⑦ ジニの野望と大きな野心





「あ~んにきぃ~にカんネ貸っしたっ♪・・・およっ、誰カネっ? こんな所に何の用カネっ?」


 陽気に歌う行商人は通路を照らす火燈りをこちらへ駆けてくる足音に向ける。


「おや、これは奇遇ですね行商人ダイーダ。


 はて、こんな所に何の用とは本来私が尋ねるべきものではないでしょうか?」


 財アンド宝を訪ねて立ち入り禁止区内に入ってきましたとは言えないダイーダ。

 確かにすべてに顔パスの風の神官から見れば不審なのはダイーダの方だから。


「おん? あー、この辺のコケを食べる虫を食べるネズミというのがだなや、滋養強壮と肉体疲労時の栄養補給にうってつけと評判が高いのでなぃ。禁止区域とはいえそこはしかし行商人。罰を恐れていい薬材など手に入らないのだなや。おぅ、こんなところに珍しい草が・・・」


 しらじらしい言い訳にしか聞こえないものの、こういう輩の場合まったくのデタラメと切って捨てるわけにもいかないため「他に干渉しない風」である神官も注意に戸惑う。


「そうですか。しかし奥は危険とのことですから深追いは進めませんねぇ。おっと、我々は急ぐので。それではあなたにも良い風が吹きますよう。」


 ヒナミの殺意に勘付いたジニは急ぎ通路の奥を目指して走る。


 目撃者を消しておくに越したことはないものの、行商人ダイーダの証言ならば「あれは金のためのウソだった」と風の神官が説けば済むので気に病むこともない。まず何より外部の者とかかずらいたくなかったのだ。

 死体が出ればこの場所へ捜査が及ぶうえ、次第によっては嫌疑もかけられなくはない。

 ユニローグ到達、あるいは取得がこの一度で完了するかどうかも見えない中で無闇に騒がれることは是が非でも避けたかった。


「先の者、大丈夫だろうかジニ。それにあの落下物はなんだったのだ?」


 あの騒ぎによりハユを手放したことでユニローグへの道のりは険しくなったはず。

 その不安がヒナミを焦らせてしまう。


「おそらくは〔ろぼ〕でしょう。ですがあれだけ目立てばミガシが黙って見過ごすはずがありませんから心配ないでしょうね。それにダイーダの扱いは後でどうとでもなりますよ。


 まぁ一番の懸案事項はハユの喪失ですが、なに、最悪の場合は私がやります。

 ふふ。私にも《オールド・ハート》はあるのですから。」


〈色の契約〉を結んだジニだからこそ〝嘘見〟という技術が使えるのだ。


「ジニ。本当にこの先に〔ヒヱヰキ〕などあるのか? 既に調査済みの、こんな場所に。」


 地下を通って今は儀式用の大きな螺旋状の回廊を下っている。

 ヒナミの用意で明かりは焚いていたが、まつわりつく闇が焦りと不安を掻き立ててしまう。


「正確にはあるかどうか判りませんよ。しかしその秘密は手にできるはずです。


 明かされてよいものならとうに知られているのに、検閲を避けてまで残されてきたのが《ロクリエの封路》の先にあるものなのですから。


〔ヒヱヰキ〕に限らず〔魔法〕や〔光水〕といった謎の答えがユニローグを求めさせる最大の理由。

 世界を覆せる秘密を手にできるだけでも私は大収穫だと思いますよ?」


 この世界をたとえば滅ぼせる武器が手にできても、その力で拓く平和などうたかたの夢に過ぎないだろう。

 そして使うことがないに越したことのない武器はその強大な力ゆえに求める者たちを引き寄せる結果を招き、必ず疑心暗鬼を生み出すはずだ。


 そのため具体物としての力より、触れることも奪うこともできない秘密や事実といったものの方がまだ扱いやすいというのも理屈だった。

 知恵や知識、地位や人柄という形を伴わないものを用いて『フローダイム』を組織したジニだからこその見解も、「武器」を求めるヒナミにはいまひとつ納得できなかったようだ。

 なぜなら強大な力を求めてジニにすり寄り奪い取る気でいる「疑心暗鬼」となる存在が、ヒナミ自身なのだから。


「・・・。それにしてもずいぶん長いな。かなり降りてきたのに苦しくならないのも不思議だ。」


 四角の螺旋回廊を深くまで降りているし、空気穴らしきものも見当たらないのに呼吸は楽だった。そしてミガシのような大男では苦労するほど狭い回廊に目印となるものはない。

 だからだろう、静寂に響く足音だけの闇の路は畏怖や緊張を呼び覚まして平静を妨げてゆく。このような回廊を神官と従者・教皇や関係者だけで黙々と祭壇へ向かえば、それだけで日常から隔離された神域なるものを感じざるを得ないはず。


