ものがたり 7
山井
第七章 聖なる都 ① それぞれの大儀と無辺の想定
その日も朝から聖都は賑わっていた。
「風読みにまだ動きはないか・・・おい、定刻連絡はどうした?」
統府議閣前に陣取るミガシは昼にピークを迎えてごった返す旧大聖廟を睨めつけ伝令員に尋ねる。
最終日ともなれば神像奉納の儀式を拝もうと場所の確保に集まる者も少なくない。
各地からヒトが流れ込んでくる〈神霊祭〉において最も密になる時間と場所がそこにあるのだ、ミガシとしても帯を締め直さねばと気合いが入るのも当然だった。
「・・・それが。遅朝の蟲が届いて以降連絡が途絶えたままであります。偵察に出した者からも報告はまだ。大事に備えてと紙鳥は持たせておりませんので・・・。
いかがいたしますか団長。」
何かイヤな予感はしていた。
『フローダイム』の動向もそうだが、その一員であろうメトマ執官史によるこんな時期の「大手配」指名の張り出し、またロウツ教皇とその護衛に出した『スケイデュ』の失踪、それからシオンでの戦と、伝え聞いたフラウォルトのコロナィでの襲撃劇。
並べただけでも不穏がよぎる。
「連隊長たちならば心配はいらん。予期せぬ大事となれば身を退きこちらに応援を要請するだろう。無謀な戦いで美談を残そうとするほど愚かではないからな。
音信が途絶えていることこそが問題なのだがそれよりも――――」
百の階段を上った先にある議閣入口で群衆の動きを見張るミガシの前に、かつんかつんと丈夫な鎧を纏った白ヌイ族の初老の男が現れる。
「これはこれは。新たな遊団長となってから挨拶もできなかったのでな、はじめましてといったところか、ミガシ遊団長。」
就任してからもう幾つもの四つ季を数えてはいたものの、こうして相まみえるのが初めて、というあたりに部外者扱いがよく表れている。
「・・・そうなるか。しかし聖都区のトラノ旅団長が今回はどういう風の吹き回しだ? 臆病風に吹かれっぱなしの統府が「兵団発動」を可決したとは聞いていないが。」
名目上は旅団も遊団も師団の傘下、ということで同位置にある。
しかし統府下の兵団には「正規軍」としての、教皇配下の『スケイデュ遊団』には「実体正義」の矜持がある。
暴動鎮圧にも動かない兵団側には「この存在感が抑止となっているために些細な事象にいちいち取り合ってはいられない」との意見があり、飾りではなく現場で血と汗を流すミガシたちには「ふんぞり返って何もしない連中とは存在意義が違う」との意見がある。
民を守る志だけは同じだが、いわゆる犬猿の仲なのだ。
「昼飯もままならぬやもしれぬ脅威に備えよ、との通達でな。緊急超権措置が発令されれば我らが出ることになっている。聖都区を管轄する師団も周辺部へ旅団を散らしているようだ。
まあもっとも、我ら聖都区永駐の第一旅団がいれば何事も起こらず〈神霊祭〉も閉ざせるだろうがな。
ふん。ただ有事があれば共に出ねばなるまい? 得意の単独行動で我らの連携を妨げられては困るのでな、注意を促しに訪れたまでのこと。」
確かにいざとなった時、旅団はすぐに上部の聖都区師団に応援を要請することができる。一方の『スケイデュ』には似たようなことができても動いてくれるかは疑わしい。
つまり有事の際に増援で守られるのは旅団だけであって遊団ではないということだ。
孤立無援とはいえ、だからこそ為せることもある。
「なるほど。忠言ありがたく頂戴しようトラノ旅団長。しかし大所帯ではウエからの実のない命令に家畜の如く従うだけとなるとさて、どちらが足を引くのか目に見えるようでならぬな。
そちらではお遊び訓練でもかすり傷さえ負傷扱いと聞いたが? くく。額が割れてなお「無傷」と前へ出る我ら実践部隊にすがりついて手を焼かせぬよう願いたいものだ。」
ね。犬猿の仲だから。
隣で指示を待ってる『スケイデュ』伝令員も「もういいよ団長」みたいな顔してるし。
「これはまた猛々しい。経験だの勘だのに溺れて無辜の兵たちを巻き添えにせぬよう気をつけてもらわねば。
とはいえ残念だなミガシ遊団長。何事もなければ我らの真価も披露できぬのだか―――」
「きゃああああああっ!」
ずっと遠く。しかしそれは浮かれた観光客のバカ騒ぎの切れ端ではない。
「くそっ! 東域かっ! 伝令員、先遣に十人飛ばせっ! 他の者は陽動に留意し持ち場の動きに目を凝らせっ!」
そう放つミガシはその巨体を風のように駆らせて階段下に待機させた中央域管轄陣営の元へ向かう。
「くそっ! 措置発令はまだかっ!
