③ なかよしファウナとなかよしフロラ





 その声はっ?みたいになりそうになるがやめておく『なかよし組合』。


「誰だ貴様っ!・・・一体どこからっ?」


 あれ、そういえばさっき妙な人影が街なかから覗いてたような、とメトマは思い返す。


 ええそのとおり、出入り自由の西域から入ってきてはタイミングを見計らっていたそれがルマなのです。


「え? ルマなかよし記念第一号組合員っ! どうしてここへっ?」


 あ、ルマの肩書きの正式名称ってそれなんだ、とボロウは思いながらルマに手を振る。あ、元気だったんだね、みたいに。


「細事に囚われては遠大な未来など見通せぬものと知れシクロロンっ! 


 そして俺は誇り高き『フロラ木の契約団』総代だっ! 長くなってるぞっ! 前は「記念第一号」だの「付録は豪華❤リバーシブルポーチと選んで当てちゃえ☆読者プレゼント」だのといった能書きはなかったはずだっ!・・・・いやっ、そもそもまるで俺とは関係ないから良しとしてやろうっ!


 くっくっく、だがどうするシクロロン。手を貸してやってもいいのだぞ?


 見ろっ!

 向こうには『フロラ』前線組が時を待って構えている。


 そしてメトマとか言ったか『ファウナ』っ! あいにく我らも聖都には用事があるのだ。

 そしてこの『なかよし組合』には非武装の者がいる。俺たちは正義の味方なのでな、ファウナ人であろうと無辜の民に手を下すのなら悪鬼と斬って殺すまで。


 ・・・ん? ちっ、もう手を貸してしまっていたかっ!

 まぁいい。武器を持たぬ『なかよし組合』を相手にするということはそのまま我ら『フロラ』と今ここで交えるということ。


 さあ、どうする『ファウナ』っ!」


 え、こいつ武器持ってるけど?みたいにデイとか兵とかシーヤとかが指さす。

 え?じゃあそいつは別だ、と女性ファッション誌に詳しそうなルマは区分けする。

 ハクは愛刀を複雑な顔で見つめていたそうな。


「・・・何が言いたい『フロラ』よ。鉢会えば問答もなく仕掛けてこよう者たちが何用だというのだ?」


 気にはなっていた馬上の老翁が本物のスナロアであり、おそらくはそれを守るべく一挙に戦闘へ持ち込めない事情は理解できる。

 逆に言えば『ファウナ』と歩くシクロロンにつく、神徒スナロアそのヒトがここから離れた時こそ『フロラ』の攻撃合図となるわけだ。


 とはいえこちらとしても『フロラ』とのいざこざで兵も時間も割けない中、何を求めてルマがしゃしゃり出てきたのかが知りたいところだった。


 もちろん『なかよし組合』の申し出のとおりこちらが聖都攻略を諦めれば『フロラ』は『ファウナ』に邪魔されず中央域まで進めるだろう。


 だがシクロロンの言うように『フロラ』と『なかよし組合』が手を組んでいるのならば、やはりこちらと同じように彼女に止められてしまうはず。


 といって『フロラ』の応援を予期していなかったシクロロンたちの反応を見ると同調しているとは言いかねる。


 メトマには『フロラ』の意図がまるで読めなかった。


「フンっ! 変わらずの無礼者集団だな。闘うしか能のない獣と違って我らは叡智の庇護を受けし高潔なる組織。武に驕り未来を閉ざしては望みなど永遠に叶わぬからな。


 ・・・フンっ!

 我らに訊くが間違いだ『ファウナ』っ! 相手はそこのバカロロンだっ!」


 そしてルマは街陰に潜ませていた兵を通りに引き出す。


 そこには一触即発の『ファウナ』と『フロラ』が並んで歩く奇妙な景色が広げられた。


「ルマさん・・・ふふ。


 そうね、なかよしルマさんが言ったとおり、あなたたちの相手は私ですっ! 私の、私たちの壮大な理想ですっ!」


 オイまた名前変わったぜ、とか、あれ本当は決まってなかったんだろ、などが『フロラ』『ファウナ』『なかよし組合』問わずに聞こえてくる。気を引き締めてもらいたいものだ。


「何を企んでいるシクロロン・・・こん・・我ら『ファウナ』が退いて何が始まるというっ! 腐った統府を討つことのナニが気に入らんというのだっ!


