⓶ なかよし組合とファウナ革命戦線





 ぱからんぱからんぱから・・


「あれ? なんだか都が騒がしいですね。賑やかというより・・・」


 聖都西門を目指すシクロロンたちの目には遠く黒煙が望めた。


「へぇー。楽しそうで何よりですねぇー・・・痛てっ。もう、もうなんなんだよキミは。」


 状況を小バカにするハクを小バカにするシーヤ。

 相変わらずやわらかくない何かを投げつけたようだ。


「どう思われます御意見役? 削げ落ちた『ファウナ』がヤケになっているとしか思えませんが。」


 まーまー落ち着いて、となだめるボロウはそれよりも先にちゃんと背中に掴まっていて欲しかった。

 シーヤはパシェとほとんど同じ背丈だからか、どうも肩車で掴まる習性があるらしい。


「メトマが本気で聖都陥落を狙ったのならば入都そのものはあり得る話だろう。問題は北域の戦線にメトマがいるかどうかだ。


 ただがむしゃらに交戦したところで『スケイデュ』の防衛線で兵は削がれる。兵団発動の遅滞を見込んだとしてもあまりに稚拙な動きに思えてならぬな。


 メトマは捨て駒の陽動作戦を平気で幾重にも仕掛けてくる男だ。火器を用いて目を引くあたり、北域もオトリと見るのが順当ではないか。」


 メトマの本気、とはつまり犠牲を厭わず統府に旗を突き立てるためだけに邁進する玉砕覚悟の作戦、ということになる。


 大義を掲げた者の前では「犠牲」に数えられるのは兵だけではないのに。


「ですってシクロロンさん。向こうは闘う気マンマンなんですよ?

 ・・・はは、ですよねぇ。それでもアナタは行くんですよねぇ。ははは。


 さーて。そろそろ守衛が・・・はん?」


 こちら非武装組織『なかよし組合』には金看板のスナロアがいることもあって入都は問題ないだろう、との思惑がその通りになってよかったはよかったが。


「守衛がいない?・・・人手が足りなくなってしまってるのね。・・・・・・って、通りもがらんどうじゃないっ! こんなじゃ西門から攻め放題だわっ!」


 そうして守衛のいない西門をするりと抜けた大通りには警戒のケの字もない。

 守る側の『スケイデュ』に手落ちがあったのか『ファウナ』が強力になっていたのか、どちらにしても聖都側が苦戦しているのは明らかだった。


「おれたちはどうするんだい? 北域へ向かって『ファウナ』を止めるか? それとも手薄の統府を先にいただいて流れを変えるか?」


 目的は血を流させぬこと。


 迷わすのはその手段だ。


「よーよー、なんかそれどころじゃなくなってきたっぽいぞー。」


 皆が北域の煙に目を奪われている中、飽きっぽいシーヤだから見つけられた人影がある。


「・・・ちょ。ちょーっと待ってくださいねぇ。


 あー。


 ・・・あー、やだやだ。向こうもコッチが誰か分っちゃったみたいですよ、はっはっはっは。


 さ、行ってみますか組合長。・・・昔お世話になった方ですからねぇ。挨拶くらいはしないと。」


 路地裏を、しかし勇猛な足取りで進む一団と目が合ってしまう。


 彼らと同じ[五つ目]をハクは胸に、その象徴をシクロロンは翅に持っている。

 今はそれが皮肉にしか思えなかった。


 そして両者は見つめ合う。


「これは無事だったか、シクロロン元・総長。

 存じぬかと思うが我らは『ファウナ』を一新しこれより―――」

「止まってください。」


 近寄りはしたが、といって進撃をやめるつもりのない『ファウナ』の小さな隊は歩を続ける。


「ふふ。何かの買い出しで聖都へ寄ったのであればまたの機会にするとよい。

 ハク、そなたからも言って聞かせよ。それとも――――」

「メトマさん。止まれ、って言ってるんですけどねぇウチの組合長は。・・・聞こえてます?」


 もともと嫌いだったメトマにまだ上からモノを言われるのが気に入らないハクは馬上から声を張る。

 血の気の多い戦好きならこういった挑発には引っ掛かりやすいと知っているからやるのだろう。


「ん?・・・おー、こら懐かしいなハクっ! 

