⑨ 声と力





「副団長っ、北域から・・・旅団?・・・ちが、旅団もいますが・・・こ、これをっ!」


 もう口で説明するのももどかしい監視役は、えい、と遠眼筒を『スケイデュ』副団長に手渡す。


「なんだ?・・・・こ、どういう、・・・なんだ・・・? なんだあの群衆はっ!」


 さんざん上官であるミガシと悪態を突き合ったあのトラノ旅団長は確かにいた。旅団兵もその後ろで誰かを捕えながら続いていた。


 だが、最前列で大手を振って歩いているのは間違いなく『ファウナ』のメトマ、『フロラ』のルマ、そして聞き及ぶ程度でしか知らないシクロロンがいる。


『ファウナ』を象徴したと云われる[五つ目]は確認できずともその肥大化した翅と、なによりメトマ・ルマより一歩先を進む姿を見れば疑いようがない。


「何が起こっているっ?・・・北域でいったい――――」

「副団長っ! 西域から・・・西域に所属不明の集団がっ・・・」


 絶句する副団長にさらなる不安がのしかかる。

 北域での戦闘は治まりこそすれ、列をなして南進する団体の意味も意図もまるでわからないのに、さらにワケのわからない集団が中央域へ向かっているとなるともはや手の施しようがなかった。


「遊団兵よ、私にも貸してはもらえぬか。」


 しれっとお願いするスナロア。

 ぴんと伸ばされた背筋に誇りと自信しか見てとれない荘重な表情が、副団長の隣に立つその老翁をスナロアそのヒトであることを疑わせないからか、何かに、おそらくは良心のようなものに畏まるだけの遊団兵は意志とは無関係に遠眼筒を渡してしまう。


「・・・ほう。これはまた憎いことをしてくれる。


 ふくく、副団長よ案ずるな。西域より来るは我が『なかよし組合』だ。

 先頭をゆくシム人の神徒を知っているなら争いが起こらぬこともまた理解できよう?」


 覗いた先に現れたのはカセインを支持し、スナロアにも従うフロラ系人種とシクロロンに忠誠を誓った元・『ファウナ』の者たち。


 そして彼らを動員して先陣を切るのは神徒シクボだった。


「・・・。皮肉な、ことだ。今はあなたが神徒スナロアであり、その言葉が真実であることだけを祈る自分がいる。

 使命と責任だけではもはや持ち堪えられそうも――――」

「副団長っ!・・・・こ・・と、東域から・・・もう、どう、したら・・・」


 再び副団長の呟きは監視役の「発見」に遮られる。


 そして遠眼筒を覗いた副団長はほんのり放心状態となる。


「今度はなん・・・っ!・・・・・・いい。もういい。

 神徒スナロア、我らが光明。どうか、もうどうか説明をいただきたい。」


 分からないことと分かれないことが次から次へと畳み掛けてくる現状。

 もはやただひとり落ち着き払うその男に委ねる以外に把握する手立てはなかった。


「副団長っ!・・・配備はっ?」 


 どしん、どしん、どしん。


「神徒スナロア、・・・お導きをっ!」


 東域から地響きを思わせる足音を鳴らして走ってくるのは


「それは先に説いたはずだ副遊団長。貴公らは目撃すると言ったではないか。

 奇跡、というものを。」


 コマ・ヒマ号を置いて単独で走らせたテンプの操るカクシ号。


「・・・見届けろ、と? これをただ、見届けろと?」


 もう、守るも闘うもへったくれもない。

 精鋭揃いとはいえ兵を割った『スケイデュ』に北域・西域からくる頭数、東域から走ってくる装甲人形に抗して生き残れる可能性などなかったのだから。


「そうだ。貴公らも含め誰もが求める世界を拓く、その瞬間がまもなく訪れる。

 目を逸らすことなく見届ければよい。


 我らの長が、経験も知恵も知識も成熟しきらぬ一人の少女が翻すその瞬間を見つめることこそが、貴公らの責務なのだ。

 誇れ。これより目の当たりにするのは歴史という名の絶景だ。」


 そう諭すスナロアへ、東域からやってきた大巨人が声を投げる。


「「どいてくださあぁーーー・・・え、なにパシェちゃん? え? スナロア様?」」


 望遠もにたを確認するパシェに呼び留められたテンプは速度をゆるめて議閣前に集う『スケイデュ』の元へと歩き、そして背に乗る者たちを導くべくカクシ号の手を地面に下ろす。


