやめてほしいにぃ。」
とはいえニポが驚きに声を荒らげるのも道理だ。
徒歩で移動するダイーダが風の神殿から遠く離れたこの旧大聖廟にわずかな日巡りで辿り着いたという事実はそのまま、別れたあの後ココへまっしぐらに進んできたことを意味していたから。
「あぇ、ダイーダさん? なんだかすごく久しぶりな気がしますね。ふふ。お変わりないですか?」
あんたは黙ってろっ!と頭をぽかりとやられるキぺ。
カーチモネの時といい、社交辞令のたびに誰かに怒られるのが習慣になりつつあるので小慣れてきていたキペでした。
「ふへ? 君らはどこまで知り合いが多いんだ? ん? ダイーダ?
・・・ダイーダかっ? いやー、懐かしい。」
明かりを持たずにやってきた三人なのでキぺとニポに前へ出られると見えなくなってしまう。それでも、その名前と声としゃべり方でボロウもようやく顔が浮かぶ。
他方、ほとんど入れ替わりでウセミンの下から独立したダイーダもボロウには面識があるようだ。
「ほいん? ほうぅ、ボロウなのカネ? いや懐かしいもんだなぃ。
おろ、タチバミはどうしたんだな・・・どうしたのカネ?
それにオタクらと仲のいいムシマの兄さんとお譲ちゃんは? 一緒じゃないのカネ?」
そこにこれっぽっちも悪気はなかった。
ボロウは大概タチバミと連れ立って情報の収集に努めていた。
アヒオ・リドミコと風の神殿へ向かった時、二人は当然のようにキぺを気に掛けていた。
一緒にいておかしくないのに、そう思うダイーダの純粋な疑問はだから切なく胸を刺す。
「アヒオさんとリドミコは、それからタチバミさんは、死にました。」
今でも、どこか片付けられたような今でもまだ、必要以上にそのことに言葉を割きたくはなかった。
他人事のように距離を置かないとまた悲しみの渦に呑まれてしまいそうだから。
「ふーん。そうかなぃ。アタシゃけっこう好きだったんだがなや。」
無感動な言葉に、それでもわずかに震える体温はある。
「ちっ、冷たいねえ。それよかなんであんたがココにいるのか知りたいもんだよ。」
繋がりはそれぞれだったが、「生きるキぺたち三人」と「死んだアヒオたち三人」はきちんと途切れることなく触れ合っていたから。
「ヒドいに。アタシだって仲良くなった情報師を亡くしたことくらいあるんだなや。
でも危険は承知で進んだんだからに、つらくてもちゃんと褒めてやりたいし、そうするべきだと思うから悲しむことはしないんだなや。
どうせその三人だって不慮の事故で死んだワケじゃないんじゃないカネ?
遂げたにせよ途絶えたにせよ、「志の先の死」なら悼むより誇る方がその魂に報いることができるはずだに。
あーと、え? あとなんだったカネ?」
自分のイイ話にのぼせていたダイーダ。
だからキペもニポもボロウも返してほしいと強く願った。
感動してしまったこの時間を、返してほしいと強く祈った。
「なんで旧大聖廟にいるのかなー、って。ダイーダさんがこうまで乗り出して探す財宝ってユニローグに関係あるんじゃないかなって思ったんですよ。」
ユニローグ?と訝り、そこでボロウは合点がゆく。
スナロアが聖都を目指した理由。
風読みジニが忍び込むようにこんな場所へ駆け込んだ理由。
それを追い続けたジラウ博師の遺言を探しに出たキぺたちがここへ来た理由。
すべては「ユニローグへの到達」でカタがついた。
「んーなモンに興味なんてないにっ!
それにココへ来た理由なんて簡単だに。あの妙な部屋でお譲ちゃんのマガイモンが「禁じられ閉ざされるものには相応の理由があり、閉ざされるものは閉ざされるべき場所にある」って言ってたんだなや。
「禁じられて閉ざされなければならないモノ」なんて財と宝の他にはないんだにっ!
そして「閉ざされるべき場所」っていったら墓場と相場が決まってるんだにっ!
さらに秘密と謎がどう見たって残されっぱなしのロクリエ王の「遺体のない墓」はもうそれだけでクサいんだなやっ!