・・・こんなもの、被害が出てからでは守れるものも守れんではないかっ!」
もはやミガシも伝令員もいなくなった議閣前でトラノ旅団長は足を鳴らしそして、誰もいない議閣を見上げる。
本番のための訓練も出る幕がなければただの運動でしかない。
兵団にある者ならそれは誰しもが感じるからこそ、『スケイデュ』へは嫉妬してしまう。
「うおぉ・・おま・・・」
ずどーん、と『スケイデュ』兵を放り投げる異形の男は駆け付けた十の兵に目を向ける。
「十人か。ふふ。なら頼めるねコリノっ! さ、僕らは先に進もうウィヨカ。」
東域は聖都でも比較的豊かでない者たちが集まる場所がゆえに観光客も、それに倣って配備される兵も少なかった。
「なニっ?・・・くッ、簡単ニ言ってクレたもノだな赤目。ダが後ハ頼ンだぞッ!」
そう言ってニヤリとする剛腕の士・コリノは使い慣れた板拳を揮う。
いくらなんでも武器を携えた十人を、しかも命を奪うことなく一気に相手することは難しい。だが赤目たちから引き離して数を減らすことくらいはできる。
もちろん、人目を引くコリノに暴れさせるのはそれが狙いだった。
「ふふ、・・・さ、そろそろ出てくるだろうね。」
帽子で髪を隠せば普段着の観光客にしか映らない赤目とウィヨカに警戒する者は少なかったものの、急いでも過ぎ去る時間は「緊急超権措置」を現実に近付かせてしまう。
とはいえその時間稼ぎに投入される警邏隊を相手にすることくらい織り込み済みだ。
「止まれ侵入者ぁぁっ!」
見れば正面だけでなく脇道からもゾロゾロと武器を携えた者たちが出てくる。
だから赤目たちは、
「ウィヨカ。きみをこんな形で利用するのは気が引けたんだけどね。」
もっと近くへ。
「あなたが行くならあたしも行く。それだけよ、赤目。」
距離を詰めて、距離を詰められて
「お客さんと住民には後で謝ろうかな。
・・・・・・いけっ! ウィヨカっ!」
たった二人の疾駆する男女に二十を超す旅団兵と警邏隊が激越の声を上げる中
「ああああ――――」
ウィヨカは声を上げ
「ああああ――――」
その音域を上げる。
「ああああ――――」
やがて声は聞こえなくなり
「―――――――」
耳を破壊する「武器」となる。
「あうあああっ!」
「なん・・・・なんあああっ!」
「あふあふ・・・あふあふまんっ!」
そうしてバタバタと倒れ悶える兵や一般民をよそに赤目たちは進撃を続ける。
「不自由を知るといいよ・・・・・・きみたちはそこから僕らを知ることになる。」
赤目たちとてヒトを傷つけるために聖都へ来たわけではない。
統府を乗っ取るだとか、やっつけるためでもない。
ただ、各地から来る多くの民が集うその場所で知らせたいのだ。
知ってもらう、そのためだけに危険を冒してここまで来ていたのだ。
知らせなければ「忘れな村」は忘れ去られたままだから。
未来を拓くために、だから、退けなかった。
「団長っ! 北域から『ファウナ』がっ!」
東域の珍妙な静寂に生唾を飲んで構えていたミガシへ聖都内からの伝令が入る。
「くっ、どうやって入ってきたっ!