「なんっ?・・・ダジュボイ老だと?・・・神徒スナロアこれはっ?」


 兵たちは降り立つ面々にただ驚きスナロアを仰ぐ。


「ふフ、なンノ騒ぎカと思エバ・・・」


 その豪快な足音に驚いて医法院を抜け出たコリノに、スナロアは「事情を話してやってくれ」とひとつ頷く。


 そして顔を上げれば感じる、わずかな日巡り前に別れたばかりの「仲間」たちの気配にほころぶものもあったのだろう、再び微笑を浮かべてねぎらいの言葉を掛ける。


「ご苦労だったなテンプ。ベゼル、怪我の具合が良くなったように見えるな。・・・ふくく、そうか。


 それにパシェ。幼い身でこの者たちを手伝ってくれたようだな。礼を言うぞ。


 そしてダジュボイ。よくやってくれた。


 ふくく。我らの光明は先刻到着済みで無事なようだ。後を追いたいところだが・・・見えるな? 我らの為すべき役割の道のりが。」


 手が離せないテンプはカクシ号と一緒に頭を垂れ、まだ足元の覚束ないベゼルもその肩から声の主に膝をつく。スナロアがどんな人物なのかはよく知らないものの、テンプたちがそうするので降りてきたパシェもそれに倣う。


 残るダジュボイは西域から来る『なかよし組合』、そして北域からぞろぞろと向かってくる一団に目を向け、くくくと笑う。


「兄・・スナロア。・・・いや、聞かぬが華か?」


 一見すれば聖都中央域にとんでもない数の隊列が押し掛けてくるその様は血を招く革命を思わせたが、スナロアの安堵のような、期待のような面持ちに気付くと力が抜けてしまうようだ。


 訊ねたいことが山のようにあるのに、でもそれはきっとこれから知ることになるだろう、そう思えてしまうから。


 そして。


「はぁー。ようやく着きましたね。あ、すみませんね、みなさん。私たちだけ馬に乗ってしまって。」


 神徒だから、というより老いた体であるためシクボだけは馬で登場する。


 他の『なかよし組合』員はといえば走ったり歩いたりで聖都まで来たらしい。

 そうできたのは何も武装していなかったからだろう。


「オマエまで来るとなるといよいよだな。


 しっかし『ファウナ』の残党ってのはわかるがよシクボ、ユクジモ人まで一緒とは。くっくっく。神徒が二人も揃えば当然か?」


 馬を操る若いユクジモ人の助けを得て、よいしょ、とそこでシクボも大地を踏む。


「いえいえ、彼らを呼んでくれたのはカセインさんですよダジュボイ。

 それに、これは私やスナロアの手柄ではありません。ふふ、それもじきに解るでしょう。」


 自分を推して神徒を拒んだ男にシクボは笑いかける。

 シクロロンの自慢話はこの総決算を終えた後にでもとっておくつもりなのだろう。


「相変わらずの曲者だなシクボ。我らが組合長は「守れ」と命じたはずではなかったか?」


 動きを見せたメトマの『ファウナ』に闘いを挑まれては困る、とシクロロンは『なかよし組合』員の安全確保をシクボに言い渡していた。

 それを押しやって端から端まで全員を連れてきてしまったのだから手に負えない。


「ええ、確かにそう命じられましたね。


 しかし応援に来るなとは言われてなかった気がしますよスナロア? 