 民は望んでいるのだぞっ! そなたとてそれは分かったのではないのかっ!

『フロラ』が統府を攻めても同じではないかっ! 『フロラ』は是で我らが非である理由などありはしないっ! 『フロラ』の手を借り融通するそなたこそ何を企んでおるのだっ!」


 退くわけにはいかない。

 だが、進むことも徐々に難しくなってきているのは確かだ。


 まだルマも、あるいはそこへ指示の出せるシクロロンも『フロラ』を利用して『ファウナ』を無理やり押し留めようとはしていない。


 しかしそれもじきに辿り着く中央域までのことだろう。


『フロラ』の登場で兵に緊張は走ったがそれはあらかじめ肝に銘じさせておいた「兵団や『スケイデュ』との戦い」によるものではなかった。


 いま目の前にあるのは、目的に届かぬ前の犬死にを報せる不快な緊張でしかない。


「誤解ですよメトマさん。『フロラ』に武力行使はさせません。

 言ったでしょう? 誰も戦わせたくないって。


 それにもうひとつ。

 私は「腐敗した統府を許す」なんて一言もいっていませんよ。

 聖都の外で不自由な暮らしをしている民が偏りのまつりごとに不満を持ち、その一掃を望んでいることは知っています。だからします。


 ふふ。あなたがた『ファウナ』とも、こちらにいらっしゃる『フロラ』とも私たち『なかよし組合』は理想を違えてなんていないんですよ。


 ただやり方が違う。決定的にです。


 声で闘うんです。

 それも大きな大きな声で。


 ここには来ていない『なかよし組合』組合員たちの、ユクジモ自治州にいる枢老院議員さんたちの、その村のヒトたちの、忘れな村のヒトたちの、愛してやまない私を案じて駆けつけてくれた『フロラ』のヒトたちの、そしてあなたたち『ファウナ』の声をまとめたら、


 ・・ふふ。どうなると思います?」


 だから。


「・・・やっと、ですねぇ。」


 その続きが聞きたくて。


「・・・おれ、嫌いじゃないなこの感覚。」


 だから。


「たっは。四苦八苦の四苦八苦が実を結んだんだ、こんくれぇ当然だっぺした。」


 背筋がゾクゾクするその先を知りたくて。


「腐るなルマ。おまえの心があっての景色なのだからな。」


 だから。


「フンっ。バカロロンなど眼中にありはせぬ。」


 心が体を支配する。


「・・・みなさん。

 ・・・・・・・・ありがとう。

 それに、ありがとうね、みんな。」


 少女の声ではなく、


「んな、バカなっ!」


 少女の心が伝播し、


「デイ、そなたは初めてか。・・・・・・わたしは二度目だ。まったく。」



 そして、



『ファウナ』の行進が止まる。

 