・・・あぁ、まただに。また、財と宝が狙われてしまうにぃ。
もう二番手はイヤなんだなぃ。」
そう落ち込むダイーダの傍でもっと落ち込んでいたのはキぺとニポだ。
まったく同じ話を聞いていたのに発想の違いでとんだ道草を喰わされたのだから。
まぁ、そのおかげでキぺはナコハに会えたのでこちら側としては正しいルートを進んだことになるが。
「二番手、か。ダイーダ、やはりジニたちはこの先へ向かったんだね?
よし、火燈りを貸して君は戻れ。これから先には危険が――――」
「イヤだにぃぃぃぃっ! 財と宝、そして財と宝、あるいは財と宝はアタシが持ってそして帰ってそして売って最後に儲けるんだにぃぃっ!」
ジニとは違う、しかし違わない強靭な欲望があるからこうなる。
純度の高い欲とは見方を変えると意外に気高く感じるものなのかもしれない。
「あわぁ、落ち着いてください。えと、じゃあダイーダさん、一緒に行きましょう。
僕らは財宝はいらないけど火燈りはほしいから、それでトントンってことで。ね?」
危険に巻き込むかもしれないこの先には、「弓使いヒナミ」という懸念があるため火燈りは欠かせなくなる。
「ふう、しょうがないな。でも心配するなよダイーダ、なんかあったらおれたちが守ってやるから。それにおれはもうウセミンの下では働いてない。欲しいものは好きなだけ持っていくといいさ。」
ダイーダとしてもキぺたち三人が業突張りだとも信用できない輩だとも思ってはいなかったから呑める提案ではある。
そして何よりダイーダを知るが故に意図的に紡がれた「欲しいものを好きなだけ」というキーワードにもう頭はクラクラしていたから快諾以外に選択肢などなかった。
「うにっ! ならついてくるにっ!」
そう言って走り出すダイーダの速いこと速いこと。
「あー。行っちゃったよ・・・あの行商人はなんなんだろうねえ。ま、助かるからいいけどさ。」
やはりジニたちに気遅れしていた部分もあって一人では二の足を踏んでいたダイーダも、協力者という責任の分担者が現れたからもう心のままに動けるようになったらしい。
「ふふ、確かにちょっとよく分かんないヒトだよね。
・・・でもね、ダイーダさんって頼りになると思うんだ。いろいろ知ってるし、奇抜な機転を利かせることもあったでしょ?
備えておきたいんだ、やっぱり。
・・・もう、勢いだけはイヤなんだ。・・・・・・誰かを失うことが、イヤなんだ。」
エレゼやロウツから話を聞かされた時、キぺがどこかフワフワした感覚に陥っていたのは確かだったし、それが「きちんとした自分」を保たせてくれなかったことも揺るぎない事実だった。
だがそれを言い訳に、しでかした失態や亡くすことになった命と向き合いたくない。
そう思う心が未知への不安に準備を求めたのだろう。
「ふふ。つくづく君に会えてよかったと思うよキぺくん。君が「覆す者」でなくとも、おれは君と同じ方角を歩きたいね。」
おかしな「強さ」を手に入れたキぺはもちろん「普通」ではないだろう。
それを見越した者がこの見えない渦の中心にキペを据えたにも拘わらず、巻き込まれただけにも拘わらず、その途上で心を折る出来事に出逢わされたにも拘わらず、立ち止まることも逃げ出すことも助けを呼ぶこともなく走る姿は希望に見えた。
これから何かが起き、何かを止められなくとも、この気持ちは誇りとなる。
「おやまー人気者になったねえチペ。きひひ、ボロウ、あんたがウチに入るんならそんときゃ三下チペの下だかんねえっ!」
赤目やボロウたちは便宜上『今日会』と呼ばれているものの、「『今日会』事変」以降、匪裁伐をやめてからそう名乗ってはいなかった。あくまで「忘れな村の一員」なのだ。
そんな肥大化する前の『今日会』を当時のニポは知らなかったが、だから名前のある組織には憧れがあった。
強く強く、もっとぎゅっと繋がれる気がするから。
大切な者たちと、ぎゅっと繋がっていたいから。
そんなあたたかな気持ちが芽生えるも、不気味に続く回廊は不快な湿度と温度をもって剥ぎとってゆく。
ヒトのぬくもりをまるで拒絶するかのように、執拗に。
「・・・どう、どうしたジニっ! 何があったっ?・・・なんだ、これでは・・・っ?」