「祭壇に行けばわかりますよ。・・・・さて、と。あなたは初めてでしたね、ヒナミ。」


 かすかに青臭いというのか、森を思わせる香りが漂い始めてすぐ声の抜ける広い祭壇の間にジニたちは辿り着く。


 門扉のないそこは石畳が広がり、部屋の隅に水路が流れるだけのコケの部屋だった。


 目を引くものと言えば祭壇の先にある祭器と、水路でほろほろと崩れ落ちた過去の神像、そして神像と同じ形の黒光りする「バファ鉄製モニュメント」だけだ。


「これは・・・ヒカリゴケ? それに水路? あのタマゴのようなトリのような金属の塊も神像なのか・・・?


 にしても高い天井だ。そうか、回廊はこの高い吹き抜けを囲うように続いていたのか。」


 それは風の神殿でキぺたちが見た光景に似ていたものの、こぼれる光は比にならなかった。


「祭壇とそこに続く通路以外のすべてを覆うヒカリゴケが意味するもの。

 それは神聖と禁忌です。


 おわかりでしょう、ヒナミ。

 過去学術団が調査したといってもこれらを剝ぎとり天井までくまなく調べたわけがないのですよ。

 いえもちろん調べはしたでしょう、壁や床に文様はないか、文字はないか、記号は隠されていないか、祭壇の上にある水の張られた木皿も、水路に順に置かれ腐った神像や、その本家とも云える純バファ鉄製の「大神像」についても。ふふふ。


 ところでヒナミ、あなたなら大事なものをどこへ隠します?

 誰にもわからない、自分からかけ離れた推測の及ばない場所?

 それとも己で守り管理できる身近な場所?


 遠ければ知られにくいですが暴かれれば守れません。近ければ知られますがその身を賭してでも守れます。


 難しいですよねぇ。だから学者も私たちも悩んだのです。あるいはその中間に位置する「場所」というものを探して。


 ふふ。答えは単純だったのです。

 自分の墓に持っていく、というものだったのですよ。」



 確かに「隠し場所」としては挙げた二例が最もポピュラーな選択肢になるだろう。いくらかのバリエーションはあっても、肌身離さず守り抜くか行きずりの洞穴に隠すかとなる。その他にダミーを造っておくのも常套手段か。


 ただ、ジニの言っていることはよく解らなかった。

 墓では宝を守ることもできず、また誰にでも見当がついてしまうのではないか、と。


「ジニ、ここは誰もが知るロクリエ王の陵だ。ある程度の財宝が装飾品として埋葬されているだろうとは学者でなくとも思い至るのではないか?

 現に盗掘の跡なのか打ち砕かれた壁もある。あの祭壇くらいしか残されていないことが・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど。」


 まるで飾り気のない祭壇には壁に設えられた木皿があるばかりでその他には何もない。

 もう、盗られたのだ。既に。


「そういうことです。ここにはそれなりにあったはずなのですよ、は。


 そしてそれを誰かが盗む、または盗まれた、その事実を公表する。するとここには「もう財宝がない」と言えるのです。


 ありそうな場所に「財宝はない」といっても誰も信じません。ですが実際に、それも大変な額にあたるそれを奪われた後ならば信じるしかないでしょう。


 無論「まだある」と探そうとする者も中にはいるでしょうが、ふふ、それを極端に減らしてしまうのが大聖廟なのです。


 あなたもご存知でしょう? 

 ロクリエ王は死んだのではなく、のです。


 そこから「塵積みの玉座」なる慣用句も生まれたわけですが、ここに王は眠っていないのですよ。


 だからこそ「消え去った王を悼む」程度の財宝しかなくてもよほどの勉強不足でなければ盗賊はもうやってこない。そして棺もないこの建造物からロクリエ王を探し出そうとする学者も現れない。


 財宝も歴史の魅力も失ったこの大聖廟という場所はしかし、貴重であるがゆえに守られ続ける。


 宝がないと確定され掘り返される危険も回避したこの遺産こそ、「大事なもの」を隠すにはもってこいというわけですね。」


 学者に教えられるがまま鵜呑みにしていてはこうまで捻くれた発想には至らないだろう。


 解古学だけに限らぬ広範な知識がなければ同じ推測を得られたとしても二の足を踏むだけだ。つまはじきにされた解古学者が人目を忍んで研究した例はあれども、その多くは単独行動にして短時間の作業だったに違いない。


 その点、風の神官であるジニはもう幾度もこの祭壇の間を訪れていたし、目の利かない彼の「目」となる協力者も従者の中に紛れさせていたはず。

 さらに〝嘘見〟を持つジニが相手でははぐらかすこともできないのだから状況の把握は忍び込んだ学者より正確で精緻となる。


「そう、わたしもそう思ったのだが、とすればロクリエ王はそこまで見込んで失踪したと?


 ・・・いや待てジニ、では《ロクリエの封路》はどこにある?」


 隠し場所の話だけで考えれば臆見の域で「この場所」を特定することはできる。

 しかし問題はそのあとだ。


 隠し扉でもあれば別だがそれくらいなら盗賊も学術団も見つけられるはず。

 なのにそれらしきものがどこにも見当たらないから弱ってしまう。


「ふふ。設問は間違っていませんが正解ではありませんねヒナミ。


 問いを立てるなら、、です。


 ここまで腐心して作り上げた「宝箱」をほっぽり出して行方をくらますというのはいささか納得のいくものではありませんからねぇ。


 で、と。

 これからそれを探しにゆくのですよ。ええ、もちろんそこに《ロクリエの封路》があるのです。


 さ、ヒナミ。向こうの水路の口を服で塞いでください。

 終わったら手伝ってくださいね。赤沙を撒きますから。」


 壁伝いの水路を止める装置はないので何かで流れを堰き止める必要があった。


 ただそれで何が始まるよりなにより、その暴挙にヒナミは耳を疑う。


 水に触れると熱を発し、大量の水と交われば発火さえする危険物が「赤沙」だ。

 そんなものをバラ撒けばこの祭壇の間はほどなく炎に包まれてしまう。


「そ、待てジニっ。コケが邪魔ならば刈るなり毟るなりすれば・・・いや。」


 水路の入り口を服で塞ぐヒナミは赤沙を撒き始めたジニに声を張る。


「ふふ。あなたも『フローダイム』でやっていけそうですねヒナミ。

 そうなんですよ、誰も「焼く」なんて考えないものなんです。なにせこの壮麗なるヒカリゴケの景色は、あまりに神聖でそんな野蛮を許さぬ禁忌に満ち満ちていますから。


 しかし。ふふ。確か十円前でしたかねぇ、ここで火災の「事故」があって。


 それで気付いたんですよ。


 霊像は二円に一度、各神殿に祀られますが神像は十円に一度です。焼き払われてからずいぶん経ち、ようやくこの規模にまでヒカリゴケが育ってくれました。


 待ちましたよ。

 今のこの時期を狙ったのは、まぁ都合がよかったこともありますかね。

 もちろん一度はよそで取ったヒカリゴケをここで焼こうかとも思ったのですけど、しくじれば怪しまれてもう二度と試すことはできません。

 といってここのヒカリゴケが再生してくれる保証もなかったのですから生きた心地がしませんでしたよ。


 ・・・私も植物の生態には詳しくないのですがね、調べによると環境に応じて変異しやすいヒカリゴケは、生焼きにすると危機を察知して「遺志反応」という異質な繁殖方法を取るらしいのです。


 ただ、それ以上のことはわかりません。

 ふふ、ただし試す価値は十二分にあると確信しています。」


 誰も《ロクリエの封路》にさえ辿り着けない理由がここで明らかになる。


 こっそり盗みに入る者が、また貴重な資料を見つけに来る学者が、こんなところで邪魔だからといって火を放つはずがない。

 彼らは刈り、毟って取り除いたからこそ、わざわざ水路を引いて「飼われて」きたこの「ヒカリゴケの遺志反応」を見たことはないのだ。


「・・ふふ、立ち聞きならばヨタ話にも聞こえるがジニ、あなたが話すと疑う気が失せてしまうな。

 確かにここに息づき、焼き払われてなお蘇るヒカリゴケが「番人」であるなら、やがて死に、任も解かれる家来より長く守り続けてくれる。


 先見の明しかり、命の営みを巧みに操る術しかり。やはり台王の「魔法使い」の名は伊達ではなかったということか。」


「場所」がそのまま宝箱ならば秘密もへったくれもない。


 しかし魔法使いロクリエ王は「状況」こそを宝箱に選んだのだ。


「そう考えるのが私の知識のすべてに矛盾が生じない結末なんですよ。


 ・・・っ! 

 これは・・・音? なにか、始まったようですねヒナミ。」


 焼くといってもただ火をくべるだけでは水に浸ったヒカリゴケを「生焼け」にはできない。赤沙か、それに代わる方法を取らねばならないということだ。


 つまりそれは「生焼け」にする、という明確な目的を持って準備しなければ導けない展開だった。


 そしてそれが今、始まっている。


「コケが音をっ?・・・なんだ、壁に・・隙間が・・・水?」


 音というより振動に近いそれは見渡す限りを覆い尽くすヒカリゴケのドンドンと重なり合う響きに共鳴し音を遥かに強く鳴らし、壁や地面に敷き詰められたレンガの隙間を広げてゆく。


 そこから染み出した粘液はうねうねと祭壇へ上り、ひと所へ凝集する。


「・・・粘菌?・・・うぐっ、ここが、ここがもう《ロクリエの封路》になりつつあるということですかね。


 ふきひ、きひひ、ひひひひ、ヒ、ヒナミぃっ! 


 私たちはもういるんですよぉ! きひひ、《ロクリエの封路》にっ! きひひひひひっ!」


 気が触れたように笑うジニは待ってましたとばかりに血だらけの神像を抱き寄せる。


 いわば最終奥義とも言うべき《六星巡り》で手に入れた六つの神官たちの血が、今こそその真価を試される時だから。


「何をして・・・ジニ?・・・ジニっ!」


 ヒカリゴケの燃える煙にいぶされ、放たれた胞子にむせかえる。


 そして発動した《ロクリエの封路》への相殺効果がないと踏んだジニは、「生き神像」をただ翳しただけではやはりダメなのだと腹を括り


「ぎししししししし。はぁ、はーあぁ、あああんがっ!」


 その鋭い牙を神像に突き立て


「・・・ジ、ニ?・・・」


 像の切れ間からちゅうちゅうと混ざり合った神官たちの血を吸う。


「ふぱぁっ! これでっ! これで突破ですよぉぉぉっ!


 クソどものいない世界を、私が作るんですっ!」


 なおも響く音に木皿の中の水は波紋を絶えず広げる。


「・・・ジニっ! 落ち着けっ!」


 そこでモワンモワン、と不思議に鳴り響く木皿へ、意志を持ったような粘液は菌類とは思えぬ異常なスピードで集まってゆく。


「きひひひ、黙ってなさいヒナミっ! ずっとですっ!

 ずっとずっとずっとずっとずっと待ってたんですよぉぉっ! 


 変えるんですよっ! 全部っ! この腐った世界全部を変えなきゃねぇぇぇっ!」


 もう発狂としか形容できなかった。


 だがそれはヒカリゴケの遺志反応のせいでないことは何よりヒナミが体感している。


 すくなくともヒナミはジニのように自我崩壊を起こしてはいなかった。


「・・っく、おいジニっ! どこへ行くつもりだっ!」


 胞子は粒子となり、霞となり視界を妨げる。


 ジニの豹変と事態の急転に戸惑うヒナミは身が引けてしまって祭壇へ歩き始めるジニの姿ももう朧気にしか見えなかった。


「なるんです、きひひ、王になるんですよぉ。


 けひひひ。受け入れられたんですっ! 私は、《ロクリエの封路》を歩いてるんですよヒナミっ! きっひっひっひ。


 認められたんですっ! 私が王になりますっ! きひひひひひっ!」


 狂気だ。


 だからだろう、四肢に視覚に不具合のある老いた神官と知ってなお、なお、命の危険をすら感じるほどの恐怖がヒナミに走る。


 だからだろう、夢だ希望だと耳当たりの良い言葉で片付ければ輝くものも、ひと皮むけばその実態はただの欲望でしかないと知る。


「なん・・・なんなんだ・・・こ、・・現実なの、か・・」


 天井へ続く空気穴は地上へ繋がっている。そのため黒煙もそれに乗る胞子も多くは上へ上へと昇っていくものの、ここに留まっては身が持たないと判断したヒナミは様子を伺いながらも後ずさりする。


「ひっ・・・ひっひ・・・?


 ・・・そ、

 ・・・なんで


 ・・・なんで、あなたがここにいるんですかっ!」


 もう見止めることもできないジニがおののき、霧の向こうで金切り声をあげる。


「どうしたジニっ!・・・・・・なんなんだ、何が起こってる・・?」


 ただ恐怖が襲い来るだけの《ロクリエの封路》と化した祭壇の間を、プライドも野望も捨てたヒナミは顧みもせず逃げ出すだけだ。


「なんだというっ! くっ! なんだというのだっ!」


 もはやヒナミにとって四つ足で逃げ帰るだけで精一杯だった。

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