 ふふ、私はあなたと違って規範を乱すことなどした試しがありませんからね。ふふふ。」


 数がどうではなく、ファウナ系人種とフロラ系人種を共に歩かせることこそが『なかよし組合』の理念を見る者すべてに伝えられると読んで行動したらしい。


 そして。


「ほー、よく言うぜ神徒サマ。

 くくく。で、アレだろ? オマエがヤられた噂の組合長サマってのは。」


『なかよし組合』を凌ぐ規模の、そして人種だけでなく思想さえも異なる『フロラ』と『ファウナ』、さらに兵団員たちさえ従えた、噂の組合長がようやっとこちらへ到着する。


「んあっ! シロロのアネさんだっ!」


 メトマたちにいいように使われていた元『ファウナ革命戦線』の長。

 しかしパシェにとっては風の神殿調査から帰ったあと、まっさきに自分の心配をしてくれたやさしい「アネさん」だった。


「・・・なんだ、これは・・・

 旅団が、『ファウナ』が、『フロラ』が・・・これは・・・?」


 旅団員の数だけ囚われた「罪人」はいる。


 しかしその者を取り返そうと争う様子が微塵もない。


 そればかりか『ファウナ』も『フロラ』も旅団員も捕まった者たちも


 どこか垢抜けたような、希望を胸に秘めたような明るい表情で


 先頭をゆく四人に従っていた。


「あーあー。でっかいのまで来ちゃってもう。

 ・・・おや、クソ娘も元気そうじゃないか。くく。」


 パシェもその視線に気付いたようで、あっちの方から「ひさしぶりだなネクラーっ!」と声を上げている。

 ハクはそっと、黒刀に手を伸ばしたそうな。


「おーおー。向こうもごちゃごちゃしてんなー。あん? ナス麿のヤツ真ん中陣取ってっぺな。はっかっかっか。あいつ実は偉いヤツなのかもなー。な、ハクラ。」


 北域に残された負傷兵も気掛かりとはいえ、やはりそこは『なかよし組合』保健係係長ということでその組合長についてくることにしたらしい。


「な?・・ナス麿?・・・スナロアのことかっ? なんだ、なんだこの無礼千万な娘はっ!」


 はっはっは、誰だよナス麿、と思ってあっちの真ん中を見たらこんにゃろー、となったキビジ。

 キビジは小さいだけだがシーヤは童顔だから子どもに見えてしまう。


「いーじゃねぇかキビジさんよぉ。十の四巡りもすりゃいー女になりそうだぜ?

 かはは。しかしハクにそんなシュミがあったとはな。」


 おーでっかいの、いいこと言うじゃねーか、とまんざらでもないシーヤと、バカ言うなっ、それにこいつはもういい歳だぞ、とハクがデイに返す。


 そこにいる誰も、『ファウナ』のデイが『フロラ』のキビジに声を掛けたことを不思議に思わなくなっていた。



 ざん、ざん、ざん。



 そして寄り集まった大集団は議閣前に集う『スケイデュ』『なかよし組合』『今日会』、それからスナロア・シクボ・ダジュボイという怒涛の顔ぶれの前で前進をやめる。


「ど・・どうなっているのだ旅団長殿っ! これは・・いったい・・・」


 口火を切ったのは『スケイデュ』副団長。


「争いを治めて戻ってきた、といったところか。

 こちらも訊ねたいことがあるのだが・・・まぁ事の顛末を見守らせてもらうとしよう。」


 もう暴動は起こらない。


 そう確信できる静寂は、恐怖や力で押し黙らせたそれとはまるで別だった。


 その原因、その最たる「理由」が一歩前へ出て言葉を紡ぐ。


「任務ご苦労さま、スナロア御意見役。

 それに、来てしまったのですねシクボ相談番。

 それからお久しぶり、でもないですね、ダジュボイさん、パシェちゃん、それと確か、ベゼルさんにテンプさん。


 ふぅ・・・

 時は、機は熟しましたっ!


 全てはここにいるみなさんのおかげですっ! ありがとうございましたっ!」


 あっちに、そしてこっちにシクロロンは頭を下げる。


「フンっ。これからだろうがっ!


 ・・・父う、スナロア。これでバカロロンがしくじったらその時は我らと共に来てもらうぞっ!」


 腕を組みそっぽを向くルマはそう言ってのける。

 でもどこか、このうねりに身を置く自分が誇らしげだ。


「ずいぶんな品揃えのようだが頓挫すればそれまで。我ら『ファウナ』の正義を説くにはちょうどよい場となるだけだ。」


 そこでどうやら戦闘が始まる気配のない様子に、隠れていた住民や観光客はここでもやはりそろりそろりと出てきて視線を注ぎ聞き耳を立てている。


「あなたなら大丈夫ですよ、シクロロン。」


 さすがの神徒も息を呑む。

 だが、囁くシクボの祈りはシクボだけのものではなかった。


「オレたちでさえも脇役だな、こりゃーよ。

 ・・・くくく。重いな。これが歴史ってモンなんだろうな。」


 笑う頬も震えてくる。

 この押し潰されそうな沈黙を纏う重圧に、ダジュボイですら鳥肌が立つ。


「確かにな。ふくく、しかし脇役には脇役の仕事がある。そして主役には主役の、な。」


 議閣前の開けた道には今、黒々とヒトが連なり重なり集まっていた。


 見守り、そして見届けるために。


 その沈黙はだから


 一人の「兆し」の声を待つ。


 そして


 ありったけの勇気を誰よりも


 誰よりも振り絞る


 丸腰の少女が


 解き放つ。


「みなさんっ! 初めましてとお久しぶりですっ!