そううろたえ祭壇の間から後ずさるヒナミに駆け降りてくる複数の足音が聞こえる。
ダイーダ一人ではない。
もしかしたらミガシも来ているのかもしれない。
見つかれば捕まってすべてが終わるだろう。
だがユニローグについて何も知らないヒナミに気の狂ったジニと同じ行動はとれない。
「くっ!・・・どうすれば・・・ジニぃーっ! 応えろぉーっ!」
そこへ。
「あれ? ヒナミさん?・・・なん、なんですかこれっ!」
祭壇の間は水を失って煙を上げ始めたのか、それとも遺志反応でバラ撒かれた胞子の具合でそうなったのか、赤沙による延焼が収まった代わりに視界を阻む濃密な霧が覆っていた。
「なんだいこりゃ、風の神殿の時と同じじゃないかい? こんな温度が一定の地下で水の霧なんざここまで濃くなりゃしないよ。」
熱の上昇気流で空気穴となる天井に吸い上げられるため霧が回廊のこちらまで流れ込んでくることはなかった。しかしこれより進めないことに変わりない。
「ふもぉーんっ。あう、あうえぃ・・・またこれカネ。もうコケで顔を覆うのは堪忍してほしいにーっ!」
あの時はヒマ号がいたから何とかなった。
だがたとえ防毒に利用できるコケが手に入ったとしても霧の中で目を開けられない以上、捜索も調査も望めはしない。
「おいっ、あんた『フロラ』のヒナミだろっ? 風読みはどうしたのさっ!
・・・・もう、中に入ったってのかい?・・・」
目下の最重要人物が見当たらない。
しかしそれもヒナミの引き攣った顔を見れば焦りから不安へとその色を変える。
「・・・ミガシは来ていないのか。・・・ふぅ。キぺくん、どうせ君たちも同じ目的のためにここを訪れたのだろう?
ふ、今更しらばっくれても始まらないからな。わたしもジニもこの先のユニローグや〔ヒヱヰキ〕を探しに来たんだ。そこの女性が言うとおりジニは中に入っていったよ、《六星巡り》を終えた「生き神像」を持ってね。
だが、悲鳴のようなものが聞こえてそれから・・・まったく、なんなんだこれは。」
ジニから《六星巡り》なる儀式については幾らか耳にしていた。ハユをそのいわば人身御供に用いようとしていたことも、それが失敗したときは自分がその実験体になることも。
酔狂な話に聞こえはしても、複雑な準備と神官の名に背く決意がそこに見えたからこそ信じようと思えたのだ。
とはいえこんな五里霧中に叩き込まれるなど考えてもいなかったヒナミにはパニックを抑えるだけでやっとだった。
そこへ、状況を読み取るニポがキペから降りて声を洩らす。
「よっこい。ん、火?・・・ここに草かコケかなんか生えてなかったかい、おっさん。
・・・そうかい。
風の神殿前にあった《膜》でもそこの行商人が説明してくれたろ、実物見るのは初めだけどさ、これがその「遺志反応」かもしれないねえ。」
火影はなくとも温度と焦げた臭いが火器の使用を報せていた。
ここが元々こんなに濃密な「霧」で覆われてたんじゃ儀式なんかできるはずもない、そう巡らせたニポは生焼けを避けた風の神殿での一幕を思い出したようだ。
「遺志反応かぁ。・・・菌とか胞子とかでできたものだったよね、確か。
あの、ヒナミさん、ニポもボロウさんも下がっててください。
・・・たぶん、僕なら行ける。」
「ばか、なに考えて――――」
言い残して立ち入ろうとするキぺをボロウが止めようとするも。
「大丈夫なんだよ、チペは。・・・ん? ちょと待ちなチペっ・・・誰か来・・・風読み?」
過去の例から判断すればキぺの抗体はあくまで風の神殿前の《膜》に効果がある、としか言えないはずだったが、ニポにはキペの自信がそのまま結果を言い当てるものと信じられる。
ならば背中を押してやろうかと思ったその矢先、祭壇の間の霧の中にユラユラと揺れる陰が現れ、そして近付いてきた。
「風読みさま?・・・風読みさまぁーっ!」
仇、のはずだった。
キぺの祖父、にして実の父であるタウロを殺した、仇のはずだった。
それでも今は、この命を奪いかねない霧の中にある者を憎んでいる余裕などない。
助けなければ。
「き、ぺ?・・・きぺええ、・・・・・きぺぇぇぇ、きぺえええええええええっ!」
そう、思ったのだが。
「なん・・・あれがジニなのかヒナミっ?