 悪いがこっちも急いでんだ、上司ヅラして偉そーなこと言ってるとブッタ斬るぞ?」


 道中でヒナミに何かを明かされたのかもしれない。

 どこか卑屈に、そして無愛想になっていたデイが隊列を割って前へ出る。


「おや。役者はこれで充分だね組合長さん。・・・ただ、やっこさんら止まる気はなさそうだよ?」


 軽やかな暗足部たちとはいえ、その足音はのどかな散歩のリズムとは異なる。

 話し合うことも拒まれ、また見届ける聴衆もないいま彼らを押し留める手立ては皆無だった。



 その、はずなのに。



「ちょ、シクロロンさんナニ考え・・もうっ!」


 止めるハクを振り切って飛び降りるシクロロンは『ファウナ』の隊列に並んで走り出す。


「おねがいっ!」


 それでも、


「みんな止まってくださいっ!」


 止まらない。


「私たちはイモーハ教と、フロラ自治州の枢老院と、それから『フロラ木の契約団』となかよしになりましたっ!

 そして新たな組織『なかよし組合』を結成しましたっ!


 私も元は『ファウナ』の一員です。どんなに声を張り上げても統府が耳を傾けてくれなかったことは知っています。だから強硬にならざるを得なかったことも分かっています! 武器と火で立ち向かうしか術がなかったことも理解していますっ! 


 だけどこれが最善だと本気で思っているのですかっ? 


 本当に、こうするしか手立てはなかったのですかっ?


 いくら訴えても変革の兆しさえ見せない統府に苛立ち歯噛みしたことでしょう。失望している間も止まらぬ差別に絶望するしかなかったでしょうっ!


 でも、あなたたちだって見てきたはずです。耳にしてきたはずですっ!


『ファウナ』に所属することなく声を上げる村をっ! 民をっ! 


 志は同じなんですっ! 『ファウナ』がすべてじゃないんですっ!


 そして私は誰も戦わせたくないのっ! 


 だから、だからどうか止まって話を聞いてっ!」


 馬上から偉そうに説くでもない、といって丸腰のままわざとらしい通せんぼをするでもないシクロロンの、その寄り添うように同じ目線から放たれる言葉もしかし、『ファウナ』の足を止めるには至らない。


「・・・ご大層な理想はありがたく拝聴するとしよう。


 しかしシクロロン殿、昔のよしみでわたしも、無論この者たちもそなたに刃を向けたくはないのだ。兵を惑わす言葉をやめて立ち去るならよし、まだ続けるならその時は双方望まぬ結末を迎えることになる。


 兵たちに無益な殺生を強いるのは控えていただきたい。」


 追いすがるシクロロンにぴしゃりとメトマは最後通告を突きつける。


 ここで意気が落ちては聖都の途上で囮となった者たち、そしていま北域で『スケイデュ』や兵団と闘っている者たちの犠牲がまるまる無駄になってしまう。


 遂げることだけが、勝利を宣言することだけが贖罪なのだ。



 そこへ、すたんと馬から降りるハク。


「くく、ムダですよメトマさん。

 ウチのシクロロンさんを止めたきゃ斬るよりないですからねぇ。でもねぇ、裸一貫の少女ひとりを相手にしたとあっては『ファウナ』の名落ちは揺るぎませんよぉ?


 まぁ勿論ボクがそんなことはさせませんけどねぇ。・・・昔の暗足部ならまだしも今の「暗殺部」でボクの剣術に勝る者っていましたっけ? くくく。」


 この性格の悪さで班長を預かれたのはハクには図抜けた剣術があったからだ。

 とはいえ目に映る数を相手にシクロロンを守り抜けるはずもない。


 だからこそ、それでも「守れる」とハクは言い放つ。


 騎兵員が腕っぷしに自信があるのは当然としても、こうした戦となれば可能性に逃げようとする者は少なくない。「これだけいればオレがやられる確率は低い」といった具合に。


 数に委ね、数に隠れようとする者より「死んでも貫く」姿勢は思うよりずっと大きく感じさせるものだから。「死なずに傷つかずに祝杯にありつこう」とする姑息な即席の決意は必ず、本物の決意の前に屈すると知っているから。