 私は『なかよし組合』の組合長・シクロロンと申しますっ!



 見渡してくださいっ! 


 そして心に刻んでくださいっ!

 この真実をっ! この現実をっ!


 誰もが無理だと諦めた、でも誰もが夢みた世界がこの景色なのっ!


 確かに今この時はおっかなびっくりが手伝っているだけかもしれないっ!


 でも今までにおっかなびっくりでこれだけ対立する組織が、人種が、部族がひとところ集まったことがありますかっ?


 それにただ搔き集めて並べただけじゃないっ! 誰も武器を向け合っていないのっ!


 もちろん私たち『なかよし組合』の目指す本当の「なかよし」にこの状況がそぐうとは思ってませんっ!


 だけど、だけどこれはれっきとした「はじまり」だわっ!


 憎み合い傷つけ合った過去を水に流せとは言いません。言えませんっ!


 でもっ!


 それよりも大切にしてほしいのは今と未来なのっ!


 存在して覆せない「過去」と夢見る理想の「未来」はどんなに隔たりがあったとしても「今」で繋ぐことができるのっ!


 大変ですっ! 難儀ですっ! 泣きごとだって言いたくもなりますっ!


 だけどその努力をどうか怠らないでっ!


 過去に縛られていたら未来へは届かないわっ!

 未来にしがみついて過去を軽んじれば上辺だけになるわっ!


 だからっ!


 だからそのむつかしくて繊細で大胆な問題に「今」を導くことのできる私たちが取り組まなくちゃいけないのっ!


 どうか哂わないでっ!

 どうか諦めないでっ!


 私ひとりじゃ不可能だったこの光景を見つめて感じてっ!


 そして信じてっ!


 できるのよっ! 私たちなら、・・・私たちだから、できることなのっ!」


 けほ、けほ、と咳きこむシクロロンの声はその思いの分だけ鳴り響く。


 だから届いた。

 その場にいるすべての者へ、言葉は届いた。


「それで終いかバカロロンっ!」


 それでもまだ、


「足りぬな。腹を煮やした我らの怒りがその程度で片付けられては話にならぬ。」


 心には、まだ。


「「シクロロンさんっ、カクシのすぴーかを使ってっ! あなたの言葉はここだけでなく聖都の広くにまで届かせなきゃっ!」


 フラウォルトのコロナィで共に行動しただけで「見知った」というには頼りないテンプだったが、シクロロンの言わんとすること、その熱意に胸を打たれてカクシ号の頭をゆっくりとそちらへ向ける。


「まだ、その声を、涸らせてくれるなよ、シクロロンさんよ。聞かせてくれ。聞かせて、やってくれ。


 医法院には、俺たち忘れな村の、長も来てる、ってよ。けけ。聞かせて、やってくれ。それが、なによりの、薬になる。」


 赤目やウィヨカが来たこと、今は医法院で寝ていることはコリノから聞いたようだ。


 しかしだから、その意味や意義、志はシクロロンの理想に集約されている。


 聞こえずとも届けば、そうでなくとも民に広く伝われば、そのすべてが報われることになる。

 ベゼルはそう信じ、シクロロンを迎える。


「「ありがとう、テンプさん、ベゼルさん。・・・あ、これすごいですね。うわ、すごい声がおっきくなるっ!

 あ、テンプさん、パシェちゃんがやってたんですけどコレとは逆にみんなの声って集められます? それも全部おっきな声にしたいんですっ!