 待っていた。


 自分たちの未来を。


 告げられる未来を。


 続いていく未来を。


 兵たちは待っていた。


「さあ組合長さん。『ファウナ』も『フロラ』もおれたちも待ってるぞ。

 応えてくれよ、おれたちの希望に。」


 静寂を破り馬から降りたボロウが囁く。

 導く力はなくとも、そのたおやかな声援に怯む心は幾度でも燃え盛る。


「迷ってんでねーぞ四苦八苦っ! ついていく、って言ってんだよっ、ココにいるみーんながなっ!」


 ボロウが降りちゃったから肩の上のシーヤもそうなる。

 荒い言葉はしかし、いつも正しさを添えて放たれる。


「さてシクロロン、私はこれから何をすればよいのだ?」


 降りるのが面倒なスナロアはそのまま、しかしユーモアをもって仕える長に指示を乞う。

 もはやその胸に「大神徒スナロア」などと呼ばれ浮かれた心はもうなかった。


「ちっ。さっさとしろバカロロン。部下に示しがつかぬだろうがっ。」


 迎合するつもりは毛頭ないルマがぶっきらぼうに口を尖らせる。

 理想が似ていて非武装だから、と誰に言うでもない言い訳が浮かぶあたりはまだ幼さが残っているのかもしれない。


「示してもらおうシクロロン、殿。・・・展望があってのかどわかしなのであろう?」


 対立の構図はもう引けないと悟ったメトマも諦めたようにその手をゆっくりと下ろす。

 もう、自分の命令に従わない兵たちの前では無力なのだと痛感しながら。


「どういうことだメトマさんよぉっ! おたくらどうかしてんじゃねーのかっ?」


 低く響くデイの声さえシクロロンの支配した時間には響かない。

 中空を漂う自分の声が恥ずかしく思えてくるほどに。


「見ればわかるだろデイ。

 ・・・さ、シクロロンさん。アナタの時間は始まってますよ。」


 守るため戦うための愛刀から手を離し、そっとその背に手を置いてやる。

 この少女を守りたいと思う者たちはきっと、もっと増えていくな、と感じながら。


「うん。・・・そうねハク。そうだわっ! だからこそ今すぐ行かなくちゃっ!


 ここにいる全員で北域へと行きましょうっ!


 メトマさん、『ファウナ』ですよねあの戦闘は。


 なら止められます。止めて、そのヒトたちも連れてそして、統府へ向かいますっ!


 スナロア御意見役、ボロウお手伝い長、あなたたちは先に統府議閣へ行っていてください。あなたたち二人なら『スケイデュ』も兵団も通してくれるでしょう。」


 北域で争っているのは『ファウナ』と兵団もしくは『スケイデュ』となる。『ファウナ』側を止めても昂ぶっている兵団たちがそれに倣って刃を納めてくれるかは難しいだろう。


 しかし冷静に落ち着かせるには『フロラ』の軍勢は不可欠だった。睨み合いとなってでも戦闘が止まれば、まずはそれで第一歩がきちんと踏み出せるのだから。


「お、特別任務ってことかな? 議閣付近に議長、生きていればウルアがいればありがたいんだけどね。・・・さ、行きましょう御意見役。」


 武器を携えていないボロウをスナロアに付けるのはやはり護衛の意味もある。


 大衆の面前でスナロアに力で迫ることはなくとも、保護や連行の名目でその男を奪われては北域を片付けた後の中央域突入にいざこざが生じかねない。


 またしてもスナロアの威厳を借りることになるものの、それで平和裏に『なかよし組合』『フロラ木の契約団』『ファウナ革命戦線』を引き入れることができるのなら対価として申し分ないはずだ。


「ああ。・・・シクロロン、後は任せたぞっ! 議閣へ来いっ、一人でも多く無事に連れてなっ!」


 そして閑散とした大きな通りを二人を乗せた馬は中央域へと進む。


 スナロアの離れた今、メトマの読みどおりであれば行動に出るはずの『フロラ』に、

 しかしその気配はなかった。


「ま、さか・・・本当に・・・本当に『フロラ』を従えているというのか?