「ずいぶん無鉄砲になったなぁー、え? ハクさんよぉ。

 でもな、こいつらにも意地ってモンがある。ハッタリで覆せるモンじゃねーぜ?」


 見たところ唯一ウデの立つハクがシクロロンの傍につけば、万が一に備えてメトマの傍にもデイがつく。


 といってハクやシクロロンを斬って捨てるのは容易くとも、刺し違えてメトマを失っては何にもならない。

 シクロロンにはそんな警戒さえ疎ましかった。


「御意見役・・・」


 手を貸してやってくれ、とも言えないボロウはただ傍観者として後に続くしかできない。


「信じてやれっつの。仲間内のゴタゴタみてーなモンだっぺ? ここでナス麿引っ張り出してもしゃーねーべな。見守んだよ、信じてよぉ。」


 引き離されても食らいついて説得を続けるシクロロンに、シーヤは賭けて良かったなと心底思う。


 このまま説得に失敗して『ファウナ』が統府・聖都を占拠できたとしても、寝ざめの悪さだけは残していけるはずだ。兵たちはそれぞれの理想を持って進んでいるというより、そう命じられ、従えば平和が訪れるくらいの心持ちで歩んでいるようにしか見えなかったから。


 個々の意志で歩き、個々の意志を尊重し、個々の意志に目を配る組合長は、シーヤにとっても自慢になっていた。


「同感だな、シーヤ保健長。私たちの出る幕ではない。


 だが、シクロロンを信じ付き従うことで助力となり支えることはできる。


 私は信じている。


 それしかできぬ無力感など覚えぬほどに、私たちの光を信じている。」


 本拠地となる教会へは「状況に合わせ行動せよ」と蟲を放ったものの、『ファウナ』が聖都侵攻に舵を切った今『なかよし組合』への攻撃はないだろう。蟲の便りに意見を取りまとめている本部へシクボが戻る頃には守るか動くか決断しているはずだ。

 シクロロンやスナロアのいる聖都に何が起ころうとしているかも知った上で彼らは次の行動を自分たちで決めるだろう。


 ここで果てることとなっても、その残された希望がスナロアの退路を断たせた。


「お願い、止まってっ!」

「もうよせ、兵はそなたの声など求めておらぬっ!」


 北域から続く轟音と悲鳴は中央域に近付くほど大きく明確になる。


「やめないわっ! 絶対にあなたたちを止めてみせるっ!」


 戦えば必ず、勝者と敗者が生まれる。


「二度は言わぬぞ甘えた小娘がっ!」


 その差が必ず壁を作る。


「ならばその手を汚しなさいっ! 


 争いの先に未来があるのは勝者だけなんて馬鹿げてるっ! たとえ勝者が敗者を慮っても傷つけ合った事実は変わらないのよっ!


 勝者として君臨している統府はフロラ系人種や同じファウナ系の一部の部族を今でも見下して虐げているわっ! でもあなたたち『ファウナ』が成り代わったところで何ができるというのっ?


 耳を貸さない統府や優等部族と称している者たちにも落ち度はありますっ!

 でも、だから力で事を遂げようとする者たちの、成し遂げてしまった未来のあなたたちの声に誰が心で従うというのっ? 


 怯えるだけじゃないっ!


 そして怖れが生む不満と不自由が、勝者となった『ファウナ』ではない、より弱い立場の者へと向けられていくだけじゃないのっ!


 それではまったく今と変わらないわっ! 


 一時代を築いたフロラ系人種の王・ロクリエに「へりくだったファウナ系人種」が反旗を翻してフロラ系人種をまるまる排除して今が在るのよっ! 


 そして戦いに参加しなかった閉鎖部族を「劣等部族」と名付けて蔑み、貢献した部族だけを優遇して栄えたのが聖都でしょうっ?


 あなたたちが聖都を制圧した後に見える未来はこのわだかまりの過去と一体なにが違うというのっ!


 おねがい、聞いてっ!


 私たちはようやく今という時を迎えられたの。人種間・部族間の差別もひと昔前に比べたらずいぶんと好転してきたの。憎しみの芽生えた世代をいくつか超えた今だからできることがあるのっ!