・・・べ、別人じゃないか。キぺくん用心しろっ! 何かおかしいぞっ!」
ボロウに言われるまでもなくキぺは自然と身構えていた。
違い過ぎたのだ。
自分の知っている風読みジニと。
あまりに。
「うげぇぇっ! なにカネっ! なんのニオイなのカネっ! くさっ、はぐ、・・あおふぅ。」
腐敗したような、それは悪臭だった。
「・・・あいつから、だね。・・・何が起こってんだい。」
一歩二歩とニポたちは下がる。
鼻をつく激臭にというより、
それを放ちまき散らし、
近寄ってくる狂人に怯んでしまう。
「き、っぺぇぇへへ? きふぇえええ。」
霧を抜け、
「・・・ジ、ニ・・・なのか・・・?」
風の神官が姿を現すと、
「か、ぜ読み・・・さま・・・?」
恐怖が奔る。
「腐っ・・・チペ、さわんじゃないよっ!」
ヘドロや何かをぶちまけられたのかと思っていたのだが、それは
「はんぎやああああああっしっ! おんぶずまんっおんぶずまんっ!」
その老人の肉体が放つ汚臭だった。
「き・・・ぷぇぇ、あああああ、・・・ああああきぺええええええっ!」
「ちっ、寄るなバケモノっ!」
手を伸ばすジニにすかさずヒナミは腕に折り畳んでいた簡易式の装弓を足に放つ。
ブレがひどく精度が低い上に三発きりしか打てない護身用だがヒナミはためらいなくニ発目を打ち込みジニの足を吹き飛ばす。
吹き飛んでしまうほど、腐っていたのだ。
「なん・・風読みさまっ! 何があったんですかっ!」
それでもぶしゃぶしゃと肉を鳴らすジニに問いかける。
「ジニは赤沙を撒いてから気が狂っていた。この霧と関係あるかは断言できないが、少なくともわたしはこの通り健全だ。
・・・キぺくん、もういい。そいつはもう、・・・もう、ユニローグはいい。」
石畳にこすれればぶりゅ、と肉片が剥がれて落ちる。
霧のせいならヒナミも同じだがそうではない。
病にしては時間が短かすぎて話にならない。
まったく、ヒトが腐ったその理由がわからない。
そんな未知の恐怖に、育み続けた野望さえ萎えてしまうのは仕方なかった。
「そうだに、もういいに。帰るに。命あってのモノダネなんだにっ!」
一人で引き返すのも怖くなる。
「そうだな。ヒナミ、あんたも来てもらうよ。」
誰だってそうだ。
「だね。・・・こりゃお手上げだし、一応やるこたやったんだしねえ。」
ジニとヒナミの「ユニローグ到達」はこれで防げた。
もう、幕引きで構わない――
「・・きぷぇ・・・んでる・・う、が・・・じ・・・よんで・・」
――はずだった。
「えっ? 風読みさまっ? 今なんてっ?・・・・・」
ばくんばくん。
ばくんばくん。
ただ、ただただ心臓は高鳴る。
「は? 風読みがナニ言ったか知らないけどね、戻るよチペっ!
このままじゃこっちまで・・・ってちょっ、待ちなチペっ!」
よく聞き取れない何かをぼそりと漏らして倒れるジニ。
そのかすかな声を聞きとり、
「ばかっ、だからもういいんだって言ってるだろうキぺくんっ!」
肩を掴むボロウの手を払う。
「みんなは・・・戻ってください。
・・・・僕には、やることがあります。」
拒むにしても今までなら口で伝えてきたキぺの乱暴なそれは、
「キペ・・くん?