 ・・・ふふ、いいんです。みんなで意見を出し合って、考え合って、そして分かち合うのが私の望みですから。


 私ひとりの思いや考えに誰もが賛成するなんて思ってません。


 知恵も知識も経験もない私だから、組織を率い、組織に身を置き、希望や願いを携えてこの場に辿り着いた方々の率直な言葉が必要なのです。


 力を貸して。言葉を貸して。


 それらのひとつひとつが未来への宝物なんですから。」」


 この日巡りでの酷使がたたり割れ始めたシクロロンの声はしかし、不思議な潤いを湛えて響き渡る。


 議閣前の大通りに。


 中央区のすべてに。


 そこにいる者の、心の中に。


「「ならばどう後始末をつけるつもりだシクロロンとやら。

 現に聖都はこの者たちにより傷つけられたのだぞ。旅団に捕縛されているのがその証左。


 罪人を率いて未来を語るとは噴飯モノだな。」」


 ミガシに比べれば細身の副団長が尋ねる。

 集音機能の優れたすぴーかはそれをもれなく広げて轟かせる。


「「北域でも話しましたがそれはいずれ裁かせます。しかし民に、です。

 そしてその前に彼らがこうしなければならなかった理由、統府の怠慢を糾弾します。」」


「「だが誰にそれを指示するというのだシクロロン組合長よ。

 こうして声を集めれば、とそなたは言うが実際に動かなかったのが統府なのだぞっ!」」


 間髪入れずにメトマが放つ。


 確かにここにいるすべての者が結束すれば過去に例を見ない大きな声となろう。


 しかし権力もないシクロロン、そして並び立つ「数」ごときに統府が易々と耳を傾けてくれるとは思えない。


「「それを動かすためにみなさんの協力を求めるのです。『ファウナ』や『フロラ』の言うことも立派な事実なのですから、民にきちんと説明して――――」」

「「説明で民が動くならとっくに動いて解決しているだろうがっ!


 未だ動かぬのは己で選んだ統府に民がいいように操られているからだとまだ分からんのかバカロロンっ! 


 支配も導きも権力なくしてどうして叶う道理があるっ! お前が今ここで発言できることとて組合長の肩書きがあるからなのだぞっ!

 それが権力っ! それが発言権にして最大の支配力なのだっ!」」


 あくまで民の声から、と説くシクロロンの欠陥を喝破する。


 ルマの言うとおり、シクロロンがこうして思いの丈を謳えるのは組合長という権力の行使者だからだ。

 ここへ集う者が耳を傾け武器から手を離している現状もしかり。


 だからこそ「王座に就く」とも言及しないシクロロンの言葉には具体性が欠けている。


「「それは・・そう、ですけど。・・・でも、・・・」」


 これが限界というものだった。


 知恵と知識を持たない少女の、


 それが限界だった。



「さ、花形さん。出番ですよ。ふふふ。」


 だから。


「ケっ、アンタは脇役じゃ使いモンにならねーんだよ。くくく。」


 知恵を知識を、

 そして人徳を兼ねた者がそれを補う。


 シクロロンの、その「限界」を補う。


「「ふくく、・・・わかったシクボ、ダジュボイ。


 ・・・では静聴願おうっ!


 聞こえているなウルアっ!


 そして議会長も近くにいるだろうっ! そなたらもよく聞いておくのだっ!



 さて。


 この聖都の、アゲパン大陸の行政を司る最高権力者は誰だ?


 答えられるな、メトマ、ルマ。」」


 ここまでよくやった、と告げる手をシクロロンの肩にそっと載せ、


 スナロアが動き出す。


「「教皇、と答えればよいのかスナロア。」」

「「ロウツだろ?・・・父う・・・・・・そん・・?」」


 正解はロウツ教皇。


 両者ともに大正解だった。


 だから。


「「察しが良いなルマ。

 ふくく、私は今この時をもって『なかよし組合』を脱退し御意見役を返上するっ!」」


 遠く推移を覗き見ていたウルアも議会長も、その「予感」に自然と目は見開かれてゆく。


「「・・・スナロア、御意見・・・えっ? え?・・・いえ、・・・いえっ、それこそ・・・」」


 ルマと同じく「それ」を知るシクロロンは、戸惑いの後に希望をみる。

 本当はスナロアとても望んでいないやり方だった。


 しかしいま自分に求められていること、為さねばならない大義のためにはその決断こそが答えなのだ。


「「よく聞け皆の者っ! ここにいるべきロウツは死んだっ! フラウォルトのコロナィにてっ!」」


 どよめきが立つ。


 聖都の、このアゲパン大陸を統治する者が死んだと知らされたのだから。


 そしてそれは真実だった。

 誰あろうスナロアがそう告げたのだから。


「「もう理解できるであろうっ! つまりはこれより教皇を新たに選ばねばならぬっ!」」


 拍動が耳をつんざく。


 見開いた目を、大きく広げられた耳を閉ざして塞いでしまいたいのが最有力候補のウルアだ。


「「統府と教会の協議で選ばれる統治者、その教皇というものにっ、私が名乗り出るっ!」」


 候補となるためには神徒・神官・統府の過半数のいずれか一つ以上の推薦を必要とするものの、神徒シクボの推挙は明らかだ。


 さらにスナロアは教会で絶対的な信頼があるため神官からも二つ返事で推挙・応援を取り付けられる。


 それだけではない。薄汚れた統府議員ですらもこの絶大な人気を誇るスナロアに票を入れなければ明日の我が身も怪しくなる。


 裏方黒子の実力者として君臨してきたウルアを相手にしたとしても、それはもう揺るぎない決定に他ならなかった。


「「無論、『なかよし組合』とは縁を断ち貴公ら『ファウナ』『フロラ』、それから忘れな村とも対等な距離を以って望む所存。


 だが離脱するとはいえ私も力で事を押し通す手法には賛同できぬ。


 言論に未来を託すなら聞こう。そして調整を図った上で下すべき決断を下そうっ!