 繰り返さないでっ! 


 いま不当に富や権力を持つ者たちを引き摺り降ろすこと自体を咎めてるワケじゃないのっ! 力で押し通せばそれは必ずその子や孫の世代まで引き継がれてしまうのよっ!

 罪ある系譜に生まれついたからって謗られる理由なんてないでしょう? 卑しいと言われた系譜に生まれついたからって嫌われる理由なんてないでしょうっ?


 生まれてくる子はみんな等しく尊いのっ!


 だからおねがい、力に委ねてしまわないでっ! 勝者と敗者を作らないでっ! 私たちの世代だけの問題だと目を覆ってしまわないでっ!


 私たちが歩いているのは歴史なのっ! その背中は「これから」を歩む者たちに誇りを持って示せるものでなければならないのっ!


 だからおねがい・・・おねがい、止まって。」


 張り上げる声ももうかすれ、ひび割れる息遣いも悲痛な祈りに傷んでいた。


 だからそれは、

 聞こえていた。


 伝わってもいた。


 迷う者もいた。


 見つめる者もいた。


 頷く者もいた。


 それでも、


「これが現実ってモンなんだよアマちゃんがっ!」


 わからなかった。

 わからなくて、だから、立ち止まれなかった。


「こらデイ、口のきき方には気をつけてもらおうかねぇ。

 ったく、ヒトの話は目を見て聞けって習わなかったのか? そんな態度でこれから誰のどんな声が拾えると思ってるんでしょうねぇメトマさん?」


 中央域は確実に近づき、北域から届く喧騒は悲劇を思わせる。


「・・・潮時だ。ハクよ、守りたければ小娘を連れて立ち去れ。


 ・・・わたしは、言ったはずだぞ。」


 メトマも感じていた。

 これ以上は、感情に働きかけるだけでなく正論を謳うシクロロンをこれ以上放っておいては兵の士気が完全に失せてしまうと。


 だから。


「それがあなたの決意なら受け止めるつもりです。


 私は・・・私はそれだけの覚悟をもってここへ来たんですっ!

 命が惜しくて民を導けますかっ!


 メトマさん。あなたはその罪に怯えながら生きていけばいい。

 それが・・・命を渡す私にできる最後の言葉になるのだから。」


 顔を背けるメトマはそこで、す、と手を挙げ数人の騎兵員に合図を送る。


「馬とシーヤさんには悪いことしちゃったな。」


 相手は歩きの暗足部。

 騎兵班には及ばずとも戦闘にも長けた集団。

 馬の脚で引き返せばそれで済む。


「は。気にすんなって。おいらは好きで来たんだっつの。

 それに四苦八苦が斬られたなら傷口縫うヤツが必要だっぺ?」


 殺させない、死なせない。そのために来たのだ。


「私の骸はそれでも役に立つだろうか。争いの火種にならなければよいが。」


 スナロアの死を悼み、戦を憂えば糧になる。

 しかし謀殺だ暗殺だと流言飛語に本質が流され感情的な対立が煽られれば逆効果になる。死体ですら使い道のあるスナロアには、しかし死んだあとの自分の処理ができなくて困る。


「手を下ろしてもらいましょうかねぇメトマさん。

 身を呈して守ってくれる者のいないアナタじゃボクの刀は避けられないですよ?」


 腹から殺す気になれないハクに、ドスの効いたハッタリなど張れるはずもない。


「どだいムリな話だったってコトだぜ、ハク。気が変わらないうちにアンタもシッポ巻いて逃げな。」


 退かない馬上の三人を合わせてもこの距離なら進軍に影響が出るほど時間も掛からない。


 なのに躊躇われるのは、


「もういいであろうシクロロン・・・もう充分だろうっ!」


 メトマがもっとも欲しかった人物が、


「まだよっ! 私は兵が止まるまで続けますっ!」


 スナロアでもロウツでもなく、


「立ち去れっ! シクロロンっ!」


 かつて無能だと嘲っていたその少女だったから。


「いやよっ!」


 そして目を瞑るメトマはその手を勢いよく振り下ろ―――――


「くっくっくっく。あーはっはっはっはっ! 無様だな、シクロロンっ!」


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