な、にを、何をジニに吹き込まれたか知らないがそんな無茶はおれが許さないっ!」
ボロウを怒らせるのではなく、
「ちょ、よしなってボロウっ! 」
悲しませる。
「はわわわ、なんでこの場で仲間割れだに? 上にあがってからじゃダメなのカネ?」
そこでカツンっ!と足の支え木を鳴らして
「あなたじゃ僕を止められない。・・・巻き込みたくないんですよ、ボロウさんっ!」
飛び込んだ瞬間
「自惚れるなっ! 踏んだ場数が違うん・・・・・・・・・ふんぐっ・・・」
誰にも理解できない展開が幕を開ける。
「ボロウっ? ちょっとチペっ! あんた加減ってモンが、
あんた・・・なんだいそりゃ。」
ちょっと押し退けただけの、そのはずのボロウは回廊の向こうへ跳ね飛ばされていた。
一方キペにもそれが意外だったのだろう、うろたえるように泳ぐ目はおろおろとし、やがて編み金服を破るほど膨れた己の腕で止まる。
「・・・なん、だ、そのケタ外れの腕力は・・キぺくん、君は・・・?」
あの時、聖都で風読みやアヒオ、リドミコと話した時に感じた印象とはまるで別モノだった。
その人となり、突き飛ばしておきながら悔いるあたりはそのままのように見えても、異形の姿がヒナミの記憶を否定してしまう。
「僕は・・・僕を知りたいから。
・・・みんなは安全なところに行ってて。お願い。あと、ボロウさんにごめんなさいって言っておいて。」
ジニのようにとち狂ったかと思えばやはりいつもの朴訥とした目立たないあの「キぺ」を見せる。
そんな青年に眼前の《膜》と似た未知の恐怖を覚えるのはヒナミに限ったことではない。
それでも。
「ざけんな三下ぁっ! オカシラ命令が聞けないのかいっ! っく。
なあ・・・・
もう、戻ってきとくれよ。・・・頼むよチペ。あたいはあんたを――――」
その言葉を塞ぐように
「うん。大丈夫、必ず戻るから。・・・だからお願いニポ。きみは戻って。僕はきみ―――」
抱きしめて告げるも
「ふげえぇぇぇぇっ! なんか、なんか霧が動いてまっせっ?」
押し迫る事態がほんわかタイムを許さない。
「ふぅ、キぺくん・・・譲れないようだな。ふ。ならば行け。
わたしたちは見守ることになるだろう、だが安全圏でだ。・・・・罪滅ぼしというわけではないが・・・」
キぺの弟・ハユを利用しようと企てたことを言っているのだろう。
だが結果としてそうなっていないのだからキぺがヒナミを責める理由は特になかった。
「それで構いません、ヒナミさん。ニポとボロウさんを連れて地上まで、っていうのは難しいでしょうからね。ふふ。安全だけ約束してください。
・・・ねぇニポ。
悲しい顔しないで。・・・ごめんね、勝手ばかりで。でもね、僕は知らなくちゃいけないんだ。僕のために。これからの僕が、これまでの僕でいられるために。
わかってニポ。
そしてさ、背中を押してよ。僕のオカシラとして。僕の――――」
そこでぐがががが、と祭壇の間が鳴る。
抱きしめた距離でしか聞こえない声を阻むように、
後には退けない「はじまり」を報せるように。
「・・・くっ。・・・ずるいぞ、そんな、言い方。
っく!
ばかチペっ!
い、い、行ってこぉぉぉぉぉいっ!
でもっ! でもっ! あたいを困らせるなあああああっ!」
口がへの字になって
涙が溢れそうになって
嫌な予感しかしなくって
体を抱く熱い腕に
目の前の顔に
夥しいほどの黒い斑があって
それが赤目の帝王斑と同じじゃなくても
それが「死」だけを連想させても
わずかに聞こえたキペの想いを聞いてしまったから
それを受け入れてしまうから
つらくても悔しくても
信じたくて叶えさせてやりたくって
ニポは強く強く
強く強く
瞳を閉じて
抱きしめる男を突っぱねる。
「ふ、ふふ。・・・はいっ! 行ってきます、オカシラっ!」
そう言っていつもの笑顔を湛えて
胸を締め付ける笑顔を湛えて
ハルトのフラウォルトが
世界を覆す者が
ばか正直で脳天気な牧歌大魔王が
三下のキぺが
「もういいだろう、わたしたちは退くぞっ!」
ヒナミに抱えられるニポに
「ひゃあああ、大賛成だにっ! あれ? ってことはボロウはアタシが連れてくのカネ?」
やっぱりいつもの笑顔で応えて
「無事で戻らねーと承知しないからなああああああああっ!」
霧の中へ
《ロクリエの封路》の中へ
「大丈夫だよニポっ! すぐ戻るからねっ!」
消えてゆく。
誰も信じられない「大丈夫」を翳して。
そして、
答えのすべてをその先に求めて。
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