いいっ、迎え討てっ! いや、北域は旅団に任せろっ! 俺たちは中央域を死守するっ!」
つい先程ようやく発動した「緊急措置」に旅団は待ってましたと前面へ繰り出している。
わだかまっていた不満「ハッタリだけの無力兵隊」の汚名を返上しようとしてだろう、やや冷静さを欠いた展開を見せていた。
しかし今はその気概に委ねこちらは別域からの奇襲に備えるべきだった。
「言ってくれるなミガシ遊団長。・・・くく、だが今回ばかりはその言葉に甘えさせてもらうぞっ! いけっ! 中央域には一歩も入れさせるなっ!」
指揮を揮うトラノ旅団長は昂ぶるその心の解放のため自身も北域へと走り出す。
数は知れないながらも大手配『ファウナ革命戦線』が入都したとなればかなりの白兵戦が見込まれるだろう。
ただでさえ道中の陽動で兵を割いている『ファウナ』だ。これ以上は力の分散より一点突破での速やかな制圧を選んだということなのかもしれない。
「よし、おそらくこれで師団もこちらへ聖都外域区の旅団をよこすだろう。
まずは東域に偵察を放て。様子がおかしいからな。
それと南域部隊は西域と併せてこちらへ寄らせろ。もしもの場合は応援に充てられるようにしておけ。」
はっ、と伝令員は素早く蟲を飛ばす。連絡の途絶えた第二・第三連隊も気にはなったが、そこは悪い方に捉え「撃破してきた脅威が来る」と腹を決めた。
とそこへ。
「団長、北域で風読みが『ファウナ』を引き入れた模様にあります。
ただ、ヒナミ聖都区主の姿は見られなかったと・・・」
受信処理を担う別の伝令員が走り寄る。
「なにっ? く、何を考えている風読みっ!
・・・いや、それよりハユはどうしたっ!
お前たちも知っているだろうっ! ハユはどうしたっ!」
ヒナミと別れ『ファウナ』に手を貸した風読み。
もはや誰が誰とどう繋がっているのか想像だけでは片付けられない状況だ。
「はっ。『ファウナ』暗足部を多数引き連れていたため目撃は確認できておりません。また風読みはすぐに『ファウナ』と別れ細路地へ向かい見失ったと。
風読み捜索に人員を割きますか?」
シオンでの風読みジニの様子から考えればヒナミと手を組んだのはどう見ても予想外だったはず。
それとは反対にハユという子ども一人に護衛をつけろとの厳命には計画的な意図が見受けられる。少なくとも風読みにとってヒナミはどうあれハユは手離せない存在であることは伺えるわけだ。
あの血だらけの像もまたそうであろうから、風読みがハユを巻き込んで争いに首を突っ込む危険はないだろう。
となればヒナミだ。
あれほど風読みを『フローダイム』だと問い質していたヒナミがハユの傷の手当てにカミンへ寄るまで協力している。ハユの「価値」を風読みと共有し、その目的さえも分かち合ったと考えるべきか。
風読みと『ファウナ』の接点は不明だが、なぜヒナミは入都の時だけ別行動を取った?
面が割れているから?
『フロラ』で培った抜け道を使って潜入したということか?
ならばなぜ風読みやハユも同行させない?
『ファウナ』が連れ立っているから抜け道を知られたくない?
いやもう風読みと『ファウナ』が手を組んだ時点でヒナミは『フロラ』を捨てている。
風読みと『ファウナ』が手を組んだのなら、
ヒナミもまた・・・
「ダメだっ! ヒナミは『フロラ』の道を使って『ファウナ』を引き込んでいるっ!
くそ、どこだっ! どこから攻めてくる『ファウナ』っ!」
粘着気質のヒナミのことだ、なんらかの理由で「風読み同伴班」と「抜け道侵入班」に分けて『ファウナ』を導いたとしても必ず風読みと合流するはず。
風読み・ハユから探す方が安全で手早いかもしれないが、ヒナミの近くには統府あるいは中央域を狙う『ファウナ』がいる。
それに風読み同伴班には今『ファウナ』を取り仕切っているメトマが確認されていない。
ヒナミ側から忍び込んでいると考えれば北域の暗足部はまたしても陽動部隊ということになる。
言うまでもない。メトマのいるヒナミ側部隊には猛者を揃えているはずだ。
ここは一刻も早くヒナミ側の潜入路を特定し叩きに行かねばならない。
それでもやはり更なる奇襲に備えて中央域を離れるわけにもいかない。
「くそったれがっ!・・・いや、手はまだ、あるか。・・・止むをえまいっ!
伝令員っ! 師団と北域の旅団に西域・南域への配備を要請しろっ! 背に腹は代えられんっ!」
プライドの問題ではなくこれは信頼の問題だった。
こんなに頭を使って推測を導き出してもあくまで可能性の域を出ないのだ。
旅団がそれを師団に示唆したなら思う配置への手配も可能だろう。
だが憎まれ口を叩き合う仲では事後でなければ信じてもらえないのだ。
歯がゆかった。
民を守るその一心で兵団へ『スケイデュ』へ入隊した者たちが今、つまらぬ派閥の軋轢でその能力を発揮できないことが。その任務を遂げさせてやれない非力な自分が。
歯がゆかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます