④ 進撃と赤目





「―――っ・・はぁ、はぁ、はぁ。」


 聞こえる大声とは異なる、聞こえない「衝撃」に駆けつけた『スケイデュ』は耳を塞ぐ間もなくバタバタと気を失って倒れる。


「ウィヨカ・・・ありがとう。もういいよ。あとは僕ひとりで大丈夫。」


 普通に音を発する方法と違うぶんだけ喉は想像以上の負担を強いられていた。

 それだけでなくウィヨカの「そうんど・かんねぃ」は音を操る第八人種の機能があってはじめて為せる技術であるため、限度を超えれば体じゅうが悲鳴を上げる結果となってしまう。


「・・・いい。あたし、まだできる。」


 痛みでもなければ徐々に圧し掛かる疲労ともそれは異なる。


 声を放った数秒後、感覚が戻るその瞬間に一気に襲いかかる困憊なのだ。

 体は栄養と休息のため空腹と眠気に駆られるばかりで、やがてまともな返事さえ返せなくなる危険すら孕んでいる。


「いや、もう充分だよウィヨカ。どうやらあちこちでもお祭りが始まってるようだしそれに、

 ・・・ね。僕だって匪裁伐には行っていたんだから。」


 そう残す赤目は上着を脱いで肌着になり、陽射しを避けていた帽子を放る。


「赤目・・・一緒に、帰ろうね。」


 睡魔の方が勝っていたのだろう、ウィヨカはそのままだらりと体を赤目に預けて眠りに就いてしまった。


「そうだね。・・・僕も一緒ならいいんだけどね。


 ・・・コリノっ! ウィヨカをよろしくっ!」


 あちらから走り来る、なんだかんだで『スケイデュ』十数人を片付けてきたコリノに声を張ると赤目はそのまま中央域へと走り出した。


「オイお前っ?・・止まれっ!・・・侵入者だあーっ!」


 廻っていた警邏隊に見つかり中央域の『スケイデュ』へそれは伝わる。


「そん・・一人で来るつもりか?」

「応援はどうする?」

「裏をかかれるかもしれん、要請しろっ!」


 そう伝令員に命じる三人の中央域監視役は「影」の異名を取る俊足で赤目を迎える。


「・・・三人か。もっとまとまってくれないと勿体ないのに。」


 そうぶつくさ言いながら赤目は懐から三つほどあるキリクモの糸に巻かれた玉っころを一つ取り出し、革袋の水をちゃちゃっと掛けて投げつける。


「ん? なんだ?」


 飛び来るその玉からは紫の煙がすぐに湧き出し


「うおっ・・・毒かっ!」


 着地と共に破裂し


「・・・な・・目が・・」


 平衡器官を麻痺させる。


「大丈夫、毒なんかじゃないよ。・・・でもね。」


 ぶくぶくぶくぶく、と赤目の腕に蛇のような血管が走る。


「あぇ、なん・・・あぁあっ。」


 膨れ上がる赤目の腕は防御も退避もままならない男たちの頭を掴み、


「うぉあぁぁ・・・・」


 尋常でないスピードで激しく揺さぶり、


「あぁ、・・・う・・」


 気を失わせる。


「ひゃ、・・こ、来るなら・・来てみろっ!」


 すでに蟲を放った伝令員が寸劇のような一幕におののきながらも短刀を翳す。


「ここへ来るまでの間、僕たちはだれも殺していないよ。

 だからなるべく敵にはならないで。・・・それじゃ。」


 立ち塞がるでもない伝令員には何もせず赤目はそのまま突っ切っていく。


「・・・はぁ。中央域はさすがに手堅いなぁ。」


 見ればもう議閣は赤目のすぐそこにある。


 ただ到達するまでには想像以上に敷き詰められていた『スケイデュ』を相手にしなければならないようだ。


「来たぞ―――――っ! 白髪の賊だあぁぁぁぁぁっ!」


 その声に続々と体の向きを変え、ゆうに百を越える『スケイデュ』が一斉に駆けてくる。


 そんな轟音を耳にしたチヨーの男は、「へ?」となる。


「・・・あれ? ちょ、赤目っ?

 なん・・ちょ、御意見役っ! な、ちょ・・・赤目えぇぇぇっ!」


 戸惑いながら、とにかくエラいこっちゃとてんてこするボロウにスナロアは小首を傾げてみせる。


「ん? 赤目? こんな昼間に赤目が〈神霊祭〉へ出向くとは・・・忘れな祭の参考のため視察でもしに――――」

「んなアホな理由で赤目が来るわけないでしょう御意見役っ! 日の光は赤目の皮膚から目からとにかく体を蝕むんですっ!

 それを承知でこんな真っ昼間に議閣目がけて来るってことは・・・


 赤目は、本気ですよっ!」


 本気であのマイナーな喧嘩祭、その名も「忘れな祭」を観光PRしに来たのかな、とスナロアは思う。ただ、一年のウサ晴らしとはいえああいった激しい祭はちょと苦手なスナロアは、まずはルールをちゃんと決めてみんなで楽しく力をぶつけ合う方向で変えていかないとバイオレンスが苦手な老人や子ども、女性にはウケないだろうなぁ、と思い巡らせていた。でも都会に疲れた会社員やOLなんかにはあの静けさと神秘的な白の景色は明日への活力を満たす素質は充分にあるから短期休暇を狙った「ひとやすみツアーIN忘れな村」を企画すれば観光資源の乏しい骨野ヶ原にも需要と雇用が生まれて知名度も上がり、やがては産業誘致も叶うかな、いや、でもあまりヒトが押し寄せてくると逆に静謐な景観や世界観が損なわれてツアーの呼び込みが難しくなるな、うん、ここはやはり村民の総意に委ねるのが一番だ、とか考えている。


 金に興味はなくとも村おこしプロデュースはやってみたいスナロアだった。


「ほお。ということは赤目は村おこしの企画をまとめてきたというわけか。事が片付いたら私も混ぜて――――」

「なに悠長なこと言ってるんですか御意見役っ! ってか何をどう考えてその発言に至ったんですかっ?


 あ、いや、じゃなくて。・・・今の赤目の〈ムスト〉はタチバミみたいな単発的な力だけじゃなくて広範的に身体能力を跳ね上げられますっ!


 赤目はハラさえ決めればいつでも超過能力を引き出せるんですよっ!」


 常識はずれの聴覚で遥か彼方の足音を聴き分けたり、タチバミのように流れる時間をスローモーションで知覚できたりするだけでなく、おそらくは痛覚も支配しボロウのように無痛だからこそできる限界筋力を行使することも、また目の利かないベゼルのように判然としない第六の感覚で空間を認識できることもそれは意味していた。


 そしてたぶん、それ以上のことをも。


「そんな・・・そんな祭りがしたかったのか・・・赤目。」


 スナロアは驚く。


「・・・。・・・このヒトまで手遅れかよ。」


 ボロウも驚く。


 あっちの方では『スケイデュ』の悲鳴が続く。


 話はそちらに移していこうと思う。



「あぁ・・はぁ。幻覚玉ももうないしなぁ、はぁ、はぁ。」


 そこには五十を下らない『スケイデュ』が気絶して横たわるも、目を上げればそれを踏み越え向かってくる兵が見える。

 発煙する薬に対する水の配分がうまくゆかず、一つ無駄にしてしまったのは口惜しいところだ。


「なんっ・・毒か? くっ、なぜあの白髪は無事なのだっ!」


 まだ漂う煙ももう風に乗って流れてしまっている。


 下奴婢楼時代の魔薬の中毒や大白狼のメタローグ・サイウンの完全血聖投与による免疫系の異常進化により、常人であれば作用する毒や麻痺といった効果が赤目には生じなかった。


 そのためやろうと思えば毒煙を撒いてその中を堂々と歩いてもよかったのだが、言うまでもなく無益な殺生に未来を見ていない赤目はその手段を選ばなかった。


 あるいはただの感覚麻痺より重い神経麻痺系の煙を用いればわざわざ赤目が手を翳さずとも難なく身動きを奪えたのだがその場合、過度の緊張や運動による血流の加速、過活性した臓器や循環器系・呼吸器系・自律神経系への配慮を欠くと最悪の事態を想定しなければならなくなる。


 それだけは絶対にしたくないからこそ地道でも確実に黙らせるこの方策に打って出ていたのだが。


「はぁ・・はぁ、はぁ。・・・僕を、恐がって。もっと。

 ・・・はぁ、はぁ。コリノみたいな顔だったら、よかったのになぁ。」


 そう呟く赤目はぱんっ、と顔を叩き、


「あの白髪は何者なんだっ? どうやってこの人数をっ―――」


 手首を避けて腕に走る血管を、


「なにを・・あいつは何をしているっ!」


 噛み切る。


「ふああああああああああああああああっ!」


 その雄叫びはウィヨカのそれに似た響きをもって大気を揺らす。


「なん・・・バケモノかっ?」


 ばぐん、ばぐん、と鳴る心臓に合わせてどくどくと流れる血。


 死ぬかもしれない。


 痛みや疲労より大きなその恐怖と緊迫が、


「ふあああああ・・・・」


 冥い井戸の中でこぼれる光を見上げる、


「ふあああああっ!」


 赤目自分に会わせる。




「たすけて。」


 井戸の中の赤目は棒立ちのままこちらを見上げる。


「手を伸ばして。」


 井戸の縁、手を伸ばし合えば届きそうな地上から赤目は手を下ろす。


「たすけて。」


 闇に目を凝らすと、そこには腕も足も闇に千切られた「ダルマ」の赤目がいるだけだ。


「待ってて。」


 赤目は中へ下りようと縁に手を掛ける。


「たすけて。」


 左手を縁に掛け、右手で井戸の中の赤目を掴もうとする。


「今いくからね。」


 でも、わかってしまう。


「たすけて。」


 泣き喚くこともないその「ダルマ」は


「大丈夫。」


 過去の赤目。


「たすけて。」


 救えなかった自分。


「わかってる。」


 救ってほしかった自分。


「たすけて。」


 脅え怖れ、従うだけだった自分。


「・・・ごめん。」


 何を変えれば何が変わるのか分からなかった自分。


「たすけ、て。」


 何、と、誰、がもう分からなくなっていた自分。


「ごめんっ!」


 昨日と明日に苦痛の違いしか見い出せなくなっていた自分。


「・・・。」


 死にたくないのに、死にたいとしか思えなかった自分。

 だけど、だから。


「ごめん。・・・でも、救わせて。」


 縁を掴む赤目は泣いていた。


「・・・来ちゃ・・・ダメだ。」


 見上げる赤目も泣いていた。


「いやだ。僕は、きみをたすける。」


 伸ばす右手がうまく赤目を掴めない。


「・・・後悔する。」


 そう言いながらも目は、赤く美しいその目は、たすけを求めている。


「しないよ。後悔なんてしない。」


 触れても、ぬるりとしてうまく掴めない。


「・・・僕は、悪魔だ。」


 怯えながら、ダルマの赤目は告白する。


「違うっ! きみは、きみは村長だっ!」


 まっしろに生まれついた。


「・・・僕は、いらないヒトなんだ。」


 それだけで悪魔と呼ばれた。


「それも違うっ! きみは愛されるっ! 村の民がきみを愛して求めてくれるっ!」


 そして下奴婢楼に送られた。


「・・・きみまで、巻き込んじゃう。」


 好き勝手に弄ばれた。


「かまわないっ! さあ、こっちに体を預けてっ!」


 赤目を贔屓にしていた大商人が殺された。


「・・・なら、・・こ、殺して。」


 赤目を逃がそうとしたために。


「それもいやだっ! きみは生きるんだっ!」


 そして赤目も仕置きを受けた。


「・・・あ、りがとう。」


 笑えばいいのか泣けばいいのか分からないダルマの赤目は


「ふふ。さあ、手を伸ばして。」


 闇より生まれたまっしろな美しい手を伸ばす。


「・・・きみは、だれ?」


 これは


「僕は――――」


 そのとき見た光景。


「きみだよ。」


 あのときは逆だった。


「・・・名前は、あるの?」


 でも結末は同じ。


「赤目。・・・赤目だ。きみの宝になる村のみんながくれた大切な名前だよ。」


 その手を取る。

 

 そして、ひとつになった赤目はあの時と同じように、



「うあああああああああああああああっ!」



 たった一人で下奴婢楼の支配人、経営者、下っぱ、護衛係、客、下奴婢、すべてを殺して生き延びたあの時と同じように、


「あああっ、っく。・・・・よしっ!」


 でも今度は加減して、辺り一面を包囲する『スケイデュ』兵にその「力」は放たれる。


「バ、ケモンかっ・・・痺れ・・・くっ、・・」


 音でもない、匂いでもない、それはヒトの心へ直接ねじこむ〈契約〉とは別の力。


「なんで・・・なんだ、・・・こ、・・・なん・・・」


 赤目だけが持つ特別な、「存在」という力。


「くらえっ――――」


 ちょっと得意気な顔で赤目はそして叫ぶ。


永久への連行アス=ティウハス・エイウっ!」


 せっかくだからと名前をつける。


「そう、・・・いう、話じゃ・・・・なくね?・・」


 そういう系の話じゃないから今さら必殺技が出てきてびっくりする。


「・・・・・・・・・・・。カッコいいと思ったのに。」


 赤目は拗ねる。



 そして、


「・・・・どこだ、ここは?」


 意識を失ったはずの『スケイデュ』たちがどこだ、なんだ、と騒ぎながら現れる。

 金色の世界へ。


「はい、じゃあみなさん僕の言うことをよく聞いてください。守らないと迷い続けてしまいますから。ふふ。

 いいですか、抵抗や反抗はしないでください。命が欲しくてこんなことをしているわけじゃないんです。傷つけずに寝ていて欲しいだけですからね。


 というわけで寝てください。

 大丈夫、フテ寝でも反意がなければその通りになって、目が覚めれば元に戻れますから。


 でも強く反発していると調和が取れないので強制的にこちらが支配することになります。そうなると僕も起こしてあげられるか自信がないので素直に従ってください。


 それじゃあみなさん、おやすみなさーいっ!」


 きゅん☆みたいに片目を瞑る赤目。


 本当は何になりたかったのか分かる気がするけどちょっとたぶん恥ずかしくなっちゃう系の話だし、おそらくそれも親戚のおばちゃんあたりに「あんたはジャニーズ系だねぇ」とか言われて「あれ、そうなのかなぁ」みたいなのが根拠だったりとかして、なんだろう、もう、びんびん伝わってくる分だけ恥ずかしさが追いかけてくるような感じになるので『スケイデュ』兵は何も訊かずに眠ることにしたそうな。


「・・・しかしよ、きゅん☆ってのはねぇだろ。」


 そう呟いた兵だけは永遠を彷徨ってしまったとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る