 ・・・『フロラ』はスナロアでなく、この、娘に・・・」


 ふて腐れるルマもその傍に駆け寄るキビジも『フロラ』も、

 このいわば「なかよし作戦」に抗う素振りをまるで見せない。


「彼らも分かりはじめたってことですよ。

 声を上げ差別の撤廃を掲げたことはあっても、まだ一度も試したことがない出来事がこれから始まるんですからねぇ。


 ココにいない者たちを差し引いてもは誰も見たことがないはずです。


 くくく。それでもまだシラを切るなら今度こそ統府の側が信用を失うでしょうよ。」


 聖都の富める住民、優遇されている住民だけを相手にしたのならそうはいかないだろう。

 しかし今この聖都には各地から呼びかけても集まらないほどの民が押し寄せている。


 それらを前に保身に徹して膨れ上がったシクロロンたちの願いを撥ねつけられるほど肝の据わった為政者もいない。


 それ以前にまず権力の私的流用や不当利用など、袖の下にまつわる腐敗だけでも引け目があるため強引なデモの鎮圧はそれだけで反感を買ってしまう。


 そして「厄介事は他人事」で済ませがちな民衆を巻き込み声を広げるためには非武装・非暴力で、しかし圧倒的な大多数で臨まなければならなかった。


「私たちが議閣の椅子に座ることが目的ではありません。また座る者たちを操ることも目的ではありません。


 しかし、きちんとまつりごとを為さなかった者たちは民の声で裁かせます。民の声とはこのアゲパン大陸のすべての民の声のことですっ!


 私だって怒ってないわけじゃないんですっ!


 でも、それに任せてはただの復讐劇にしかなりません。未来を創ることが今を生きる私たちの為すべき最大の課題なのですから。

 そしてその未来はみんながなかよく暮らせるものであってほしい。難しくても、やり遂げねばならないことだもの。


 まずは眼前の争いを止めること。そこから始まるのです。


 みなさん、手を貸してください。


 ふんぞり返って痛みも悲しみも苦しみも見ようとしない統府を覆す事だって私たちの役割なんですからっ!」


 やろうとしていることは「打倒・統府」。


『フロラ』も『ファウナ』も共感する腐敗政治の刷新だった。


 だからこそ誰も反意は唱えられない。


 集い、そして従う者たちの欲や願いにいつか割れてしまうであろうこの流れを、

 しかし一つにできた今、使わない手はないのだ。


「んなにっ! 『フロラ』まで西域に現れただとっ?・・・いや、だが『ファウナ』が湧いて出たのは収穫だ。南域・西域部隊をまとめて備えろっ!


 来るなら来い。・・・そこに潜んでいるのだろうっ! ヒナミっ!」


 そしてそこではたと気づく。

 未確認のままだったヒナミによる蟲の研究と開発についての情報だ。 


 それによれば掛け合わせて作った蟲に様々な機能を持たせた種や、その習性の分析からはぐれ蟲を引き寄せたり迷わせたりする薬品の製造も仕上がっているという。


 ヒナミたちとて聖都内では蟲の連絡が要になる。だからこそ聖都内部で蟲は正常に機能していた。

 おおかた迷わす薬品をバラ撒いたのは外部との連絡遮断を狙った聖都外域のみだろう。

 現在外域にいる聖都区師団とて傘下組織である『スケイデュ』から要請が届けば「できぬ」「呑めぬ」の返事くらいはしてくるはずだ。


 それなのに未だ応答が返ってこない理由もそう考えれば納得できた。


 だがそうなれば兵団直轄の旅団ですらも遣いを出して応援要請をしなければならず、一刻を争うこの事態では手遅れとなりかねない。


 そして何より、旅団はヒナミの「情報の隔壁」を知らない。


 さらに言えば今さっき送った蟲が返されるか、こちらに旅団の蟲が放たれるまで中央域の『スケイデュ』は孤立する、ということになる。


 予備の蟲も交わし合わない連携の欠陥がここへきてまたしても足枷となっていた。


「団長っ、東域に出した者たちからの通信も途絶えたままですっ! やはり『ファウナ』でしょうか? あ、いえ、その、配備に変更はありませんか。」


 それも気になっていたところだ。

 聖都の途上で既にいくつか分けていた『ファウナ』がさらに聖都内部でも兵を割っていたのにまだ東域へ、それも偵察に出した『スケイデュ』兵がこちらに状況を知らせることもできないほどの兵力を『ファウナ』が割いているとは思えなかった。


 順当に考えれば東域の沈黙の正体は『フロラ』となる。


 しかし戦闘能力を鑑みればそちらが本隊だ。だがそうなると陽動の囮として西域で狼煙を上げるはずの分隊はといえば遅れて到着している。時系列があべこべなのだ。


 また逆に西域を『フロラ』本隊とするなら北域で行われているような火器を使った大々的な戦闘を東域でも繰り広げて目を向けさせなければならないはず。


 しかし当の東域はただ沈黙するばかりで謎こそ残しながらも注視を求める動きがまるで見られない。


 はっきり言って、お手上げだった。


「・・・くっ、相手を特定するのはもう止めだっ! どのみち東・北・西域の連中すべてはこの中央域を目指してくる。ここを守り通せば我らの勝利だっ!


