天乃は風華と夏海の間ではしゃいでいた。



「いいなぁ妹。あたし一人っ子だから羨ましい。」


「ふふふ。たしかに妹も可愛いですね。でも、弟もすごく可愛いんですよ?」


「ふうかおねぇちゃん、おねぇちゃんなの?」


「そうですよ。今度うちのるっかと遊びますか?」


「あそびたい!」



 天乃が顔を輝かせて即答するが、兄としては見逃せない。



「おい。まず俺に話通すモンだろーがよ」


「心配しなくても、うちのるっかに彼女はまだ早いので大丈夫ですよ」



 風華は変わらずに柔らかい笑顔を浮かべているが、二人の間にバチバチと火花が散っているような。ここに来る前は仲睦まじく話していたはずでは? と夏海が首を傾げる。



「おにぃちゃん、だめ?」



 妹に男の影がちらつくのを許せない兄の心など露知らずの天乃。



「だめっつーか……琉夏るかはお前より年上だし、一緒に遊んでも楽しくねぇんじゃねーか。」


「うちのるっかは紳士なので、自分より年下の子にも優しいですよ。」


「天乃に男の友達はまだ要らねぇ。」


「なんで! おにぃちゃんのケチ! いけず!」



 こんなに天乃が頬をパンパンに膨らませて怒っているというのに、黒羽は変わらず「だめだ」の一点張り。



「ひどいお兄ちゃんですねぇ。うちのるっかの方が優しくて良い子ですよ。」


「じゃあ、陰峰も一緒に遊べばいいんじゃないの?」


「はァ?」



 夏海の提案に黒羽が眉をひそめた。



「俺に混じって遊べってか?」


「だって、天乃ちゃんが風華ちゃんの弟くん……」


「琉夏です、夏海。」


「琉夏くんと二人で遊ぶの嫌なら、陰峰も一緒に遊べばいいじゃん。ね。」



 こちらは兄妹両者の意見を聞いた上で提案しているのに、なぜあからさまに嫌な顔をされるか分からない。一緒に遊ぶのが嫌なら、二人で遊んでいる所を見ていればいいのだ。



「そうなの! おにぃちゃんもいっしょにあそべばいいの!」



 天乃がそう言い出したことで早々に多勢に無勢と悟ったのか、黒羽が折れる。



「まァ……俺がいる時なら……」


「やったぁ! なつみおねぇちゃん、ありがとうなの!」


「天乃ちゃん、よかったね!」



 にこにこと笑顔を浮かべる天乃。ここで夏海が、今なら黒羽も頼みを聞いてくれるんじゃないか? と考える。



「ねぇ陰峰」


「あ?」


「あたしの訓練相手してよ」



 げ、と黒羽が顔をしかめた。



「断るつってんだろ」


「聞いた? 天乃ちゃん。あたし何回もお願いしてるのに断られるの。」


「てめ、天乃を盾にしてんじゃねェ」



 今さら止めた所でもう遅い。既に天乃はまた頬を膨らませて兄を見ていた。



「おにぃちゃん! なつみおねぇちゃんにいじわるしちゃダメなの!」


「別に意地悪してるわけじゃねェよ……」


「じゃあなんでダメなの!」



 妹相手にたじろぐ黒羽を見て、中々いい作戦だったと満足する夏海。珍しいものが見れて楽しんでいる風華と、やり取りに気づいた灯太。



「見ろよ太陽。夏海の方が一枚上手だったっぽいぞ。」


「んあ? あー、黒羽ちゃん、天乃ちゃんが絡むとチョロいかんな。」



 騒動の蚊帳の外にいるからと、太陽も灯太も面白そうに傍観する。その間も天乃は黒羽に詰め寄っていた。



「やっぱりおにぃちゃんのケチ! いけず!」


「そーだそーだ、陰峰のケチ!」



 二人に責め立てられ黒羽が耳を塞いだ。灯太に言われた通り、このまま押せばいけそうだと夏海が確信する。



「あーうるせーなァ、分ァったよやりゃいんだろやりゃあよォ」


「ほんとに!? やったぁ天乃ちゃん!」


「なつみおねぇちゃんよかったね!」



 夏海が天乃と手を叩いて喜ぶ。ここまで粘った甲斐があったというもの。対する黒羽は面白くなさそうだ。



「テメェが一発で試験に受かったら、だ。そしたら考えてやる。」


「あら往生際の悪い。」


「うるせェ」



 風華を黒羽がキッと睨む。



「つかコイツはテメェらが面倒見んじゃなかったのかよ。」


「戦闘スタイルが黒羽寄りだからお前が見た方が早いと思う。」


「あァ?」



 灯太の返しに黒羽が片眉を吊り上げた。



「ハッ、陰峰寄りだァ? 上等じゃねぇか」


「よかったな夏海! 黒羽ちゃんがやる気出て!」


「テメェはすっこんでろアホ。受かってから首突っ込め」


「たしかに。人の事気にしてる場合じゃないぞ太陽」


「えええ……灯太まで」



 黒羽の視線が冷たく夏海を射抜く。背中に少し緊張が走るのを感じながら、夏海はその気だるそうな表情を真っ向から見返した。



「大抵の人間は一回で受かる試験だ。別に難しいこたァ言ってねぇ。テメェが言い出して来たんだぜ? 飲めるよな?」



 随分と挑発的な物言いに、夏海の負けず嫌いが掻き立てられる。こう言われて怖気づくわけがない。



「分かったわよ。けど、受かったら絶っっ対訓練見てもらうからね!」


「テメェも受かってから言えよ」



 バチバチと火花を散らして睨み合う黒羽と夏海。ただ一緒に訓練をするかどうかという話でしかないのに、大袈裟な二人だ。



「なんでもいいけど、早く飯食わねーと太陽に全部食われるぞ。」


「あっ!! ほんとだ!! ちょっと太陽、あたしの分も残しといてね!」


「早いもん勝ち〜! 俺の誕生日パーティーなんだから、俺が一番食べていいだろ!」


「何言ってるんですか。ご飯は皆で食べるものですよ。」



 食事を巡って太陽と夏海が騒ぎ出し、それを灯太と風華が諌める。恐らく全員、人の家だということを忘れているに違いない。



「…………。」


「おにぃちゃん」


「あ? 天乃、食いたいもんあったらちゃんと言わねぇとあのバカに食われんぞ。」


「あまのいっぱいたべたの! おにぃちゃん、みんないると楽しいね!」



 満面の笑みを咲かせる天乃。妹が楽しいのなら、黒羽はそれだけで十分だった。



「……まぁ、な。うるせぇのも一人増えたしなァ。」

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