 ・・・・これでどうだ、ルマ、メトマ。


 民を導く権力に私は手を伸ばすっ!


『なかよし組合』組合長・シクロロンとは理想を共にするがその指図は受けぬっ!

 私が教皇となるっ!


 そして民の声を統府議会に反映させるっ! 説明を加えてなっ!


 これでもまだ不満のある者はいるかっ? その不満すらも私は汲みとるつもりだっ!


 私は民と共に聖都を、アゲパン大陸を再建するっ! 血も憎しみも悲しみも廃するっ!


 この決意に賛じる者は声を上げ武器を捨てよっ!


 守るものは守り、変えるものは変えるっ!


 これまで望まれながらも叶わなかった平等と正義をっ、


 今ここに宣言するっ!」」



 耳に気持ちよく響く美声が鳴って


 そのこだまが街の奥に消え去って


 紡がれた言葉の意味が理解できて


 鎮まり返ったその場所が


 奮い立つ兵たちの希望が


 目の醒めた民の希求が


「うおおおおおおおおおおおおっ!」


 一瞬の後


「待ってたぞおおおおおおおおっ!」


 わずかな時間の熟慮の後


「やれえええええええええええっ!」


 解き放たれる。


「スナロア教皇おおおおおおおっ!」


 やや気の早いものもある。


「変えてくれええええええええっ!」


 隠れていた賛同者も声を上げる。


 それは


「なんだこれは。・・・・・・これは、頓挫というべきなのか悩むな。月のひと巡りほど。」


 もうどんな声さえ聞こえないほど


「フンっ! 我が父が教皇になれば『フロラ』は安泰ということだっ!」


 シクロロンが脇役になってしまうほど


「これが希望というものなのでしょうね。・・・まだ何も解決していないのに、解決できる兆ししかありませんよ。ふふふ。」


 ごちゃ混ぜの群衆が


「どっかの誰かが引っ張り込んだモンだったらこーはなんねぇべな。それぞれが思うモンに共鳴すっからこーなんだっぺした。」


 ひとつになる。


「・・・スナロア・・さま。・・・・なんと言ったら・・」


 主役はもうシクロロンではなくスナロアになっている。


 でも。


「ふくく。正直、私もなれるかどうか、務まるかどうかも解らぬよシクロロン。


 しかし、私をこうさせてしまったのはシクロロン、他ならぬ貴公なのだ。貴公の、美しい理想なのだ。


 私はこれから貴公とは袂を分かつ。特定組織の幹部では公平に反するのでな。


 だが心はいつでも通じ合える。私を導いた若き長よ。私の拾えぬ声を、頼むぞ。」


 大歓声に沸く大通りを、怯えた目で眺めるウルアはただ、たじろぐだけだった。


「はい。・・・でも、私にはまだしたいことがありますので。」


 そう言って身を引くシクロロンに


「はいはいはいはい。わかりましたよ、ボクも行きますから。ったく。


 はぁ・・・お疲れさまでした、シクロロンさん。」


 すっとハクが寄り添う。


「あんさんすげーなナス麿っ! なんだ、教皇になんのかー・・・・

 痛てっ! 何すんだネクラハクラっ!」


 まだわかんないのか、と小突くハク。

 スナロア自体は自分をただの老人として見てくれるシーヤは嫌いじゃなかった。


「ふくく。愉快だな。・・・だがそれはそうとシクロロン、それは私の責務でもある。

 ・・・ゆくぞ、旧大聖廟へっ!」


 聖都襲撃の収束と同じく重きを置いていたのが「ユニローグ」と「フローダイムの計画阻止」だ。


 歳の離れたユクジモ人とシム人の二人、それからその後に続いてくるハクとシーヤは沸き立つ群衆を抜けて旧大聖廟へと走った。


 それに気付いたパシェとルマ、ダジュボイを引き連れることとなって。

 

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