 西・南域以外の部隊に変更はないっ! 

 ここを守らねば・・・守らねば『スケイデュ』に明日はないと思えっ!」


 見遣ればひしめく旧大聖廟には避難する観光客・地元住民が次々と押し寄せている。

 攻め来る組織が民衆に手を下すことはないと信じたいものの、守る対象があまりに背中に近過ぎるために戦地での戦術はまったく使えそうもない。


 近いから守れると取るか、近いから邪魔だと取るかはおそらく気持ちの余裕の違いだが、その違いが苦痛だった。


「ミガシ団長っ、あの、・・・あれはもしや・・・」


 伝令員ではなく索集員がそろりと寄って遠眼筒を手渡す。


「なんだ・・・いや、・・・・・・こ、くそっ! 風読みぃっ!」


 索集員が指さすヒトの群れ、その只中にしゃあしゃあと紛れ込んで旧大聖廟へ潜り込んでいたのは未知の危険・風読みジニだった。


「どうされます?・・・・・・いえ。行ってきてください。」


 ミガシの心は筒抜けだったようだ。


 ただ、今までのミガシであればこんな態度など取ることもなかったものの、彼が変わったと知っていたから言ってみた。言える、と、その索集員には思えたのだ。


「こ、バカを言うなっ!

 こ・・・ハユ・・・く、民間人ひとりのためにこの急場を離れられるものかっ!」


 迷いが言葉にためらいを落とす。それも優秀な索集員は見逃さない。


「団長がシオンへ向かい席を外していた間には副団長が指揮を執っていました。前線で的確な判断を下せる我らが精鋭・第一連隊長も下で控えています。


 団長が「優秀だ」とおっしゃって下さった者たちがここには大勢いるのです。


 ・・・個人行動が得意な『スケイデュ』、その機動性は兵団にはこなせぬ任務を果たせます。」


 その声に震えや怯えはなかった。

 こんな大それたことを猛獣のようなミガシに放てるなど思ったこともなかった。

 緊張はあったが、それも笑みを浮かべるミガシの前ではほどかれていった。


「・・・く、っくっくっく。ヤキが回ったな俺も。


 お前の目は正しい。俺は確かに迷っているからな。

 こんな上官の命令に命は預けられぬか。・・・ふふ。冗談だ。


 端的に言う。これから先で俺に何が起こるか全くわからん。死ぬこともあり得るのだ。


 いいな、お前たちは俺の自慢だ。俺はいま心底お前たちを誇りに思っているっ!


 あとは頼んだぞ。俺の誇りたち。」


 はっ、とそれだけ答え索集員は素早く議閣下に走る。


「・・・くく、確かにできる者たちだな。」


 そしてミガシは旧大聖廟へと向かった。


 ハユを助けたい本心とは別に、ウセミンがわざわざ告げてきたことに危険を覚えていたからだろう。

「戦がある」「敵が武器を持っている」戦地へ送るのは致し方ないにせよ、誰が、というより何が危険なのか、それがどれほどのものなのか全くの未知数である以上、それが拍子抜けするほど安全な任務であったとしても部下を向かわせたくなかった。


 風の神官という危険がまるで感じられない存在にウセミンが警告を促すには相応の理由があるはずだから。


 そして風読みを目指し長く続くヒトの波を掻き分けるミガシは、一度だけ振り返る。


 そこには、ミガシがいなくても懸命に声を張り目を凝らす部下たちがいた。


「・・・まったく。堪らんな。」


 そうしてしまったことが恥であるかのように、わずかにニヤけたミガシは視線を丘の上の旧大聖廟へと向け直す。


 ハユの危機より、未知の危険より、高鳴らせる責任と誇りが血をたぎらせたから。

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